波 2026年8月号

特集「新潮文庫の100冊」の50年

「新潮文庫の100冊」総まくり座談会[後編]/恩田 陸×大森 望×吉田伸子×南陀楼綾繁

今年の「新潮文庫の100冊」すべてについて語り終わるまで帰れない過酷な座談会も残り50冊! 名うての読み巧者の4人が縦横無尽に(へとへとに?)語りきる怒濤の完結編。

(7月号「前編」はこちら

座談会のメンバー

──では座談会後半も、「新潮文庫の100冊」小冊子※Aのジャンル分けに沿っていきましょう。「考える本」ジャンルの続きから、です。

南陀楼 今年は50回目の「新潮文庫の100冊」ですが、小冊子のコラムによると、50年連続で100冊に選ばれている本が10冊もあるんですね。

吉田 すでに登場したのが、ヘッセ『車輪の下』三浦綾子『塩狩峠』宮沢賢治『銀河鉄道の夜』だから残り7冊。

大森 海外文学だと、ヘミングウェイ『老人と海』カフカ『変身』カミュ『異邦人』。なんか薄い本が多いな(笑)。いや、厚いうえに上下巻のドストエフスキー『罪と罰』もあるか。

恩田 ロシア文学って、同じ人物がいろいろな名前で登場するじゃないですか。私はそれで挫折しました。

──『罪と罰』のヒロイン、ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワはソーニャと呼ばれるし、彼女の父親はマルメラードフ姓になるし。半ば無視して読んでいると、ふいにどんどん読めていけます。さすがに面白いですよ。

南陀楼 日本文学だと、夏目漱石『こころ』太宰治『人間失格』、そして井伏鱒二『黒い雨』か。まさに「新潮文庫の100冊」を象徴するような10冊です。

──感想文の書きでがありそうなラインナップですね。

南陀楼 8月15日は終戦記念日。夏のフェアなので、100冊には戦争をテーマにした作品が入り続けてきました。『黒い雨』のほかにも、竹山道雄『ビルマの竪琴』や野坂昭如『アメリカひじき・火垂るの墓』などが選ばれた年もありましたよ。

恩田 今年は加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』が入ってますね。これは、東大教授の加藤陽子先生が、栄光学園の歴史研究部の中高生たちと5日間にわたって語り合った内容をまとめているんですが、生徒たちの質問がすごい。

吉田 SNSで「今こそ日本人はこの本を読むべきだ」なんて投稿も目にしました。

南陀楼 大江健三郎『死者の奢り・飼育』大岡昇平『野火』も戦争をテーマにした作品です。『野火』は50年前の第1回100冊にも入っていました。

──戦争からなら、戦後の日本国憲法の成立に関わった白洲次郎『プリンシプルのない日本』にもつながりますね。

恩田 そうか!

吉田 夏目漱石『こころ』は高校の国語教科書にも載ってました。

恩田 なんでこんな暗い話を高校で……と思ったのをよく覚えてます。

吉田 高校生に「向上心のないものは馬鹿だ」ということを言い含めるために載せられているんじゃないかしら。君たち、向上心をもちなさいという。

南陀楼 高校の授業では、先生の遺書のところを扱っていたな。

恩田 この話って、ホラーですよね。先生が、過去に自分が犯した罪が見破られないか……と思い悩んでいく。

大森 明るくてユーモラスな『坊っちゃん』より、暗くて怖い『こころ』の人気が高いというのがおもしろい。

──『こころ』は新潮文庫で一番売れている作品で、累計は788万部を突破しています。

南陀楼 夏目漱石は『吾輩は猫である』も入って……あれ? 違う。『吾輩も猫である』だ。

恩田 10年くらい前かな、夏目漱石没後100年&生誕150年を記念した猫アンソロジーで、私が書いた「惻隠」という短篇も入っています。

吉田 カバーイラストの猫を描いたのは、『夜廻り猫』で知られる漫画家の深谷かほるさん。猫愛に満ちた1冊です。

大森 ほかには、赤川次郎さん、新井素子さん、石田衣良さん、荻原浩さん、原田マハさん、村山由佳さん、山内マリコさんの短篇も入ってます。漱石以来、猫好きの作家は多いですね。

吉田 朝井リョウ『何者』は、就活中の大学生にぐさぐさ刺さる。

恩田 就活中に読むと心がくじけそう。

吉田 朝井さんは『イン・ザ・メガチャーチ』で今年の本屋大賞も受賞して、すごく勢いがある。そんな朝井さんが「大好物の小説です」と帯コメントを書いているのが、小川哲『君が手にするはずだった黄金について』

大森 小川さんは『君のクイズ』が大ヒットして映画化されましたね。小説もエッセイも立て続けに刊行して、どれも売れている。若手の大スター。

吉田 朝井さんと小川さんを2冊セットで買っていく人も多いと思う。

──続いてのジャンルは「ヤバイ本」です。

南陀楼 ヤバイというだけあって、ミステリーが多いですね。

大森 最近の新潮文庫は「どんでん返し」押しだけど、米澤穂信『満願』は「これこそどんでん返し」と言いたくなる1冊ですよ。

恩田 米澤さんの作品の中では、私はこれが一番好きです。

吉田 杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』も、凝った仕掛けのある作品です。

恩田 担当の編集者や校閲者は、さぞやたいへんだったんじゃないかな。

大森 道尾秀介『向日葵の咲かない夏』の帯もすごいね。「9億円売れているどんでん返し!」って。

恩田 道尾さんの収入わかっちゃう! 税務署来ちゃったらどうしよう(笑)。

──ご承知のように印税ほど透明な収入はありませんから(笑)。

大森 部数じゃなくて売り上げ総額をアピールするのは珍しい。青春小説としても大変ユニークな作品です。

吉田 結城真一郎『#真相をお話しします』の帯も「どんでん返しの連続5編」と、どんでん返し押し。

恩田 映画の評判もよかったですね。

吉田 大森元貴さんと菊池風磨さんのダブル主演ということでも話題でした。

大森 原作は独立した5編からなる短編集なんだけど、映画では暴露系の生配信というオリジナルの外枠をつくって、うまくつなぎ合わせています。

  • ※A フェアに合わせて作られる小冊子では、100冊の文庫を「愛する本」「泣ける本」「考える本」「ヤバイ本」「シビレル本」にジャンル分けして紹介している。小冊子は書店店頭で配布。新潮社HPでも公開中。

カバーに隠された秘密

吉田 伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』は、特装版カバーがかわいい。

──伊坂さんのデビュー25周年を記念したもので、特装版カバーの下には通常カバーがかけられた「ダブルカバー」仕様です。

恩田 ちゃんと案山子がいる! 文字の部分には箔が使われてますね。ほんとかわいいカバーだな、私もほしい。

吉田 箔押しができる職人さんが減ってきていて、いずれは本に箔が使えなくなるかもという話を聞いたことがあります。入手するなら今のうち。

南陀楼 これは伊坂さんが新潮ミステリー俱楽部賞を受賞したデビュー作ですよね。鮮やかな登場でした。

大森 5回で終わってしまった公募新人賞だけど、伊坂幸太郎を世に出しただけで十二分に役割を果たしたと思います。ちなみに伊坂さんは、この作品を「新本格」のつもりで書いたとか。

恩田 え、新本格!?

大森 だから、もしかしたら鮎川哲也賞※Bかメフィスト賞※Cからデビューして、今頃は、新本格の作家になっていたかもしれない(笑)。

恩田 でも、そうなったら今の伊坂幸太郎はいなかったわけで、後に書かれる『重力ピエロ』などの傑作も生まれなかったかもしれない。

大森 そうしたらジュウリョクピエロ※Dという競走馬がオークスで勝つこともなかったかも(笑)。

南陀楼 カバーといえば、海外文学は昔とデザインが変わっていますね。ヘミングウェイ『老人と海』とかモーム『月と六ペンス』とか。

恩田 かっこよくなっている。カバーに使われている紙も、他の文庫とはちょっと違いますね。

──古典作品を新訳し、Star Classicsというレーベルで出しています。

大森 ラヴクラフト『狂気の山脈にて』もStar Classicsなんですね。マニアックなイメージのあるラヴクラフトが新潮文庫から出る日が来るとは。

吉田 サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』は、黄色いカバーに「バナナフィッシュにうってつけの日」という短篇タイトルが大きく書かれていますね。これもカバー変更なんですか?

──『ナイン・ストーリーズ』は限定プレミアムカバーです。100冊フェアに合わせ、毎年8冊ほどの作品に「プレミアムカバー」を用意し、フェア用に出庫される分だけカバー替えをしているんです。今年は『ナイン・ストーリーズ』のほかに、『こころ』、『人間失格』、『銀河鉄道の夜』、『百年の孤独』、『ボッコちゃん』、『雪国』、『悲しみよ こんにちは』が対象書目で、カバー中央には新潮文庫のシンボルであるブドウのマークがあしらわれています。

吉田 芥川龍之介『羅生門・鼻』のカバーもかわいい。絵は南伸坊さんですね。

南陀楼 来年で芥川は没後100年。芥川は東京の田端に住んでいたんですが、没後100年に合わせ、北区が新たに芥川の記念館を作るそうです。

大森 地域密着なら、梶井基次郎『檸檬』も。

吉田 永遠の名作ですよね。

大森 作中では主人公が書店の丸善にレモンを置くシーンがあるんだけど、モデルとなった京都本店がいったん閉店してしまうときに、たくさんの人がレモンを置きに行ったらしい。

恩田 今でも丸善京都本店はありますけど、当時とは場所が違うんですよね。

大森 今の丸善にはレモン入れ専用のかごが置いてあるそうです(笑)。

南陀楼 吉村昭『羆嵐』が100冊に入ったのは、昨今の熊騒ぎの影響でしょうか。この作品は六人が殺害された三毛別ヒグマ事件を描いていて、とても怖い。

吉田 このカバーの熊、今やもうOSO18※Eにしか見えない! 怖い! 怖い!

大森 いっとき、新潮文庫は新田次郎『八甲田山死の彷徨』と小林照幸『死の貝―日本住血吸虫症との闘い―』と合わせて、「ウィキペディア3大文学」※F勢揃いみたいな打ち出し方もしてましたね。

吉田 遠藤周作『海と毒薬』は、「ヤバイ本」ではなく、戦争をテーマにした作品だから「考える本」に入れてもよかったかも? でも、帯にあるように「人を生きたまま殺す」事件を扱ってるから、確かに「ヤバイ本」か。

恩田 もしかして、『羆嵐』からの「人を生きたまま殺す」という流れ?

吉田 なるほど、この2冊はセットで読めますね。ヤバイつながり。

大森 100冊しりとりができますよ。『海と毒薬』からの流れなら、江戸川乱歩『江戸川乱歩傑作選』をつなげたい。収録作の「屋根裏の散歩者」では毒薬が大きなカギとなっています。

恩田 あるいは、ヤバイ生き物系でつないで、『羆嵐』のヒグマから、『老人と海』のカジキ。

大森 そこにカフカ『変身』の毒虫、『ナイン・ストーリーズ』のバナナフィッシュ……。

恩田 みんな、人を生きたまま殺す生き物たちだ!

南陀楼 有吉佐和子『悪女について』が入っているのはおもしろい選書ですね。有吉さんなら『華岡青洲の妻』が100冊の定番でしたから。

恩田 きっと、『青い壺』※Gがヒットしている影響ですね。

南陀楼 『青い壺』以降、有吉さん再評価の機運が高まっています。『悪女について』は何度もドラマ化されていて、過去には沢尻エリカさんや田中みな実さんが主演していました。

恩田 村田沙耶香『地球星人』は海外でもすごい人気だそうです。

大森 ポハピピンポボピア星人。

吉田 あとはなんといっても宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』の成瀬シリーズ。累計で250万部突破はすごい。『成瀬は天下を取りにいく』は2024年の本屋大賞受賞作で、『成瀬は信じた道をいく』は、今年の100冊に合わせて文庫化された最新刊です。

南陀楼 成瀬シリーズは滋賀県大津市が舞台なんですが、今年大津に行ったら、街じゅう成瀬だらけでした。駅の看板からマンホールの模様まで成瀬がいっぱい。

恩田 え、マンホールまで!?

南陀楼 マンホールは新潮社が寄付したらしいですよ。

大森 成瀬シリーズは、昨年出版された3冊目の『成瀬は都を駆け抜ける』でいったん完結だとか。

吉田 3冊でスパッと終わるのは、潔いと思った。でも、10年後くらいに、社会人になった成瀬も見てみたい。

大森 成瀬は「令和の赤毛のアン」になれると思うんですよね。就職、結婚、出産、そして娘の代……書けるテーマはたくさんあるはずだから、いつの日か続編が読めたらいいなと思います。

──これで「ヤバイ本」コンプリートです。最後は「シビレル本」!

吉田 シビレルといえば、小野不由美『残穢』。とにかく怖くて、夜は読まないようにしていた。でも、昼読んでも、夜になったら思い出してやっぱり怖くなり……。逃げられない怖さがあります。

恩田 何回読んでも、怖いよね。

大森 今ブームになっている実話怪談系ホラー小説の先駆的名作のひとつ。

恩田 実話怪談は、長編でやるのがとても難しいんです。その意味でも、すごい作品。

吉田 同じように「実話もの」なのが長江俊和『出版禁止』。長江さんのもとに掲載禁止となった原稿が送られてくる、というところから始まります。

大森 しかしこの本の帯もすごいですね。「どん どん どんでん返し!が襲ってくる!」って。

恩田 これも営業部の名物次長さんの帯ですよね? もう、見ただけでわかるようになった(笑)。

──作家性が強い次長です(笑)。

吉田 そしてその次長さんが「日本一の大どんでん返しと断言したい!」と書いているのが宿野かほる『ルビンの壺が割れた』

大森 この本のプルーフ※Hが送られてきたとき、同封されていた担当編集者からの手紙に「原稿を印刷してプリンターの前で読み始めたら、あまりのおもしろさに、立ったまま最後まで読んでしまいました」と書いてあったのが印象的だった。フェイスブックのメッセージのみで展開していく、いわゆる書簡体小説です。

  • ※B 本格ミステリー長編を対象とする東京創元社の新人賞。
  • ※C 講談社の文芸雑誌『メフィスト』から生まれた新人賞。1996年の第1回受賞作は森博嗣『すべてがFになる』。
  • ※D GI初挑戦となった2026年5月のオークスで初勝利(今村聖奈騎手)。
  • ※E OSO18と名付けられたヒグマ。2019~2023年にかけて60頭以上の牛を襲った。
  • ※F 読み始めると引き込まれてしまう秀逸なWikipedia記事のことで、八甲田雪中行軍遭難事件、三毛別羆事件、地方病(日本住血吸虫症)が知られている。これらの記事の参考にされたり、深いかかわりがある文庫が『八甲田山死の彷徨』『羆嵐』『死の貝』の3冊。
  • ※G 1977年に刊行された連作短編集で、1980年に文庫化。その後絶版になるも、2011年に文春文庫で復刊し、2025年上半期のベストセラー文庫第1位となった。
  • ※H 出版前に作られる見本版のこと。書店関係者らに送られることが多い。

歴史・時代小説に興奮

南陀楼 司馬遼太郎『人斬り以蔵』はちょっと意外でした。司馬さんは『燃えよ剣』が100冊のイメージでした。

恩田 新潮文庫に、こんな短編集があったのは見落としてました。

大森 僕は中学生のときに読みました。初めて読んだ司馬作品だったかも。司馬遼太郎初心者にはぴったりです。

南陀楼 長編の時代ものとしては、和田竜『村上海賊の娘』がありますね。この作品も本屋大賞受賞作でした。

大森 今村翔吾『八本目の槍』は、石田三成を「賤ヶ岳の八本目の槍」として描いた時代小説ですが、縄田一男さんの解説がすごい。「さて私は、解説を書くにあたり久々にこの一巻を読み終え、再び余りの出来栄えと感動に打ちのめされ、これは一晩寝かせないと書けないと、いまようやく机に向かっているのだが、その思いは一向に収まるところを知らない」と、こちらにまで興奮が伝わってくる。

吉田 槍つながりなら、上橋菜穂子『精霊の守り人』です。

大森 主人公は短槍使いのバルサ。30歳の女用心棒が主人公というのは、児童文学として画期的だったよね。

恩田 すばらしい作品でした。上橋さんを日本のル=グウィン※Iと呼ばせていただきたい。

吉田 宮部みゆき『新しい花が咲く』には「窓際のゴーヤカーテン実は二つ」のような俳句がタイトルとなった短編が12作収められています。

恩田 タイトルに使われている俳句は有名な句なんですか?

吉田 いいえ。宮部さんは句会を主宰されていて、その会の参加者が詠んだ句だそうです。俳句からインスパイアされて短編を書くって、宮部さんにしかできない。俳句を読んでから短編を読むと、「こうくるんだ!?」という驚きがあります。

恩田 宮部さんすごい。大喜利みたい。

南陀楼 角田光代『さがしもの』も短編集ですよね。

──いまは100冊の定番書名になっている短編集です。高校の国語教科書に掲載された作品も収録されています。

大森 新潮文庫には、教科書に載っている作品も多いよね。

吉田 金原ひとみ『アンソーシャルディスタンス』は、まさにシビレル短編集。金原さん、作風がホワイト系とダーク系があるんですが、こちらはダーク系ですね。

大森 2004年に綿矢りささんと同時に芥川賞を取って※J大きな話題になりましたが、まさか20年後、2人がこんな作家に成長をしているとは。

恩田 2人とも頑張ってる。作家としていい歳の重ね方をしていますね。

吉田 『アンソーシャルディスタンス』には5つの短編が収められていますが、「ストロングゼロ」という作品は、どんどんアルコールに依存していく女性の姿が描かれていて、これがもう。

南陀楼 怖いつながりなら、川上未映子『春のこわいもの』もありますね。うまくて、かつ怖い。

──どちらもコロナ禍を描いた作品という共通点もあります。

恩田 原田マハ『楽園のカンヴァス』、原田さんが美術ものを書き始めた作品ですね。

大森 ルソーの絵を巡る真贋の鑑定対決の話の中に、ルソー本人の話が入れ子になって書かれている。

吉田 原田さんは、『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞してデビューしたんですね。それまでと作風を変えて──。

恩田 本人がキュレーターをされていたこともあり、美術ものを書き始めてから本領発揮してきたように感じます。

吉田 デビュー直後は原田宗典さんの妹さん、くらいな認識でしたが、今や押しも押されもせぬ作家。

大森 お兄さんの方は、『旅の短篇集 春夏』※Kが、この前の本屋大賞で発掘部門の「超発掘本!」に選ばれてました。受賞スピーチ聞いたけど、めちゃくちゃおもしろかった。

吉田 ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』も素敵な装幀ですね。

恩田 ウルフは天才ですよね。約100年前に書かれた作品なのに、まったく古くない。

大森 『灯台へ』とガルシア=マルケス『百年の孤独』が当たり前のように並んでるのもすごいね。傑作同士。

吉田 『百年の孤独』がおととし文庫化されたときはものすごく話題になりました。何しろ「文庫化したら世界が滅ぶ」なんて言われてたくらいだから。

大森 僕は高校生の時に初刊の単行本で読んだんだけど、人間関係が複雑で、系図を書きながら読みました。でも、書いても書いてもアウレリャノばっかりで(笑)。

──文庫版には系図も入ってます。

吉田 世界文学の流れで言ったら、村上春樹『街とその不確かな壁』も外せないでしょう。

大森 この作品は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のスピンオフみたいな小説なんですよ。もともと「街と、その不確かな壁」という中編があり、それを膨らませて書いたのが1985年に発表された『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。でも、そこで書き切れなかった部分を、40年以上たって『街とその不確かな壁』として長編化したわけです。

──『街とその不確かな壁』の参考文献には『コレラの時代の愛』が挙げられていて、マルケスとのつながりもあります。そして、そんな村上さんが「才能溢れる、優れた作家」と語っているのがポール・オースターです。

大森 ポール・オースター『ガラスの街』は、ニューヨークを舞台にした物語で、『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』と合わせてニューヨーク三部作と呼ばれてます。

恩田 単行本が出た当時から、すごい人気がありましたね。

大森 この前、娘からLINEが来て「オースターは何から読んだらいいか」って質問されたんですよ。「探偵」が出てくるからミステリーだと思っていたみたいで、それは思ってるのとちょっと違うかもと言ったんですが(笑)。

南陀楼 三島由紀夫『金閣寺』も「シビレル本」なんですね。

大森 『金閣寺』は恩田さんが解説を書いてますよね。

恩田 やっぱり傑作だと思います。三島の文章は美しい。

南陀楼 『金閣寺』は、三島最後の作品である『豊饒の海』四部作につながっていく気がします。

吉田 『豊饒の海』は大学生のときに全巻読みましたが、あの文章の美しさはいまでもよく覚えています。

恩田 本当にすごい文章です。すごいといえば太宰治『人間失格』も。タイトルだけで本を手に取らせる力がある。

南陀楼 そしてあの「恥の多い生涯を送って来ました」という一文。

恩田 とにかく、うまい。

吉田 ダメな男の話なんですけどね。

恩田 太宰の作品は、だいたいダメな男の話です(笑)。

吉田 ちなみに、累計は218刷で746万部だそうです。

南陀楼 みんな太宰が好きですねえ。

──新潮文庫では『こころ』に次いで2番目に多く売れている文庫です。

  • ※I アメリカの小説家。代表作は『ゲド戦記』。
  • ※J 2004年の第130回芥川賞の受賞作は金原ひとみ「蛇にピアス」、綿矢りさ「蹴りたい背中」。20歳と19歳の受賞であり、当時の最年少記録を大幅に塗り替えたことでも注目された。
  • ※K 2000年12月に角川文庫より発売されたショート・ストーリー集。続編の『旅の短篇集 秋冬』もある。

50年に一度の贈り物

南陀楼 この文庫『プレゼント』は初めて見ました(注・座談会時にはまだ発売前でした)。あ、恩田さんの作品も収録されてる!

──「新潮文庫の100冊」50年を記念した特別アンソロジーです。現代を代表する7人の作家に「夏」をテーマにした短編を書き下ろしていただき、文庫オリジナルとして出版しました。恩田さんは『六番目の小夜子』の前日譚にあたる「伝説の季節」を書いてくださいました。

吉田 えっ! 今ここで読みたい(笑)。

──恩田さん以外のメンバーは、伊坂幸太郎さん、江國香織さん、宮部みゆきさん、町田そのこさん、米澤穂信さん、梨木香歩さんと、100冊フェアでもおなじみのみなさんです。

大森 ものすごく豪華なメンバーだよね。まさに50年に一度。伊坂さんは短編の依頼ほとんど引き受けないのに。

吉田 読者へのプレゼントですね。ちょっと懐かしい感じのカバーのデザインもいい。

──初回版限定で、50年前の第1回100冊のときの小冊子をモチーフにしたデザインになっています。タイトル文字には箔を使ってるんですよ。

恩田 やった! 貴重な箔だ!

──この文庫を企画したのは、3年目の若手社員なんです。自分のまわりの同世代の若者たちは、ぜんぜん本を読んでくれない。その下の世代は、もっと本を読まなくなるだろう。だから、そんな子どもたちに小説のおもしろさを知ってほしい。おもしろい小説を読んだら、きっとその後も本を読んでくれるはずだ。『プレゼント』には、そんな願いも込められているんです。

吉田 でかした! と言いたくなる1冊ですね。

南陀楼 ところで、この本が今年の100冊の最後の1冊だったんですよね? リスト見ていると、99冊じゃないですか?

吉田 あら、100冊ないの?

恩田 100冊語り終わるまで帰れないと言われていたけど……私たち、まさかこのまま帰れないの(笑)。

──あれ……大丈夫! 書名で数えると99なんですが、『罪と罰』と『街とその不確かな壁』が上下巻なので、文庫の冊数で言うと101冊、これで無事100冊語り終えました!

大森 わりとゆるい終り方(笑)。

(おんだ・りく 作家)
(おおもり・のぞみ 翻訳家)
(よしだ・のぶこ 書評家)
(なんだろう・あやしげ 書評家)
波 2026年8月号より