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白洲正子が愛した京都

白洲正子/著 、牧山桂子/著 、ほか

2,530円(税込)

発売日:2026/02/26

  • 書籍

ずっと残したい、本物の京都がここにある。

能に親しみ、古寺を巡り、かくれ里に分け入って、日本の美と魂の本質に迫った白洲正子。無心に歩いた山河、出会った風景、古刹、ほとけさま、惚れ込んだ匠の手仕事……白洲の「本物への厳しい眼」が選んだ、永く記憶に残したい「本物の京都」を紹介する。ロングセラー『白洲正子と歩く京都』を増補した待望のリバイバル版!

目次

センチメンタルジャーニー 白洲正子の京都 牧山桂子

古寺巡礼
嵯峨野へ 大覚寺、大沢池 法金剛院
周山街道を北へ 神護寺 高山寺 常照皇寺
明恵上人に出会う旅
愛宕山へ 月輪寺
木津川へ 笠置寺
西京へ 大原野の古寺
古寺巡礼マップ

白洲正子 京都へのオマージュ

追憶の「かくれ里」
田原の古道
山国の火祭 山崎省三
白洲さんの「京の宿」 青柳恵介

大好きなひと、大好きなもの
柳孝さんの骨董
加藤静允さんのやきもの
岡野安重さんの蕨手の花鋏
久保田満さんの弥勒葭のすだれ
市原平兵衛さんの箸
千田長次郎さんの桜の唐紙

丸弥太さんのことなど 牧山桂子

白洲正子の旅支度
愛したほんものと往く
装いの愉しみ

書誌情報

読み仮名 シラスマサコガアイシタキョウト
シリーズ名 とんぼの本
装幀 1992年、旅先での白洲正子/カバー表、野中昭夫/撮影、中村香織/ブックデザイン、nakaban/シンボルマーク
発行形態 書籍
判型 B5判変型
頁数 128ページ
ISBN 978-4-10-602312-5
C-CODE 0370
ジャンル 芸術一般
定価 2,530円

インタビュー/対談/エッセイ

白洲邸の柿と正子さんの思い出

秋山礼子

 この本は2008年刊行の『白洲正子と歩く京都』を再編集・増補したリバイバル版である。そのもとは、2004年の初夏、今はなき月刊誌「旅」の特集で取材したものだ。ずいぶん昔のものじゃないの、と言われそうだけど、白洲正子が愛した京都は変わることはない。たしかに古寺や山里といえども、景色は多少変化しているだろう。しかしオーバーツーリズムで悲鳴を上げている町中や観光地の変わりように比べれば、そうそう移ろわぬ京都がここにあることを実感していただけると思う。
 さて私ごとで恐縮だが、白洲正子さんとの出会いは、別の今はなき月刊誌「太陽」にいた時。駆け出し編集者だったころ、白洲正子さんに書いてほしいことがあって、意を決してダイヤルを回した。面識のない大作家にも電話で突撃依頼があたりまえの時代だった。モシモシ白洲正子先生でしょうか、私これこれこういう者です、◯月号でお原稿をいただけないでしょうか……「あ、今忙しいの」、ガチャン。終了。もちろんこんなことは白洲さんに限ったことではないし、すべて私の未熟さゆえ。忙しい作家の立場に立ってみれば、よく知らん相手からたどたどしい説明を長々聞かされるのはたまったものではない。今ではそう思えるけれど、編集部では耳をダンボにして他人の電話のやりとりを聴いている。けっこうこれがストレスで、どうしても人前で電話がかけられず、こっそり会議室で電話をしているおじさん編集者もいた。
 初めてお会いできたのは、その数年後1995年秋のこと。白洲さんの特集を組むことになり、先輩編集者にくっついて鶴川のお家に伺うと、白洲さんはこちらを見て、にっこりと微笑んだ。その後白洲さんと先輩が何を話していたのか、何も覚えていない。吉田茂から贈られたという大きな革張りのソファに埋もれながら、ガラス戸越しに柔らかな日が差し込む中、大きな陶器の灰皿に吸い殻が増えていった光景が目に焼き付いている。
 別の日、白洲さんは体調が思わしくなくて、その日のインタビューはキャンセルとなった。私たちがおいとましようとしたら、「柿、持ってく?」と話しかけてくれた人がいた。それが白洲さんの長女、牧山桂子さんだった。見上げると、長屋門の前に立つ大きな木が、たわわに柿を実らせている。毎度来るけど、あの子大丈夫かいな、まあ持っていきな、と気遣ってくださったのだろうか。いただいた柿は甘くて、何か救われたような気がした。
 その後1998年に白洲さんは亡くなり、結局私が白洲さんと接したのは、「あ、今忙しいの」と「にっこり」、ほぼそれだけである。
 一緒に旅したこともないし、京都について話を伺ったわけでもない。手がかりは、遺された文章と物、白洲さんをよく知る方のお話しかない。しかし、伝聞ならではの醍醐味というものもある。
 たとえば、「唐長」の唐紙の話。薄紅をさした雲母摺りの枝桜の柄を気に入っていた白洲さんは、それを書斎側に向けて襖を立てていたところ、夫の次郎さんがそれを見て、そっちにだけ向けておくのはけしからんと怒りだし、居間の方に向けろと言って襖をひっくり返した。しばらくすると、いつの間にか正子さんが自分の側に向けてひっくり返していた。こういう話は、おそらくご自身でされることはないだろう。半ば呆れながら冷めた目で見ていた娘の桂子さんだからできるお話である。
 娘をほったらかして取材に明け暮れていたが、娘が「別にいいもんね、もっと楽しいことがあるし」と言うと、「えっなに!? どこ!?」と食い下がってきたという白洲さん。ほんとに負けず嫌いで娘にまで対抗心を燃やすのよ、と桂子さんは言うけれど、きっと白洲さんなりに娘を心配していたのではないかなあ、と思ったりもする。
 錦小路の魚屋「丸弥太」が大好きだったのは、母娘の数少ない共通項。料理好きな桂子さんは魚が目当て、正子さんは女将さんとの束の間のおしゃべりが楽しみで、店先のちっちゃな丸椅子に腰かけて、忙しい女将さんの手があくのをじっと待っていたという。正子さんのその少し丸まった背中を思うと、ふと泣きそうになる。
 かくれ里に分け入り、明恵や西行ゆかりの古寺に通い詰めた。一方で、小さな店を営み、ひたむきに生きている市井の人に惹かれた。そのどちらも、白洲さんにとって大事な京都だったのだろう。
 一昨年のこと、白洲邸の柿の木が倒れた。それも、ちょうど誰もいない時間、場所を選んだように。忽然とその姿は消えてしまったけれど、30年前のあの柿の甘さは忘れない。「まあ、あとは好きにおやり」。過去を振り返るのが大嫌いな白洲さんが、今はそう言ってにっこりしてくれるような気がしている。

(あきやま・れいこ 編集者)

波 2026年3月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

白洲正子

シラス・マサコ

(1910-1998)1910年東京生まれ。幼い頃より能を学び、14歳で米国留学へ。1928年帰国、翌年白洲次郎(1902~1985)と結婚。古典文学、工芸、骨董、自然などについて随筆を執筆。『能面』『かくれ里』『十一面観音巡礼』『日本のたくみ』『明恵上人』『西行』など著書多数。1998年没。

牧山桂子

マキヤマ・カツラコ

1940年東京生まれ。白洲次郎・正子の長女。2001年10月に東京・鶴川の旧白洲邸 武相荘を記念館として開館。著書に『次郎と正子 娘が語る素顔の白洲家』『白洲次郎・正子の食卓』『白洲家の晩ごはん』、共著に『白洲正子のきもの』『白洲次郎と白洲正子 乱世に生きた二人』など。

関連書籍

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