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神話の密室―天久鷹央の事件カルテ―

知念実希人/著

649円(税込)

発売日:2020/08/28

  • 文庫

まるで神の御業のような不可思議な「密室」の謎。

アルコールが一滴もないはずの閉鎖病棟で泥酔を繰り返す人気小説家。キックボクシングのタイトルマッチ、勝利の瞬間にリングで死亡した王者。かたや厳重な警備の病院で、こなた千人以上の観客が見守る中で。まるで神様が魔法を使ったかのような奇妙な「密室」事件、その陰に隠れた思いもよらぬ「病」とは? 天才女医・天久鷹央が不可能犯罪に挑む。現役医師による本格医療ミステリ!

目次
プロローグ
Karte. 01 バッカスの病室
Karte. 02 神のハンマー
エピローグ

書誌情報

読み仮名 シンワノミッシツアメクタカオノジケンカルテ
シリーズ名 新潮文庫nex
装幀 いとうのいぢ/カバー装画、川谷康久(川谷デザイン)/カバーデザイン、川谷デザイン/フォーマットデザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-180197-1
C-CODE 0193
整理番号 ち-7-36
ジャンル キャラクター文芸、コミックス
定価 649円

書評

医学知識を介して斬新な謎から意外な真相へ

村上貴史

 なかなかに愉しく読める本格ミステリである。
 知念実希人の『神話の密室―天久鷹央の事件カルテ―』のことだ。
 この作品、《天久鷹央》シリーズの最新刊であり、実に十一作目となる作品だが、著者が「どこからでも読める」ことを意識して執筆しているだけあって、本書から読んでも問題ない。
 その『神話の密室』には、二つの中篇が収録されている。「バッカスの病室」と「神のハンマー」だ。両作ともに密室ものであるが、事件の演出は相当に異なっている。まずは前者を紹介しよう。こちらで描かれる密室は、いかにも密室らしい密室なのだが、密室の中身がユニークだ。
 舞台となるのは、天医会総合病院の精神科病棟である。アルコール依存症の治療のために入院していた宇治川心吾が、病室のなかで酩酊しているところを見舞客に発見されたのだ。病室は個室であり、室内にいたのは宇治川ただ一人。だが、室内から酒は発見されなかった。液体を入れられる容器すらない。その後、医療スタッフや見舞客の動きを分析した結果、誰かが酒を持ち込んで飲ませることも不可能であることが判明した。では、酒があるはずのない部屋で、入院患者は如何にして酔い潰れることができたのだろうか……。
 というところで「バッカスの病室」の紹介は一休みして、「神のハンマー」を紹介するとしよう。
 こちらの舞台は、キックボクシングの日本タイトルマッチのリングだ。約千人の観客の視線が注がれているだけでなく、映像としても記録されていた。そんな場所で、挑戦者である早坂翔馬は、勝利を収めた直後に倒れ、搬送先の天医会総合病院で死亡したのである。だが、その死因が不明だった。格闘技の試合後に心停止に至る場合、頭蓋内に大量の出血があるのが通常だが、早坂をCTで検査してもその痕跡はなかった。さらに、早坂の妻からは、彼が「自分は殺されるかもしれない」と言っていたとの情報ももたらされる……。
 いずれも実にチャーミングな謎の設定である。手段も不明なら目的も不明。なんなら犯人の存否すらも不明である。しかしながら、不可思議な状況はたしかに存在しているのだ。病室という密室のなかの孤独な酔漢として。あるいは、衆人環視のリングで倒れたキックボクサーとして。
 これらの謎に挑むのが、天久鷹央である。童顔のため時折中学生に間違われるが、そのたびに「私は二十八歳のれっきとしたレディだ」と憤慨する彼女は、天医会総合病院の医師であり、その抜群の能力を活かして、他の科で診断がつかなかった患者を診察して病名を突き止める統括診断部の部長を務めている。病院の理事長の娘でもあり、副院長も兼務している。そんな立場にありつつも、人付き合いは極端に苦手なのだが、最近は、大学病院から派遣されてきた男性医師――鷹央の二歳年上の小鳥遊優――が、鷹央の部下として診断医のノウハウを学びつつ、対人関係を支援している。
 本書において鷹央と小鳥遊は、酔漢やキックボクサーの関係者から情報を集め、ときには警察からも情報を集めて事件の真相を見抜いていくのだが、そこで活用されるのが、医師としての才能だ。前述した謎の魅力に加え、真相への導線に医学知識が組み込まれている点が、このシリーズのミステリとしての特徴である。素人にも判るように平易に語られる医学知識が、意外性という果実をもたらしてくれるのだ。新鮮で美味である。しかもその医学知識を活かした謎解きは、小鳥遊の成長を促す鷹央という構図で描かれており、小説としての滋味も堪能できる。人気シリーズであるのも納得だ。
 さらに注目すべきは「バッカスの病室」の酔漢である。彼は人気推理作家という設定で、彼の妻や見舞客の編集者を通じて語られるミステリ作家の心境や出版界の状況も興味深い。また、鷹央と小鳥遊が『占星術殺人事件』や『十角館の殺人』などについて語る場面も愉しく読める。ちなみに知念実希人は、『占星術殺人事件』の著者である島田荘司が選者の「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」でデビューした作家だ。そんな著者のミステリ語りという興趣も添えられたこの一冊から《天久鷹央》シリーズに入り、水のない密室での溺死事件をはじめとする謎の数々に親しんでいくのも悪くない――というか積極的にお薦めしたい。シリーズ読者の方は、「神のハンマー」で鷹央が小鳥遊に与える“試練”をお愉しみに。

(むらかみ・たかし 書評家)
波 2020年9月号より

著者プロフィール

知念実希人

チネン・ミキト

1978(昭和53)年、沖縄県生れ。東京慈恵会医科大学卒業。2004(平成16)年から医師として勤務。2011年、「レゾン・デートル」で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。2012年、同作を『誰がための刃』と改題し、デビュー。2018年、『崩れる脳を抱きしめて』で広島本大賞、沖縄書店大賞を受賞。同作で本屋大賞にノミネートされる。他の著書に「天久鷹央」シリーズ、『螺旋の手術室』『ひとつむぎの手』『仮面病棟』『ムゲンのi』『優しい死神の飼い方』『硝子の塔の殺人』などがある。

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