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やりなおし世界文学

津村記久子/著

1,980円(税込)

発売日:2022/06/01

書誌情報

読み仮名 ヤリナオシセカイブンガク
装幀 100%ORANGE/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 334ページ
ISBN 978-4-10-331983-2
C-CODE 0095
ジャンル 文学・評論
定価 1,980円

ギャツビーって誰? 名前だけは知っていたあの名作、実はこんなお話だったとは!

『ボヴァリー夫人』は前代未聞のダメな女? 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』はDQN小説!? 待ってるだけじゃ不幸になるよ『幸福論』。人が人を完全に理解することは不可能だけれど、それでも誰もがゆらぐ心を抱えてゆるし生きていく『灯台へ』。古今東西92作の物語のうまみと面白みを引き出し、読むと元気になれる世界文学案内。

目次
ギャツビーは華麗か我々か?
スコット・フィツジェラルド 『華麗なるギャツビー』
あるお屋敷のブラックな仕事
ヘンリー・ジェイムズ 『ねじの回転』
「脂肪の塊」は気のいい人なのに
モーパッサン 『脂肪の塊・テリエ館』
流れよ理不尽の破滅型SF
フィリップ・K・ディック 『流れよわが涙、と警官は言った』
こんな川べで暮らしてみたい
ケネス・グレーアム 『たのしい川べ』
スパイと旅する人間模様 
サマセット・モーム 『アシェンデン 英国秘密情報部員の手記』
頑張れわらの女
カトリーヌ・アルレー 『わらの女』
レモンの上司がパインとは
アガサ・クリスティー 『パーカー・パイン登場』
技と感動のくだらなさ
フレドリック・ブラウン 『スポンサーから一言』
終わりのない夜に生まれつくということ
アガサ・クリスティー 『終りなき夜に生れつく』
恋と毒親の向こう側
アントン・チェーホフ 『かもめ』
死地から奪い取れ人生
A&B・ストルガツキー 『ストーカー』
ビアス氏とくそのような世界 
アンブローズ・ビアス 『新編 悪魔の辞典』
頭を持って生まれるということ
ポール・ヴァレリー 『ムッシュー・テスト』
生きることの奥底を書きつけてやる
コンラッド 『闇の奥』
ある姉ちゃんが語る人間の普遍
ジェイン・オースティン 『ノーサンガー・アビー』
怪盗ルパンのヨーロッパ大風呂敷
モーリス・ルブラン 『813』『続813』ルパン傑作集
もしかしたら永遠に輝く街の澱と人間の痛み
ウィリアム・ギブスン 『クローム襲撃』
何も持ってなくて、賢くて、タフで、面食い
レイモンド・チャンドラー 『長いお別れ』
十四歳の魂は百までも
トーマス・マン 『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』
理不尽を生きる不屈の不滅
中島敦 『山月記・李陵 他九篇』
戦争は少しもおもしろくない
カート・ヴォネガット・ジュニア 『スローターハウス5』
人間の恐ろしさと裏腹の高潔さが混じり合う坩堝
アーサー・ミラー 『るつぼ』
プーシキンが撃ってくる
プーシキン 『スペードの女王・べールキン物語』
人が心を持つ畏れと喜び
ヴァージニア・ウルフ 『灯台へ』
十九世紀初頭のドイツ産ロマンチックコメディ
ホフマン 『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』
見えたことをひとつ残らず言葉にする
トルーマン・カポーティ 『遠い声 遠い部屋』
ハードボイルドに別れる二人の道
ヘルマン・ヘッセ 『知と愛』
「私が見てきた世界のすべて」
ハーパー・リー 『アラバマ物語』
英仏海峡をまたぐ樽まつり 
F・W・クロフツ 『樽』
終わりなく拡散する光
レイ・ブラッドベリ 『たんぽぽのお酒』
「おいしい」との不適切な距離
ハリー・クレッシング 『料理人』
誰も彼もワインズバーグの誰か
シャーウッド・アンダソン 『ワインズバーグ・オハイオ』
渾身の力で記されるよその家のどんならん事情
ウィリアム・フォークナー 『響きと怒り』
「人間ぎらい」の表裏一体
モリエール 『人間ぎらい』
仕事がまったく進まない
カフカ 『城』
なにも考えていないことの複雑さ
ジェームズ・M・ケイン 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』
誰もがゴドーを待っている
サミュエル・ベケット 『ゴドーを待ちながら』
険しくもバリアフリーな幸福への道
アラン 『幸福論』
関わりたくない作家今のところナンバーワン
ラディゲ 『肉体の悪魔』
オー・ヘンリーに学ぶ技術とは何か
オー・ヘンリー 『オー・ヘンリー傑作選』
「強さ」は「弱さ」になんでもやっていいか?
テネシー・ウィリアムズ 『欲望という名の電車』
「普通の先生」が内に秘めた人生
ジェイムズ・ヒルトン 『チップス先生、さようなら』
愛は結果を必要としない
マヌエル・プイグ 『蜘蛛女のキス』
したり顔でおれらを踏み台にするおまえらが大嫌いだ
ハーラン・エリスン 『世界の中心で愛を叫んだけもの』
人形が体現する人間の切実な思い
ルーマー・ゴッデン 『人形の家』
「ペスト」が洗い出す凡庸な人間の非凡な強さ
カミュ 『ペスト』
夜と霧の間で夕焼けは輝く
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧』
彼らに従属しないために誠実でいる
アラン・シリトー 『長距離走者の孤独』
友達を通っていった世界
正岡子規 『子規句集』
若き奥方が貫く自分らしさとは
ラファイエット夫人 『クレーヴの奥方』
ドリアン・グレイは頭がからっぽ
オスカー・ワイルド 『ドリアン・グレイの肖像』
権力という暴力の考えていること
ジョージ・オーウェル 『一九八四年』
椿姫はさっぱりした背の高い人
デュマ・フィス 『椿姫』
マルテはここまで話してくれる
リルケ 『マルテの手記』
エンマのだめさは止まらない
フローベール 『ボヴァリー夫人』
矮小なる人間の弱さと強さ
ウィリアム・シェイクスピア 『リア王』『マクベス』
何も持たない若者が仕掛けた人生のゲーム
スタンダール 『赤と黒』
マキアヴェリの「こんな上司に仕えたい」
マキアヴェリ 『君主論』
知性は疎外と自由を考え抜く
ミル 『自由論』
すれ違う誰かの一分一秒
マンスフィールド 『マンスフィールド短編集』
金のかかる睡蓮と労働の呪い
ボリス・ヴィアン 『日々の泡』
愛していると思うよだからどうだというんだ
ダシール・ハメット 『マルタの鷹』
限りなく豊かな「読む」クリスマス
チャールズ・ディケンズ 『クリスマス・キャロル』
幼年期はべつに終わっていい
アーサー・C・クラーク 『幼年期の終わり』
退かぬ媚びぬメアリー・ポピンズ
P・L・トラヴァース 『風にのってきたメアリー・ポピンズ』
罪にさらされたその後の物語
ナサニエル・ホーソーン 『緋文字』
孫子曰く、「長引くのはほんとうにダメ」
『孫子』
船は誰にも従わない
ロバート・L・スティーヴンソン 『宝島』
変節をめぐるシルヴァーとジキル
ロバート・L・スティーヴンソン 『ジキルとハイド』
家に意志があるだって?
ポー 『アッシャー家の崩壊/黄金虫』
「高さ」により野生化する人々
J・G・バラード 『ハイ・ライズ』
大地に生きるあらゆる人々の叙事
ウィラ・キャザー 『マイ・アントニーア』
コートを買うのはイベントだ
ゴーゴリ 『外套・鼻』
ハードな旅リヒテンシュタイン行き
ギャビン・ライアル 『深夜プラス1』
報われたらえらいのかよ
G・ヴェルガ 『カヴァレリーア・ルスティカーナ 他十一篇』
普通の女と普通の男
ロレンス 『完訳 チャタレイ夫人の恋人』
配られた人生に恩寵を
イサク・ディーネセン 『バベットの晩餐会』
旅としり叩きの果てのカンディード
ヴォルテール 『カンディード』
「私にはこう見える」の終わりなき戦い
シャーリイ・ジャクスン 『ずっとお城で暮らしてる』
社会的距離の中の偽おじいさん私記
ギッシング 『ヘンリー・ライクロフトの私記』
輝き続けるアホと暴かれる世界の急所
R・A・ラファティ 『九百人のお祖母さん』
速さと鋭さのダイバーシティ
サキ 『サキ短編集』
古代中国版「地球の歩き方」
『山海経』
涎と悪魔と妄想の規律
コルタサル 『悪魔の涎・追い求める男 他八篇』
乾いた不思議が漂うハーンの日本
ラフカディオ・ハーン 『怪談』
やがて幸福な太宰の津軽
太宰治 『津軽』
ボヘミアンたちの金策と住宅事情
アンリ・ミュルジェール 『ラ・ボエーム』
謎のナゾベーム
ハラルト・シュテュンプケ 『鼻行類』
フレイザーとパーティを組んで
J・G・フレイザー 『金枝篇』
小説の偉大な城
ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』
大法官府横町へようこそ
チャールズ・ディケンズ 『荒涼館』
あとがき
索引

書評

止まらない「本の話」

辻山良雄

 本書は小説家の津村記久子さんが、数年にわたり、世界の文学九十二冊を読んだ記録である。と言っても、その数の多さに構えることは無用。気のおけない先輩が楽しそうに熱をこめ、時には毒も吐きながら語ってくれた、「最近読んだ本の話」といった趣がある。ストーリーや登場人物の性格は具体的に語られ、興奮、汗、ドン引き等々、読んでいるときの体温がそのまま伝わってくるような文章。しかしその中に、作品の本質をぴしゃりと言い当てながらも笑いをとるといったあざやかな一文が差し挟まれ、その技にしびれてしまうのだ。
 たとえば津村さんによれば、アンブローズ・ビアスの『新編 悪魔の辞典』は、「最初は、おもしろそう、と軽い気持ちで話しかけたおっさんが、思った以上に絡んできてしまってやばい帰りたいとなるけれども、かなりの高確率で的を射たことを言うので、帰るに帰れない」本となるし、カフカの『』にいたっては、「仕事が進まない。非常にシンプルでありがちなそのことに関するカフカの一家言が、恐ろしく長い尺を使って全力で書き込まれている」といった具合。付箋を貼り貼り、本を読む習慣のある人にとって、本書はやばい付箋を貼る手が止まらないといった本になるのではないか。
 とり上げられた本は、純文学の古典から、SFやミステリー、少し硬めの人文書、児童文学まで多岐にわたる。その偏りのない、でも微妙に偏っているとも思える散らばりかたを見ていると、専門家とは異なるひとりの読書家の本棚を覗くようで、わたしなどは勝手な親しみを感じてしまった。
 新聞や雑誌の書評では、どうしても紹介された一冊に目がいくが、それがこうして連なると、今度はその連なり自体が、勝手に何事かを語りはじめる。綿密に記された本の記録を続けざまに読むことで、ひとつの〈個〉に端を発する、世界の見取り図に触れた気がした。
 それを特徴づけるのは「ニュートラルなあかるさ」とでも呼びたくなるような姿勢。それぞれの本の世界観を認めつつ、感嘆すべき点は感嘆し、異を唱えるところではそうするという、本や人間に対する開かれた態度が心地よい。一章読むごとに、何か一つずつ気の晴れていくような読み心地だったが、そうした爽快感は本書特有のものだろう。

 どの章も、それぞれの読みどころを押さえた面白いものであったが(面白いがゆえにその本を読んだ気になってしまうという問題はさておく)、作家の語り口は『ボヴァリー夫人』や『リア王』といった古典を語るときほど、その輝きを増すように思える。それは古典に出てくる登場人物が、いまの人にも身に覚えのあるような、俗物、ヘタレといったひどさのオンパレード、「思いつく限りの人間の小悪」のカタログだからだろう(もちろんそこには大きな悪も存在するが、小悪のほうがより身につまされる)。
 そして津村さんが登場人物の俗悪ぶりを、面白おかしく語れば語るほど、それはいまも起こっていることとして、読者の脳内にはリアルに想起される。なんだ、難しそうな顔しているけど、あなたたちみんな下世話な人だったのね――遠くのほうで近寄りがたく見えた古典は、実はわたしたちの住む世界とドッコイドッコイの、身近なものであったのだ。これなら読んでみたくなる! 小説を読んだり書いたりすることは、この世界を生きることと地続きであると、本書は図らずも教えてくれるのである。
 津村さんがあとがきで書いたように「本書で取り上げた数十冊のうち、誰かはおそらくあなたの気持ちをわかってくれる」だろう。自分でも読んだことのある本は、そうそう、わたしもそう思ってたんだよね(でもそんなふうには言い表せなかったけど……)といった気持ちになるし、名前は知っていても読んだことのなかった本については、どれも読んでみたくなるに違いない(ちなみにわたしは『ねじの回転』『ハイ・ライズ』を読みたくなったし、時間はかかっても『カラマーゾフの兄弟』は再読したくなった)。いくつになっても、本はあなたの友だち。ぜひ本書を読んで、その友情を再確認してください。

(つじやま・よしお 書店「Title」店主)
波 2022年6月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

津村記久子

ツムラ・キクコ

1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、2019年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞、2020年「給水塔と亀(The Water Tower and the Turtle)」(ポリー・バートン訳)でPEN/ロバート・J・ダウ新人作家短編小説賞を受賞。近著に『サキの忘れ物』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』などがある。

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