天才 富永仲基―独創の町人学者―
880円(税込)
発売日:2020/09/17
- 新書
- 電子書籍あり
300年前、驚くべき思想家がいた――。世界に先駆け仏典を実証的に解読。31歳で夭折した、“知られざる天才”の生涯と思想に迫る!
江戸中期、驚くべき町人学者が大坂にいた――。醬油屋に生まれ、独自の立場で儒教や仏教を学ぶ。主著『出定後語』では、世界に先駆けて仏教経典を実証的に解読。その成立過程や思想構造を論じ、結果導いた「大乗非仏説論」は、それまでの仏教体系を根底から揺さぶり、本居宣長らが絶賛するなど、日本思想史に大きな爪痕を残した。生涯独立不羈を貫き、三十一歳で夭折した“知られざる天才”に、僧侶にして宗教学者の著者が迫る。
引用文献・参考文献
書誌情報
読み仮名 | テンサイトミナガナカモトドクソウノチョウニンガクシャ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 256ページ |
ISBN | 978-4-10-610875-4 |
C-CODE | 0215 |
整理番号 | 875 |
ジャンル | 宗教、日本史 |
定価 | 880円 |
電子書籍 価格 | 880円 |
電子書籍 配信開始日 | 2020/09/17 |
書評
300年後の“成仏”
わたしが富永仲基の存在を最初に知ったのは、松岡正剛さんの『空海の夢』(春秋社)の読書を通してだ。いまから300年ほど昔の大坂に、インド、中国、日本それぞれの地域の風土文化の違いから、仏教、儒教そして神道の宗教としての差異を理解しようとした人がいたという事実に衝撃を受けた。わたしは、台湾、ベトナム、日本とアジア諸国に広がる家族に生まれ育ち、フランスやアメリカの教育を受けてきて、「風土が思考を形成する」ことをいわば当事者として生きてきた。だから、仲基の国境をまたぐ視座からは多くを学べると直観したのだ。
それから歴史家・内藤湖南の大阪毎日新聞での講演録、つづけて宗教学者・島薗進さんの論文『宗教学の成立と宗教批判:富永仲基・ヒューム・ニーチェ』を読み、いよいよ仲基の原文にとりかかりたい欲求が高まった。そこで、『出定後語(現代仏教名著全集 普及版)』(隆文館)を入手したのは良いものの、その分厚さに怖気づいてしまい、なかなか開くことができないでいた。そんな折に、釈徹宗さんが富永仲基の本を書かれているとご本人から教えて頂き、これぞ仏教でいう冥加なのかと喜んだばかりだった。
そうして手に取った本書は、期待を裏切らなかったばかりか、当時の時代背景を含めた仲基という人の全体像を教えてくれる内容だった。仲基の人生を俯瞰しつつ、『出定後語』に加えて、『翁の文』と『楽律考』というよりマイナーだが重要な文献の内容を繙いてもらえる歓びを噛みしめた。さらに、釈さんの講演を聴いているかのように平易な文体で書かれているおかげで、わたしのような専門外の人間にもとても読みやすく、読了するのに二日とかからなかった。
もちろん、仏教に関する専門用語がたくさん出てくるので、注釈を読んだり辞書で調べたりしながら理解を深めるべき箇所も少なくなく感じられた。しかし、仮にそのひとつひとつを詳述していたら、本書の読みやすさは損なわれていただろうとも思う。逆に本書で気になった概念を、さらに他の書籍や文献であたろうという好奇心の種を植え付けてもらったようにも感じる。
ところで、わたしが本書を読みながら静かに感動したのは、仏僧である釈さんが、仏教の発達に冷徹なメスを入れる仲基に対して、実にフェアな視点を保ちながら書かれている点だ。もちろん、そのことは釈さん自身が仏教徒以外にも比較宗教学者としてのアイデンティティも併せ持っていることに拠るところが大きいだろう。しかし、それ以上に釈さんが仲基に向ける、冷静でありながらも暖かい眼差しには、未来への希望のようなものを感じさせられた。
わたし自身は無宗教者だが、さまざまな宗教体系が築いてきた文化の数々に敬意を抱いて生きてきた。また、特定の儀礼宗教を信仰せずとも、自分の認知を超える不可知の現象に対する信仰心は少なからず持っているつもりだ。しかし、現代、特に日本社会では、宗教について人とオープンに話しづらい空気が漂っているように感じる。
だからこそ、互いを傷つけることなく、異なる宗教観について自由に語り合える社会に生きたいと強く思う。そのためのひとつの道筋としては、わたしのような無宗教者がもっと宗教の歴史について学ぶことが前提となるだろう。ただしその際、宗教にまつわる客観的な知識だけを取り込むだけでは、宗教者と無宗教者の議論は平行線をたどることになってしまう。わたしのように、特定の固有名を持つ信仰対象を持たない無宗教者でも、言語化の網を超えて感得する直観や内観について、宗教者と共有する意志を持つ必要がある。それと同時に、本書でも釈さんが書かれているように、宗教者の側が原理主義に陥らずに、異なる宗教体系、そして無宗教者たちの信仰のかたちをつなげる「間テキスト性」に対して開かれる必要もあるだろう。
本書は、その意味では世俗者として「誠の道」というメタ宗教原理に漸近しようとし続けた富永仲基と、宗教者にして近代的な研究者でもある著者の、時代を超えた穏やかな対話として読める。仲基は生前、周囲の理解を得られないまま早逝し、さらに本書が解き明かすように後代の仏教排斥論者たちに誤用されるという不幸に見舞われた。しかし、300年後に釈徹宗のような理解者が仏教の世界から現れたことを知れば、仲基の無念もきっと成仏するに違いない。
(ドミニク・チェン 早稲田大学文化構想学部准教授)
波 2020年10月号より
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仏教の“敵”に迫る、チャレンジングな一冊
「富永仲基」と聞いて、「ああ、あの人か」とすぐにピンと来る人はそう多くないでしょう。富永仲基は、江戸中期の大坂に生きた町人学者で、世界に先駆けて仏典を実証的に解読。「大乗仏教は釈迦の直説に非ず」という「大乗非仏説論」で知られ、その独創的な方法論に基づいた分析が、本居宣長や平田篤胤といった国学者、内藤湖南や山本七平といった後世の歴史家たちにも絶賛されています。
つまり日本思想史上の重要人物なのですが、教科書に必ずその名前が載っているかといえば、そうではなく、知名度だけならば「さほど……」といった人物です。
しかし、仏教界ではよく知られた人物です。仲基自身はお坊さんでないのにもかかわらず。それもそのはず、日本仏教の大勢を占める大乗仏教を「釈迦の直説に非ず」と喝破したわけですから。実際、この「大乗非仏説論」に反駁する書も多くあり、仏教界では長く敵視されていた時代もありました。
いわば一部からは仏教の“敵”と目されていた富永仲基に、「大乗仏教の申し子」浄土真宗の僧侶にして宗教学者の釈徹宗さんが迫るのが、本書『天才 富永仲基―独創の町人学者―』です。それだけでもチャレンジングな一冊であることが、おわかりいただけようというものです。“天才”と称された理由、その功績や独創性など、『出定後語』『翁の文』『楽律考』といった著作をひもときながら、この“知られざる天才”を論じます。
掲載:2020年9月25日
著者プロフィール
釈徹宗
シャク・テッシュウ
1961(昭和36)年大阪府生まれ。僧侶。宗教学。相愛大学副学長・人文学部教授。論文「不干斎ハビアン論」で涙骨賞優秀賞(第五回)、『落語に花咲く仏教』で河合隼雄学芸賞(第五回)、また仏教伝道文化賞・沼田奨励賞(第五十一回)を受賞している。著書に『法然親鸞一遍』など。