オヤジギャグの華

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その1 サクラ族

オヤジギャグの華

 私は東京に来る。ガールフレンドと私にとって、ほぼ十年ぶりの東京である。
 私たちはワクワクしている。一ヶ月滞在する予定だ。
 真っ先に、地下鉄に乗って上野公園に行く。ギリギリ桜の季節だ。私たちは公園に駆け込む。イエス! まだ何本かは満開! 嬉しくて、私たちは思わず声を上げる。枝にあふれるピンクの花は、綿菓子とケーキのアイシングの恍惚たる炸裂。自然が噴火して、砂糖に狂ったデザートの乱舞と化したかのよう。
 そりゃあ私たちの住むニューヨークにも桜の季節はある。でもここみたいに、花見客が青いシートに座り込んで、咲き乱れた枝の下で飲んだり食べたり笑ったりなんてことはない。ガールフレンドと私は、ニタニタ笑い、ほれぼれと眺めながら、公園をそぞろ歩く。私たちの初東京花見。
「ねえ見て、あの人たちおにぎり食べてる!」とガールフレンドは叫ぶ。彼女はフードライターなのだ。「カワイイ! オイシイ!」と彼女は、桜色に染めたおにぎりをもぐもぐ食べている若いカップルに言う。そして親指をつき上げる。カップルもニタニタ笑って、親指を上げ返す。
「どこから来たの?」
「ニューヨーク」
「ニューヨーク、最高だよね!」
「東京、最高! ハナミも!」
 カップルからもらったおにぎりを半分ずつ食べながら、私たちは先へ進む。「うん、東京って最高だなあ」と私はもう一度言いながら、見るからにゴージャスな着物を着て花の下で赤いパラソルをさしてポーズをとっている年配のご婦人二人を指さす。「鈴木清順のヤクザ映画の、僕の大好きなシーンを思い出すよ」と私はうきうきして言う。「満開の桜の木の下のヤクザ!」
「はぁ?」とガールフレンドは言う。「いい加減にしてよ、いっつもヤクザ映画の話ばっか!」
 突然ザワザワと声が上がって、私たちはふり向く。安物の黄色い野球帽から一目で観光客とわかる一団が、満開の木の下に集まっている。仲間の一人が枝の上にのぼっていて、それをみんなで写真に撮っているのだ。花見客たちが飛んできて、怒った声でどなりつける。「どこかの阿呆が木にのぼって、枝を振って花びらを落としてるんだ」と私は現場へ駆けていきながら叫ぶ。「あれって読んだことあるよ! お土産に花を折る奴がいるんだ!」
 花見客たちは本気で怒っていて、金切り声を上げ、拳骨を振りまわしている。春の陽気に暴力の予感がみなぎる。白いヘルメットをかぶった警官たちが間一髪のタイミングで現われる。不届き者の観光客を降りさせ、彼女を連行する――そう、若い女性なのだ。怯えと恥とに女はぎこちなく笑い、折った花の枝を捨てる。おどおどした様子の、黄色い帽子をかぶった仲間たちが、花見客の罵声を浴びながらあとについて行く。
「馬鹿な観光客ねえ、花を取ろうとするなんて」と私のガールフレンドは、二人でその場を去りながら言う。「私たちはいい観光客よ!」と彼女はみんなに向かって宣言する。「私たちは桜を大切にします!」
 この瞬間、彼女が頭に大きな桜の花を着けていることに私は気づく。
 私は彼女を肱でつつき、花、外せよ、とささやく。
 彼女はうろたえて、頭に手をのばす。「痛い!」と彼女はわめく。「これ、生えてるのよ!」
「何だって! どれどれ――」私は花を掴む。痛いわよ、と彼女は叫ぶ。そして私をひっぱたく。
 いまや花見客たちは私たちを呆然と見ている。何人かが立ち上がりかけている。女たちは手で口を覆っている。
 みんな笑っている。

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 そこらじゅうでゲラゲラ笑いが起きる。人々は写真を撮ろうとスマホをこっちに向ける。
 シュールな情景が展開する。私が花を抜こうとぐいぐい引っぱり、ガールフレンドが身もだえし、わめき、ひっぱたく。やっとのことでピンクの花が抜ける。群衆は上機嫌で見物している。私は得意げな顔を装い、みんなに花を見せて回る。
「行きましょうよ」ガールフレンドが情けない声を上げる。「もう十分見たわよ。あ、ちょっと待って――」と彼女は、花を投げ捨てようとした私に言う。「それ、私のよ! 綺麗だわ!」
 つき上がった親指や、気の好い笑い声に送られながら、私たちは立ち去る。
 突然、恐怖の悲鳴が上がる。一人の女が頭を押さえている。大きな花がそこににゅっと生えている。男が素っ頓狂な声を上げる――これも頭のピンク色を掴んでいる。そこらじゅう、こっちにもあっちにも桜の花が開くなか、陽気さはだいぶ物騒になってくる。
「一種のサクラ伝染だね、きっと」と私は上機嫌でガールフレンドに言う。「楽しいねえ」
「ええ、自分の身に起きない限りね」と彼女はむすっとして言い、また花が咲いてはたまらないと私の帽子を目深にかぶって押さえつける。
 私は優しい気持ちでニヤッと笑い、彼女の頬にキスする。すごくカワイイよ、と私は彼女に言う。
 地下鉄の階段が近づいてきたところで、別の情景に私は足を止める。古いロックンロールがガンガン鳴っている。黒い服を着た男たちが輪になって踊っている。私はガールフレンドを置き去りにしていそいそと寄っていく。男たちは――女の子も二人ばかりいる――黒いジーンズに革ジャン、と往年のロカビリー・ファッション。だがそのヘアスタイル――ものすごい。ロカビリーの髪型がとてつもなく誇張されて、頭から塔のようにそびえている。
 馬鹿げたヘアの男たちが、それぞれソロで、大真面目な顔でツイストを踊り、それから、音楽史を一気に何十年も越えてブレイクダンスに移り、ブームボックスから轟く、日本人バンドがやっているらしい「ジョニー・B・グッド」に合わせてスピンし、超絶芸をくり広げる。
「無茶苦茶なジャンル混ぜあわせだなあ――いかにも日本だよ!」追いついてきたガールフレンドの方を向いて私は笑う。近くのダンサーたちに向けて私は親指をつき上げる。彼らは傲慢に私を無視する。
 お洒落な感じの見物人に、これって誰なんですかと私は訊いてみる。
ローラー族です。ロックン・ロール・トライブ」と彼は教えてくれる。上手な英語だ。「前は代々木公園にいたんだけど、こっちへ移ってきたんです」
「みんな上野の花見が好きなんだねえ!」と私は冗談めかして言う。
 相手は笑う――それから目をパチクリさせて私を見て、驚きの叫びを上げながら私を指さす。
「あんたの頭!」と私のガールフレンドがわめく。「あんたのヘアスタイル――あの人たちとそっくり! それにピンク色
 そしてそれは、外れない。
 滞在先に地下鉄で帰る道中、乗客たちがじろじろ見る。私はマフラーをぐるぐる頭に巻いて、タワーのごとき脂っぽい桜色の髪型を隠している。ガールフレンドはまだ私の帽子を目深にかぶり、手には桜の花を持っている。彼女は私を見てニタッと笑う。でも上野のダンサーたちはニコリともしなかった。全然。からかわれたと思ったみたいだった。私たちはそそくさと立ち去ったのだった。
 借りているマンションで、ガールフレンドは花をボウルに活け、念のため、もっと大きなガラスボウルをひっくり返して上にかぶせる。「綺麗ね」と彼女は言う。
「僕、地球大気圏外の熱帯ミュータントみたいだな」と私はバスルームの鏡を見て嘆く。私は禿げているので、なおさら目立ってしまう。
 翌朝、私はそっと出かけて、ウインドウに桜の花が手描きしてある床屋を見つける。たどり着く途中に、チェリーピンク・フラペチーノを持ったお洒落な連中とスターバックスの前ですれ違い、コンビニの店内ではOLたちがチェリーピンク・キットカットをもぐもぐ食べている。
 床屋は年寄りで、不愛想で、英語を喋らない。年代物の散髪椅子の周り、リノリウムの床には刈りとったピンク色が転がっている。
「ハナミ・ツーリスト」と床屋は呟き、私のピンクを乱暴に切り落とし、床に加えていく。
「サクラ族!」と私はムッとして言い返す。
 これを聞いて床屋はガハハと笑い、肯定の意を表して鼻を鳴らす。
 というわけで、安くない花見割増金を通常料金に追加するときも、ほとんど愛想がいいと言っていい態度で床屋はふるまう。
 私が立ち去ろうとすると、床屋は突然、待て、と私に向かって手を振る。そして私をじろっと見る。何か紙に書き殴る。それを私に手渡す。

「ずっとよくなったわよ」と、帰ってきた私の刈られた頭皮を見てガールフレンドが言う。
「床屋、変な爺さんだったよ」と私は言う。床屋からもらった紙切れを彼女に見せる。
「日本語よ」と彼女は言う。
 それくらい僕も気づいてるよ、と私は言う。
古い書き方ねえ」と、お洒落に決めたコンシエルジュが、滞在しているマンションのロビーで言う。彼女は紙と睨めっこしている。「ええとね……海外からの御客様、ようこそ御出下さいました。貴殿の上機嫌と覇気は素晴らしいと思います! 手前、貴殿の小説の愛読者であります、オヤジギャグが満載で! 私共、伝統的理髪店組合は、華麗にして特別なる文芸的雑誌『オヤジギャグの華』(本当です!)を刊行しております。私共の街に関し、貴殿の印象や経験をお書き戴ければ光栄に存じます!」
 彼女は唖然として私を見ている。私は唖然として彼女を見ている。彼女はクックッと笑い、手で口を覆う。私も笑って戸惑いを隠す。
「もう一度その床屋さんに行ってきなさいよ」とガールフレンドは大喜びで言う。「もっと詳しく聞かせてくださいってメモ、コンシエルジュに書いてもらえばいいわ」
「いやあ、それは思いつかなかったな!」と私は彼女をからかう。
 だが行ってみると、床屋はそこにない。
 二軒の店のあいだに不気味に空いた、小さなからっぽのスペースを、私は目をパチクリさせて見る。
「ふうむ……」と私の本を日本で出している出版社の編集者が、その日の午後、コーヒーと桜クッキーを前に床屋のメモを私から見せられて言う。「これはどうも、床屋の悪戯か……それとも幽霊ですね。ひょっとして両方とか……」
「幽霊? だってどうして幽霊が、じゃなきゃ床屋が、僕とか僕の本のこととか知ってるんです?」
 そう言いながらも、私の目は輝いている。わが恥ずべき、貪欲なる作家のエゴは、読者に認知されてひそかに歓喜しているのだ。
 編集者は肩をすくめる。「ま、どこかの本屋で立ち読みしていて、本にあった写真を見たんじゃないですかね」。彼はあごを撫でる。「そんな床屋組合の雑誌なんて、聞いたことありませんねえ」。クックッと痛々しげに笑う。「もちろんタイトルは、太宰の有名な小説の、まるっきり冴えないもじりですけどね。ふうむ……もしほんとに幽霊だったら……下手に怒らせない方がいい。言われたとおり、何か書いてあげなさい。いちおう、大事をとって」
「だけど書いてどこに載せるんです?」
 編集者はため息を、大きなため息をつく。「わかりました、わが社は『文芸的雑誌』を出しています。まあそこで『オヤジギャグの華』を連載すればいいかと……」彼は額をさすり、顔をしかめる。「やれやれ、それにしてもひどいタイトルだな、こんなの提案したら私、クビですよ!」
 だが、ご覧のとおり、彼は間違っていた。

つづく
FLOWERS OF OYAJI GYAGU by Barry Yourgrau
Copyright(C)2019 by Barry Yourgrau
波 2019年5月号より

著者紹介

バリー・ユアグローYourgrau,Barry

南アフリカ生まれ。10歳のときアメリカへ移住。シュールな設定ながら、思いつきのおかしさだけで終わるのではなく、妙にリアルで、時に切なく、笑えて、深みのある超短篇で人気を博す。敬愛する作家・アーティストはロアルド・ダール、北野武ほか、また「ヒッチコック劇場」「トワイライトゾーン」などのTV番組にも大きな影響を受けたという。著書に『一人の男が飛行機から飛び降りる』『セックスの哀しみ』『憑かれた旅人』『ケータイ・ストーリーズ』(以上、柴田元幸訳)『ぼくの不思議なダドリーおじさん』(坂野由紀子訳)などがある。

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