ホーム > 書籍詳細:百年の短歌

百年の短歌

三枝昂之/著

1,815円(税込)

発売日:2025/10/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

短歌は日本人の心のふるさとである!

森鴎外、樋口一葉、柳田國男、斎藤茂吉、中島敦、塚本邦雄、岡井隆、河野裕子、俵万智、穂村弘……。子規の短歌革新から始まり、前衛短歌運動、口語短歌などの広がりを見せながら、短歌は日々の暮らしと密着した詩型であり続けた。105首の名歌を懇切に鑑賞することにより、作歌へのヒントが学べるユニークな短歌入門書。

目次

はじめに

I 四季 
佐佐木信綱 春ここに生るる朝の日をうけてさんさうもくみな光あり
柳田國男 にひとしの清らわか水くみ上けてさらにいつみのちからをそおもふ
与謝野寛 幼な児が第一春と書ける文字ふとく跳ねたり今朝の世界に
尾崎左永子 いくつもの暮しのきまり捨て来たり節分の豆は声立てず撒く
与謝野晶子 はるてばいはふよりいはおやごころともなりにけるかな
北原白秋 どれどれ春の支度にかかりませうあかい椿が咲いたぞなもし
中野重治 今日の逢ひいや果ての逢ひと逢ひにけり村々に梅は咲きさかりたり
今野寿美 農村が雪占といふうつくしい心で呼吸してゐた日本
前登志夫 草萌えろ、木の芽も萌えろ、すんすんと春あけぼのの摩羅のさやけさ
前川佐美雄 春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける
三木露風 旅にして見しは高嶺の山桜ゆくりなくめで後も忘れじ
筏井嘉一 子の髪を剪りそろへゐる妻の手に音春らしう鋏が鳴るも
清原日出夫 〈サオになれ カギになれ〉わが幼らの声の遥けし鶴帰りゆく
中城ふみ子 背のびして唇づけ返す春の夜のこころはあはれみづみづとして
井辻朱美 楽しかったね 春のけはいの風がきて千年も前のたれかの結語
永田紅 群像は百万遍をながれゆきとどまる側がもっともさびし
栗木京子 亡き人の爪のひかりもまじりゐむ石巻港に桜の咲けり 
梶原さい子 雨の日はこの階段をダッシュせりラグビー部テニス部野球部ヨット部
正岡子規 いたつきの癒ゆる日知らにさ庭べに秋草花の種を蒔かしむ
平成の美智子皇后御歌 帰り来るを立ちて待てるにときのなく岸とふ文字を歳時記に見ず

II 四季 
平成の明仁天皇御製 贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に
坪野哲久 水無月のみどりの風がふきさらす身体髪膚あわれなりけり
山川登美子 木屋街はかげ祇園は花のかげ小雨に暮るゝ京やはらかき
渡英子 うりずんに続く若夏みづみづと沖縄うちなーことばで夏は近づく
石牟礼道子 こゝにして空のひろさを思ひゐる有明海と島と帆とわれ
寺山修司 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり
小中英之 螢田てふ駅に降りたち一分のかんにみたざる虹とあひたり
岡麓 夏消えぬ雪の高山ややとほにしばしば見とも常飽かめやも
古泉千樫 ゆくものは逝きてしづけしこの夕べ土用蜆の汁すひにけり
半田良平 若きらが親に先立ちぬる世を幾世し積まば国は栄えむ
小泉保太郎(千葉) 空襲は日々に激しくなりまさり山の寮舎にも焼夷弾を降らす
下村海南 放送に天気予報のありしをも忘れゐたりき今日久にして
岸上大作 戦死公報・父の名に誤字ひとつ 母にはじめてその無名の死
橋本喜典 フィリア美術館のガラスケースにれありアウシュヴィッツ囚人のなつの端切れ
竹山広 原爆を知れるは広島と長崎にて日本といふ国にはあらず
雨宮雅子 おもだかは夏の水面の白き花 孤独死をなぜ人はあはれむ
岡野弘彦 東京に出るたび われは靖国の坂をのぼりて 友に逢ひに行く
北杜夫 涙いずるたまゆらにしてが父のおぼろなる影をまなかひに見つ

III 四季 
斎藤茂吉 こゑひくき帰還兵士のものがたりたきを継がむまへにをはりぬ
穂村弘 秋の始まりは動物病院の看護婦ナースとグレートデンのくちづけ
萩原慎一郎 ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる
吉植庄亮 一つ鳴り二つ鳴りつつ新墾田の大田の鳴子鳴り揃ひたり
宮沢賢治 大ぞらは/あはあはふかく波羅蜜の/夕づつたちもやがて出でなむ
中村憲吉 国こぞり電話を呼べど亡びたりや大東京に声なくなりぬ
吉野昌夫 いのちながらへて還るうつつは想はねど民法総則と言ふを求めぬ
出陣の碑 目白ヶ丘の櫻と咲かむ
谷崎潤一郎 老いぬれば事ぞともなき秋晴れの日の暮れゆくもをしまれにけり
宮柊二 七階に空ゆくがんのこゑきこえこころしづまる吾が生あはれ
富小路禎子 ポケットにキリストの像常にあり所在なき時吾はでてをり
伊藤一彦 月光のなまりて降るとわれいへど誰も誰も信じてくれぬ
長塚節 鷄頭は冷たき秋の日にはえていよいよ赤く冴えにけるかも
山中智恵子 三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや

IV 四季 
岡井隆 おほぞらみつかたむけてゐたりけり時こそはわがしづけき伴侶
芥川龍之介 わが前を歩める犬のふぐり赤しつめたからむとふと思ひたり
中島敦 づれば氷の上を風が吹く我は石となりてまろびて行くを
佐佐木治綱 冬の空さえざえと邃し仰ぎつつ怒り持つゆゑに生くると知るも
宮英子 寒ければ新聞を折りて背に入れぬ立ち上がるとき紙は騒ぐも
窪田章一郎 飲まずともすむウイスキー湯に割りて些か酔へば寝る前たのし
佐藤弓生 どんなにかさびしい白い指先で置きたまいしか地球に富士を
本田一弘 降る雪は白きこゑなり おほちちの、おほははの、ははの、死者の、われらの
葛原妙子 おほいなる雪山いま全盲 かがやくそらのもとにめしひたり

V 時代と人生
佐佐木幸綱 かぜのとのとおきみらいをかがやきてうちわたるなりかねのひびきは
谷川健一 潮引きしあとのはなの夕あかり神の作りし島にて死なむ
有島武郎 世の常のわか恋ならはかくはかりおそましき火に身はや焼くへき
明石海人 拭へども拭へども去らぬ眼のくもり物言ひさして声を呑みたり
小川正子 よしもなき大人となりしかなしさがむねを噛むなりふるさとの山
結城哀草果 あかあかとえたるの月みればこの世のものはあはれなりけり
春日真木子 さういへば蝉の字体の口ふたつ失ひたりしは戦後なりしか
塚本邦雄 革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ
柳澤桂子 われわれは哺乳類なり友であるSARSが示すいのちのまこと
佐佐木信綱 いかに堪へいかさまにふるひたつべきと試の日は我らにぞこし
加藤治郎 フロアまで桃のかおりが浸しゆく世界は小さな病室だろう
吉川宏志 金網は海辺に立てり少しだけ基地の中へと指を入れたり
佐藤モニカ セカオワを聴きつつ曲がるカーブなりこれより沖縄どこへ行くのか
春日いづみ この仕事使命にあらず天よりの指名と思はむ 助けはくるはず
坂井修一 AIが法律つくるつぎの世のAIつくるにんげんはいま
川田順 むらさきの日傘の色の匂ふゆゑ遠くより来る君のしるしも
柳原白蓮 咲けば散るただそれだけの人生と恋しりそめしをとめにいひぬ
村岡花子 よその子等いくたり見るも母は泣かず眼にまざまざとの映れば
永田和宏 きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり
河野裕子 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
島田修三 少女はや憂き世をのがれ少年はひとりし後れ老いてゆくなり
大森静佳 おばあさんになったわたしの傍にいて いなくてもいて 山が光るね
三枝浩樹 虚無僧過ぎ、尼僧すぎたりうつは欠損などなにもなき穏やかさ
齋藤史 思ひ草繁きが中の忘れ草 いづれむかしと呼ばれゆくべし

VI 折々の歌
樋口一葉 うなゐごが小川に流すさゝ舟のたはぶれに世をゆく身なりけり
森鴎外 爪をはむ。「何の曲をか弾き給ふ」「あらず。汝が目を引き掻かんとす」
落合直文 父と母といづれがよきと子に問へば父よといひて母をかへりみぬ
石川啄木 途中にてふと気が変り、/つとめ先を休みて、今日も/をさまよへり。
尾上柴舟 終点の電車下りてしばらくはこの自由なる身を立たせけり
石榑千亦 紀の潮と淡路の潮と戦へる迫門を船ゆくかしぎながらに
太宰治 かりそめの、人のなさけの身にしみて、まなこ、うるむも、老いのはじめや。
中原中也 小田の水沈む夕陽にきららめくきららめきつゝ沈みゆくなり
湯川秀樹 物みなの底にひとつののりありと日にけに深く思ひ入りつつ
植松壽樹 わが家のたてましをはれば隣にて同じ大工等修繕しはじむ
田谷鋭 かの本をはんとこころ決めしより拠りどころある思ひに歩む
山崎方代 夜おそく帰り来たりて抜穴にそっと這入って寐てしまうなり
島田修二 サラリーの語源を塩と知りしより幾程かすがしく過ぎし日日はや
石原吉郎 遠景はとほきにありて北を呼ぶ 北よりとほき北ありやさらに
小池光 「さねさし」の欠け一音のふかさゆゑ相模はあをき海原のくに
東直子 そうですかきれいでしたかわたくしは小鳥を売ってくらしています
佐佐木定綱 売りたくはないけど売れる本並べ腎臓なんかも売った気がする
田村元 みちのくのでんしゆのうすき黄を愛でてわれが〈わ〉と〈れ〉にほぐれゆきたり
平岡直子 三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
俵万智 空中に繰り返し書く指で書く「い・た・い」はあと一文字で「あ・い・た・い」

あとがき

書誌情報

読み仮名 ヒャクネンノタンカ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-603936-2
C-CODE 0392
ジャンル 評論・文学研究
定価 1,815円
電子書籍 価格 1,815円
電子書籍 配信開始日 2025/10/22

書評

視線の余裕がもたらす歌の豊穣

永田和宏

 三枝昻之は、現代短歌の書き手として私がもっとも信頼してきた歌人である。長年の友であり、五〇年を越える同行者であるが、彼が同年代に居てくれたことは、私にとって大きな安心であり、励ましでもあった。
 私たちが歌を始めた頃、「第二芸術論」の余波からまだ抜け出せないままに、短歌は日陰者の文学であった。電車で歌集を開くなど、とてもできない雰囲気でもあったのである。そんななかで、私と三枝は、歌人は歌だけ作っていては駄目なのだ、評論活動のなかで短歌の復権をはからなければならないと、それには詩としての原理論こそが大切なのだなどと、酔いのままに異常に熱く語りあったものだった。その中から、三枝に『現代定型論』が生まれ、私は『定型短歌論』を出すことになった。共に三〇代前半の仕事である。
 三枝昻之の評論活動、研究活動はその後も絶えることなく続き、三部作とも言うべき『前川佐美雄』『昭和短歌の精神史』『佐佐木信綱と短歌の百年』に結実することとなった。いずれも重厚な評論集(研究書)で、ここまで精緻に調べるかと感心し、そのなかで見事に三枝昻之のくっきりと見える視線を頼もしく読んだものである。現代歌人のなかで、三枝以上に短歌史を整然とため込み、自らの言葉として語り得る歌人はいないはずである。
 今回の『百年の短歌』は、「波」連載時から楽しみに読んでいたものであるが、一冊にまとまってみると、読みやすい言葉の展開のなかに、やはりくっきりと三枝昻之の視線を感じることができたのはうれしいことであった。近代以降の百人余りの歌人の作品を採り上げ、その作品がなぜ私たちに訴えてくるのか、その背景とともに時代が浮かび上がってくるようだ。
 本書の構成は春夏秋冬の四季、それに「時代と人生」「折々の歌」の六部構成になっているが、「春」の部の二人目に登場するのが、柳田國男であり、この択びにも本書の特色が出ている。いわゆる歌人だけでなく、歌人以外の文人たちの歌にも広く目が行き届いているところである。

にひとしの清らわか水くみ上けてさらにいつみのちからをそおもふ柳田國男 

 新年の歌であるが、「柳田國男は幼い頃から和歌に親しみ森鷗外が創刊した「しがらみ草紙」第二号(明治二十二年十一月)に短歌を寄稿、以後晩年まで折々に詠み続けた」と説明があり、ほとんど柳田の歌に注目してこなかった私などは、そうだったのかと思わざるを得ない。
 さらに、第二芸術論の渦のなかの短歌否定論に対する柳田の「短歌が文学であるか否かを論ずる人は、多分えらいのでありませうが、気の毒や日本の行掛りをまだ知つて居ません」という発言を引きつつ、「日本の行掛り、歌垣や酒宴歌、盆踊りの即興歌や歌合など歌にはそもそも人界の実用があり、『おもやいのもの』つまり国民全体のものだった。だから芸術主義だけでは短歌の理解は間に合わないと説いている。短歌論として不可欠な観点だろう」と、三枝による解説が続くのである。
 単なる歌の鑑賞を越えて、その歌人の発言やエピソードを交えることによって、立体的に一人ひとりを浮かび上がらせるところに本書の大きな特徴がある。
「あとがき」に「短歌は塚本邦雄や与謝野晶子のようなスーパーエリートだけの詩型ではない。私の父のように日記代わりの暮らしの文芸でもあり、文人が余技のように楽しむ遊びの詩型でもあり、〈私〉を超えた晴の歌の詩型でもある。その奥行きと幅広さにこそ、この詩型のかけがえのなさがある」と綴っているが、これが本書に託した三枝昻之の短歌論の現在でもあろう。

〈サオになれ カギになれ〉わが幼らの声の遥けし鶴帰りゆく清原日出夫 

 歌人を採り上げるのに、その歌人の代表歌ではない歌が採り上げられているのも本書の特色である。
 清原ならすぐに「一瞬に引きちぎられしわがシャツを警官は素早く後方に捨つ」などの安保闘争時の歌を引きたくなるものだが、三枝は、安易に代表歌に寄りかかって無難な鑑賞をという態度を捨て、現在の時点でその歌人のなかに、何が大切な要素であるかを探そうとしているようでもある。そのなかで、例えばこの一首に「舞う鶴の群れを子らが囃し立て、無垢の声が夕空に広がる。歌には季節の、そして日々の暮らしの平穏を願う心がこもっている」「激動の時代を受け止めた青春歌もいいが、それを経た百年変わらない市井のリリカルな祈りに私はより心惹かれる」と述べるくだりなどに、本書を通じて見られる、短歌史を見る〈視線の余裕〉を感じるのは私だけであろうか。
 その〈視線の余裕〉こそが、一首一首の歌を短歌史のなかにより深く定着させる作用を持ち、それによって、歌がより広くまた豊かな息衝きをもった世界へと、飛翔する力を獲得するようにも思うのである。

(ながた・かずひろ 歌人・細胞生物学者)

波 2025年11月号より

著者プロフィール

三枝昂之

サイグサ・タカユキ

歌人・評論家。1944年山梨県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。歌誌「りとむ」発行人。日本歌人クラブ顧問。山梨県立文学館館長。宮中歌会始選者。現代歌人協会賞、現代短歌大賞などを受賞、旭日小綬章受章。歌集に『暦学』『農鳥』『遅速あり』、歌書に『昭和短歌の精神史』『前川佐美雄』『佐佐木信綱と短歌の百年』など著書多数。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

三枝昂之
登録
評論・文学研究
登録

書籍の分類