
ナルニア国物語1 ライオンと魔女
693円(税込)
発売日:2024/11/28
- 文庫
- 電子書籍あり
衣装だんすの先は魔法の王国。小さいころ夢みた永遠の魔法が、新訳と美しい装幀で蘇る!
古い屋敷を探検していた四人きょうだいの末っ子ルーシーは衣装だんすから別世界ナルニアに迷い込む。そこは白い魔女が支配する常冬の国だった。「人間の世界から来た四人の王と女王により魔女は滅ぼされる」という伝説のためルーシーらは追われる身となるが――。ナルニアは光を取り戻すことができるのか。美しい挿画と読みやすい新訳で堪能するファンタジーの最高峰。いま冒険の扉が開かれる。
第一章 ルーシー、衣装だんすを覗く
第二章 そこでルーシーが見たものは
第三章 エドマンドと衣装だんす
第四章 甘いターキッシュ・ディライト
第五章 扉のこちら側に戻ると
第六章 森のなかへ
第七章 ビーバー夫妻との一日
第八章 食事のあとに起きたこと
第九章 魔女の館
第十章 弱まりはじめた魔法
第十一章 アスランは近い
第十二章 ピーターの最初の戦い
第十三章 時のはじまりからある、いにしえの魔法
第十四章 魔女の勝利
第十五章 時のはじまりより古い、いにしえの魔法
第十六章 よみがえる石像
第十七章 白シカ狩り
解説 鴻巣友季子
書誌情報
読み仮名 | ナルニアコクモノガタリ01ライオントマジョ |
---|---|
シリーズ名 | Star Classics 名作新訳コレクション |
装幀 | まめふく/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-240661-8 |
C-CODE | 0197 |
整理番号 | ル-6-1 |
ジャンル | SF・ホラー・ファンタジー |
定価 | 693円 |
電子書籍 価格 | 693円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/11/28 |
書評
衣装だんすはファンタジーの出発点
『ライオンと魔女』に始まる瀬田貞二訳の《ナルニア国ものがたり》を初めて読んだのは、1960年代の末、小学校の二年生か三年生のときだったと思う。それからしばらく、親戚の家に泊まりにいくたび、洋服だんすの中に潜り込んだ。残念ながら、たんすの奥がナルニア国に通じていたことは一度もなかったが、子ども時代に《ナルニア》に夢中になった人なら、誰しも似たようなことをした覚えがあるはずだ。《ナルニア》が、初刊から何十年経っても子どもたちに愛されつづけているのは、“向こう側”に行ってみたいという夢を叶えてくれるからだろう。
C・S・ルイスの《ナルニア》全七巻の原書が出版されたのは、1950年から1956年にかけて。一方、J・R・R・トールキンの『指輪物語』が刊行されたのは1954~1955年。《ナルニア》と『指輪』は、現代ファンタジーの事実上の出発点とも言うべき二大傑作だが、それが同じオックスフォード大学の同僚だった親友同士の二人の手で、ほぼ同時期に生み出されたわけだ。
『指輪物語』は、架空の異世界が舞台となり、(少なくとも作中では)現実世界との接点を持たない。アーシュラ・K・ル=グウィンの《ゲド戦記》シリーズや上橋菜穂子《守り人》シリーズも同様で、これらは純粋なハイ・ファンタジー(異世界ファンタジー)に分類される。
対する《ナルニア》は、現実世界のふつうの子どもたちが異世界に赴き、たいへんな冒険をしたのち、また現実世界に戻ってくるという、異世界往還型の物語構造を持つ。ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』や、ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」がこのタイプ。日本のファンタジーでは、新井素子の『扉を開けて』や、宮部みゆきの『ブレイブ・ストーリー』『英雄の書』などがこれに該当する。中でも、小野不由美《十二国記》シリーズは、《ナルニア》の影響がそこここに見てとれる。十二国の世界は、こちらの世界(の日本と中国)と稀につながることがあり、《ナルニア》と同じく、こちら側から向こう側に行った人々の物語がシリーズの中核になる。《十二国記》エピソード1にあたる『月の影 影の海』では、現代日本の高校生・中嶋陽子が向こう側(十二国)へと連れ去られ、(《ナルニア》第四巻『銀のいすと地底の国』のジルと同じように)見知らぬ異界にひとり放り出されてしまうのだが、その陽子を助けるネズミの半獣・楽俊には、《ナルニア》に出てくる“しゃべるネズミ”の長・リーピチープの面影がある。
《ナルニア》は、異世界を主な舞台にしているものの、こちら側の世界の子どもたちが案内役になってくれるので、いつの時代のどこの国の子どもたちでも物語に入りやすい。『ライオンと魔女』の冒頭、四人きょうだいの三番めにあたるエドマンドが、たんすの奥に別の世界なんかなかったと、きょうだいの前でついウソをついてしまうくだりは、(そのころの私にはきょうだいがなかったにもかかわらず)おおいに身につまされた。もっとも、白い魔女にプリンで籠絡されるくだりはあまり感情移入できなかった。というのも当時の私はプリンが大嫌いだったからで、瀬田貞二訳の初版本に出てくるプリンが原書ではターキッシュ・ディライトというトルコのお菓子だったと知るのは大学に入ってからのこと。実際にそれを食べて「やっぱりたいして美味しくないなあ」と思うのはそのさらに数年後だが、そういうディテールを鮮烈に記憶しているのも《ナルニア》体験の特徴かもしれない。
第四巻のラストで、アスランがジルたちとともにわざわざ現実世界にやってきて、いじめっ子たちと校長先生に対する仕返しに力を貸してくれる場面はおおいに興奮した。『はてしない物語』を映画化した「ネバーエンディング・ストーリー」でも、主人公のバスチアンは竜のファルコンにまたがって現実世界に帰還し、いじめっ子たちに仕返しする。原作に存在しないこんなシーンをラストに持ってきたのは、ウォルフガング・ペーターゼン監督なりの《ナルニア》オマージュだったのかもしれない。
いちばん新しい小澤身和子訳の新潮文庫版でひさしぶりに第三巻まで再読したら止まらなくなり、結局、べつの版で最後まで読んでしまった。たとえたんすの奥に入口が見つからなくても、本を開けばいつでもナルニアに帰れるし、子ども時代をとり戻せる。まあ、そのナルニアが災厄に見舞われる『さいごの戦い』は、(結末がわかっていても)いまだに読み返すのがちょっとつらいんだけど。
(おおもり・のぞみ 翻訳家/書評家)
波2025年2月号の表紙は新潮文庫版「ナルニア国物語」より、まめふくさんの挿画、畠山モグさんの地図から構成しました。
その冒険は、かつてと同じものではなく
今から半世紀も昔。木造の校舎だった小学校の図書室で手に取った〈ナルニア国物語〉の第一巻『ライオンと魔女』。あの本に出会えたというのは、とてつもない幸運だった。
〈ハリー・ポッター〉が好きな子が、十一歳のお誕生日に、ひょっとしたらホグワーツ魔法魔術学校からふくろう便が届くのでは、と期待して、夜窓を開けて寝る、なんてことがあると聞く。同じく、幼い頃のわたしは、大きな衣装だんすにもぐりこめば、異世界であるナルニアへ行って冒険できるのではないかと期待した。当然、異世界ファンタジー仲間とも、話が盛りあがる。
友人は、〈ナルニア〉のキリスト教的なお説教臭さが好きではないと断言したが、キリスト教をよく知らないわたしは、気になって、ひそかに調べまくった。ナルニアのことなら、なんでも知りたかったのだ。
『ライオンと魔女』のなかで、ダメな子の身代わりになって、自らの命を差し出したナルニアの創造主アスランが、とても古い魔法によって蘇る、というエピソードがある。
子供の頃は、単にアスランが善玉ヒーローだから復活したのだ、としか理解していなかったが、そこにはキリスト教的な意味が潜んでいた。新約聖書には、イエス・キリストが、自らに落ち度がないにもかかわらず、十字架につけられて処刑され、三日目に復活をはたす、という奇跡の逸話がある。アスランは、それをそのまま辿ったのだ。とすると、アスランには、救世主としての役割が重ねられていたのだろう。
〈ナルニア〉のお話は、欧米の神話や伝説世界、それに前世紀の歴史に通じていると、よりおもしろみが増す。著者のルイスは〈ロード・オブ・ザ・リング〉を書いたトールキンの親友で、ふたりはオックスフォード大学の同僚だったから、学識がある。そればかりか、(ちょっと意地の悪い)シャレを好むイギリスの教養人らしく、子供向けの話であっても、それとなく洒脱な仕掛けを施して楽しんでいたことは、容易に想像がつく。
とはいえ、ルイスの書いたファンタジーを知ったトールキンは、その才能を認めながらも、批判的だったという。その例として、『ライオンと魔女』にいきなりサンタクロースが登場したのがお気に召さなかったらしい。まあ、そうだろうな、と思う。
トールキンは、この世とは別の異世界を徹底的に作ろうとした作家である。登場する妖精や小人、怪物たちの使っている言語まで創造したのだから、その姿勢は徹底している。いくら不思議な存在とはいえ、我々が住んでいる現実世界の事物が――しかも商業主義的な装いのまま――登場したら、異世界の雰囲気は興醒めになると考えたのだろう。トールキンの言い分は確かに御説ごもっとも。でも、逆に、ルイスには、彼なりの意図がちゃんとあったのでは、と思う。
物語のなかで子供たちがナルニアへ度々行けるように、ナルニアは、われわれの世界にずっと近い。実は、人は機会があればナルニアに接することができる。こんな話がある。
ルイスの死後残された書物のなかから、イタリアの地図が出てきた。地図にはナルニ(Narni)という地名に印がつけられていた。ルイス自身はその街に行ったことはなかったが、けっこう詳しく調べていた形跡があった。その街には、古代において街の守り神であったライオンの彫刻があちこちに残されており、幼い少女の聖女伝説があった。そして郊外には、古い大きな石のテーブルが、遺跡として残っていた。
ライオンと少女と石のテーブル?
ナルニアが好きなひとなら、アスランと少女ルーシーと石舞台が脳裏に浮かんで、胸が締め付けられることだろう。ナルニアの世界は、長い歴史のなかで、由来もわからなくなった不思議な事物が数多く共存しているイタリアの風景と、重ね書きされるようにして、創造されたのだ。謎が数多く存在する現実世界について考えるためのスペースを、ルイスは用意するのだ。だから、ナルニアは、ひとまず子供のための物語であるのはまちがいないが、実は大人のためのエピソードが巧みに織り込まれたファンタジーなのである。
優れたファンタジーは、そういうものだ。大人も子供も魅了する。
この珠玉の児童文学〈ナルニア国物語〉は、我が国では、瀬田貞二氏の格調高い、しかし児童文学としての装いを忘れてはいない「ですます」調で初訳された。近年、シェイクスピア学者の河合祥一郎氏の訳、翻訳家土屋京子氏の訳と二度新訳が刊行され、後者は大人向けに再編成された。今そこに、小澤身和子氏による新訳が加わろうとしている。
英語圏では唯一無二の原作を、翻訳大国日本では幾度も別バージョンで読めるのは、ある意味非常に贅沢なことではあるまいか。翻訳は、それ自体がクリエイティブな行為であるからだ。
一見子供向けに見えても、密かに大人宛に様々な仕掛けが施された傑作は、どう訳すかによってニュアンスが変わる。ファンタジーという幻想性が強いジャンルであれば、なおのこと。
日本語は変化の激しい言語なので、生き物のように変化する現代語に落とし込むことこそ、翻訳者の腕の見せどころ。〈ナルニア国物語〉が、新たに翻訳され、再読の機会に恵まれたことを、心から嬉しく思っている。
(こたに・まり 評論家)
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地図
ナルニア国年表
登場人物紹介
ナルニア国物語シリーズ刊行予定
著者プロフィール
C・S・ルイス
Lewis,C.S.
(1898-1963)北アイルランド・ベルファスト生れ。小説家、英文学者。オックスフォード大学に進学するも、第一次世界大戦に召集される。復学後、同大学研究員を経てケンブリッジ大学教授に就任。文学やキリスト教に関する著作を多数発表し、1942年『悪魔の手紙』が世界的ベストセラーとなる。1950年「ナルニア国物語」第1巻『ライオンと魔女』を発表。1956年のシリーズ最終巻『さいごの戦い』で、優れた児童文学に贈られるカーネギー賞を受賞。
小澤身和子
オザワ・ミワコ
東京大学大学院人文社会系研究科修士号取得、博士課程満期修了。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン修士号取得。「クーリエ・ジャポン」の編集者を経て翻訳家に。訳書にウォルター・テヴィス『クイーンズ・ギャンビット』、デボラ・レヴィ『ホットミルク』、シルヴィア・プラス『ベル・ジャー』、デルモア・シュワルツ『夢のなかで責任がはじまる』など。