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日本に100万人もいるのに、彼らを孤独に追いやる「どもる」ことの軋轢とは。

吃音―伝えられないもどかしさ―

近藤雄生/著

1,650円(税込)

本の仕様

発売日:2019/01/31

読み仮名 キツオンツタエラレナイモドカシサ
装幀 新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 223ページ
ISBN 978-4-10-352261-4
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,650円
電子書籍 配信開始日 2019/02/15

頭の中に伝えたい言葉ははっきりとあるのに、相手に伝える前に詰まってしまう――それが吃音だ。店での注文や電話の着信に怯え、伝達コミュニケーションがうまくいかないことで、離職、家庭の危機、時に自殺にまで追い込まれることさえある。自らも悩んだ著者が、丹念に当事者たちの現実に迫るノンフィクション!

著者プロフィール

近藤雄生 コンドウ・ユウキ

1976年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院修了。2003年、自身の吃音をきっかけの一つとして、結婚直後に妻とともに日本を発つ。オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸で、約5年半の間、旅・定住を繰り返しながら月刊誌や週刊誌にルポルタージュなどを寄稿。2008年に帰国、以来京都市在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。遊牧夫婦、アジアを行く』『終わりなき旅の終わり さらば、遊牧夫婦』(以上、ミシマ社)、『遊牧夫婦 はじまりの日々』(角川文庫)、『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)、『オオカミと野生のイヌ』(エクスナレッジ、本文執筆)。大谷大学/京都造形芸術大学非常勤講師、理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。

YUKI KONDO WRITER (外部リンク)

書評

理解されない苦しさ、を理解するために。

重松清

 言葉がつっかえる、いわゆる「どもる」吃音の人は、詰まり方や軽重の度合いはさまざまでも、日本中におよそ百万人いるとされる――僕も、その一人である。
 決して症例が少ないわけではないのに、吃音が起きるメカニズムは不明。治療法も確立されていない。なにより〈本人にとっては深刻でも、他人からは問題がわかりにくい場合がある〉。苦手な言葉でも場面や体調などによってうまく話せるときがあるから、ややこしい。さらに〈うまく話せなくなりそうな場面で沈黙すれば、他の人から見たらそもそも何が問題なのかほとんどわからないということにもなりうる〉……。
 著者の近藤雄生さん自身、本書の中でも詳細に記しているとおり、かつて吃音に苦しんできた。ところが二十代も残り半年になった頃、2005年の終わりに突然症状が軽減して、〈吃音は、私の中からその姿を消していった〉。そうなのだ。そういうことがあるのだ、吃音には。僕も一番症状がひどかった十代後半の頃に比べると、五十代後半のいまはずいぶん楽に話せるようになった。しかし、近藤さんはこうも言う。〈もしかすると、何かをきっかけにすべてが元に戻ってしまう可能性もあるだろう〉。自分を引き合いに出しすぎて申し訳ないが、僕も体調の悪いときや、その場に嫌いな奴がいるところでは、ひどいことになってしまう。
 なんともやっかいな吃音に、近藤さんはじっくりと腰を据えて向き合った。取材に約五年、本書の出発点でもある吃音矯正所についての短編ルポルタージュに取り組んだのは2002年というから、じつに十七年もの歳月の元手がかかっている。掛け値なしの労作なのだ。
 その取材で、近藤さんはほんとうに多くの人に会っている。吃音に悩み苦しむ当事者はもとより、家族や周囲の人たち、研究者や医療関係者、吃音はコントロールできるはずだと語る言語聴覚士、吃音を受け容れようという自助グループ、かつて吃音を苦に自殺を図った男性、苦しみを誰にも語らずに/語れずに命を絶ってしまった青年の遺族……。
 重い取材である。つらい旅でもあっただろう。吃音を持つ人の就労支援をおこなうNPO法人を起ち上げた男性は、吃音を理由に職場を去らざるを得なかった彼自身の過去を語りながら、「なんで涙が出てくるんだろう」と照れ笑いを浮かべる。僕も泣いた。彼の涙よりも、むしろ照れ笑いのほうに胸を衝かれた。彼の話だけではない。頁をめくるごとに、つらかった記憶や悔しかった記憶、言葉がうまく出ないもどかしさに地団駄を踏んだ記憶がよみがえって、何度も泣いた。いい歳をして子どものように――子どもの頃の自分のために、涙をぽろぽろ流した。
 だからこそ、うれしかった。にこにこ笑ううれしさではなく、万感の思いを込めて、無言で、近藤さんに最敬礼したくなった。吃音のある人も、周囲の人も、一色に塗りつぶせるものではない。十人十色。誰もに〈その人だけの物語〉がある。しかし、その物語を語るには、彼や彼女の言葉は詰まりすぎる。〈吃音は、言葉だけでなく、その人自身の姿もまた、内に閉じ込めてしまう〉――それをゆっくりと、丁寧に、寄り添うようにして引き出してくれたのが、近藤さんではないか。最敬礼とはそういう意味である。
 だが、急いで言っておく。本書は断じて「こんな可哀相な人たちの、こんな悲しい物語」ではない。本書の縦軸となって描かれる一人の父親――高橋さんという男性の、少年時代からいまに至るまでの歩みが、それを教えてくれるはずである。何度もけつまずきながら(つまりは、どもりながら)高橋さんは歩きつづける。その背中からたちのぼるのは、吃音の物語にとどまらない、人が人とつながりながら生きていくことの普遍の尊さなのだ。
〈人が生きていく上で、他者とのコミュニケーションは欠かせない。/吃音の何よりもの苦しさは、その一端が絶たれることだ。言葉によって相手に理解を求めるのが難しい。さらに、その状況や問題を理解してもらうのも容易ではない。二重の意味で理解されにくいという現実を、吃音を持つ人たちはあらゆる場面で突きつけられる〉
 理解されない苦しさを理解されない――その苦しさは、いまの社会では(悔しいけれど)吃音を持つ人だけのものではないだろう。本書は、吃音をめぐるノンフィクションであると同時に、他者とつながること、他者を理解することについて問いかける一冊として、広く、深く、開かれている。

(しげまつ・きよし 作家)
波 2019年2月号より
単行本刊行時掲載

目次

プロローグ 一八年前
第一章 死の際に立ちながら
マリリン・モンローの悩み
一〇〇万人が持つ問題
『バリバラ』番組収録
高橋啓太の三五年
訓練開始
第二章 ただ“普通に”話すために
治療と解明への歴史
治すのか 受け入れるのか
羽佐田竜二の方法
叶わなかった殉職
変化の兆し
第三章 伝えられないもどかしさ
追い詰められたエンジニア
歯科医師の意志
電話番を外してほしい
人生を変えた軽微な事故
吃音者同士のつながり
初めてのスピーチ
吃音だけのせいではない
第四章 新人看護師の死
あまりにも辛い別れ
吃音者に対しての職場のあり方
断念した夢の先
ひどくちらかった部屋
みんなに追いつきたい
唯一の動く姿と声
第五章 言葉を取り戻した先に
うまく話したいとは思わない場所
訓練の果て
吃音がよくなったとしても
第六章 私自身に起きた突然の変化
進路としての旅
神様みたいな存在
「一杯珈琲」
吃音とはいったい何か
第七章 “そのまま”のわが子を愛せるように
子どもの吃音
小さな文字で埋めつくされた連絡帳
なんとかしてあげたいという思い
五年後の表情の変化
エピローグ たどりついた現実
あとがき

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