
ローマ物語
2,365円(税込)
発売日:2026/07/29
- 書籍
ある日突然、日常に亀裂が走る。美しく、歴史あるこの街の片隅で──。
郊外の貸別荘の管理人一家の娘は、束の間の田舎暮らしを楽しんだ客が去ったあとの部屋で、思いがけないものを見つける。大邸宅で開かれた妻の友人のパーティを訪れた男は、見知らぬ女性と交わした断片的な会話に取り憑かれる。デビュー作『停電の夜に』でピュリツァー賞を受賞して20余年、短篇小説の名手ラヒリが描く9篇の苛烈で愛おしい人間ドラマ。
I
境界
再会
Pのパーティ
光あふれる家
II
大階段
III
引き取り
聖母のパレード
紙切れ
ダンテ・アリギエーリ
訳者あとがき
書誌情報
| 読み仮名 | ローマモノガタリ |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮クレスト・ブックス |
| 装幀 | A Smith/Photograph、gettyimages/Photograph、新潮社装幀室/デザイン |
| 発行形態 | 書籍 |
| 判型 | 四六判変型 |
| 頁数 | 232ページ |
| ISBN | 978-4-10-590210-0 |
| C-CODE | 0397 |
| ジャンル | 文学・評論 |
| 定価 | 2,365円 |
書評
ローマの片隅に微かな幸福を探して
ローマは古代、たくさんの属州民たちが暮らす街だった。巨大な経済を動かす帝国の中枢ローマを支えていたのは、属州などから労働力として連れてこられた人々だが、労働者だけではなく、多くのギリシャや北アフリカ出身の作家や歴史家といった文化人たちもローマへ移り住んで創作活動を続けていた。そんなローマの都市性は、二千年を経た現代もほぼ変わらない。アメリカからローマへ越してきたインド系アメリカ人であるジュンパ・ラヒリも、異国の民としてローマに暮らす教養人のひとりである。
そして私もまたイタリアに暮らす異国の民である。最初は単なる美術学校の留学生だったが、就学ビザが継続できなくなったときには、身元引受人をつけて移民局で滞在許可証を申請し、しばらくの間東南アジアやアフリカ、中東からの労働者たちと同じく、移民という扱いになっていた時期もある。その後は国際結婚をして北イタリアの街で暮らしているが、立場は違えどイタリアにおける私の異国民としての生活は現在も進行中であり、どんなにイタリアに馴染んでもアウェイの感覚が抜けることはない。ラヒリの『ローマ物語』を読んでいると、そんな私の寄るべない潜在意識を反映しているような人物がたくさん登場する。
ラヒリの『ローマ物語』が刊行される70年ほど前に、戦後のイタリア文学を代表する作家アルベルト・モラヴィアが同名の本を出しているが、この作品は、戦後のイタリアの有様をあらゆる角度から、あらゆる味付けで切り取った短編集であり、ローマという街に暮らす人々が不条理な社会とともに生きている様子が描かれている。ちなみにラヒリはアメリカに暮らしていた頃から、モラヴィアの『ローマ物語』を愛読していたそうだ。
ただ、イタリア人であるモラヴィアの洞察する戦後のローマと、異国人であるラヒリの目に映る現代のローマには当然だが大きな違いがある。ラヒリ版『ローマ物語』の登場人物たちは名前もなければ年齢も不明だし、それぞれの出自も国籍もわからない。しかしそうした人物一人ひとりの生きかたには、どこか今日日を生きる私たちと重なるものがある。
頼る人もなく一人暮らしをしながら詐欺の危機に遭う未亡人。出稼ぎのために子どもを故郷に置いてきた移民。ローマへ休暇に訪れる豊かな教養と財力を持った先進国の寂しい外国人たち。紛争から逃れてきた子沢山の難民一家。人間に対し期待も諦めも失い、悲しみすら厚い瘡蓋となってしまいながら、まだどこかに微かな幸福の気配を求める人々。情に厚い人々の、無気力と無関心。
ラヒリの視線は治安の悪い地域から裕福な人の別荘までローマの隅から隅へと満遍なく行き渡り、あらゆる立場の人々の心情を、彼らの性格に見合う文体で表現しながら丁寧に引き出していく。アジア人と思しき慎ましい召使いの女性が心でつぶやく言葉は、抽象的かつシンプルな文章で表現され、かたや作家を生業としているらしい既婚者の中年男性が、パーティーで出会った女性に抱く妄想を描いた短編では、気だるさの中でも微かに沸き立つ恋愛感情に適したリズムと温度感で表現されている。中東らしき紛争地域からローマにたどり着いた一家の話では、住む場所も奪われ、将来の見通しも立たずボロボロになった夫の胸のうちが、飄々とした一人称で語られる。イタリア語の原文も読んでいるが、こうした細部まで行き届いた翻訳をされた中嶋浩郎さんの卓越したセンスには感動するばかりだ。
これまでもラヒリのイタリア語による作品の翻訳を手掛けてきた中嶋さんは、かつてフィレンツェ大学で日本語の教師をされていたが、同じ頃、私は地元の店でアルバイトをしながら美術学校に通う貧乏な留学生だった。彼とは当時から続く唯一の知り合いである。中嶋さんは私が勤める貴金属店を時々覗いては、窓越しに手を振って、イタリアでの異国人としての奮闘を励まし合った。ボストンの大学でルネサンス文化を専攻していたラヒリが初めてフィレンツェを訪れたのも、ちょうどその頃である。
イタリアとイタリア語にすっかり惚れ込んだラヒリが、イタリア語による表現をここまで可能にしてしまった才能と努力には脱帽するが、この先も彼女は、いにしえのローマで活躍したカルタゴ人の小説家テレンティウスやギリシャ人の歴史家プルタルコスたちのあとを引き継いで、異国の民としての視点を生かしたイタリア文学の名作をいくつも残していくはずだ。
(やまざきまり 漫画家・文筆家・画家)
波 2026年8月号より
単行本刊行時掲載
短評
- ▼Yamazaki Mari ヤマザキマリ
-
ラヒリの視線はローマの隅から隅へと満遍なく行き渡り、あらゆる立場の人々の心情を丁寧に引き出していく。一人暮らしの未亡人。子どもを故郷に置いてきた出稼ぎ移民。ローマへ休暇に訪れる教養と財力を持った人々。人間に対する期待も諦めもなく、悲しみすら厚い瘡蓋となってしまいながら、まだどこかに微かな幸福の気配を求める人々。情に厚い人々の、無気力と無関心。登場人物たちは年齢も不明だし、それぞれの出自も国籍もわからない。しかしそうした人物一人ひとりの生きかたは、今日日を生きる私たちに重なり合う。
- ▼Critica Letteraria クリティカ・レッテラリア
-
ラヒリが語るのはステレオタイプのローマではない。モニュメントや名所はほとんど登場しない。郵便局の順番待ちの列、テーヴェレ川の橋、緑に囲まれたヴィッラなど、主要な場面は無名の場所に設定されている。ラヒリは表面的な、また裕福な外国人訪問者にありがちな好奇の目でローマを見るのではなく、無名の人々が暮らす場所を凝視している。
- ▼Il Foglio イル・フォリオ
-
自分を受け入れ、心を奪ったローマへの──ときには悲痛な、ときには批判的な、しかし常に激しい感情のこもった──熱烈な言葉。ここでは旅行者や移民の目から見たローマ、別の観点から見たこの永遠の都が描かれ、苦悩、屈辱、砕けた愛など、登場人物の感情が反映されている。また、移民や外国人への親切そうな視線や言葉に隠されたブルジョワのさもしさ、卑屈な人種差別主義も描き出される。
著者プロフィール
ジュンパ・ラヒリ
Lahiri,Jhumpa
1967年、ロンドン生まれ。両親ともコルカタ出身のベンガル人。2歳で渡米。コロンビア大学、ボストン大学大学院を経て、1999年「病気の通訳」でO・ヘンリー賞、同作収録の『停電の夜に』でピュリツァー賞、PEN/ヘミングウェイ賞、ニューヨーカー新人賞ほか受賞。2003年、長篇小説『その名にちなんで』発表。2008年刊行の『見知らぬ場所』でフランク・オコナー国際短篇賞を受賞。2013年、長篇小説『低地』を発表。家族とともにローマに移住し、イタリア語での創作を開始。2015年、エッセイ『ベつの言葉で』、2018年、長篇小説『わたしのいるところ』、2021年、詩集『思い出すこと』を発表。2022年からコロンビア大学で教鞭を執る。同年、エッセイ『翻訳する私』を発表。
中嶋浩郎
ナカジマ・ヒロオ
1951年、松本生まれ。東京大学教育学部卒業。フィレンツェ大学留学。長年、フィレンツェ大学で講師を務め、2026年7月現在広島在住。著書に『フィレンツェ、職人通り』『図説メディチ家』、訳書にジュンパ・ラヒリ『ベつの言葉で』『わたしのいるところ』『思い出すこと』、ベッピ・キュッパーニ『救い』、ミレーナ・アグス『祖母の手帖』、『ルネサンスの画家ポントルモの日記』、ステファノ・ベンニ『聖女チェレステ団の悪童』など。


































