ホーム > 書籍詳細:満月の道―流転の海 第七部―

熊吾の中古車販売店経営は順調に見えた。しかし、ある女との再会が運命の軸を狂わせる。

満月の道―流転の海 第七部―

宮本輝/著

810円(税込)

本の仕様

発売日:2016/10/01

読み仮名 マンゲツノミチルテンノウミダイナナブ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-130756-5
C-CODE 0193
整理番号 み-12-56
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 810円
電子書籍 価格 810円
電子書籍 配信開始日 2017/03/31

年が明けて昭和37年、順調に伸びていた「中古車のハゴロモ」の売上が突如低迷しはじめた。伸仁は高校生になり、身長は熊吾を超えた。熊吾は、質の悪い情夫と別れられないでいる森井博美と再会し、不本意ながらその手切金の金策に奔走することになる。仕入担当の黒木は「ハゴロモ」の不自然な入出金の動きを嗅ぎ取った……。運命という奔流は抗いようもなく大きく旋回しはじめる。

著者プロフィール

宮本輝 ミヤモト・テル

1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため2年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』(芸術選奨文部科学大臣賞)『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』(司馬遼太郎賞)『水のかたち』『田園発 港行き自転車』等著書多数。2010 (平成22)年、紫綬褒章受章。2018年、37年の時を経て「流転の海」シリーズ全九部を完成させた。

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判型違い

解説

堀井憲一郎

「流転の海」の第七部「満月の道」である。
 これを読めば、残りあと二冊。
 九部で完結する。
 当初の予定よりもどんどん長くなっていったが、ようやく全九巻、これですべてのようである。
 いきなりこの七部から読み始めた、という不思議な人もいるかもしれないが、大半の読者は、第一部「流転の海」から読み継いできた人たちだろう。本が出るたびに読み継いで、ついに数十年にわたり読み続けてここまでやってきた人から、机の上にずらっと並べて一気に読んでいる、という人たちまで、その形はいろいろだろうが、みな、熊吾と伸仁と房江の生活を追ってきたことになる。
 一気に読んだとしても、一日で七巻を読めるものではない。
 そんな読み方はしないほうがいい。
 読みやすい文章で綴られてはいるが、話の筋だけ辿って勢いで読み進むたぐいの小説ではない。作者が丁寧に紡いだ世界は、やさしいながらも複層的構造を持っており、ゆるりと読み進んだほうがその全貌を把握しやすい。どうやらそれがこの長いお話を楽しむ最善の方法のようである。だから、繰り返し読んでも、そのつど新たに面白い。
 結末にむかって一直線で進んでいく芯の部分が圧倒的に面白く、同時にその周縁の話が奇妙な魅力に満ちていて目が離せない。浮かび消える人間存在を、いくつも追いつづけることになり、知らず、読者の視点も移りゆく。気が付くと多くの人生と少し昔の社会を広く見渡している心持ちになる。
 ゆっくり、何度も読むことができる小説である。


 あまりに長く、そして広い物語なので、あらためてここで、第一部から第六部までのおおまかなあらすじを紹介しておきたい。いきなり七部だけを読む、という不思議な感覚の人以外は、思い出すよすがになるかとおもう。
 このあらすじはあくまで「一度読んだけど細かいところまでは覚えてない」という人向けのものと考えてほしい。未読の人がすべてを理解できるようには書いてはいない。
 なお、それぞれの“終戦直後大阪編”“南宇和編”等というのは、ここで便宜的に命名したものである。正式な呼び名ではない。

 第一部「流転の海」“終戦直後大阪編”
     昭和二十二年春から二十四年春まで。
     熊吾五十歳から五十二歳。伸仁誕生から二歳まで。

 戦争中、故郷の愛媛に疎開していた熊吾は、戦後、大阪に戻り、中古車部品販売業の松坂商会を再開する。進駐軍からタイヤなどの自動車部品を横流ししてもらい、それを売りさばいていた。また五十歳にして、初めての子・伸仁を授かる。戦前「中国貿易の関西での旗頭」と言われたころに頼りにしていた番頭の井草正之助を、会社再開のために田舎から呼び戻し、経理を任せる。ところが井草は、熊吾を裏切り、会社の金を持ち逃げして遁走する。かつて社員だった海老原太一が、熊吾に強い恨みを抱いており、井草の裏で糸を引いていた。
 ひとり息子の伸仁の身体が弱く、これは故郷の愛媛の自然のなかで育てたほうがいいだろうと決心し、昭和二十四年の春に淀屋橋の松坂ビルの跡地を売り、妻子とともに愛媛の南宇和に引っ込んだ。

 第二部「地の星」“南宇和編”
     昭和二十六年春から昭和二十七年春まで。
     熊吾五十四歳から五十五歳。伸仁四歳から五歳。

 愛媛の南宇和に戻った熊吾は、身内の男を助けるために、衆人環視のなか獰猛な突き合い牛の眉間を銃で撃ち抜いて殺し、騒動となる。人殺しのやくざとなった“上大道わうどうの伊佐男”は熊吾と同年輩で、十四のときに熊吾に投げられ足が不自由になったことを恨み、熊吾をつけ狙っている。
 熊吾の金を持ち逃げした井草正之助が、金沢で死の床に就いていると聞き、熊吾は会いにいく。そこで“戦前の中国貿易時代の親友、周栄文”の子、谷山麻衣子十七歳と会い、麻衣子の進む道筋をつけてやる。
 突き合い牛騒動で親密になった魚茂こと和田茂十もじゅうが県会議員に立候補することになり、熊吾はその選挙参謀を引き受ける。しかし、魚茂が癌だとわかり立候補できなくなった。妹タネとその男・政夫のためダンスホールを建てるが、開業前に政夫が二階の窓から転落して死ぬ。井草正之助も金沢で死んだ。
 上大道の伊佐男は、舎弟に裏切られ、命を狙われ、熊吾と最後に言葉を交わし、母の墓の側で猟銃自殺する。
 あまりにも多く人が死ぬ。南宇和にこれ以上とどまるべきではない、と決意し、昭和二十七年春、熊吾は中之島の土地を買うことにして、大阪へ戻る。

 第三部「血脈の火」“大阪・土佐堀川編”
     昭和二十八年春から昭和三十年五月まで。
     熊吾五十六歳から五十八歳。伸仁六歳から八歳、小一から小三。

 大阪に戻った熊吾は、消防ホースの修繕会社と雀荘ジャンそうと中華料理店を始める。雀荘と中華料理店は妻の房江に多くを任せる。
 愛媛に残してきた母と妹一家がいきなり上阪してくる。妹タネはすぐに新しい男(寺田権次)を家に引き込む。母ヒサは愛媛に帰りたがり痴呆状態となり、ある日、房江が目を離したすきに家を出て、その後、ようとして行方がわからなくなった。
 三つの仕事のうえ、同郷だった杉野(熊吾の最初の妻・貴子の兄)とプロパンガス販売代理店を設立する。
 ただ昭和二十九年の洞爺丸台風で、ホース修繕用の接着剤四トンをすべて水没させ大損害を被り、再建にも奇妙な邪魔が入り、会社を断念する。また、プロパンガス代理店も杉野に任せて身を引き、“きんつばの店”と“立ち食いカレーうどんの店”を始めた。
 周栄文の娘・麻衣子は、十八で離婚し、大阪に出てきて、丸尾千代麿の運送会社で働く。その丸尾千代麿の子(美恵)を産んだ丸尾の愛人の米村喜代は、出産して一年で急死する。上大道の伊佐男の子(正澄)を産んだ浦辺ヨネが、喜代の遺児と祖母を引き受け、城崎に移り住んだ。そこへ麻衣子も合流することになり、幼子二人と、麻衣子、浦辺ヨネ、幼子の曾祖母という五人の不思議な家族を形成する。
 土佐堀川沿いで暮らしているうち、伸仁は川を行き来するポンポン船の乗員たちと仲良くなる。船上生活している近江丸に届け物をしたときに、夫婦喧嘩が始まり女房が船に火を付け、炎上、沈没した。伸仁たちはすんでのところで逃げ、沈み行く船を茫然と見つめるしかなかった。

 第四部「天の夜曲」“富山編”
     昭和三十一年三月から同年九月まで。
     熊吾五十九歳。伸仁九歳、小四。

 熊吾の経営する中華料理店の出した弁当を翌日に食べた客が食中毒を起こし、三十日の営業停止となり、また、プロパンガス会社共同経営の杉野が倒れてしまった。房江までが気鬱きうつになる。富山の中古車部品商の高瀬からの“富山で自動車部品会社を興したいので共同出資して欲しい”との誘いに乗り、大阪での仕事を始末して親子三人で富山に移り住む。しかし高瀬は会社経営者の器ではないことに気付いた熊吾は、妻子を残し、大阪へ戻り一人暮らしをしながら「関西中古車業連合会」を結成する仕事に奔走する。久保敏松という実直そうなブローカーと分担して仕事を進める。
 たまたま出遭ったヌード・ダンサー西条あけみと縁日の夜店に寄ったとき、あけみの不注意からセルロイド人形にロウソクの火が引火、あけみは頭部に大火傷を負い、顔にケロイド状の跡が残る。責任の一端を感じ、長崎大学の病院に診察してもらうために熊吾が同行し、長崎で男女の仲になる。
 やくざの観音寺のケンの女、百合が妊娠したので、富山に住まわせ、三年面倒を見て欲しいと頼まれるも、半年もしないうちに百合は失踪。
 信用して仕事の金などをすべて任せていた久保敏松が、あるだけの金を掻き集めて遁走する。
 金に困窮し、富山に送金もままならないなか、富山で房江が喘息を患う。房江だけを大阪に呼び戻し仕事を手伝わせることにした熊吾は、息子の伸仁を富山の高瀬宅に預け、両親と別れて、半年を過ごさせることにした。

 第五部「花の回廊」“尼崎・蘭月ビル編”
     昭和三十二年三月から昭和三十三年夏まで。
     熊吾六十歳から六十一歳。伸仁十歳から十一歳、小五から小六。

 小学四年の三学期が終わるまで待てず、伸仁は富山から両親のいる大阪へ戻るが、電気も水道も通っていない船津橋のビルに住ませるわけにいかず、尼崎の妹タネのところに預ける。この尼崎の蘭月ビルは、一種の魔窟であった。伸仁は、住み始めてすぐに“張本のアニイ”の父が息を引き取るところに立ち会い、また「唐木のおっちゃん」が自死するとき、部屋にカギを掛ける役を託され、腐爛して発見されるまで、誰にも言わないという約束を守り、黙していた。
 熊吾は、ビリヤード店「ラッキー」を根城にして中古車のエアー・ブローカー業を続け、房江は宗右衛門町の小料理屋「お染」で夜遅くまで働いている。
 夫と愛人のあいだにできた子・美恵を、引き取ることを決心した丸尾ミヨは、熊吾に相談のうえ、城崎から大阪の家に迎えることにした。その育ての親の浦辺ヨネが末期癌に冒されていることがわかる。
 熊吾の母ヒサとおぼしき白骨死体が、香川と徳島県境近くの山奥で見つかったという報告があり、熊吾も房江もその死を受け入れる。
 熊吾は、大阪福島にある女子高が移転することを知り、そこに巨大なモータープールを作ることをおもいつく。シンエー・タクシー社長の柳田元雄にその話を持ちかけ、「シンエー・モータープール」の開設に漕ぎつける。熊吾一家は、そのモータープールの管理人として、かつて校舎だったところに住み込みで働くことになり、久しぶりに親子三人で住めるようになった。
 蘭月ビルでは、妻が高級娼婦グループで働いていることを知った「人買い」津久田清一が、仲立ちした女を包丁で刺し、中二の娘・咲子を送ってきたチンピラをハンマーで殴り殺し、伸仁の同級生のあっちゃんの首を刺して捕まった。

 第六部「慈雨の音」“大阪福島・シンエー・モータープール編”
     昭和三十四年四月から昭和三十五年八月まで。
     熊吾六十二歳から六十三歳。伸仁十二歳から十三歳、中一から中二。

 四月、関西大倉中学校に入学した伸仁を連れて熊吾と房江は城崎で死んだ浦辺ヨネの葬式に出かける。遺言により、余部あまるべ鉄橋より骨を撒く。
 伸仁の身体を丈夫にするために小谷医院へ通わせ、その支払い額が大きく、熊吾は中古車ブローカーの仕事を始めた。
 京都駅で遭ったヤクザ観音寺のケンに、海老原太一が熊吾の金を横領した証拠となりうる名刺を渡す。衆議院に立候補を表明していた太一は、愛媛道後温泉で首つり自殺を遂げ、新聞報道で熊吾はそれを知る。
 伸仁と同級生で、蘭月ビルに住んでいた月村敏夫と妹が、母が朝鮮人と結婚したために北朝鮮に渡ることになり、見送りのため熊吾と伸仁は淀川で鯉のぼりを振り、別れを告げた。
 伝書鳩の雛をもらった伸仁は、人の手では育てられないと言われているところ、奇蹟的に飼育に成功するも飼いつづけることができなくなり、余部鉄橋でその鳩を放つ。
 昭和三十五年の夏、熊吾は鷺洲に土地を借り「中古車のハゴロモ」を始めた。熊吾は再び事業者としての道を歩み出した。

 これが一部から六部までの概略である。
 昭和二十二年から三十五年まで、伸仁が誕生して中学二年生になるまで、物語は進んできた。
 七部は、“大阪福島・中古車のハゴロモ編”となった。熊吾たちの活動の場所は六部と七部では、そんなに動いていない。

 つづいて登場人物を整理しておく。
 この「満月の道」の巻だけでも、多くの人が出てきている。この巻に出た人たちを紹介していくことにする。
 初めて出てきた人は、この文庫を読めば大丈夫なので(初)と記して簡略な紹介にとどめてある。また、この七部で巻き起こった大きな事象については、基本、記さない(七部で死んだ人をここでは死んだとは書いてない、というほどの意味)。
 登場してきた順で、最初にページ数を示して紹介してある。索引のように利用していただければ、とおもう。
 松坂熊吾、その妻の房江、その子の伸仁については省いている。


 第一章
5 佐田雄二郎(初)ハゴロモ社員。22歳。
5 関京三 六部から登場。エアー・ブローカー。糖尿病。
5 玉木則之(初)ハゴロモの事務職員。45歳。
8 柳田元雄 一部から登場。自転車で細々と中古車部品を一人で売る商売から叩き上げた経営者。中古車部品販売業を成功させ、タクシー会社を買い取り、熊吾の提案によって“大阪一巨大な駐車場”の経営に乗り出して熊吾の仕事とする。
8 辰巳(初)シンエー・タクシーの運転手。熊吾に頼みごとをする。
11 黒木博光 六部から登場。中古車エアー・ブローカー。シンエー・モータープール事務所への出入りを関とともに許されている。
18 田岡勝己(初)シンエー・モータープールの新しい社員。20歳。
19 海老原太一 一部より登場。昭和元年に熊吾を慕って大阪に出て来た、もと松坂商会社員。のち独立し、空襲を免れ戦後いち早く商売を始め、朝鮮動乱でも儲け「エビハラ通商株式会社」を設立。そのあとさまざまな業種に事業を広げ、関西財界に重きをなす経営者となる。人前で熊吾に罵倒されて以来、熊吾を強く恨んでおり、松坂商会の番頭・井草正之助を使って熊吾の金を奪った。熊吾はその証拠となる名刺をヤクザの観音寺のケンに託した。衆議院議員選に出馬を正式表明した翌月、昭和三十五年五月(六部)、自殺する。
21 亀井周一郎 五部から登場。カメイ機工の社長だった。熊吾と同い年で戦前より付き合いがあり、熊吾の事業を助けようとしたが、昭和三十五年十二月、癌で死去。
21 神田三郎 六部から登場。シンエー・タクシー福島西通り営業所の留守番係。29歳。
24 ジンベエ 六部から登場。飼い犬のムクの子。生まれたとき瞼が開かなかったので伸仁が辛抱強く毎日毎日、ホウ酸で拭き、目を開かせる。名前の由来は「ジンベエザメ」に似てるから。
33 松野すうちゃん(初)聖天通りの商店街の二階屋にいる三歳の女の子。
34 森井博美(西条あけみ)三部から登場。もとOSミュージックのトップダンサー。ダンサー名が西条あけみ。ダンサー時代は伸仁と顔見知り。四部で、熊吾と夜店を歩いているおりに、不注意から頭部に大火傷、その治療のために長崎へ出かけ深い仲になる。昭和三十一年秋に別れる。五年ぶりの再会。
37 木俣敬二 六部から登場。ハゴロモ鷺洲店の場所に工場を持っていた「キマタ製菓」の社長。雇っていた女を妊娠させてしまい、別れ話のあと工場裏で縊死したので、引き払ったあともハゴロモ鷺洲店事務所裏の青桐に毎月、お参りにきている。
37 川井浩 六部から登場。ハゴロモ鷺洲店むかいの荒物屋店主。
39 マカール・サモイロフ 四部に名前が出る。森井博美の曾祖父(母の母の父)。ロシア人。長崎の外人墓地に墓がある。
42 ムク 五部より登場。亀井周一郎からもらった柴犬とシェパードの雑種の犬。モータープールで飼われている。人なつっこくて滅多に吠えない。ジンベエの母。
50 トクちゃん(初)水沼徳。能登出身16歳。修理工。
56 ホンギ 五部から登場。洪引基ホンホンギ。尼崎の蘭月ビルに住んでいた。茶の湯者。熊吾の世話でカメイ機工で働いている。日本語があまり得意ではない。
60 守屋忠臣ちゅうしん(初)京都の螺鈿らでん工芸師。
60 池内兄弟 六部より登場。モータープールの向かいに住むメリヤス店の兄弟。弟は伸仁と同年、兄は三歳上。伝書鳩を飼っていて最初、伸仁もその育成を手伝って仲良くしていたが、途中、伸仁は馬鹿にされていると知り、対立する。
65 丸尾千代麿 一部より登場。丸尾運送の社長。
65 麻衣子 谷山麻衣子。一部より登場。熊吾の戦前の親友・中国人の周栄文が日本の女に生ませた子。京都で一度、所帯を持つがすぐに別れ、城崎で暮らす。
66 クレオ 六部に登場。名はクレオパトラから。病気なのに池内兄弟が騙して伸仁に託した伝書鳩の雛。伸仁の飼育によって奇蹟的に育つも、飼育を続けられなくなり、伸仁が余部鉄橋まで一人で行って、野に放った。
68 周栄文 一部より登場。中国人。日中戦争激化後、中国に帰国したままなので、登場はすべて回想シーン(手紙が一度だけ届く)。熊吾の十三歳下の親友。麻衣子の父。彼との約束で、熊吾は麻衣子の父代わりとして彼女の世話を焼く。

 第二章
75 林田信正 五部より登場。モータープール利用者。不破建設社長の若い運転手。モータープールで待機する時間が長く、車両移動などをよく手伝ってくれる。
76 佐古田 六部より登場。モータープールに作られた作業場でいつも一人で「柳田商会」に持ち込まれた車両の解体作業をする柳田商会社員。おそろしく無愛想だが、腕は一流。
80 石井(初)柳田商会独身寮に住む若者。寮長格。32歳。
87 河内モーターの社長 死んだ河内モーター前社長・河内善助の甥、河内佳男。四部で善助の死を知らせてくれた。名前が出るのは八部になってから。
90 直子 一部より登場。房江の姪、姉あや子の次女。房江の七つ下。子供二人。夫はサイパンで戦死。御影に住んでいる。
90 白川美津子 一部より登場。房江の姪、姉あや子の長女。房江の六つ下。女学校時代に「放浪記」にすべてルビを振って房江に字を教えてくれた。連れ子二人があった白川益男と結婚するも益男は死去。北海道在住。
96 浦辺ヨネ 二部より登場。南宇和育ち。やくざの上大道の伊佐男とできてしまい伊佐男の自死後、その子(正澄)を生む。熊吾の世話で、千代麿の愛人が生んだ子と、その曾祖母、および麻衣子とで城崎に住み、料理店を開く。昭和三十四年(六部の冒頭)癌で死去。
98 刈田喜久夫 五部より登場。モータープール近くの大工の棟梁。65歳(昭和三十三年時点)。三人の息子はみな戦死。鹿児島出身。十姉妹じゅうしまつを飼ってる。
99 栄子(初)麻衣子の子。昭和三十六年五月生まれ。
99 城崎の町会議員 六部より登場。栄子の父。名前は出ない。
113 桜井峰子 蘭月ビルに住んでいた津久田咲子(五部より登場)の新しい名前。高校卒業後、光鵬興業の秘書課に勤めている。19歳。
118 桑野忠治 五部より登場。カイ塗料店の配達員。モータープールにいることも多く、いろいろと手伝ってくれる。二十代の若者。
132 小谷医師 三部より登場。熊吾の糖尿病治療にあたった医師。もと京大病院内科医長。健康保険制度に反対して大学を辞め個人医院を開く。保険が適用されないため医療費はとても高くつく。

 第三章
150 カンベ病院院長 六部より登場。神戸司郎。モータープールにほど近い病院の院長。
155 森井博美の勤める小料理屋の女店主(初)八部になって名前は「沼津」だと判る。
162 富岡仙一(初)神戸の海運会社「富岡海運」社長。
173 高瀬勇次 三部から登場。富山の中古車部品商。一時、熊吾がともに中古車部品の店を共同経営しようとした男。富山在住時の松坂家がいろいろ世話になる。

 第四章
226 紀村晋一(初)伸仁の高校のクラス担任、英語教師。
227 井田淳郎 六部に登場。中学一年と二年のときの伸仁の担任。大学では考古学を専攻していた。伸仁が崇拝していた教師。
230 大村信一(初)板金塗装工。松坂板金塗装の社員。兄。名が出るのは282頁。
230 大村孝二(初)板金塗装工。松坂板金塗装の社員。弟。名が出るのは282頁。
238 沼地珠子 六部より登場。名前がわかったのは七部のこのシーン。食堂「お多福」の住み込みの出前持ち。夜遅くシンエー・モータープールの壁にもたれて流行歌を歌って休んでいるのを房江が何度か目撃している。島根出身。
238 リーゼントの少年(初)修理工。珠子と仲がいい。名前は菊村進一、キクちゃん(名が判るのは八部になってから)。
239 東尾修造(初)もと大手都市銀行の支店長。パブリカ大阪北の専務。
244 岡松浩一(初)新たに雇われたモータープール専従の事務員。
245 鶴峰(初)神田三郎のあとにシンエー・タクシー福島営業所の事務員として雇われた男。
246 松田茂(初)柳田商会の古参社員。
249 三河武吉ぶきち(初)外車を専門とする中古車ディーラー。三河自動車の社長。

 第五章
292 徳沢邦之 五部より登場。衆議院議員の愛川民衆の私設秘書。熊吾とは上海時代に会ったことがあり、恩義を感じている。
294 赤井(初)森井博美の男。ヤクザの使い走り。
298 武部彦次郎(初)周栄文の知り合い。能勢に在住。
310 山川(初)中古車エアー・ブローカー。
361 高瀬桃子 四部から登場。高瀬勇次の二十五歳下の妻。
362 高瀬のボブ、ミッキー、トム 四部から登場。高瀬家の三人兄弟に伸仁がつけたあだ名。本名は孝夫、弘志、憲之。それぞれ伸仁の二歳、三歳、六歳下。

 第六章
364 月村敏夫 五部から登場。蘭月ビルに住んでいた伸仁の同級生。昭和三十四年十二月に大阪を発ち家族で北朝鮮に向かった。
364 月村光子 五部から登場。敏夫の五歳下の妹。
371 三国保(初)丸尾運送の古参社員。
372 丸尾正澄 三部から登場。上大道の伊佐男と浦辺ヨネとの子。昭和二十七年十一月生まれ。城崎で暮らすも、母浦辺ヨネの死後、丸尾家に引き取られる。
373 丸尾美恵 三部から登場。丸尾千代麿と愛人(米村喜代)との子。昭和二十七年二月生まれ。昭和三十二年の五歳のとき、育ての親の浦辺ヨネのもとを離れ、丸尾の子となる。
374 丸尾ミヨ 二部より登場。千代麿の妻。なさぬ子である美恵、正澄を育てる。
377 田端(初)出石いずし蕎麦「田端屋」のおやじ。71歳。
397 小川のおばあさん(初)城崎の麻衣子の三軒隣に住むおばあさん。
399 井手秀之 二部に登場。親に奨められた女と結婚していたが、離別して十八歳の麻衣子と再婚。だがふたたびその先妻と付き合っているのを知り、麻衣子は激怒して離別した。金沢の有名料理店のぼんぼん。

 第七章
452 米村喜代 二部に登場、三部で死去。大阪福島の屋台のおでん屋の女主人。丸尾千代麿の愛人で、美恵の実母。身内は祖母のムメだけ。城崎で美恵を出産して、おでん屋を始めるも、昭和二十八年三月風呂場で心臓麻痺で急死。
454 岸田 六部から登場。伸仁の中学受験のときの家庭教師。当時は京大生だったがいまは建設会社勤務。
462 梅津(初)組の参謀格のやくざ。森井博美の男・赤井の兄貴分。
467 シンゾウくん(初)15歳の岡持の少年。鳥取の農家の子。フルネームは瀬口進三(八部で名が出る)。
482 久保敏松 四部に登場。熊吾が「関西中古車業連合会」設立の手助けをしてもらうために組んだエアー・ブローカー。熊吾と同年で孫が二人いる。連合会設立の準備金をすべて持ち逃げして賭け将棋に注ぎ込み、逮捕された。


 以上、名前の出ていたおもだった登場人物にしぼって紹介した。

 これ以外にも、いろんな人が登場している。
 たとえば。
 最後になって出てくる「『柳のおばはん』の店をひとりでばらばらに壊してしもた人」(490頁)。
 彼は三部「血脈の火」に出てきた。「柳のおばはん」のバラック小屋を素手で十五分ほどでばらばらに解体してしまった謎の大男である。登場はワンシーンかぎりだけれど、通して読んでる人なら、「ああ、あの」とおもいだされるだろう。
 自然の脅威とも言うべき暴力性に満ちた男であるが、不思議な言葉遣いと、怪異な立ち居振る舞いによって、ただの恐ろしいだけの男ではなく“そこにたしかに生きている奇妙な人間”として、読んでいる私たちに深く印象づけられる。
 熊吾という一人の男に寄り添って描くこの小説は、一瞬だけ交差するさまざまな人間たちの姿を他者として捉えるのではなく、生々しい人生の断面に短くも鋭く切り込んでいくため、間口は狭くはあるが、その奥に予想もしない深い風景を見せてくれる。これは、おそらく松坂熊吾の生きかたに沿って描かれているからこそ、見えてくるものなのだとおもう。
 たとえば、本巻8頁に出てくる“辰巳”という運転手。熊吾の旧知のタクシー運転手であるが、日本国内で発売された女性用生理用品を熊吾に買ってくれないか、と頼んでくる。昭和三十年代の世相がくっきり見えてくる一方で、妻に先立たれ、年ごろの娘を育てている男の何とも言えない生活が見えてくる。
 また183頁の会話の中に出てくる“朝井”というタクシー運転手は、衝突してきたクルマが営業所勤めの神田三郎の運転だと知って「お前、免許証、あんのか? 無免許やったら、ポリが来んうちに、早よう福島営業所まで行けェ」と叫んだ。えもいわれない不思議な、そして大阪らしい人情味を感じるシーンである。

 以下、物語の冒頭から「一瞬しか登場しないのだが、とても印象に残る人たち」を少しだけ挙げてみる。

〇物語の冒頭、昭和二十二年三月には、死んだ妹を背負ったまま三ノ宮駅前の闇市を徘徊している浮浪児がいた。「お前の妹はのお、死んどるんじゃ。早よう降ろして、葬ってやらにゃあいけんのや」と熊吾は諭すが、走り去っていった。
〇名刀“関孫六”を売りに来たのは「どこか繊細な、氏素姓の良さそうなものを感じさせた」熊吾と同年配の男だった。彼には難病の息子がいた。
〇有馬温泉へ行く途中で遭遇した闇商品を売っている若い男は、温泉に着くなり戦犯として逮捕された。彼が売ろうとしていた品物を熊吾が代わりに運んでやった。
〇魚茂の戦死した長男は、出征前に、魚茂牛が殺されたら宇和島のカフェーの女給を妻にする、と一筆をしたためていたので、熊吾が魚茂牛を撃ち殺したあと、誓約書を持ってその女がやってきた。
〇杉野信哉宅の裏の神社では、境内にラムネ瓶が突き刺され、自転車のタイヤが賽銭箱の上に吊してあったが、そこの神主は熊吾に「花は枯れたが、いい種が残ったのであげましょう」とラムネ瓶を手渡した。
〇炎上した近江丸で死んだ船長青木、彼の父もまたアル中で、その治療院にいるときに箸を尖らせてそれで心臓を突いて死んだ。
〇熊吾のきんつば屋の最初の客は、油まみれの作業服を着て、自転車の荷台に機械の部品を積んだ十六、七歳の少年で、一度通り過ぎてから戻ってきて「一個でも売ってくれるかなァし」と伊予弁で聞いてきた八幡浜から来た子だった。

 以上、ほんのごく一部である。
 彼らの言動が描写されるだけで、その人の人生の奥深くまで、一瞬、のぞいてしまった気になる。
 人を、決して風景のように見ることはなく、自分と同じ血と涙と重さを持った存在として感じて生きている熊吾の覚悟が、読者にもどんどん流れ込んでくるようだ。
 浦辺ヨネの父は、日露戦争後の提灯行列のおりに留守の家に盗みに入った男で、彼ら一族には盗癖があった、という描写が六部三章にある。熊吾の遠い記憶をたどる形で、さほど長くはない描写ながら“遠く昔から村社会が抱え込んでいた陰惨な風景”がぼんやり示されている。明確な言葉にされないぶん、かえってその根の深さが感じられ、それはまた近代社会となった昭和三十年代の社会の底にも流れているのだ、とおもいいたることになる。
 いくつもの“他者の人生”が、おもいがけず自分たちと交わっていくさまが重ねて描かれることによって、人だけではなく社会そのものが描き出され、そのうねりも現前させているかのようだ。小説でしか描けない世界である。
 しかも、この小説はやたらとおもしろい。そこがすばらしい。

 私は、この無駄とおもえるほどの膨大な人物が出てきて、しかもそれぞれの“業”まで描いているところがとても好きである。どんな人が出てきたのか、ついつい人名一覧を作ってしまうほど(それはそれで、ひとつの業のようで申し訳ないのだが)惹かれてしまう。
 道で行き違ったような淡い出会いの人たちに、すごく魅力を感じる。きんつばを買った愛媛出身の少年は、そのあと物語には出てこないのだが、その後、いったい彼はどうなったのだろう、とつい考えてしまう。そういう描写の力がすごい。大勢の人が出てくる小説はたくさんあるが、すべての人の人生には何かしらの傾斜がついていて、それはどうしようもないことなのだ、とここまで感じさせる小説は、ほかには知らない。
 もちろん、熊吾と深く関わった人たちにも、とても惹かれる。
 上大道の伊佐男の最期のシーンが、猟銃の音とともに忘れられない。熊吾が音として覚えてしまっているので、読者としても音が残っている。聞いたはずもない音が聞こえてくる。
 海老原太一は、本当はそうは言ってないのだが「熊おじさん、お願いですけん、これは世の中には出さんでやんなはれ」としきりに熊吾に頼んでいるシーンがおもいうかび、ひたすら、胸を突かれる。
 六部までに、多くの人が死んだ。
 井草正之助。野沢政夫。魚茂こと和田茂十。上大道の伊佐男。近江丸の船長。松坂ヒサ。米村喜代。津久田香根かね。亀井周一郎。海老原太一。浦辺ヨネ。
 すべて印象深い。
 おそらく、人の死を見続ける流れは、最後まで続くはずである。それは熊吾の、伸仁が二十になるまでは死ねない、という言葉で裏返しに語っていることである。
 物語の芯は、熊吾である。
 彼は人生の終盤にはいり、その終末に向けて進んでいる。
 そしてその芯に太くからまっているのが伸仁の人生である。中学生から大人に向けて人生を駆け出そうとしている。その盛と衰が、あざなえる縄のごとく、二重の太い芯となり、物語は終わりに向かって突き進んでいく。

 富山にいたとき(つまり四部)熊吾が伸仁に唱えさせた“人生にとって大事なこと”をあらためてここに並べておきたい。

「約束は守らにゃあいけん」
「丁寧な言葉を正しく喋れにゃあいけん」
「弱いものをいじめちゃあいけん」
「自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」
「女とケンカをしちゃあいけん」
「なにがどうなろうと、たいしたことはあらせん」

 熊吾の教える人生にとって大事なこと、である。
 すべての男の子に唱えさせたい言葉である。
 とくに、なにがどうなろうと、たいしたことはあらせん、という言葉は、すごいとおもう。人生がつらいとき、大きなピンチを迎えているすべての人が、唱えたほうがいい。
 これらは、熊吾が、伸仁に向けて「生きろ!」と全力で叫んでいる言葉である。“生”の過半を費やした男が、これから本格的な“生”へ乗り出していく男に向かって、心に刻め、と贈った言葉だ。
 意味などわからなくていいから、とにかく覚えておけという、この素読にも似た人生の教えは、いかにも明治の男の教育らしく、心を打つ教育のありようである。

 最後に。
 まったく話題が変わってしまって恐縮であるが、この長編小説における「落語」について少し触れてみたい。この物語には、そこかしこに「落語」が登場してくる。これが落語の歴史についてのひとつの文化史的な証言になっている。
 伸仁は昭和二十九年の正月に、道頓堀の角座の正月興行に行っている。
 また、昭和三十一年の三月、富山の商人宿あきんどやどの風呂で「鴻池の犬」を演じる。
「お寒いなかのお運び誠にありがとうございます。鴻池の犬という、まあ言うたら、しょうもないような、しょうもないこともないようなお話でご機嫌をうかがいます」
 これはきちんとした上方の落語である。
 落語には、上方発祥の落語と、江戸発祥の落語があり、この二種類しかない。伸仁の演じている「鴻池の犬」は生粋の上方の噺である。どうやら現役の演者が演じたもので覚えたようである(本来は記すべきではない想像であるが、おそらく作者宮本輝自身が本当に「鴻池の犬」を演じたのだろうとおもい浮かべてしまうシーンでもある)。
 そのあといくつか落語タイトルが出てくる。
「らくだ」「二階ぞめき」「もう半分」「粗忽そこつ長屋」「高田の馬場」「茶の湯」「羽衣の松」「中村仲蔵」。七部までに出てきた演題はこの九つである。
「らくだ」は、もとは上方噺であるが、明治期に東京方にも移り、東西どちらでも演じられる大ネタである。
 ただ残りの七ネタ、「二階ぞめき」「もう半分」「粗忽長屋」「高田の馬場」「茶の湯」「羽衣の松」「中村仲蔵」は、これは見事に東京の噺である。上方らしい部分はこれっぱかしもない生粋の東京噺ばかりが並んでいる。
 愛媛や富山に住んだことはあっても、あきらかに関西人である伸仁が、行ったこともない東京の言葉で話される落語を覚えている。
 あらためて、そこまで当時の上方落語は追い詰められていたのか、と感慨深い。

 明治末に全盛期を迎えた上方の落語界は、戦争が終わった昭和二十年代、ほぼ人材が払底していた。その名前だけで人を呼べる“大看板”は五代笑福亭松鶴しょかくと、二代桂春団治のたった二人しか残っておらず、それも昭和二十五年と二十八年につづけて亡くなった。当時、関西に住んでいた谷崎潤一郎は二代春団治の死を受けて「真の大阪落語というものはやがて後を絶つことになりはしまいか」と新聞に書いた。
 残されたのは円都、文団治などの幾人かの老人と、キャリア十年にもならない若者だけだった(のちに、中堅にあたる染丸が加わり少し層が厚くなる)。
 そこから若手の六代松鶴、米朝、小文枝、三代春団治の奔走が始まり、二十年の時をへて上方落語ブームを起こすのであるが、伸仁が落語を聞いてどんどん覚えていた時代は、まさに「上方落語どん底の時代」だったのである(どん底、というのは、あまりにもメンバーが少ない、という意味でしかないのだが)。
 伸仁が最初に覚えた「鴻池の犬」は、昭和二十九年ころのものだとすると、のちの六代松鶴、当時は枝鶴の演じたものだったのではないか、とおもったが、正確にはわからない。桂米朝の可能性もある。米朝によると、この噺をきちんと口伝で教わった者はおらず、五代松鶴(六代松鶴の実父)が書き残した速記本を見て、復活口演したようであり、その文章から見ると米朝の可能性もある。たしかに昭和四十年代の録音での米朝のマクラも、寝坊して会社に遅刻したために、というもので残っているのだが、さてさて、のちの上方落語の両雄どちらの音だったのか、米朝だと二十九歳のころの口演となりかなり若い。三十六歳で、おそろしく勢いのあった松鶴のものではないか、と一人想像するまでである。
 東京方のほうは、だいたい古今亭志ん生か、三遊亭金馬(三代)のもののようだ。当時の志ん生と金馬の人気がよくわかる。やはり文楽、円生よりも、この二人なのだ。どちらも声がきれいではない。野太く、濁声だみごえである。声が変なほうが受ける。全国レベルではそうなのだ。そのほうがドサ受けがいい、ということなのだろう。
 そのあたり「昭和時代の空気」をさりげなく、しかしリアルに実感させる小説として、やはり見事だと言わざるをえない。

 落語テイストが含まれた本文で、好きなところを二つ。
 ムクの生んだ子犬の名前をジンベエにすると聞いて、母房江が「ジンベエって落語の甚兵衛さんか」と聞き返したところ(6部225頁)。読んでいて、おもわず噴き出してしまった。おもしろいかどうかというよりも、房江の柔らかな気配が伝わってきて、おもわず知らずおもしろい、という、この表現じたいが落語ぽくて、そこんところに強く惹かれる。
 もうひとつは、本巻271頁、お経ぐらいわしがあげると言う熊吾が、どんなお経があげられるのかと聞かれ「適当でええじゃろう。てけれっつのぱー、とか」と言い放つところである。志ん生の得意ネタ「黄金餅こがねもち」の読経シーンでこのセリフが飛び出てくる。数ある志ん生の落語の中でも、このお経はナンセンスの極地にあり、この模倣者は数多くいるが(落語は模倣が基本なのでそれでいいのだが)、志ん生と同じ域に達したものは、その後、六十年を越えていない。そういう極北のフレーズである。そのままで、ただおもしろい。ある意味、ずるい。このひと言で、落語好きをぐぐぐぐと惹きつけてしまう。
 かくも左様に、この小説について語りだすと止まらない。
 一巻よみおわるごとに、毎回、ただ茫然としてしまう小説というのは、そうあるものではない。
 だから、繰り返し読むと、この小説の深さがわかってくる。本物の物語である。

(平成二十八年七月、エッセイスト)

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