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新潮日本古典集成〈新装版〉 萬葉集 一

青木生子/校注 、井手至/校注 、伊藤博/校注 、清水克彦/校注 、橋本四郎/校注

2,970円(税込)

本の仕様

発売日:2015/04/28

読み仮名 シンチョウニホンコテンシュウセイシンソウバンマンヨウシュウ01
シリーズ名 新潮日本古典集成
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 432ページ
ISBN 978-4-10-620802-7
C-CODE 0393
ジャンル 古典
定価 2,970円

名歌の神髄を平明に解き明す。一巻・巻第一~巻第四 二巻・巻第五~巻第九 三巻・巻第十~巻第十二 四巻・巻第十三~巻第十六 五巻・巻第十七~巻第二十。

著者プロフィール

目次

凡例
巻第一
巻第二
巻第三
巻第四
解説
 萬葉集の世界(一)萬葉の魅力 清水克彦
 萬葉集の生いたち(一)巻一~巻四の生いたち 伊藤博
付録
 参考地図

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『万葉集』を読み、のこし続けてきた人たちがいたから―新元号「令和」と万葉集と漢文の素敵な関係―

三宅香帆

 新元号の出典が『萬葉集』である、とのニュースが入ってからというもの、にわかに『萬葉集』が脚光を浴びている。なんと『萬葉集』関連書籍がベストセラーとしてアマゾンのランキング一位に躍り出る日が来ようとは。本屋に行けば、『萬葉集』コーナーがかがやかしげに掲げられている。いや〜こんな光景を生きてるうちに目にすることができるなんて〜。と、私は思わずにやけてしまう。
 なんでにやけるかって、私はつい先日まで大学院で『萬葉集』の研究をしていたのだけど、当時私が他分野の学生に向かって「専門は萬葉集です!」と自己紹介すると、ほとんどの場合に返ってくるのは「な、なぜそんなマイナーな分野を……」とでも言いたげな苦笑だったからだ。
『萬葉集』といえば古典文学のなかではメジャーなほう! と私は思っていたのだけど、やっぱり国語の教科書でも、古典の花形といえば『源氏物語』や『古今和歌集』だったらしい。和歌といってなんとなく思いつくのは、藤原定家? 平安文学は強いな。『萬葉集』って名前を聞いたことはあるけれど、実際にどんな歌集かと言われれば、よくわからない〜。と言われることが、私はしばしばあった。うーん、なんで平安文学に比べて『萬葉集』は、ちょっとだけ私たちから遠いのだろう。
 しかし。実のところ私たち現代人にとって『萬葉集』が遠いものであることは、ある意味、当然のことだと思う。だって『萬葉集』は、発表から千二百年ほど経った現代日本においては、すでに「読めない」和歌があるんだもの。
 たとえば、例を出すために『萬葉集』の最初の歌を見てみよう。4516首も掲載されている一大歌集『萬葉集』(なんと全二十巻!)における、オープニングの和歌。ちょっと興味湧きません? 元号には関係ないけれど、少しだけお付き合いいただきたい。

 天皇の御製歌
籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ぶくし)持ち この丘に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(なの)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居(を)れ しきなべて われこそ座(ま)せ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも  (巻一・一番)

 ……一読しただけでは「へ? 何の歌? どういう意味??」と首を傾げられるかもしれない。でもこの歌、そんなに難しい意味はない。言うなれば、作者(とされる。実際につくったかどうかは横に置いておいて)の雄略天皇が、野原で菜を摘む女の子をナンパしている歌である。
 正確な訳は『新潮日本古典集成〈新装版〉 萬葉集(一)』(新潮社刊行!)を読んでいただくとして、ざっくりとした意味は「可愛い籠をもってるそこの可愛いきみ! 名前はなあに? この大和の国は俺がすべて治めているんだぜ! 俺も名前や家を名乗ろうじゃないか……」といったもの。ざっくりしすぎてえらい人には怒られそうだが、おおむね間違ってはいない、と思う。まぁ言葉はナンパとはいえど、内容はきちんとこの国が平和でありますように、という祈りを込めた歌なのだけど(あとついでに言えば、この歌は「長歌」といって、5757……と続けて最後7、7の句で終える形式をとっている。って語ると長くなるので省略!)。
 しかしこの歌が、ちょっと『萬葉集』を勉強した小娘(私)ですら読めるようになるのには、先人たちの大いなる努力が背後にある。というのも『萬葉集』の表記はすべて漢字で、文法も平安時代のものとは少し違い、そのうえ中国の古典文学まで知っていないとその引用を理解できないからだ。『萬葉集』を読むのは、意外と、大変なんである!
 たとえば先ほど挙げた雄略天皇のナンパ歌(巻一の一番)、最初の句を「籠(こ)もよ み籠(こ)持ち」と読むようになったのは、ごく最近になってから。『萬葉集』の原文では「籠毛與美籠母乳」と綴られている。でもこれだけじゃ日本語としてふつーは読めなくないですか!? 読もうとがんばる『萬葉集』研究者は、まずどの漢字からどの漢字までが5句で7句なのかを判定せねばならない。ちなみに平安時代につくられた『萬葉集』の写本(研究者の間では「元暦本萬葉集」と呼ばれている)では、「こけよ(み)ろもち」とふりがなが振られていた。「毛」を「け」と読みたくなるそのセンス、わかるよ……。
『萬葉集』を読もうとがんばっていた昔のひとびとの努力を繙いてみれば、江戸時代の国学研究者である賀茂真淵は「かたまもよ みがたまもち」(『万葉考』)と無理やり読み、やはり苦労したことが窺える。うーん、平安時代や江戸時代のすごく賢い研究者ですら『萬葉集』の巻頭歌の「読み」を特定することは困難だったわけである。そりゃ現代人の一般ピーポーな私たちにとって、漢字で書かれた日本語、しかも和歌、とまぁ解読困難な『萬葉集』がちょっと遠いものであっても、仕方ないんじゃないか!? と、私は思う(どうでもいい話だけど、大学院でがっつり『萬葉集』の研究をしていた時、研究に行き詰まるとよく「まーでも平安時代の人でも難しいって思ってたんやし! 私にとって難しくてもしゃーないわ!」と自分を励ましていた)。
 そんなわけで。新元号発表を機に、ちょっと遠いイメージだった『萬葉集』が、私たちにとって少し身近なものになったことは素直に顔がほころんでしまうほど嬉しい。しかもなんと新元号は、巻五の「梅花歌三十二首」題詞が出典っていうじゃないかー! 新元号発表の日、ネットでは「出典は『萬葉集』って言ってたのに、じつは漢文!?」と騒ぎになっていた。ああ、こんなにみんなが『萬葉集』の話をしているなんて。嬉しい。
 そんな新元号発表からよく知られるようになったことだけど、『萬葉集』という奈良時代の歌集は、ものすごく中国の文学の影響を強く受けている。というか影響、なんてふんわりしたレベルではなく、「元ネタ」として『萬葉集』の歌人たちは漢詩を用いる。
 たとえば、今回話題となった元号出典の「梅花歌三十二首」において重要歌人である大伴旅人。彼がつくったとされる有名な歌群に「松浦河に遊びて贈り答ふる歌八首また序」というものがある。「梅花歌三十二首」と同じ、『萬葉集』巻五に収録された歌8首だ。
 漁りする海人の子どもと人は言へど見るに知らえぬ貴人(うまひと)の子と(巻五・八五三番)
 こんな歌から始まる8首、いったいなにが始まるのかといえば、「松浦川」という河川のほとりで美しい少女と出会った……という恋物語を歌で展開するのである。しかし大伴旅人がつくったとされる「松浦川で美少女と俺が出会っちゃった物語」、なんでこんな妄想物語(妄想といってしまっていいだろう、松浦川というのは佐賀県内を流れる小河川で、その上流を彼は神仙境と見立てているのだ)を綴ったかといえば、彼が当時読んでいたであろう中国文学『遊仙窟』の影響だった。
 どういうことか説明したいので、唐突だけど、戦後日本を想像してほしい。それまで愛や恋を口に出すだなんて気恥ずかしくてできなかった日本人が、やたら流行歌では愛や恋を歌いたがったのはなぜだったか。そう、洋楽が入ってきたからだった。欧米の歌詞が愛や恋を堂々と口にしていれば、それに影響を受け、というか発想を真似て、日本人は「なるほど、歌詞とはこーゆーもんか」と愛や恋の文句を歌詞で用いるようになった。
『萬葉集』の時代だって同じで、お隣の大国・中国の文学作品で「自然を分け入った先には、美少女と出会う場所があった……」と書かれていれば、「なるほどこの発想こそがブンガクなのか」と合点した歌人が同じような歌を詠んでしまうもんである。もちろんブンガクなんて語彙はなかったけれど。
 彼が参考にした『遊仙窟』は、中国においてはかなり好色、ってかぶっちゃけ「やーね、男の人ってこんな妄想抱いちゃって」とある一定の人は顔をしかめてしまうであろう恋愛物語だったのだけど、しかし大伴旅人はそれに惹かれたんだろう。『遊仙窟』の影響を受けた表現が序文にも歌にも満載だ。
 さて、これと同じで、大伴旅人を中心として詠まれた「梅花歌三十二首」もまた、漢文の影響をがっつり受けている。「令和」の出典となったのは和歌そのものではなく、和歌の手前に付された「題詞」(序文のようなもの)だけど、こちらの題詞の元ネタと長らく言われていたのは、中国東晋の書家・王羲之による「蘭亭序」だった。
「蘭亭序」は、『蘭亭集』という詩集に付けられた行書の序文だ。こちらの詩集、当時著名な書家だった王羲之が開催した、蘭亭の会でつくられたものである。しかしこちらの序文、もちろん王羲之は書家だったのでものすごくうつくしい字で綴ったのだけど、完成当時は「まだ草稿」のつもりで書いたものだったという。でもこの草稿が上手すぎて(そりゃそうだ、だってこれはのちのち「書の最高傑作」と呼ばれるようになるんだもの)、あるいは王羲之が宴会の酒に酔っ払いすぎて、結局書き直してもこの草稿以上にうつくしい字は書けなかった……という逸話が残っている。すごい話だ。

 永和九年、歳は癸丑きちゅうに在り。暮春の初め、会稽山陰の蘭亭に会す。禊事けいじを脩むるなり。群賢、ことごとく至り、少長、みな、集まる。此の地、崇山峻領茂林脩竹すうざんしゅんれいもりんしゅうちく有り。又、清流激湍有りて、左右に暎帯す。引きて、以て流觴りゅうしょうの曲水を為し、其の次に列坐す。糸竹管弦の盛無しといえども、一觴一詠、亦、以て幽情を暢叙ちょうじょするに足る。是の日や、天、朗らかに、気清く、恵風和暢せり。仰ぎては宇宙の大なるを観、俯しては品類の盛んなるを察す。(「蘭亭序」)

 この序文、ものすごく雑に言えば、「今日は宴会日和だ!」って話を綴っている。老若男女集まって天気もいい、こうしてみんなで楽しもう……と。で、この「今日は宴会日和だ!」を言うにあたって使う語彙や発想は、『萬葉集』の「梅花歌三十二首の題詞」とそっくりだったのである。たとえば梅花歌には「忘言一室之裏」という箇所があるが、蘭亭序では「悟言一室之内」とある。「令和」の元ネタである「気淑風和」だって、蘭亭序の「天朗気清、恵風和暢」と似ている、とも言われる。
 ……なんて書くと、地味な真似だな、と思われるだろうか。たしかに地味である。だけどこんなふうに、ちょこちょこ『萬葉集』の元ネタを漢詩や漢文から見つけてきたのが、平安時代から今に至るまで地味に文学研究を続けてきた人々だったのである。
 今回、新元号から『萬葉集』への新たな注目が集まったけれど、それにしたってこの漢字満載地味な元ネタ満載の歌集を読み続けてきた、残し続けてきたひとびとの営為にももっと注目が向くといいな、とひそかに思う。先人たちが読んできてくれたから、そして残してきてくれたから、私たちはこうしてまた千二百年の時を経て『萬葉集』という作品と、出会うことができたのだ。新しい時代のはじまりに、もっとその素敵な奇跡をかみしめたい。
 願わくば、次の世代にも、新たなる、そしていままでの文学作品たちとの出会いがあることを信じつつ。

(みやけ・かほ 文筆家)
波 2019年5月号より

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