
細かいところが気になりすぎて
1,650円(税込)
発売日:2024/10/30
- 書籍
- 電子書籍あり
神ツッコミ炸裂の新感覚日常エッセイ! 銀シャリ・橋本、待望の初著作!
どうしても見つけられないホテルのWi-Fiのパスワード、オシャレすぎて解読不能なカフェのメニュー表、倒した覚えがないのになぜか倒れている飛行機の座席……。どんな些細な出来事も見逃さず、森羅万象にツッコミを入れ続ける。ツッコミひとつが、怒りも照れも笑いに変えるから――。全20編のエッセイに、相方・鰻の4コマ漫画も掲載!
はじめに
マスクの紐
飛行機
携帯電話の機種変更
習い事の思い出
汁
オシャレなカフェにて
雄弁は銀シャリ
洗濯物
えび天天の奇跡
究極の塩ラーメン
親父のこと
僕とテレビとお笑い芸人
緊張するとき
鰻という男
漫才師
忘れ物
ホテルの部屋で
熱海一人旅
踊り疲れた鰹節
結婚
おわりに
書誌情報
読み仮名 | コマカイトコロガキニナリスギテ |
---|---|
装幀 | 鰻和弘/装画、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 波から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-355851-4 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | 文学・評論、ノンフィクション |
定価 | 1,650円 |
電子書籍 価格 | 1,650円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/10/30 |
書評
そのツッコミはフロイトに通ず
いま全国に、細かいことが気になって自分を上手く表現できず悩んでいる方がたくさんいらっしゃると思います。そんな生きづらさを感じている方に朗報です。橋本直さんのエッセイ集『細かいところが気になりすぎて』を読めば、そんな心のモヤモヤがきっと晴れていくでしょう。
橋本さんは言わずと知れたお笑い芸人で、銀シャリというコンビのツッコミ担当。あえて「先生」と言わせてもらいますが、私は、橋本先生は数多のツッコミ芸人のなかでもナンバーワンの実力の持ち主だと思っています。というのは、橋本先生とはテレビで何度も共演しましたが、間近で繰り出されるそのツッコミは他の誰とも違う視点からのものであり、語彙の豊かさやその瞬発力に脱帽しました。
また、私の大好きなバラエティ「ゴッドタン」でも、そのツッコミ力に特化した企画がシリーズで放送されています。それは橋本先生のツッコミがあまりに見事なのにもかかわらず、普段大勢が集う番組ではその力を出しきれていないのがもったいない。ゲームメイクしつつ、どんな位置からもシュートを決めるサッカーのメッシのような、芸術的で総合力もあるそのツッコミを遺憾なく発揮させてあげようというもので、そんな企画がテレビで成立すること自体、橋本先生のツッコミが日本のトップである証でしょう。
なぜ私が「先生」とお呼びするかというと、この本はエッセイとしてはもちろん、「ツッコミ健康法」としても楽しめるものだからです。先ほど申し上げた通り、本書で繰り出されるツッコミに倣えば、心身が健やかになり、人に対しても優しくなれる。無敵の健康法と言えるのです。
具体的にみていくと、橋本先生はとりあえず何にでもツッコみます。例えば「究極の塩ラーメン」の章。楽しみにしていた塩ラーメンの味がすごく薄かった時、「アカン! アカン!! アカン!!!」と脳内で宮川大輔さん並の叫び声をこだまさせながらも、「優しいお味で、しっかり出汁がきいていて、次々に食べ進めたくなりますね~」「スープ全部飲み干せますね」とどんどん言葉を被せていく。すると味の微妙さがプラスに転換されるから不思議です。
「ホテルの部屋で」のエピソードも秀逸でした。ホテルの部屋の電気のスイッチがどうしても見つからず泣く泣くフロントに電話をすると、「お客様の電話機の置かれている真下の引き出しの、取っ手と思われる装飾の真ん中にある小さい黒い突起」がスイッチだと分かり、「スパイ映画とかで傘やカバンがいきなり銃になるやつやん! そもそも『取っ手と思われる』って言うてもうてるやん。もうそれは罠やん」と心の中でツッコミを次々に繰り出します。その上、ホテルのベッドのシーツには「大凧で空を飛んでる忍者くらい体の自由がきかないレベルでサイドにびっちりと食い込んでいる」とツッコむことも忘れません。
私はここまで読んで、思わず吹き出しました。ホテルの部屋の電気のスイッチが分かりにくいことも、ベッドのシーツがピチピチなのも、きっと多くの人が共感できることでしょう。そんな日常の些細なひっかかりが、橋本先生がツッコむことで面白く楽しいものになり、イライラはいつの間にか解消させられている。しかもこれらのツッコミはテレビで披露するには少し長すぎるから、エッセイならではの魅力として存分に堪能できるのです。
こんなふうに、腹が立ったり失敗して悔んだり悩んだりしていることのすべてを、橋本先生は「ツッコミとなって昇華される喜び」と書いています。「昇華」という言葉が素晴らしくて、これは、モヤモヤして爆発しそうな(性的なものも含めた)エネルギーは、学問や芸術、スポーツなどに活かせるとしたフロイトに通ずる考えでもあります。しかも橋本先生のツッコミは、常に優しい。脳内でのツッコミも外に発せられるそれも、鋭い視点と独特の言葉のチョイスなのに決して人を傷つけるものではない。それは、自分自身さえ面白く見えればいいという自己顕示欲ではなく、その場がいかに明るくなるかということに重きを置いているからでしょう。モヤモヤを的確かつ面白く言語化し、自分も周りも気分良くいられる橋本先生のツッコミは、これからの日本にますます必要とされると私が考える「上機嫌の文化」に結びつくものではないかとも思うのです。
しかもこの本では、相方・鰻さんの4コマ漫画がすべてのエピソードに添えられています。これがまた素晴らしい。「塩ラーメン」の章では「湯切りになっても変わらないカッコよさ」というタイトルで、非常に独特な4コマを展開しています。橋本さんの天才的なツッコミの文章に、同じく天才的なボケで鰻さんが応答しているわけで、ふたりの組み合わせの絶妙さを漫才とはまた別のかたちで堪能できるところもこの本の見どころでしょう。
「怠惰ってすごい字面やな」と、最終的に字面にまでツッコみ始める橋本先生。「『怠惰を抱いた』と回文にしたところで特に何も起こらない」という一文には思わず唸りましたし、日本語を愛するひとりとして感動すら覚えました。
橋本先生にはこれからもツッコミ道を邁進し、日本の皆さんを明るく健康にし続けていただければと願っています。
(さいとう・たかし 明治大学教授)
波 2024年12月号より
単行本刊行時掲載
類を見ない“うるさい本”
橋本くんとはこれまで色々とお仕事をご一緒してきましたが、一番濃い思い出は、僕が担当しているバラエティ番組「ゴッドタン」でしょうか。「銀シャリ橋本のテクニックを抜いてあげよう!」という企画です。
橋本くんはご存知の通り、銀シャリとして2016年にM-1グランプリのチャンピオンになり、その実力、特にそのツッコミについては語彙力、瞬発力、例えの巧みさなど誰もが認める芸人さんです。何度かお仕事していく中で、橋本くんが他のツッコミの方と圧倒的に違うと僕が感じたのは、その教養の豊かさ。ジャンルを問わない幅広い分野の固有名詞が次々に口を出て、背景に文化を感じるワードセンス。カルチャーが前面に出てくるのがすごく面白いなと。でも、橋本くん自身が「いじられるタイプの芸人さん」ではないから、人数の多いバラエティではなかなかツッコミを発動できなくて、その力を普段は出しきれていないようにも感じていました。だから、とにかく橋本くん一人に存分にツッコミ続けてもらって、彼のなかに蓄積された教養の埋蔵量を確かめていったら面白いんじゃないかと、例の企画を考えたんです。
いざ迎えた最初の収録は、それはもうめちゃくちゃ面白かった! 橋本くんのツッコミを軸にする企画だから、橋本くんにかなりの負担がかかって大変だろうといくつかコーナーも用意していたのですが、冒頭のプロフィール紹介からこちらが投げるボケに対して、とにかく一つも外さないし予想を超えたツッコミを畳みかけてきた。先輩芸人のMC陣も大笑いしながらも感心しちゃうくらいツッコミが冴え渡ってほぼカットする必要がなかったから、コーナーを減らしてもっと深く掘っていこうと軌道修正したくらいでした。この10月5日に同じ企画の5回目を放送したのですが、一つの企画を粘り強く続ける「ゴッドタン」でも、一人の芸人さんだけを主軸にした企画で5回もやるのはちょっと異例で、そのくらい人気の企画になりました。
そんな橋本くんの初めてのエッセイ集『細かいところが気になりすぎて』は、読んでいると橋本くんが本当に隣にいて喋っているような感覚になって、それにまずびっくりしました。まさかそんな体感になると思わなくて笑っちゃったし、思わず「うるせーよ!」ってツッコんでしまった。橋本くんくらい実力があって喋りにスピード感がある芸人さんが、文字に書かれたときの方が喋っているとき以上にうるさくて速さを感じるなんて、すごいことだなと。類を見ない“うるさい本”だなぁと(笑)。
たくさんの芸人さんがエッセイを書かれていて、価値観で書く人、妄想で書く人、独特な視点を生かして書く人とそれぞれ特徴が出ますが、日常生活で起きた出来事の細かいところにひたすらツッコミ続けている内容はもちろんのこと、文字や文章でしかできない表現を巧みにしているところが橋本くんならではのオリジナリティで、それがかなり面白いってとんでもない筆力ですよね。僕もラジオ番組をやっているのでわかるのですが、ラジオで話すこととエッセイに書くことって内容が近くなりがちなのに、橋本くんはちゃんとエッセイでしかできないことをやっている。「エッセイを書く意味がある」と、最初の著作からちゃんと確立しているのもまたすごい。
特に「汁」の一編にはそれを強烈に感じました。ラーメン、お鍋、おでんの汁、アクアパッツァ、あさりの酒蒸しなどなど、好きな「汁」についてこれでもかというくらいにツッコミを書き連ねていくのだけど、とにかくやりたい放題。リミッターを外した状態でセンスを存分に発揮できると、ここまでやれちゃうんだ! と驚いたし、一番笑っちゃいました。きっと普段はギプスをした状態――周りに気を遣ったり空気を読んだりしたうえでツッコんでいるのが、制限を完全に解放したときの過剰さと言ったら……めちゃくちゃ面白くて、でも、やっぱり気持ち悪いくらいうるせーよ!(笑)
書き下ろしの一編「結婚」に至っては、奥さんの考えていそうなことを予想してそれにツッコミを入れていくなんて、もはやツッコミのノイローゼとも言えるでしょう。
すべてのエッセイに掲載された相方鰻くんの4コマ漫画も、どれも鰻くんならではのセンスがあふれていてすごく良かった。橋本くんのツッコミに独特な感性で寄り添っていて、「銀シャリ」というコンビならではの魅力も味わえる一冊です。
大いに笑わせてもらいましたが、実は繊細で気にしすぎるゆえに生きづらいと橋本くんが本音を吐露するところも強く印象に残っています。自身の経験から「無口な人も実は脳内ではお喋りなんだ」っていうフレーズには思わずハッとさせられたし、寡黙なタイプの方に勇気を与えるものですよね。それに、最後の「おわりに」に書かれた、ツッコむことで日常の嫌なことがボケに見えてくるっていうのは、いろんな人に教えてあげたい考え方だなと。
存分に発揮された橋本くんのツッコミを、ぜひ多くの人に読んで楽しんでほしいです。「うるせーよ!」ってツッコミながら(笑)。
(さくま・のぶゆき テレビプロデューサー)
波 2024年11月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ

漫才ほど楽しいものはない
ともにM-1グランプリのチャンピオンで、昨年同時期に著作を刊行した石田さんと橋本さん。メディアで対談するのは久々で、細かいところが気になりすぎるそのトークは縦横無尽に広がり……まさに型破り!
橋本 こないだのM-1のこと、めっちゃ話したかったです。
石田 さっき控室でもいきなり話し出したもんな。「石田さん、あそこどう思いました?」って(笑)。
橋本 2023年のM-1では番組関連で石田さんとご一緒していたので、すぐ喋れたんですが、去年は石田さんが審査員をやられたのでその機会がなかったですし、しばらくお会いできてなかったこともあって、今日を楽しみにしていました。
石田 橋本の新刊のタイトルじゃないけど、僕も「細かいところが気になる」タイプやから、橋本と喋ってるとおもろくて。
橋本 早速本に触れてくださってありがとうございます(笑)。M-1の直後なんか特にそうですが、漫才に対して自分の意見や持論を持たれるお笑いのファンの方がここ数年でぐっと増えたなかで、石田さんの本『答え合わせ』はそんなファンの方々が言語化しきれないラストの部分をしっかり言葉にされていて。
石田 お笑いの教科書みたいなもんやって自分では思ってるかな。
橋本 一般の方からしたら「お笑いへのパスポート」をもらったみたいなもんじゃないかと。芸人や漫才についてかなり深いところまで書かれているから、僕としては「これ石田さんと飲みに行って3軒目でべろべろになった時に聞けた話やのに~」って(笑)。えげつないくらいお得な一冊ですよ。
石田 確かに読み直して自分でも「あ、俺酔うてるな」って思った箇所はあるわ(笑)。でも正直なところを言えば、パスポートっていうよりも「いったんちょっと線をひかせてもらいますね」って気持ちで書いたかもしれない。芸人でない人によるお笑いへの色んな意見――たとえば「漫才か漫才じゃないか論争」とか、その論争自体そもそも違うやろって思っているから。
橋本 マヂカルラブリー優勝後の論争。
石田 そうそう。言い方変えれば、ふだん料理屋で出された料理に「これは料理か料理ではないか」とはならないでしょう、と。料理屋で料理人さんが作ったものなら料理やん。だから「皆さんの意見はわかりました。でもその先にある芸人さんたちのもっと深い考えはこうなんですよ」って、一般の方が壊してきた垣根のもう一歩先に芸人として別の壁を作ったみたいな感じかな。
橋本 なるほど。補足をしつつ、漫才師によるディフェンス本でもあるんですね。僕としては、語りに熱を帯びてくると「僕にはお笑いの才能がないから」ってちょいちょい書かれているのも印象的でした。
石田 やっぱり、その自覚があるから頑張れたっていう認識が自分の中では強くて、元はただのお笑いオタクやからね。
橋本 お笑いが好きすぎてメモを取りながら舞台を見ていた石田少年……。ほんま、石田さんにしか書けない本だと思います。それにしても、僕が素人のときにこの本に出会いたかった。お笑いが大好きで、学生時代テレビやビデオで見るだけじゃ飽き足らず図書館でお笑いの本を借りて読み漁っていたんですけど、石田さんの本ほど深いところまでは書いてなかったですもん。お笑いを目指している養成所の子にはたまらんやろなぁ。
石田 そやね。お笑いに限らず、色んなジャンルの人に何かしらのヒントになればええなと思ってる。
「めっちゃボブ」って悪口?
石田 『答え合わせ』が“教科書”なら、橋本の『細かいところが気になりすぎて』はエッセイやけどハウツー本やよね。世の中に対しての「引っ掛かり」が詰まっているから、特にツッコミの人にとってヒントがいっぱいつまってる。
橋本 嬉しいっすね。石田さんの本に「短距離走のゴールの瞬間、中継番組でスローモーションにする意味がわからへん」ってありましたけど、めっちゃわかる!ってなりました。
石田 0・1秒縮めるために頑張って、風になりたくて走ってるのになんで最後だけスローやねんってな。
橋本 別にええやんって言われたらそれまでの話ですが、僕もそういうふとした瞬間に抱くちょっとした違和感みたいなものを、漫才ではなく文章っていうツールに落とし込んで表現してみたのがこの一冊なんです。だから石田さん版『細かいところが気になりすぎて』をぜひ書いていただきたい。
石田 いやいや、僕の場合は「おもろい人には意見がある」って気がついて以来、意識して意見を持つようにしているだけやから。橋本みたいな“ネイティブで意見持ち”の人にはほんまに憧れる。そこまで持つなってくらい持っていて、言葉選びも面白いし無限でツッコミのコンボが決まっていくし。
橋本 一番近い先輩にそんなふうに言っていただけて……照れます。
石田 文章のリズムもいいから、音でも聴きたくなった。橋本の言い回しで聞いたらますますおもろいやろな。
橋本 この本を読むだけのラジオでもしようかな。朗読会とか。
石田 やってほしいわ、めっちゃうるさそうやけど(笑)。引っ掛かることは昔より増えてるの?
橋本 増えてます。年とったらもっと気にならなくなるかと思いきや全然そんなことなくて。ほんましんどいです。
石田 僕も最近引っ掛かった出来事があってんけど、街で待ち合わせしている若い女性がいて、しばらくして待ち合わせ相手が来たらその女性を見るなり「えーめっちゃボブ! めっちゃボブやねんけど!」って言うて。これって悪口?
橋本 確かに「めっちゃいいやん」ではないから(笑)。
石田 いじっているように見えたのに、言われた方も「わたし、めっちゃボブ!?」って爆笑して、二人でめちゃめちゃご機嫌に去っていった。
橋本 めっちゃボブってあまりにもボブ、「This is ボブ」であり「正規品のボブのやりすぎ」であり……。
石田 気になってるな(笑)。

橋本 いじられているかもしれないけど、「めっちゃボブ!?」って返しはディフェンス力も高い気がします。それに僕らがおじさんだからわからないだけで、めっちゃ褒めてるのかもしれない。
石田 そうやねん、そうも考えられるねん。
橋本 「めっちゃボブにしてるけどめっちゃええやん」をはしょって「めっちゃボブ!」になったとか。あとはその人の言い方で「良いね!」って気持ちがちゃんと伝わっているとか……。どっちにしても彼女らと自分とでは言語感覚に大きな差を感じますね。
エースと津田の共通点
石田 年寄りじみてるかもやけど、「めっちゃボブ!」しかり、いま特に若い世代って言語が退化していっているように感じない?
橋本 (本を指して)「これめっちゃカワイイ!」って言いかねない。
石田 そうそう。焼肉屋でシマチョウ見て「カワイイ!」って言ってた子もおったな。牛の内臓に対して「カワイイ!」ってどんな感情やねん。
橋本 「牛の内臓がこんなに綺麗に洗浄されて人が食べられる状態にしてくれてカワイイ!」ってことですかね?

石田 はしょりすぎやろ! はしょりすぎてゴールがワケわからん(笑)。多分、言葉を減らして感情だけでラリーしてるんやろうな。
橋本 選ぶ面倒臭さをはしょっていますよね。選ぶのって大変だから。それに、「あの頃を思い出す」「懐かしい」「青かった」とか「エモい」感情ってたくさんあるのに全部「エモい」で済ませちゃうのは、より多くの人をカバーしてわかりやすく共感を得たいからなんやろうなって思います。選ぶことで人と違うテンションになることを恐れているというか……。
石田 分母を大きくするためにね。言葉の話でいえば吉本の養成所で授業するとき、言葉って所詮「器」でしかなくて、大事なのはその言葉にどんな感情を入れるかだっていう話をよくしている。
橋本 そうですね。年取るとますますそっちの方が漫才において大事になってきたって実感があります。
石田 でも最近はオリジナリティのあるツッコミに憧れるからか、若手の子は言葉に頼りすぎる傾向にあるなぁとも感じていて。言葉という「器」に入れる、言葉にのせる感情が減ってしまっているなって思う。
橋本 そもそも言葉に感情をのせるってこと自体がほんま難しいですよね。師匠方のように人間そのものの魅力に溢れているパンクロッカーみたいな人にはなかなかなれへんし……。人間力というか、いくら言葉をこねくり回してもバッテリィズのエースが去年のM-1で放った「ぜんぶ聞き取れたのに!」には敵わない。
石田 ほんまに。エースしかり、ダイアンの津田しかり。津田って相方の西澤のボケに対して慌てたり困ったりはするけど、なかなかツッコまない。
橋本 確かにそうですね。しかも西澤さんが淡々としているから余計に、言い返したいけど言葉が出てこなくて返せない津田さんの困り具合が引き立ちます。
石田 そう。それで困り果てた挙句、最後に「なんでそう言われなあかんねん!」ってバーンっと放つ一言で爆笑をとる。ネタ中の津田の感情がずっと繋がった状態でその一言にのってくるから、言葉を削りに削っても平気なんよね。すごいよね。
M-1 2024のここがすごかった
橋本 バッテリィズの名前が出たところで、あの話をぜひお聞きしたいです。
石田 ああ、聞き間違いかもしれないけど、な話(笑)。
橋本 めっちゃ大好きなんですよ、あの話。お願いします!
石田 M-1の1本目、ネタの最初にサンパチマイクに駆け寄って「どうもバッテリィズです、お願いします~」ってまず挨拶して、「お願いします、お願いします~」ってエースが客席に何回かおじぎしたあとに審査員席を見た瞬間、こっち見たまま「おはようございます」っておじぎしてん。
橋本 本番前、出場者は審査員の方にはお会いできないから、エースからしたらその日石田さんたちに会うのはあの瞬間が初めてで、だから「おはようございます」って挨拶した。
石田 聞き間違いかもしれんけどな(笑)。アホすぎて一瞬で心掴まれたよ。そもそも登場してからずっと顔も体も小刻みに動いていて、相方が喋るたびに相方のほうを見ちゃう。これって僕が養成所で最初に注意する仕草やねん。
橋本 散るから、ですよね。
石田 そう、お客さんの目が散ってネタの設定が入ってこないから。でもあのソワソワした動きが「アホ」を際立たせていたよね。
橋本 もちろんコンビ間であらかじめ決めた演出もあると思うんですけど、エースが持ってる地のアホさというか少年のままのピュアさをあの緊張の場でそのまま体現できるってすごいことやなと。あんなんできないですから。
石田 嘘つきたくないんやろうね。
橋本 エースの「おはようございます」話であらためて今思いますが、石田さんはあの本番を審査しないといけない立場だったから、僕が見た「M-1 2024」ともきっと全然違いましたよね。審査員席は舞台の下手にあって、そもそも見る角度からして違うし。だからほんまの「M-1 2024答え合わせ」は一緒に審査された同期のお二人――ナイツの塙さん、オードリーの若林さんと本番の後に行かれた飲みの場にあったんやないですか? きっと3人にしかわからない、凝縮度がめっちゃ高い話をされたはず。
石田 あれはアルコール度数高かったわ(笑)。
橋本 あのメンツで飲みながら漫才について話すなんて……しびれます。
石田 クローズドの空間だからこそ出てくるパンチラインがあったし、二人の意見を聞いて自分の理解も深まったよね。
橋本 そうすると、また本を出したくなりませんか? 漫才についての考えもどんどん変わるでしょうから『答え合わせ 2025』とか。
石田 ほんまそうやねん。この本も「現段階の最後の意見です」ってつもりで。子どもの学校の教科書を見ると自分らの頃と年号も名称もびっくりするくらい変わっていたりするから、時代によって変化するものだという前提で気軽に読んでもらいたいね。
いまも毎年M-1用のネタを作る
橋本 そういえば年末年始は漫才の特番がたくさんありましたが、NON STYLEさんは全部の番組でネタを変えたっておっしゃっていましたよね。漫才が好きで漫才番組をしっかり追いかけている人を残念がらせないためで、お笑い好きだったあの頃の心を忘れていないのがほんますごいです。
石田 中3の自分に「あ、置きにいったな」ってがっかりされたくないやん。
橋本 だから滑ったネタもあったってお話もまた人間っぽくて素敵です。現場の空気、お客さんの様子、自分や相方のコンディション、喉の調子……。新しいネタを試すときってかなりパワーが必要やから、いつどこでどうチャレンジするかの判断が難しいなっていつも思ってます。ウケなかったら我が子がボコボコにされたくらいの気持ちになるし、「ああもっと大事なところで出してあげたらよかった、こいつはほんまはこんな滑るような奴じゃないのに」ってへこみます。
石田 もっと難しいのは、テレビで新ネタをやるために先に寄席にかけるとなると、せっかくお金を払って見にきてくれているお客さんにまだ不安定なネタを見せるのか、ともなるし……。
橋本 芸人同士だとそのあたりの機微をお互いに感じ合ったりもしますよね。去年の年末ごろ大きめの会館で勇気出して新ネタをやってみたら結構笑ってもらえたことがあったんですが、次の出番のテンダラーさんが「これTHE MANZAIでやるやつ? めっちゃええやん」って言ってくださって、なんかちょっと恥ずかしさも感じました。
石田 自分らで言うのもなんやけど、お笑いの賞レースは卒業したものの、NON STYLEも銀シャリもネタ作りへのモチベーションはまったく落ちてへんよね。
橋本 そうですね。漫才は大好きな仕事であり趣味であり、僕にとっては一番の表現ツールです。漫才で感じられる快感は他のそれとは絶対に代え難い。
石田 僕は毎年、M-1やったらこの2本、THE SECONDやったらこのネタって決めて勝手に参加してるんやけど、自分の中では優勝した年もある(笑)。
橋本 僕もそうです(笑)。単独ライブをやり続けているのも、キレキレの2本を毎年ちゃんと作りたいからです。
石田 僕の場合は芸人さんも納得させられるネタ、寄席で爆笑がとれるようなネタ、エンタの神様でウケるようなポップなネタの3種類ぐらいに分けて作って、どれが残っていくかどんどん試していく感じにはしているかな。最近の銀シャリはどこの劇場でも一番ウケていて、ライブ感というかその場で生の漫才をしている感じが羨ましくて、そのラインで作ったネタもあるで(笑)。
橋本 すべてを研究の材料にされている(笑)。M-1を見ていてもどの漫才もみんなほんまに面白いから、そこに自分らも現役として喰らいついていかないといけないって思います。喰らいつくっていうよりも、ちゃんとチャンピオン然として存在できないと自分が銀シャリにがっかりしてしまうから。
石田 せやな、憧れつづけてもらえるように必死に頑張り続けるしかないよな。
橋本 はい。石田さんと同じで僕も銀シャリの一番のファンでい続けたい。これからも頑張っていきたいです。
(いしだ・あきら お笑い芸人)
(はしもと・なお お笑い芸人)
波 2025年3月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
橋本直
ハシモト・ナオ
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。2024年10月現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。『細かいところが気になりすぎて』は初めての著作になる。