2011年3月11日、東北関東地方に発生した大地震では、多くの人命が失われました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
 申すまでもなくこのたびの大震災では関東から東北の沿岸地域に津波による甚大な被害が出ております。地域の重要な足となる鉄道も、沿岸部で甚大な損傷を受け、未だ回復の見込みの立たない路線も多々あります。
 編集部では4月から5月にかけて、茨城県の鹿島臨海鉄道から三陸鉄道北リアス線まで、沿岸部を中心に被災状況を取材してまいりました。このブログはその取材報告です。写真も一部公開いたします。
 また取材中に撮影した写真は『日本鉄道旅行地図帳 東日本大震災の記録』写真サイトとして8月22日より公開しております。是非ご覧ください。
(田中比呂之)


 日本鉄道旅行地図帳「東日本大震災の記録」が8月24日(水)発売になります。これまでこのブログで取材記と写真を公開してまいりましたが、いよいよ「地図帳」が全国の書店で発売になります。その内容をいくつかご紹介いたします。


<投稿日:2011年08月18日>

 JR東日本は3月末にこの大震災で流失した23駅を発表した。鹿折唐桑駅はその23駅に含まれていない。確かに駅舎は残り、ホームもある。駅舎には少なくとも6台の自家用車が突っ込み、待合室はぐちゃぐちゃ、ガラスも割れて粉々だった。片付け清掃だけで元の姿に復元できるだろうか。

大船渡線 <投稿日:2011年08月15日>

 陸前高田の一駅気仙沼寄りにあるのが竹駒。陸前高田から2.9km。ほぼ気仙川に沿っている。小さな待合室はかろうじて残っているが、中は瓦礫が入り込んでぐちゃぐちゃだった。今回の地震津波で全壊、半壊した駅の中でも、もっとも海から離れているのではないか。気仙川が広田湾にそそぐ河口からも約3km、津波はこの竹駒駅だけではなく、周辺の家屋を押し流しながら、さらに上流の気仙川橋梁までも押し流した。

大船渡線 <投稿日:2011年08月11日>

 陸前高田に向かう車の中で、身構えている自分に気づいた。この東日本大震災でも南三陸町と並んで被害が大きかった陸前高田市。新聞テレビの報道でも、この2つの町の名前を見ない日はなかった。空からの映像・写真を何度も見た。何度見ても胸を突かれる光景だった。そして、平らになってしまった高田の町を目にして、言いようのない喪失感が身体を支配した。

大船渡線 <投稿日:2011年08月08日>

 小友から陸前高田方面に向かう。山田線や三陸鉄道南リアス線よりも、大船渡線の被害は大きいように思う。被害がなくてホッとする場所がほとんどないのだ。広田湾を望む「両替」地区でも線路は激しく破壊され、柵のように立ち上がっていた。さらに進むと緩やかな傾斜地にでた。どう表現したらよいのか? 全体が津波でぐちゃぐちゃになり、ここを横断する大船渡線の線路は、線路を目で追えないほど破壊されていた。再開する日が本当に来るのだろうか、とこの日1日で何度も思ってしまった。

大船渡線 <投稿日:2011年08月04日>





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