細かいところが気になりすぎて
1,650円(税込)
発売日:2024/10/30
- 書籍
- 電子書籍あり
神ツッコミ炸裂の新感覚日常エッセイ! 銀シャリ・橋本、待望の初著作!
どうしても見つけられないホテルのWi-Fiのパスワード、オシャレすぎて解読不能なカフェのメニュー表、倒した覚えがないのになぜか倒れている飛行機の座席……。どんな些細な出来事も見逃さず、森羅万象にツッコミを入れ続ける。ツッコミひとつが、怒りも照れも笑いに変えるから――。全20編のエッセイに、相方・鰻の4コマ漫画も掲載!
はじめに
マスクの紐
飛行機
携帯電話の機種変更
習い事の思い出
汁
オシャレなカフェにて
雄弁は銀シャリ
洗濯物
えび天天の奇跡
究極の塩ラーメン
親父のこと
僕とテレビとお笑い芸人
緊張するとき
鰻という男
漫才師
忘れ物
ホテルの部屋で
熱海一人旅
踊り疲れた鰹節
結婚
おわりに
書誌情報
読み仮名 | コマカイトコロガキニナリスギテ |
---|---|
装幀 | 鰻和弘/装画、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 波から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-355851-4 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | 文学・評論、ノンフィクション |
定価 | 1,650円 |
電子書籍 価格 | 1,650円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/10/30 |
書評
そのツッコミはフロイトに通ず
いま全国に、細かいことが気になって自分を上手く表現できず悩んでいる方がたくさんいらっしゃると思います。そんな生きづらさを感じている方に朗報です。橋本直さんのエッセイ集『細かいところが気になりすぎて』を読めば、そんな心のモヤモヤがきっと晴れていくでしょう。
橋本さんは言わずと知れたお笑い芸人で、銀シャリというコンビのツッコミ担当。あえて「先生」と言わせてもらいますが、私は、橋本先生は数多のツッコミ芸人のなかでもナンバーワンの実力の持ち主だと思っています。というのは、橋本先生とはテレビで何度も共演しましたが、間近で繰り出されるそのツッコミは他の誰とも違う視点からのものであり、語彙の豊かさやその瞬発力に脱帽しました。
また、私の大好きなバラエティ「ゴッドタン」でも、そのツッコミ力に特化した企画がシリーズで放送されています。それは橋本先生のツッコミがあまりに見事なのにもかかわらず、普段大勢が集う番組ではその力を出しきれていないのがもったいない。ゲームメイクしつつ、どんな位置からもシュートを決めるサッカーのメッシのような、芸術的で総合力もあるそのツッコミを遺憾なく発揮させてあげようというもので、そんな企画がテレビで成立すること自体、橋本先生のツッコミが日本のトップである証でしょう。
なぜ私が「先生」とお呼びするかというと、この本はエッセイとしてはもちろん、「ツッコミ健康法」としても楽しめるものだからです。先ほど申し上げた通り、本書で繰り出されるツッコミに倣えば、心身が健やかになり、人に対しても優しくなれる。無敵の健康法と言えるのです。
具体的にみていくと、橋本先生はとりあえず何にでもツッコみます。例えば「究極の塩ラーメン」の章。楽しみにしていた塩ラーメンの味がすごく薄かった時、「アカン! アカン!! アカン!!!」と脳内で宮川大輔さん並の叫び声をこだまさせながらも、「優しいお味で、しっかり出汁がきいていて、次々に食べ進めたくなりますね~」「スープ全部飲み干せますね」とどんどん言葉を被せていく。すると味の微妙さがプラスに転換されるから不思議です。
「ホテルの部屋で」のエピソードも秀逸でした。ホテルの部屋の電気のスイッチがどうしても見つからず泣く泣くフロントに電話をすると、「お客様の電話機の置かれている真下の引き出しの、取っ手と思われる装飾の真ん中にある小さい黒い突起」がスイッチだと分かり、「スパイ映画とかで傘やカバンがいきなり銃になるやつやん! そもそも『取っ手と思われる』って言うてもうてるやん。もうそれは罠やん」と心の中でツッコミを次々に繰り出します。その上、ホテルのベッドのシーツには「大凧で空を飛んでる忍者くらい体の自由がきかないレベルでサイドにびっちりと食い込んでいる」とツッコむことも忘れません。
私はここまで読んで、思わず吹き出しました。ホテルの部屋の電気のスイッチが分かりにくいことも、ベッドのシーツがピチピチなのも、きっと多くの人が共感できることでしょう。そんな日常の些細なひっかかりが、橋本先生がツッコむことで面白く楽しいものになり、イライラはいつの間にか解消させられている。しかもこれらのツッコミはテレビで披露するには少し長すぎるから、エッセイならではの魅力として存分に堪能できるのです。
こんなふうに、腹が立ったり失敗して悔んだり悩んだりしていることのすべてを、橋本先生は「ツッコミとなって昇華される喜び」と書いています。「昇華」という言葉が素晴らしくて、これは、モヤモヤして爆発しそうな(性的なものも含めた)エネルギーは、学問や芸術、スポーツなどに活かせるとしたフロイトに通ずる考えでもあります。しかも橋本先生のツッコミは、常に優しい。脳内でのツッコミも外に発せられるそれも、鋭い視点と独特の言葉のチョイスなのに決して人を傷つけるものではない。それは、自分自身さえ面白く見えればいいという自己顕示欲ではなく、その場がいかに明るくなるかということに重きを置いているからでしょう。モヤモヤを的確かつ面白く言語化し、自分も周りも気分良くいられる橋本先生のツッコミは、これからの日本にますます必要とされると私が考える「上機嫌の文化」に結びつくものではないかとも思うのです。
しかもこの本では、相方・鰻さんの4コマ漫画がすべてのエピソードに添えられています。これがまた素晴らしい。「塩ラーメン」の章では「湯切りになっても変わらないカッコよさ」というタイトルで、非常に独特な4コマを展開しています。橋本さんの天才的なツッコミの文章に、同じく天才的なボケで鰻さんが応答しているわけで、ふたりの組み合わせの絶妙さを漫才とはまた別のかたちで堪能できるところもこの本の見どころでしょう。
「怠惰ってすごい字面やな」と、最終的に字面にまでツッコみ始める橋本先生。「『怠惰を抱いた』と回文にしたところで特に何も起こらない」という一文には思わず唸りましたし、日本語を愛するひとりとして感動すら覚えました。
橋本先生にはこれからもツッコミ道を邁進し、日本の皆さんを明るく健康にし続けていただければと願っています。
(さいとう・たかし 明治大学教授)
波 2024年12月号より
単行本刊行時掲載
類を見ない“うるさい本”
橋本くんとはこれまで色々とお仕事をご一緒してきましたが、一番濃い思い出は、僕が担当しているバラエティ番組「ゴッドタン」でしょうか。「銀シャリ橋本のテクニックを抜いてあげよう!」という企画です。
橋本くんはご存知の通り、銀シャリとして2016年にM-1グランプリのチャンピオンになり、その実力、特にそのツッコミについては語彙力、瞬発力、例えの巧みさなど誰もが認める芸人さんです。何度かお仕事していく中で、橋本くんが他のツッコミの方と圧倒的に違うと僕が感じたのは、その教養の豊かさ。ジャンルを問わない幅広い分野の固有名詞が次々に口を出て、背景に文化を感じるワードセンス。カルチャーが前面に出てくるのがすごく面白いなと。でも、橋本くん自身が「いじられるタイプの芸人さん」ではないから、人数の多いバラエティではなかなかツッコミを発動できなくて、その力を普段は出しきれていないようにも感じていました。だから、とにかく橋本くん一人に存分にツッコミ続けてもらって、彼のなかに蓄積された教養の埋蔵量を確かめていったら面白いんじゃないかと、例の企画を考えたんです。
いざ迎えた最初の収録は、それはもうめちゃくちゃ面白かった! 橋本くんのツッコミを軸にする企画だから、橋本くんにかなりの負担がかかって大変だろうといくつかコーナーも用意していたのですが、冒頭のプロフィール紹介からこちらが投げるボケに対して、とにかく一つも外さないし予想を超えたツッコミを畳みかけてきた。先輩芸人のMC陣も大笑いしながらも感心しちゃうくらいツッコミが冴え渡ってほぼカットする必要がなかったから、コーナーを減らしてもっと深く掘っていこうと軌道修正したくらいでした。この10月5日に同じ企画の5回目を放送したのですが、一つの企画を粘り強く続ける「ゴッドタン」でも、一人の芸人さんだけを主軸にした企画で5回もやるのはちょっと異例で、そのくらい人気の企画になりました。
そんな橋本くんの初めてのエッセイ集『細かいところが気になりすぎて』は、読んでいると橋本くんが本当に隣にいて喋っているような感覚になって、それにまずびっくりしました。まさかそんな体感になると思わなくて笑っちゃったし、思わず「うるせーよ!」ってツッコんでしまった。橋本くんくらい実力があって喋りにスピード感がある芸人さんが、文字に書かれたときの方が喋っているとき以上にうるさくて速さを感じるなんて、すごいことだなと。類を見ない“うるさい本”だなぁと(笑)。
たくさんの芸人さんがエッセイを書かれていて、価値観で書く人、妄想で書く人、独特な視点を生かして書く人とそれぞれ特徴が出ますが、日常生活で起きた出来事の細かいところにひたすらツッコミ続けている内容はもちろんのこと、文字や文章でしかできない表現を巧みにしているところが橋本くんならではのオリジナリティで、それがかなり面白いってとんでもない筆力ですよね。僕もラジオ番組をやっているのでわかるのですが、ラジオで話すこととエッセイに書くことって内容が近くなりがちなのに、橋本くんはちゃんとエッセイでしかできないことをやっている。「エッセイを書く意味がある」と、最初の著作からちゃんと確立しているのもまたすごい。
特に「汁」の一編にはそれを強烈に感じました。ラーメン、お鍋、おでんの汁、アクアパッツァ、あさりの酒蒸しなどなど、好きな「汁」についてこれでもかというくらいにツッコミを書き連ねていくのだけど、とにかくやりたい放題。リミッターを外した状態でセンスを存分に発揮できると、ここまでやれちゃうんだ! と驚いたし、一番笑っちゃいました。きっと普段はギプスをした状態――周りに気を遣ったり空気を読んだりしたうえでツッコんでいるのが、制限を完全に解放したときの過剰さと言ったら……めちゃくちゃ面白くて、でも、やっぱり気持ち悪いくらいうるせーよ!(笑)
書き下ろしの一編「結婚」に至っては、奥さんの考えていそうなことを予想してそれにツッコミを入れていくなんて、もはやツッコミのノイローゼとも言えるでしょう。
すべてのエッセイに掲載された相方鰻くんの4コマ漫画も、どれも鰻くんならではのセンスがあふれていてすごく良かった。橋本くんのツッコミに独特な感性で寄り添っていて、「銀シャリ」というコンビならではの魅力も味わえる一冊です。
大いに笑わせてもらいましたが、実は繊細で気にしすぎるゆえに生きづらいと橋本くんが本音を吐露するところも強く印象に残っています。自身の経験から「無口な人も実は脳内ではお喋りなんだ」っていうフレーズには思わずハッとさせられたし、寡黙なタイプの方に勇気を与えるものですよね。それに、最後の「おわりに」に書かれた、ツッコむことで日常の嫌なことがボケに見えてくるっていうのは、いろんな人に教えてあげたい考え方だなと。
存分に発揮された橋本くんのツッコミを、ぜひ多くの人に読んで楽しんでほしいです。「うるせーよ!」ってツッコミながら(笑)。
(さくま・のぶゆき テレビプロデューサー)
波 2024年11月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
橋本直
ハシモト・ナオ
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。2024年10月現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。『細かいところが気になりすぎて』は初めての著作になる。