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家裁調査官・庵原かのん

乃南アサ/著

1,980円(税込)

発売日:2022/08/31

  • 書籍
  • 電子書籍あり

警察でも裁判官でもない私たちには「聴く」ことしかできないけれど――。

家裁調査官は「臨床の専門家」として生身の人間を扱い、罪を犯した者たちと向き合うのが職務。少年係調査官として働くかのんは家庭や学校、友人との問題等で荒んだ少年少女たちの“声なき声”に今日も耳を傾ける。更生の可能性を信じて――。ひたむきな女性調査官が奔走する姿を描く連作短編シリーズ誕生!

目次
自転車泥棒
野良犬
沈黙
かざぐるま
パパスの祈り
アスパラガス
おとうと

書誌情報

読み仮名 カサイチョウサカンイオハラカノン
装幀 agoera/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-371016-5
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2022/08/31

書評

海外ドラマ的であり人生讃歌でもある

池上冬樹

 ここ数年のことだが、短篇連作が少しずつ変わってきているのではないかと思うようになった。海外の連続テレビドラマの影響をうけてか、ひとつひとつの短篇で物語が決着するのではなく、次回以降に話が続いて、連作全体で完結するような作りが増えているような気がする。連作やシリーズというよりも、シーズンという名称のほうがぴったりくるような物語と人物展開が増えてきた。
 乃南アサの最新作『家裁調査官・庵原かのん』は、福岡家庭裁判所北九州支部に勤める女性調査官・庵原かのんを主人公とする連作である。七本の短篇からなっていて、毎回事件は解決するけれど、同僚たちとの賑やかな会話や飲食(舞台となる北九州周辺の郷土料理や銘菓を美味しそうに食べる)、ゴリラ飼育員の彼とのリモートでの遠距離恋愛模様などを織り込んで、ゆったりとした味わいをもたせている。といっても、事件はけっこう重い。大きな犯罪ではないけれど、でもその少年・少女たちの一生を左右するような背景が描かれてある。
 たとえば、第三話「沈黙」。売春行為および斡旋も行なった少女が冷たく、とっかかりがみえなかったが、少しずつ関係者の過去が見えてきて、最終的には予想外の真相にたどりつく。
 または、第四話「かざぐるま」。中学時代の同級生を守るために高校生らに暴力をふるった少年はにこやかで自信満々だったが、やがて少年の知らない事実が浮かび上がり、かのんは苦慮する。
 さらには、第六話「アスパラガス」。三人の女性を襲い陰部を弄んだ高校生は何一つ語ろうとせず、なんて太々しいと思ってしまうのだが、かのんは彼の内面を周辺から探って、ある事実につきあたる。
 そのほかでは、暴走族仲間三人と無免許で暴走行為を繰り返す外国籍少年の家族問題を捉える第五話「パパスの祈り」、マンションの敷地内に侵入してゴミ集積場から高級ブランドのボストンバッグを盗んだ少年の更生を綴る第七話「おとうと」も読ませる。
 特に「おとうと」がいちばんの読み応えだろう。庵原かのんの弟・玲央を登場させて、事件を起こした少年たちの家庭と、かのん自身の家庭(かのんは父と継母、異母兄弟とともに大事に育てられた)を重ね、「何ごとも人のせいにするな」という父の教えを静かに屹立させて、感動的な結末へと運ぶのである。
 ごらんのように少年犯罪を題材にした連作である。紹介が後先になるが、家庭裁判所の場合、少年には女子も含まれ、十四歳から十九歳までの子が対象。非行を犯した少年とその保護者に会って事情を聴き、性格、生活環境、生育歴などを調査して、「将来ある彼らの可能性を信じて」、事件の「問題の原因を探り、立ち直りへの道筋をつける」のが仕事である。
 だが、それは簡単な事ではない。というのも、家裁調査官に求められるのは「人間力」だからである。「裁判所という法律に基づいて物事を処理する場にいながら臨床の立場に立って、生い立ちも性格も、また背景も異なる、ありとあらゆる人と接する必要があるからだ。仕事の中でもっとも重要な部分は「傾聴」であり、同時に、相手が話すときの仕草や表情、視線の動きなどから、その人の言外の心の状態なども感じ取るように努めることも重要だ」というのである。「法律に基づいて物事を処理する場にいながら臨床の立場に立って」罪を犯した少年・少女たちを診察・治療するがごとく扱う。庵原かのんは、まだまだ若輩ではあるけれど、真摯に、我慢強く、周囲との調整をはかりつつ、人間力にみちた臨床の専門家として少年たちを救済しようとする。
 その姿勢がたまらなくいい。少年たちの犯罪は時代を映す鏡で、貧困、性的虐待、毒親、発達障害、移民など難問が押し寄せるけれど、かのんは逃げずに、正面から立ち向かい、どうあるべきかを静かに問いかけていくのである。
 ここには、あたたかく力強い人生讃歌がある。真っ当で力強く、ときにユーモアをいれて、読む者の心を弾ませる。こういう生き方でいいのだと肯定してくれるし、時にそういう見方もあるのかと気づきもくれて、節々でうんうんとうなりながら読んでいく。もっとミステリ的な展開を求める人もいるだろうが、これは冒頭にも書いたように、連続テレビドラマ的物語なのである。ゆっくりと人生が流れていく。事実、庵原かのんは本書のあと川崎市に転勤となり、民事調停を扱うようになる(これがシーズン2となる)。遠距離恋愛の彼との関係はいちだんと深まるのだろうか。弟・玲央はどうなるのだろう。いずれにしろ、人と人が出会い、再会し、またドラマがはぐくまれ、ゆったりとたしかな手応えをつかむ作品であることに変わりはないだろう。連続テレビドラマのようにずっと付き合いたい、充実の新シリーズのスタートである。

(いけがみ・ふゆき 文芸評論家)
波 2022年9月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

裁判所の中の「人間らしい」人たち

乃南アサ

 8月に新刊『家裁調査官・庵原かのん』が発売されたばかりの乃南アサさん。取材・構想に長い期間をかけて新たな女性主人公を生み出した乃南さんが、この作品を通して伝えたかったこととは?

――警察官や弁護士などと比べて、家裁調査官は世間一般にはあまり馴染みのない職業だと思うのですが、今回、この物語を書こうと思ったきっかけは何でしたか?

 元々は、東京家庭裁判所から家裁委員会の委員を頼まれたところ(2014年)から始まります。委員を2期務めさせていただいたのですが、他のメンバーの方は法曹関係ですとか福祉関係の方が多く、私だけ「作家」という離れた職業で、これは場違いなところに来てしまったなと思いました(笑)。
 ただ、家裁委員会に参加している間に、家裁調査官の方々の存在の貴重さをすごく感じるようになったんです。正直なところ、それまで家裁調査官のお仕事を全然知らなかったのですが、裁判に関わる当事者のことをこんなにも考えてくれる人がいるのだと心が動かされました。裁判所という普通は行きたいとは思わない場所に、とても人間臭く働いている、実に「人間らしい」人たちがいることを知って欲しいという思いがきっかけになりました。

――取材だけでも2年以上、構想から執筆までは7年かけて、「小説新潮」2020年11月号から連載を始めていますが、実際執筆された時に大事にしたことは何でしょうか?

 いつも「時代と人間」を描くことは大切にしていますが、特に今回留意したのは話が重たくならないようにすることと、救いを描くことです。
 書き始める前、構想の段階で幾つか調査官の物語を読んだりドラマを観たりしたのですが、どれも救いがなかったんですね。私が調査官や調停委員の方のお話を聞き、感じたこととギャップがありました。だから私は、主人公である家裁調査官のかのんや、かのんが関わる少年少女と家族を通して、過ちを犯した人が立ち直るきっかけや希望がここにはあるんだと書きたかったのです。
 取材で調査官の方々からお話を聞き出すのは、最初はなかなか打ち解けていただけなくて容易ではありませんでした。
 時間をかけて取材を重ねていくうちに人柄や仕事の仕方がわかってくるようになりましたが、おもしろいと思ったのは、どこの家裁でも職場の人間関係、雰囲気が良いということ。何かあったら「みんなで話を聞いてあげる」という空気があるようなんですね。それだけ個々の調査官のみなさんが大変な事案を日々扱っているということでもありますが、知れば知るほど興味深い発見があり、かのんの職場の設定にもそれは生かしています。

――そうして出来た本書の刊行記念に加え、「調停制度」が今年で100周年を迎えるということで、先日、乃南さんと調査官や調停委員の方々との座談会が東京家庭裁判所で開かれました(9月下旬に東京家裁のHPに掲載予定)。
 既にこの作品を「小説新潮」で読まれていた調査官の方が、「調査官の心の動きや大切にしていることを的確に捉えているし、親子の関係や面接の緊張感がリアルで驚いた。どうしてこんな風に書けるのですか」と言われたのが印象深かったです。

 書くからにはその道のプロが読んで「これは現実と違う、あり得ない」と思われたくないですから、現場の方からそういうお言葉をいただくのは本当にうれしいです。時間をかけて取材した甲斐がありました(笑)。

――収録作のうち、「パパスの祈り」について語った方が何人かいらっしゃいましたね。罪を犯した少年の父親が日系ペルー人、母親がフィリピン人であり、両親がほとんど日本語を話せないため、家庭内でどのようにコミュニケーションをとっているのかわからないという家族を扱っています。
「かのんが出しゃばらずに親子をちゃんと主役にして、親子関係の築き直し、または少年自身のやり直しのきっかけになれるように考えながら関わっている。まさに私たちが日々大事にしている考え方です」と、黒衣としての調査官の描き方に感激し、励みになったと。

「パパスの祈り」が人気ありましたね(笑)。中のお一人はここで書いた親子合宿を実際にやっている方だったので、「みんなに読ませてあげたい」と喜んでいただけました。
 この短篇を始め、私が書いたお話はどれも決して大げさではなく、家裁は本当にどういう人が来るかわからない場です。調査官たちは捜査権もないまま、何があっても彼らから話を聴き出さないといけない立場なので、どんな相手とも同じ目線で接する「人間力」が求められます。心の深いところに触れて、互いに悩みながら、救いの道へと案内する。そういう調査官のみなさんの存在によって、かのんは生まれました。

(のなみ・あさ 作家)
波 2022年10月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

乃南アサ

ノナミ・アサ

1960年、東京生れ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、1988年に『幸福な朝食』で日本推理サスペンス大賞優秀作を受賞し、作家活動に入る。1996年に『凍える牙』で直木三十五賞、2011年に『地のはてから』で中央公論文芸賞、2016年に『水曜日の凱歌』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。他に『鎖』『嗤う闇』『しゃぼん玉』『美麗島紀行』『六月の雪』『チーム・オベリベリ』『家裁調査官・庵原かのん』など、著書多数。

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