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神曲

川村元気/著

1,705円(税込)

発売日:2021/11/18

書誌情報

読み仮名 シンキョク
装幀 川内倫子/カバー写真、鈴木成一デザイン室/ブックデザイン
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 302ページ
ISBN 978-4-10-354281-0
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 1,705円
電子書籍 価格 1,705円
電子書籍 配信開始日 2021/12/03

神の正体を、知っていますか。天国も地獄も、すべてこの世界にある。稀代のストーリーテラーが放つ、2年半ぶり圧巻の最新長編!

小鳥店を営む檀野家の平穏な日常は、突然終わりを告げた。息子が通り魔事件で刺殺され、犯人は自殺。地獄に突き落とされた父、母、姉の三人が、悲しみと怒りを抱えながらも足搔き、辿り着いた先にあるものとは。次々に明かされる家族の秘密、ラスト20ページの戦慄、そして驚嘆の終曲(フィナーレ)。震えるほどの感動が待つ、著者渾身の飛躍作。

目次

第一篇 檀野三知男

第二篇 檀野響子

第三篇 檀野花音

書評

謳え、人類の宿痾。

岩井俊二

 ツイッターのタイムラインに川村元気氏の新作小説の表紙が流れてきて、あまりの美しさに見とれてしまった。神々しかった。夕陽を包む暗雲を陽光が縁取り、その向こう側には青空が垣間見える。中央に白の明朝で『神曲』という二文字。興奮してご本人に「凄そう! 楽しみ!」とメッセージを送ったのがきっかけでこの作品を発売前に読む機会を得た。そしてこれを書いている。
『神曲』というタイトルは比喩ではなく、この物語は真っ向から神について描かれていた。神について真っ向から描いている小説となると、日本では珍しいほうかもしれない。僕自身、読書量が多い方ではないが、思い返すのは、遠藤周作の『沈黙』とか、埴谷雄高の『死霊』ぐらいか。海外作品においては神について描かれた作品は少なくないだろう……とはいえなんだろう……おや、どうした?……すぐに思いつかない。最も身近な書物といえば結局『聖書』だろうか。本書に近い作品はサリンジャーの『フラニーとゾーイー』かもしれない。
 宗教。
 言葉にしてしまうと、多くの日本人にとっては関心の薄いテーマに思われてしまうかも知れないが、宗教を描くということは、おおよそ人類そのものを描くことであり、一見無縁とうそぶく多くの現代日本人をも描き切ることができてしまうとは言えないだろうか。
 ロバート・ゼメキス監督の「コンタクト」は宇宙人と人類が接触する物語だが、ジョディー・フォスター演じる科学者が人類の代表に選ばれる過程で問題になったのが、彼女が無神論者だという点だった。人類の九割近くが何らかの宗教を、神を信じている。何も信じていない彼女はマイノリティというわけだ。
 無宗教を自認する日本人でも、神社にお参りに行ったり、クリスマスを祝ったり、最近は古代ケルト人のアニミズムであるハロウィンが浸透してきた。なかなか宗教と無縁ではいられない。だが、そういう楽しい触れ合いを通じて、それなりに宗教を理解したつもりになってしまっては、それはそれで大いなる誤解だ。日本人はもっぱら日本国憲法という経典を信じ、法律という戒律に身を委ねて生きているが、宗教にはそれよりも優先される経典や教義が存在する。憲法に謳われている基本的人権を素直に読み解けばLGBTは認められるべき人の権利であるはずだが、なぜここまでこじれているのかと言えば、この日本にも日本国憲法より大事な教義を信じる人達がいるからに他ならない。そして世界に目を向ければ、国家のルールよりも優先される教義を信じている人たちが九割近くいるのだから、ややこしい。東京五輪の閉幕式で、ジョン・レノンの「イマジン」が流れたが、さすがに驚いた。神も宗教も国家も否定する曲である。しかしそこに異を唱える国や団体がいたという話も聞かない。世界の人たちもこの宗教なるものに、あるいは国家なるものに属していながら、片方でそのことにやや疲れ、戦争にも疲れ、宗教でもない、国家でもない、第三の思想、ジョン・レノンの思い描く理想郷にどこかで共感しているのだろうか。頭の片隅では認めているのだろうか。確かにそういう安全地帯的発想がなければオリンピックというイベントは存在し得ない。参加する多くのアスリートが平和を願っている。しかしいくらオリンピックを繰り返しても戦争はなくならないし、アスリートたちがジョン・レノンの言うように国家や宗教をかなぐり捨てることはできない。それがこの世界の現実だ。
 また国家と宗教をも同列には語れない。国家は国家間で交流が可能だが、宗教においては、多くの場合不可能だ。それぞれの信じる神々はなかなか手を結んだり互いを認め合ってはくれない。エルサレムはそんな世界の縮図でもある。浅草のような街に三つの宗教が軒先を分け合っているが、近所付き合いは皆無である。至近距離に住んでいながら、これから千年経っても絶対に仲良くはしない構えである。こんな厄介な宿痾と人類は何故決別できないのか?
 檀野家の父・三知男、母・響子、娘・花音、そして花音のボーイフレンド隼太郎と、そんな登場人物たちの小さな人間関係で、川村元気氏が描こうとしたのは、おそらくこの謎である。
 宗教。
 人類は長くこの概念に支配され、悩まされ、だが救われ、癒やされ、励まされてきた。いい面もあれば悪い面もある。いや、いい面が悪い面で、悪い面がいい面でさえあるかのようだ。
『神曲』を読み解けば、そんな感想に辿り着く。決してすっきりはしない。何しろ相手は神だ。『フラニーとゾーイー』を読み終えた時のような、解けそうで解けないパズルがまたひとつ頭の中に残されてしまった。そんな悩ましい読後感だが、その読後感は、不思議とあの美しい表紙の写真そのままでもあった。

(いわい・しゅんじ 映画監督/作家)
波 2021年12月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

川村元気

カワムラ・ゲンキ

1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。「告白」「悪人」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」「君の名は。」などの映画を製作。2011年、優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2012年、初小説『世界から猫が消えたなら』を発表し、同作は21カ国で出版された。2018年、初監督作品『どちらを』がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に出品される。2021年、初の翻訳本『ぼく モグラ キツネ 馬』を刊行。他著に小説『億男』『四月になれば彼女は』『百花』、対話集『仕事』『理系』など。

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