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がんの消滅―天才医師が挑む光免疫療法―

芹澤健介/著 、小林久隆/医学監修

924円(税込)

発売日:2023/08/18

  • 新書
  • 電子書籍あり

「がん細胞がぷちぷち壊れていく」。「第五のがん治療法」の真の姿と開発の苦闘を描く医学と人間のドラマ。

原理はシンプル――だがその画期的機構から「第五のがん治療法」と言われ、世界に先駆け日本で初承認された「光免疫療法」。研究者たちが「エレガント」と賞賛し、楽天創業者・三木谷浩史が「おもしろくねえほど簡単だな」と唸った「ノーベル賞級」の発見は、なぜ、どのように生まれたのか。各メディアが取り上げた天才医師に5年間密着、数十時間のインタビューから浮かび上がる挫折と苦闘、医学と人間のドラマ。

目次
はじめに
第一章 光免疫療法の誕生
実験現場の奇妙な現象/光免疫療法の「発見」/光免疫療法の原理/標準治療/三大療法/「がんの消滅」/NIH――米国国立衛生研究所/39歳でのリスタート/〈ナノ・ダイナマイト〉/爆薬IR700/起爆スイッチ/スイッチのオン・オフ/〈魔法の弾丸〉/分子標的薬/ミサイル療法/9割のがんをカバーする/光免疫療法の真価/免疫はがんを殺せるか/制御性T細胞/〈免疫システムの守護者〉/「全身のがんが消えた」/偶然か戦略か/イメージングがもたらしたもの/“見る”ことと“治す”こと/光免疫療法への道/完璧な理論武装
第二章 開発の壁
資金の壁/誰と組むか/西へ東へ/三木谷浩史と父のがん/「おもしろくねえほど簡単だな」/1週間で3度の会合/RM-1929/治験の壁/施術条件の壁/ある同僚の死/効きすぎてしまった?/奏効率の壁/政治の壁/「ひとりの天才がいるだけではダメ」/辿り着いた国内承認/現場の医師より/光免疫療法ではない治療/「人生最後の山」
第三章 小林久隆という人
ノーベル賞はありうるか/「同世代のヒーロー」/医師で化学者で免疫学者/「まっすぐではなかった」道/謳歌した大学院時代/渡米ショック/学位論文/苦い教訓/どん底の研究生活/“医者”か研究者か/まともなことをしてるんやろか/年1500件の内視鏡検査/「がんこ」で「しつこい」/少年時代/灘の“化学の鬼”/京都大学へ/何かを見つけるための6年間/震災の記憶/日本のキャパシティ/骨ぐらいは拾ってやる/「無駄な実験なんてひとつもない」
終章 がんとはなにか
がんは難しい/セントラル・ドグマ/自己の分身/光免疫療法の未来
おわりに

書誌情報

読み仮名 ガンノショウメツテンサイイシガイドムヒカリメンエキリョウホウ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-611006-1
C-CODE 0247
整理番号 1006
定価 924円
電子書籍 価格 924円
電子書籍 配信開始日 2023/08/18

書評

「革命期の科学」とがん

竹内薫

 国立がん研究センターによれば、日本人の2人に1人ががんになる。日本人の死因1位は1981年からがん(悪性新生物)で、2021年の厚生労働省の統計によれば、26・5%を占める。4人に1人ががんで死ぬ計算だ。
 ならばと思う。誰しも身近な人をがんで亡くした経験があるだろう。その人を思い出す度に、もっと何かしてあげていたら? もっと良い治療法があったのではないか? などと考えてしまわないだろうか。本当は、もっと、その人との人生の楽しかった場面を思い出せればいいのだが。
 私も大学生のときに伯母をがんで失っている。同居していた家族だったので、悲しみも大きかった。私は、週に一日、大学の授業を休んで、伯母を車で病院まで送っていた。化学療法や放射線治療の甲斐なく、伯母が、日に日に弱っていくのがわかり、医学の限界を感じた。大人になってから、今度は従妹が子宮頸がんで亡くなった。まだ30歳の若さで、幼子を残して天に召された。
 そんなわけで、少々、複雑な心境で本書を読み始めたのだが、すぐに光免疫療法の仕組みの虜になってしまった。標的であるがんに直接、微小な「ダイナマイト」を仕掛けて、後はスイッチを押して爆破する。それだけなのだ。
 一日半で一気に読んでしまったが、「がん細胞だけを狙って殺す」「何度でも治療できる」「9割のがんをカバーする」という光免疫療法のメリットがスッと頭に入ってきた。
 光免疫療法だけでなく、いわゆる標準治療と呼ばれる「外科手術」、「放射線療法」、「化学療法」、そして、本庶佑先生のオプジーボで有名な「がん免疫療法」についても、それぞれ要点がまとめられていて、知識の整理に役立つ。また、「抗体」、「抗原」、「T細胞」といったキーワードも、高校生物基礎と銘打って、懇切丁寧に説明されている。
 科学や医学の発見には、偶然がつきものだと言われるが、「がん細胞がぷちぷち壊れる」という光免疫療法の発見も、やはり偶然だった。もともと治療法を研究していたわけではなく、がん細胞の表面にくっつく物質を使って、がん細胞だけを「光らせる」研究をしていたら、あまりよく光らずにがん細胞が壊れてしまった。光らせるのが目的であれば、たしかに実験は失敗だ。しかし、天才は、常に常人とは違った世界を見ている。小林先生の目には、実験の失敗ではなく、新たながん治療法の未来が見えていた。
 小林先生が、治療の実用化に向けて、さまざまな壁にぶち当たっていたとき、楽天の三木谷浩史氏と出会った。三木谷氏は父親ががんの闘病生活を送っていて、最新の治療法を探していたのだ。
「おもしろくねえほど簡単だな」
 初対面の席で三木谷氏の脳裏をよぎった言葉だ。しかし、科学や医学においては、シンプルなアイディアが革命を起こすことは多い。ニュートンの重力法則もそうだし、コペルニクスの地動説もそうだし、ジェンナーのワクチンだってそうだ。画期的なアイディアは、みなシンプルで美しい。
 そもそも科学や医学は、ゆるやかな坂を登るように発展する「通常期の科学」と、世界の常識を塗り替える「革命期の科学」に分かれる。光免疫療法は、明らかに後者、すなわち科学革命と言っていい。あらゆる科学革命の共通点は「シンプルさ」にある。前の時代のパラダイムでは対応しきれなくなり、どんどん理論や実験や(医学の場合であれば)治療法が複雑化してゆく。そんなとき、忽然と天才が現れ、一気に新しい時代を切り開く。もちろん、孤高の天才が一人でパラダイムシフトを起こせるわけではない。天才の周囲には、自然と、天才を応援するチームが生まれるのだ。
 小林先生の人となりがわかる「伝記」の部分も読み応えがある。やはり、科学書の醍醐味は、天才科学者の人生エピソードである(ミーハーですみません)。小林先生の場合は、特に灘高において「化学の鬼」の異名を取った話が面白かった。また、臨床の現場に身を置き過ぎて、研究生活の開始が遅れたことや、異常な集中力で論文を仕上げていく姿など、とても興味深く読ませてもらった。
 iPS細胞の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥先生への取材も面白い。iPS細胞から免疫細胞を作り、「光免疫療法とiPS細胞の再生医療を組み合わせれば、治療の効果をさらに上げることもできるんじゃないか」と提案する山中先生に対して、「iPS細胞のがん化を防ぐために光免疫療法を利用することもできるんじゃないか」と返す小林先生。一流の科学者(医学者)同士の交流が、新たな「化学反応」を生むのではないかと期待が高まる。
 人類が、がんを克服する日も近い。本書を読んで、そう確信した。

(たけうち・かおる サイエンスライター)
波 2023年9月号より

蘊蓄倉庫

日本人の2人に1人ががんになり――。

 国立がん研究センターによれば、日本人の2人に1人ががんになります。また、2021年の厚生労働省の統計によると、日本人の死因のうちがん(悪性新生物)の26・5%は2位の「高血圧性を除く心疾患」の14・9%を大きく引き離して1981年から変わらず1位です。
 本書の著者、芹澤健介さんはこう書きます。
「この数字が示すのはむしろ、身内や親しい友人をがんで失ったことがない人など、どのくらいいるのだろうということだ。
『9割のがんに効く』治療法があれば、どのくらいの人たちと私たちはまだ一緒に過ごせていただろうかということだ」と。
 深く頷く人も多いのではないでしょうか。

掲載:2023年8月25日

担当編集者のひとこと

9割のがんに効く?!

「光免疫療法」という言葉に初めて接したのは2017年のことでした。すでにいくつかのメディアが取り上げていて、当時は理論的に8割から9割のがんに適用できるはずと言われていました(現在では適用できる可能性が広がり、9割と言われています)。そんな治療法がありうるのだろうか?と調べてみれば、原理は素人でもわかるほどシンプルかつエレガント。いったいどんな人が、どんな発想で、こんなに画期的な治療法に辿り着いたのだろう――それが取材の端緒でした。楽天創業者の三木谷浩史氏も本書の中で、光免疫療法のメカニズムを初めて聞いた時のことについてこう述べています。
「正直に言えば、おもしろくねえほど簡単だなと思ったんですよ。動物実験の画像やいろんなデータを見せてもらったんですが、メカニズムは非常にシンプルで、自分としては、何て言うのかな、なるほど、これは人間でもワークしないはずがない、効かないはずがないと思いました」
 以来、足かけ6年、ライターの芹澤健介さんと二人三脚での取材が結実したのが本書です。光免疫療法の現在と未来をレポートするとともに、開発者である小林久隆先生の意外でもあり、必然でもある「ノーベル賞級」の発見への道のりを丁寧に辿っています。

2023/08/25

著者プロフィール

芹澤健介

セリザワ・ケンスケ

1973(昭和48)年、沖縄県生まれ。横浜国立大学経済学部卒。ライター、編集者、構成作家、映像ディレクター。著書に『コンビニ外国人』など、共著に『本の時間を届けます』など。

小林久隆

コバヤシ・ヒサタカ

1961(昭和36)年生まれ。京都大学大学院医学研究科修了。医学博士。光免疫療法の開発者。米国国立衛生研究所(NIH)主任研究員。

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