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予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語

ガブリエル・ガルシア=マルケス/著 、野谷文昭/訳 、旦敬介/訳

2,860円(税込)

発売日:2008/01/31

  • 書籍

そうさ、殺されたんだよ。でも、なぜ殺されたんだ? このおれは――。

町中の誰もが充分に知っていた。しかも、当の犯人たちを含めた誰もが阻もうとしていたのだ。その朝、彼が滅多切りにされることを。たった一人、彼だけを除く誰もが……。運命という現実。その量り知れぬ糸模様の全貌に挑む、熟成の中篇。さらには、人生という日々の奇蹟。その閃光をまざまざと映し出す、鮮烈な十二の短篇。

目次
予告された殺人の記録
十二の遍歴の物語
 緒言 なぜ十二なのか なぜ短篇なのか なぜ遍歴なのか
 大統領閣下、よいお旅を
 聖女
 眠れる美女の飛行
 私の夢、貸します
 「電話をかけに来ただけなの」
 八月の亡霊
 悦楽のマリア
 毒を盛られた十七人のイギリス人
 トラモンターナ
 ミセス・フォーブスの幸福な夏
 光は水のよう
 雪の上に落ちたお前の血の跡
ラテンアメリカの孤独
注解
解説

書誌情報

読み仮名 ヨコクサレタサツジンノキロクジュウニノヘンレキノモノガタリ
シリーズ名 全集・著作集
全集双書名 ガルシア=マルケス全小説
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-509013-5
C-CODE 0097
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,860円

書評

少年の眼差し――《ガルシア=マルケス全小説》の完結にあたって

木村榮一

 一年以上前のことになるが、映画『山の郵便配達』の監督・霍建起氏と会食する機会があった。通訳の人から、こちらはラテンアメリカ文学を翻訳しておられる方ですと紹介されたが、とたんに童顔で純朴そうな霍氏の目が少年のように輝いた。そして、堰を切ったようにラテンアメリカ文学についてあれこれ質問し、そのあと、私はガルシア=マルケスの大ファンで、中国語に訳された彼の作品は必ず読むようにしていますと話しはじめた。読んだといっても、二三冊だろうとたかをくくっていたのだが、霍氏はほとんどすべての作品を読破していた。その後続けて、自分はもちろんですが、莫言や中国の現代作家の多くがガルシア=マルケスに強い関心を寄せていますし、彼をはじめとするラテンアメリカ文学の作品は中国だけでなく、チベットの作家たちにも大きな影響を与え、そこから新しい文学作品が生まれてきています、とじつに熱っぽく語った。ガルシア=マルケスの作品が欧米だけでなく中国、チベットの映画人や文学者に深い影響を及ぼしているというのは、ぼくにとって驚きであると同時に大きな喜びでもあった。
 今回、『予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語』で《ガルシア=マルケス全小説》が完結することになった。二十世紀を代表するもっともすぐれた小説家の一人、ガルシア=マルケスの小説と短編がすべて収録された《全小説》が完結したというのはまことに慶賀すべきことである。
 書棚に《ガルシア=マルケス全小説》の九冊を並べて、改めて眺めてみると、思いのほか寡作な感じがする。しかし、実際に個々の作品に目を通してみるとそれも当然のことだと思われる。というのも、一作一作に注ぎ込まれる途方もない彼の情熱とエネルギーを考えると、決して寡作などという言い方ができないと実感されるのである。
 たとえば、現代の古典として広く読み継がれている『百年の孤独』(一九六七)を取り上げてみると、構想そのものは早い時期に生まれていたが、語り口が見つかるまで何度も試行錯誤を重ね、習作期をへて完成するのは四十歳になってからのことである。作者はこの作品で祖母の語りをもとに新しい語りのスタイルを作り出し、それを通して神話的なサガを生み出している。次作の『族長の秋』(一九七五)を書くに際しては、カエサルの伝記、歴史的な資料、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』、さらには中南米の独裁者に関する文献資料まで渉猟し、文体面でも工夫を凝らして神話的な独裁者像を作り上げている。『予告された殺人の記録』(一九八一)は一見するとルポルタージュ風の作品に思えるが、その実、背後にギリシア悲劇の枠組みが隠されていて、それが深い奥行きをもたらしている。厳密な時代考証を行った上で十九世紀的なリアリズムの手法を用いながら、ありえない愛の物語を描き切った『コレラの時代の愛』(一九八五)、中南米の独立戦争時代の英雄シモン・ボリーバルを主人公にして、落魄の英雄の姿を描きだすことによって歴史小説に新たな一ページを開いた『迷宮の将軍』(一九八九)、一人の少女の悲劇に光を当てることによって複雑に入り組んだ植民地社会とそこを支配しているさまざまな宗教的迷信を鋭く描きだした『愛その他の悪霊について』(一九九四)、老人のプラトニックな愛を描いた心温まる物語『わが悲しき娼婦たちの思い出』(二〇〇四)といったように、それぞれ作品においてテーマ、ストーリー、文体、手法に工夫が凝らされていて、その多様性と作品密度の高さ、さらには人物造型のみごとさに感服するほかはなく、読者は改めてガルシア=マルケスの小説家としての資質の高さを感じ取ることになるはずである。
 ガルシア=マルケスの作品を読んでいると、どこかに好奇心に満ちた想像力豊かな少年の目が輝いているように思えてならない。霍氏もきっとガルシア=マルケスの作品の、その少年の目に何よりも強く惹かれたにちがいない。

(きむら・えいいち ラテンアメリカ文学者)
波 2008年2月号より

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著者プロフィール

(1927-2014)1927年コロンビアの小さな町アラカタカに生まれる。ボゴタ大学法学部中退。自由派の新聞「エル・エスペクタドル」の記者となり、1955年初めてヨーロッパを訪れ、ジュネーブ、ローマ、パリと各地を転々とする。1955年処女作『落葉』を出版。1959 年、カストロ政権の機関紙の編集に携わり健筆をふるう。1967年『百年の孤独』を発表、空前のベストセラーとなる。以後『族長の秋』(1975年)、『予告された殺人の記録』(1981年)、『コレラの時代の愛』(1985年)、『迷宮の将軍』(1989年)、『十二の遍歴の物語』(1992年)、『愛その他の悪霊について』(1994年)など次々と意欲作を刊行。1982年度ノーベル文学賞を受賞。

野谷文昭

ノヤ・フミアキ

1948年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科・文学部現代文芸論専修教授。東京外国語大学外国語学研究科修士課程修了(ロマンス系言語)。主な訳書にガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』ボルヘス『七つの夜』プイグ『蜘蛛女のキス』コルタサル『愛しのグレンダ』等。著書に『マジカル・ラテン・ミステリー・ツアー』『ラテンにキスせよ』『越境するラテンアメリカ』等がある。

旦敬介

ダン・ケイスケ

作家/翻訳家/明治大学教授。

判型違い(文庫)

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