いま蘇る柳田國男の農政改革
1,760円(税込)
発売日:2018/01/26
- 書籍
- 電子書籍あり
この国を深く、真剣に見続けた柳田の目には農業の行く末が映っていた!
かつて農商務省の官僚だった柳田國男は日本の農業の弱点を見抜き、改善策を次々打ち出した。が、その思いは時の体制に葬られ、志を継ぐ後輩たちも、やがて忘れさられた。国際競争力はおろか、高い関税で命脈を保たれる今日の農業。近現代を貫いて横たわる農政の病とは何か? 柳田が見出した希望の策を現代に蘇らせる。
参考文献
写真提供
書誌情報
読み仮名 | イマヨミガエルヤナギタクニオノノウセイカイカク |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 368ページ |
ISBN | 978-4-10-603822-8 |
C-CODE | 0361 |
ジャンル | 農学 |
定価 | 1,760円 |
電子書籍 価格 | 1,408円 |
電子書籍 配信開始日 | 2018/07/13 |
書評
柳田國男を経済学で読む
農業・農業政策の改革は、日本経済が直面している重要な課題の1つである。本書の著者、山下一仁氏は、農林水産省で長く農業政策の立案・実施にたずさわった後、その経験と経済学的知見をもとに、農業・農業政策に関して幅広く独自の分析と政策提言を行ってきた。本書の中で山下氏は、『遠野物語』等で知られる日本の民俗学の祖、柳田國男の農政論を経糸として、日本における農政思想・農業政策の歴史とその帰結を論じ、政策の転換の必要性を提起している。
近代日本における体系的な農業政策の歴史は1881年の農商務省の設置に遡る。近代日本の農業政策、特に第二次世界大戦後の政策について、著者は、それが農業の発展に寄与しなかったと主張する。米輸入の数量制限、高率関税、政策的高米価の設定等の施策は、小規模、非効率で高コストの兼業農家を滞留させるだけで、農業の効率化、国際競争力の向上にはつながらなかった。そしてこうした不適切な政策の背景に、農政の目的を農業の発展ではなく農家所得の向上に置く農政思想があったというのが本書の主要論点の1つである。
一方で著者は、戦前の農商務省以来、日本の農政担当者には、農業の発展を軸にした農政思想があったとし、その源流を柳田國男に求めている。柳田は東京帝国大学法科大学を卒業した後、1900年に農商務省に就職し、2年後に内閣法制局に移るが、その後に『中農養成策』(1904年)、『時代ト農政』(1910年)等、何冊かの農政に関する書物を刊行している。これらの著作を通じて柳田がめざしたのは農家・農村の貧困を解決することであり、そのために柳田は各農家の農業経営規模を拡大し生産性を向上させる必要があるとした。それは農家戸数を減少させることと対応する。著者は、こうした考え方が、石黒忠篤、和田博雄、小倉武一といった戦前から戦後にかけて農政の中心を担った官僚や東畑精一等の一部の農業経済学者に継承されていたと論じている。
それでは、なぜ柳田等の考え方が政策として実現せず、「理想的農政の敗北」が生じたのだろうか。著者はその理由を政治経済学的に分析している。戦前に柳田的農政を阻んだのは地主という利益集団であった。よく知られているように、戦前の日本では耕地面積の半分以上が小作地、農家戸数の7割近くが小作農ないし自小作農であった。簡単な経済分析が示すように、多数の小作人が農業に従事して、農業における労働力―土地比率が高いほど地主の地代収入が増加して地主に有利になる。そのため地主たちは農業の構造改革を忌避し、政治力を使って実現を阻止した。
一方、戦後、GHQの農地改革によって地主制は解体したが、地主に代わって農業協同組合(農協)という利益集団が農業の構造改革を阻む役割を担ってきたとされる。農協は、戦前の産業組合と農会を統合して戦時中に設立された農業会を母体としている。戦後、就業者数や付加価値から明らかなように農業が縮小する中で、農協は専業農家だけでなく兼業農家を組合員として組織することによって強い政治力を維持してきた。現在、農家総数の中で兼業農家が7割近くを占め、非農業所得の方が多い第二種兼業農家だけで5割以上を占めている。したがって、組合員1人1票制という農協内部の意思決定ルールを前提に、農協は兼業農家の利益を強く反映する組織となっている。その結果、農協は専業的農業経営の規模拡大をめざす農業の構造改革より、高価格と補助金で現状を維持しつつ農家の所得を保証する政策の実現のために、政治力を行使してきたとされている。
こうした本書の主要論点は、経済学的に見て、またさまざまな経済史の知見に照らして説得力を持っている。日本政府は農業に巨額の予算を投入してきた。2018年度予算では、農林水産予算総額は2兆3000億円で、その中には「水田活用の直接支払交付金」(3304億円)、「畑作物の直接支払交付金」(2065億円)等の補助金が含まれる。すなわち国民はこうした費用を税金で負担して日本の農業を支えている。国民の負担はそれだけではない。例えば米には1kgあたり341円の関税が課されている。それが著しく高率であることは、標準的な国産米の小売価格が1kgあたり400円前後であることを考えれば容易に想像できるであろう。他方で農業就業者数、耕地面積は減少傾向を続け、食料自給率はカロリーベースで40%以下の低水準にとどまっている。
持続する巨額の財政赤字、急速に進行する人口高齢化という厳しい経済環境の中、こうした農業の現状は農業政策の根本的な見直しを迫るものである。本書は日本の農業と農業政策の改革に関する重要な視点を提供している。
(おかざき・てつじ 東京大学・大学院経済学研究科・教授)
波 2018年2月号より
どういう本?
タイトロジー(タイトルを読む)
そう遠くない将来、柳田たち農政官僚が抱いた夢が実現するかもしれない。実は、柳田は当時の農業界からは拒否されながらも、自説に自信をもっていた。『時代ト農政』のはしがきで「是非を百年の後昆(後輩)に問はうと思ひまして今回の如き企をしたのであります」と述べている。つまり百年後の人なら理解できるのではないかというのである。『時代ト農政』から百年後にようやく柳田の農政学を実現できる環境が整ってきた。柳田は大変な預言者だったのかもしれない。(本書351ページ)
著者プロフィール
山下一仁
ヤマシタ・カズヒト
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所上席研究員。1955年岡山県生まれ。1977年東京大学法学部卒業、同年農林省入省。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。2008年農林水産省退職。1982年ミシガン大学応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。著書に『日本農業は世界に勝てる』(日本経済新聞出版社)『食の安全と貿易』(日本評論社)『国民と消費者重視の農政改革』(東洋経済新報社)他多数。