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街の少年と山の少年二人の人生があの山で再び交差する。

帰れない山

パオロ・コニェッティ/著 、関口英子/訳

2,214円(税込)

本の仕様

発売日:2018/10/31

読み仮名 カエレナイヤマ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Takumi Sugiyama/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 271ページ
ISBN 978-4-10-590153-0
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 2,214円

山がすべてを教えてくれた。牛飼い少年との出会い、冒険、父の孤独と遺志、心地よい沈黙と信頼、友との別れ――。北イタリア、モンテ・ローザ山麓を舞台に、本当の居場所を求めて彷徨う二人の男の葛藤と友情を描く。イタリア文学の最高峰「ストレーガ賞」を受賞し、世界39言語に翻訳された国際的ベストセラー。

著者プロフィール

パオロ・コニェッティ Cognetti,Paolo

1978年ミラノ生まれ。大学で数学を学ぶも中退、ミラノ市立映画学校で学び、映像制作の仕事に携わる。2004年、短篇集『成功する女子のためのマニュアル』で作家デビュー。2012年短篇集『ソフィアはいつも黒い服を着る』でイタリア文学界の最高峰「ストレーガ賞」の最終候補となる。初の本格的な長篇小説となる『帰れない山』で、「ストレーガ賞」と同賞ヤング部門をダブル受賞した。幼い頃から父親と登山に親しみ、2018年10月現在は1年の半分をアルプス山麓で、残りをミラノで過ごしながら執筆活動に専念する。

関口英子 セキグチ・エイコ

埼玉県生まれ。翻訳家。訳書にディーノ・ブッツァーティ『神を見た犬』、プリーモ・レーヴィ『天使の蝶』、イタロ・カルヴィーノ『マルコヴァルドさんの四季』、カルミネ・アバーテ『風の丘』『ふたつの海のあいだで』など。『月を見つけたチャウラ ピランデッロ短篇集』で第1回須賀敦子翻訳賞受賞。

書評

死んだ父が動かす

松家仁之

 イタリアの自伝的な文学ではこの手の父、、、、、に何度かお目にかかってきた。
 人の話を聞かない。すぐに悪態をつく。山や自然が好き。
 須賀敦子がのちに自伝的エッセイを書くおおきなきっかけとなったナタリア・ギンズブルグ『ある家族の会話』には、タウンシューズで山登りをしようとしたり、外国語が苦手だったり、「何かにつけておどおどする」人を「ニグロ沙汰」だとののしる山好きの父が出てくる。
 ガヴィーノ・レッダ『父――パードレ・パドローネ』の父は、羊飼いに学校はいらないと怒鳴り散らしたあげく、幼い息子を教室から連れ出し、驢馬に乗せ、山あいの牧草地へ連れ去ってしまう。息子=レッダはのちに父の意に反してローマ大学で言語学を学び、方言学の研究者になる。
 本書に登場するアクの強い父は、北イタリアのヴェネト州生まれ。農村育ちの戦争孤児だ。草花の好きな五歳年上の看護師と結婚し(山好きのふたりはアノラック姿で山上の結婚式を挙げる)、新生活のためミラノに転居する。翌年、ひとり息子「僕」が誕生する。主人公である「僕」は著者自身がモデルだと考えていいだろう。
 父の山登りは「誰よりも早く」が信条だ。お腹が空いた、疲れた、寒いといった泣き言は厳禁、頂上にたどりついたら憑きものが落ちたようにさっさと下山する。自然をゆったり愉しむ余裕のカケラもない、直線的な登山だ。
「僕」がまだ少年の頃、山あいの過疎の村に別荘がわりの家を借りることにした父は、ここを拠点に、氷河におおわれる三、四千メートル級の高山を狙うようになる。もちろん「僕」を連れて。この山麓の村の子どもが「僕」と同い年の野生児、ブルーノである。彼の父は季節労働者でほとんど家にいない。伯父の経営する牧場の牛番として、ブルーノは学校にも行かずに働いている。
 干し草や薪の煙にいぶされた匂いをまとったブルーノと、都会育ちの内気な「僕」とでは境遇も性格もまるでちがう。だからこそなのだろう、山や渓流や廃屋を遊び場に、ふたりは急速に親しくなってゆく。
「僕」の両親はブルーノをいたく気に入る。教育を受けさせるためにミラノに連れていき面倒をみたい、とまで申し出る。前のめりの両親に「僕」は複雑な感情を抱く。この感情は十年後、二十年後の「僕」の行動にまで、細く長くつながってゆくことになる。
 自然の描写がすばらしい。人はなぜ山に登るのか。その根本的な理由、説明ではない答えがここに書かれてある。そればかりではない。高原育ちの牛の手搾りの牛乳を原料にした、北イタリアの伝統的なトーマ・チーズ。ブルーノが伯父の手伝いをしてつくるこれを、手に入れて食べてみないではいられなくなる。休眠中の感覚が目覚め、懐しさが溢れてくるようになり、なんということのない描写に泣けてくるのだ。
 十代の半ばを過ぎた「僕」は、父との山行きの習慣を自ら絶ってしまう。父と息子が離れてゆくのはいわば自然のなりゆきだが、この疎遠のもたらした空白が小説の後半をおおきく深く動かす力を持つ。人間は現在より過去により動かされることがある。変わった生きものだとおもう。
 父はやがて死ぬ。その遺言がきっかけとなり、「僕」は疎遠だった父の知られざる行動、ブルーノと父とのあいだの特別なつながりを知る。父と息子を結ぶものとはなにか――一度でも考えたことがある人には身につまされる場面だ。
 つまり男の世界? と思われるだろうか。いやそうではないのだ。「僕」の母の、人を強いて動かそうとしない態度が、いつのまにか相手を動かすことになる、そのようなパッシブな力はどこで身につけるのか。小説が終わりに近づくなか、いちばん考えたのはそのことだった。自己啓発書のような指針とは無縁のところで人が動かされる。文学とはつまりそういうものではないか。
 日陰で育つ樅は材質が柔らかく梁には適さない。カラマツは日当たりのいい場所で育つから梁に向く。材木を硬くするのは太陽の光だ、とこの小説で知った。

(まついえ・まさし 小説家/編集者)
波 2018年11月号より
単行本刊行時掲載

目次

第一部 子ども時代の山
第二部 和解の家
第三部 友の冬

訳者あとがき

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短評

▼Matsuie Masashi 松家仁之
山の色、雪の匂い、渓流の音。仕留めたカモシカの味。北イタリアの山岳地帯に生まれ育った野性的な少年と、ミラノで育った内向的な少年が友情を結び、山道を踏みしめ、渓流をわたりながら、五官のすべてをともにはたらかせた日々。父との葛藤はそれぞれ長く尾をひいて、その死後もなお、ふたりを突き動かしてゆく。彼らの「いかに生くべきか」は、とうてい人ごととは思えない。電気も水道もない石積みの家は、いまも私のなかでしんと静まりかえり、埋み火のように残っている。揺さぶられるほどに懐かしく、せつない読書体験だった。

▼La Stampa ラ・スタンパ
山は、定められた時を超えて父から子への教えの舞台となり、その思いを消すことなく大切に保管し、映しだし、乗り越える場となる。あたかも静寂のなかを掘り起こすように父子の関係や男同士の友情を語るその語り口には、どこか野性的で、クラシカルで、むき出しなところがある。言葉にはせず、単に交わしただけの視線にこそ、傷つきやすい心がより鮮烈に表われるのだ。

▼La Repubblica ラ・レプッブリカ
生まれながらにして古典にふさわしい息の長さを持つ本書は、えてして深いテーマを避けがちな現代の文学界において、別の時代から落ちてきた隕石さながらの存在感を放っている。

▼Corriere della Sera コッリエーレ・デッラ・セーラ
精緻で澄み切った文体、人間味あふれる人物描写、とりわけ各々の登場人物の性格を形成し、運命を決定づける「山」というテーマの力強さ。これらすべてが奇跡だと批評家たちを沸かせた。

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