白い巨塔〔一〕
825円(税込)
発売日:2002/11/20
- 文庫
- 電子書籍あり
癌の検査・手術、泥沼の教授選、誤診裁判などを綿密にとらえ、尊厳であるべき医学界に渦巻く人間の欲望と打算を迫真の筆に描く。
書誌情報
読み仮名 | シロイキョトウ1 |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 432ページ |
ISBN | 978-4-10-110433-1 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | や-5-33 |
ジャンル | 文芸作品、文学賞受賞作家 |
定価 | 825円 |
電子書籍 価格 | 649円 |
電子書籍 配信開始日 | 2008/05/01 |
書評
一生モノの「三冊」
「新潮文庫の100冊」を毎年楽しみにしている。編集部から好きな三冊をとの原稿を依頼されて、百冊となると大変やけど三冊やったら楽勝やないかと思った私はアホでした。大阪梅田にある大型書店の新潮文庫の棚の前で、文字通り立ち尽くしてしまった。ええ本が多すぎるやないの。百冊なら容易だが、三冊に絞るのは身を切るようにつらい。というのは大げさだけれど、相当に難しい。
この三月まで大阪大学医学部で教授を務めていた。そのかたわら、ノンフィクションのレビューサイトであるHONZで面白い本を紹介したり、読売新聞の読書委員として書評を書いたりしていた。読書委員としての二年間に四十三冊をとりあげたのだが、小説は五冊だけ。やたらとノンフィクションにかたよった読書をしている。そんな感じだから、どうしてもノンフィクションから選びたくなる。その方が対象になる本が少ないし。
気を取り直して棚を見なおすと、科学ノンフィクションを書かせたら世界一! と私が勝手に褒めちぎっているサイモン・シンの著作があるではないか。『フェルマーの最終定理』、『暗号解読』、『宇宙創成』、『数学者たちの楽園―「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち―』、いずれも甲乙つけがたしなのだが、えいやっと『暗号解読』を選びたい。
あるテーマを紹介するようなノンフィクションの場合、その素晴らしさを判断するのは比較的たやすい。まずは、そのテーマについて正しく、そして、わかりやすく書かれているということ。なおかつ、網羅的であること。言い換えると、一冊読めば、そのテーマについてよく理解でき、少なくとも当分の間は類書を読む必要がなくなるのがいい本だ。もちろん『暗号解読』はそんな一冊である。
大昔の狼煙から最新の量子暗号まで、その歴史を紹介しながら、どのような暗号が使われてきたかをわかりやすく紹介していく。とりわけ力が入っているのは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが使用した暗号機「エニグマ」を用いた暗号の解読についてである。天才数学者アラン・チューリングが中心になっておこなわれたことはよく知られているが、その過程はスリリングですらある。
おつぎは日本のノンフィクションを。これは大好きな沢木耕太郎から選びたい。若い頃の短編集もいいし、伝記好きとしては、プロボクサー・カシアス内藤の『一瞬の夏』、檀一雄の『檀』、登山家・山野井泰史の『凍』、さらには、藤圭子の『流星ひとつ』も捨てがたい。しかし、いざ選ぶとなると『深夜特急』しかありえない。
あまりに有名な本なので、紹介するまでもないだろうか。二十六歳の私、沢木耕太郎が、乗り合いバスでアジアからヨーロッパの果てまで旅行するという話だ。あとがきにある、これから旅をしようと思う若者への餞のメッセージ「恐れずに。しかし、気をつけて」に痺れた読者がどれだけいたことだろう。
最後は小説から、山崎豊子の『白い巨塔』を選びたい。浪速大学医学部を舞台に、教授を頂点とした医局制度の問題点や、権力闘争を描いた小説である。長く勤めていた母校・大阪大学医学部がモデルだと語られるが、それは間違いであることは声を大にして言っておきたい。ホンマに『白い巨塔』に書かれてるような出来事があったら、おもろうてしかたない教授生活やったろうけど。
何度もテレビドラマになっているので、医学部というのはこういうところだと思われているかもしれない。しかし、この本が書かれた1960年代はいざ知らず、現在では『白い巨塔』のような利権や権威などありはしない。あぁ、こんな時代もあったのかという、ある種の「時代劇」として読むのがあらまほしい姿勢である。しかし、さすがは山崎豊子、人間ドラマとしても壮絶な面白さだ。
三冊と言いながら、たくさんの書名をあげてしまいました。それに、『深夜特急』は全六巻、『白い巨塔』は全五巻なので、『暗号解読』の上下巻と合わせると、計十三冊にもなってしまいますがな。どれも長くてすんません。でも、「三冊」とも読み応えある本なので、その読書記憶は一生モノになること間違いなし。ぜひ読んでみてください!
(なかの・とおる 隠居/大阪大学名誉教授)
波 2022年10月号より
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著者プロフィール
山崎豊子
ヤマサキ・トヨコ
(1924-2013)大阪市生れ。京都女子大学国文科卒業。毎日新聞大阪本社学芸部に勤務。その傍ら小説を書き始め、1957(昭和32)年に『暖簾』を刊行。翌年、『花のれん』により直木賞を受賞。新聞社を退社して作家生活に入る。『白い巨塔』『不毛地帯』『二つの祖国』『大地の子』『沈まぬ太陽』など著作はすべてベストセラーとなる。1991(平成3)年、菊池寛賞受賞。2009年『運命の人』を刊行。同書は毎日出版文化賞特別賞受賞。大作『約束の海』を遺作として 2013(平成 25)年に逝去。