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いま蘇る柳田國男の農政改革

山下一仁/著

1,760円(税込)

発売日:2018/01/26

  • 書籍
  • 電子書籍あり

この国を深く、真剣に見続けた柳田の目には農業の行く末が映っていた!

かつて農商務省の官僚だった柳田國男は日本の農業の弱点を見抜き、改善策を次々打ち出した。が、その思いは時の体制に葬られ、志を継ぐ後輩たちも、やがて忘れさられた。国際競争力はおろか、高い関税で命脈を保たれる今日の農業。近現代を貫いて横たわる農政の病とは何か? 柳田が見出した希望の策を現代に蘇らせる。

目次
はじめに
第1章 柳田國男が見た日本の農業
柳田國男の「履歴書」
1.何故に農民は貧なりや――農民の貧困を生んだ二つの問題
米を食べられない農家/零細な経営規模/地主制と小作人/推奨された貧農
2.戦前の農業・農政の概観
米中心の江戸経済/農業国の明治日本/地租改正と民法制定による地主制の確立/小作人の増加/民法による小作人の法的地位の低下/時代に翻弄された農業
第2章 理想主義的農業の挫折と明治農法
西洋農業技術と津田仙/農家こそ山海の珍味を朝夕食べるべし/大農論/現場主義者、前田正名/明治農法の普及と大日本農会/耕地整理法改正の意味
第3章 地主制が要求した高米価と小農
地主勢力の寄生化/食料自給の主張と関税/米の関税と価格維持/対立する内地と植民地/地主制と結びついた小農主義/中農論/商工立国論と農本主義
第4章 柳田國男の登場――日本経済思想史上の一つの奇跡
柳田の国家観/学問救世/柳田農政学の出発点/耕作者重視のアプローチ/柳田農政学の基本/基礎にあるシンプルな経済学/中農養成の果たして望みなきか否か/柳田國男が希求した農家像/反論されない理由/都会熱論争と隠された意図
第5章 柳田國男の具体策
地主制と小作料金納提案/構造改革策/小農の離農・転職対策/自助と補助/産業組合推進論/小作組合、信用組合としての産業組合/農地は誰が持つべきか?/石橋湛山の構造改革論/農政学から民俗学へ
第6章 柳田農政学を継ぐ官僚たちの戦い
生糸という巨大輸出産業と農林省独立/「農民の世話役」石黒忠篤/農家の負債問題/農山漁村経済更生運動の基本思想/西原亀三の農村改革/産業組合と農会――「農協」システムの萌芽/農山漁村経済更生運動と産業組合の発展/産業組合と千石興太郎/満州開拓移民政策
第7章 農林官僚による地主制打倒
小作争議の発生/小作争議の変質/農林省の抵抗と民法学者/小作人解放への執念/石黒の農本主義/農地改革と経済復興/吉田茂と和田博雄/“安本”の和田博雄/科学的行政の追求
第8章 地主制から農協制へ
統制団体を衣替えして成立した農協/農協の政治活動/協同組合原則に反する農協の地区割り/信用(銀行)事業の兼務/共済(保険)事業への拡大/異質な准組合員/独占禁止法の適用除外/中央集権制の強化/小倉武一の悔恨
第9章 理想的農政の敗北
挫折した1961年農業基本法/農外所得による農家所得の向上/機械化と兼業化/米価引上げによる兼業農家滞留/農政トライアングルの形成/減反・高米価と農協/減反が生み出す負の連鎖/防共政策としての農地法/柳田を継ぐ者たちの後悔
第10章 農業を壊すもの
農業の現状/後継者を拒む農地法/だから規模は大きくならない/農業衰退で発展する農協/逆進性は国益だ/減反廃止のフェイク・ニュース/先物取引の未認可/農林水産省の虚構のヒット作「食料自給率」/日本の食料危機対策
第11章 蘇る柳田農政学
農政の日的は何か?/揺らぐ農協制/農村人口の減少と地域・農業の活性化/農業と工業は違う?/柳田を「展開」する/真の食料安全保障策/協同組合の活用/第三次農地改革/新たな日本の農業へ向けて
おわりに
近現代の日本の農業と主要登場人物の動向
参考文献
写真提供

書誌情報

読み仮名 イマヨミガエルヤナギタクニオノノウセイカイカク
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 368ページ
ISBN 978-4-10-603822-8
C-CODE 0361
ジャンル 農学
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,408円
電子書籍 配信開始日 2018/07/13

書評

柳田國男を経済学で読む

岡崎哲二

 農業・農業政策の改革は、日本経済が直面している重要な課題の1つである。本書の著者、山下一仁氏は、農林水産省で長く農業政策の立案・実施にたずさわった後、その経験と経済学的知見をもとに、農業・農業政策に関して幅広く独自の分析と政策提言を行ってきた。本書の中で山下氏は、『遠野物語』等で知られる日本の民俗学の祖、柳田國男の農政論を経糸として、日本における農政思想・農業政策の歴史とその帰結を論じ、政策の転換の必要性を提起している。
 近代日本における体系的な農業政策の歴史は1881年の農商務省の設置に遡る。近代日本の農業政策、特に第二次世界大戦後の政策について、著者は、それが農業の発展に寄与しなかったと主張する。米輸入の数量制限、高率関税、政策的高米価の設定等の施策は、小規模、非効率で高コストの兼業農家を滞留させるだけで、農業の効率化、国際競争力の向上にはつながらなかった。そしてこうした不適切な政策の背景に、農政の目的を農業の発展ではなく農家所得の向上に置く農政思想があったというのが本書の主要論点の1つである。
 一方で著者は、戦前の農商務省以来、日本の農政担当者には、農業の発展を軸にした農政思想があったとし、その源流を柳田國男に求めている。柳田は東京帝国大学法科大学を卒業した後、1900年に農商務省に就職し、2年後に内閣法制局に移るが、その後に『中農養成策』(1904年)、『時代ト農政』(1910年)等、何冊かの農政に関する書物を刊行している。これらの著作を通じて柳田がめざしたのは農家・農村の貧困を解決することであり、そのために柳田は各農家の農業経営規模を拡大し生産性を向上させる必要があるとした。それは農家戸数を減少させることと対応する。著者は、こうした考え方が、石黒忠篤、和田博雄、小倉武一といった戦前から戦後にかけて農政の中心を担った官僚や東畑精一等の一部の農業経済学者に継承されていたと論じている。
 それでは、なぜ柳田等の考え方が政策として実現せず、「理想的農政の敗北」が生じたのだろうか。著者はその理由を政治経済学的に分析している。戦前に柳田的農政を阻んだのは地主という利益集団であった。よく知られているように、戦前の日本では耕地面積の半分以上が小作地、農家戸数の7割近くが小作農ないし自小作農であった。簡単な経済分析が示すように、多数の小作人が農業に従事して、農業における労働力―土地比率が高いほど地主の地代収入が増加して地主に有利になる。そのため地主たちは農業の構造改革を忌避し、政治力を使って実現を阻止した。
 一方、戦後、GHQの農地改革によって地主制は解体したが、地主に代わって農業協同組合(農協)という利益集団が農業の構造改革を阻む役割を担ってきたとされる。農協は、戦前の産業組合と農会を統合して戦時中に設立された農業会を母体としている。戦後、就業者数や付加価値から明らかなように農業が縮小する中で、農協は専業農家だけでなく兼業農家を組合員として組織することによって強い政治力を維持してきた。現在、農家総数の中で兼業農家が7割近くを占め、非農業所得の方が多い第二種兼業農家だけで5割以上を占めている。したがって、組合員1人1票制という農協内部の意思決定ルールを前提に、農協は兼業農家の利益を強く反映する組織となっている。その結果、農協は専業的農業経営の規模拡大をめざす農業の構造改革より、高価格と補助金で現状を維持しつつ農家の所得を保証する政策の実現のために、政治力を行使してきたとされている。
 こうした本書の主要論点は、経済学的に見て、またさまざまな経済史の知見に照らして説得力を持っている。日本政府は農業に巨額の予算を投入してきた。2018年度予算では、農林水産予算総額は2兆3000億円で、その中には「水田活用の直接支払交付金」(3304億円)、「畑作物の直接支払交付金」(2065億円)等の補助金が含まれる。すなわち国民はこうした費用を税金で負担して日本の農業を支えている。国民の負担はそれだけではない。例えば米には1kgあたり341円の関税が課されている。それが著しく高率であることは、標準的な国産米の小売価格が1kgあたり400円前後であることを考えれば容易に想像できるであろう。他方で農業就業者数、耕地面積は減少傾向を続け、食料自給率はカロリーベースで40%以下の低水準にとどまっている。
 持続する巨額の財政赤字、急速に進行する人口高齢化という厳しい経済環境の中、こうした農業の現状は農業政策の根本的な見直しを迫るものである。本書は日本の農業と農業政策の改革に関する重要な視点を提供している。

(おかざき・てつじ 東京大学・大学院経済学研究科・教授)
波 2018年2月号より

どういう本?

タイトロジー(タイトルを読む)

そう遠くない将来、柳田たち農政官僚が抱いた夢が実現するかもしれない。実は、柳田は当時の農業界からは拒否されながらも、自説に自信をもっていた。『時代ト農政』のはしがきで「是非を百年の後昆(後輩)に問はうと思ひまして今回の如き企をしたのであります」と述べている。つまり百年後の人なら理解できるのではないかというのである。『時代ト農政』から百年後にようやく柳田の農政学を実現できる環境が整ってきた。柳田は大変な預言者だったのかもしれない。(本書351ページ)

著者プロフィール

山下一仁

ヤマシタ・カズヒト

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所上席研究員。1955年岡山県生まれ。1977年東京大学法学部卒業、同年農林省入省。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。2008年農林水産省退職。1982年ミシガン大学応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。著書に『日本農業は世界に勝てる』(日本経済新聞出版社)『食の安全と貿易』(日本評論社)『国民と消費者重視の農政改革』(東洋経済新報社)他多数。

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