総理の女
858円(税込)
発売日:2019/04/17
- 新書
- 電子書籍あり
教科書には絶対載らない宰相たちの素顔。明治維新から昭和の敗戦まで――日本近現代史の真実。
その選び方をよくよく見れば、総理の器が知れてくる――伊藤博文から東條英機まで、10人の総理の本妻・愛妾を総点検。恐妻家が過ぎて妻の銅像を建てようとした大隈重信、先立った妻と6人の子を生涯愛した山縣有朋、縁を切るために札束を並べた桂太郎、不義を犯した妻を捨て芸者を選んだ原敬、前妻と継子を追い出した猛妻の尻に敷かれた犬養毅等、教科書には絶対出てこない、指導者たちの本質が浮かび上がる。
書誌情報
読み仮名 | ソウリノオンナ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 新潮45から生まれた本 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 240ページ |
ISBN | 978-4-10-610811-2 |
C-CODE | 0221 |
整理番号 | 811 |
ジャンル | 歴史・地理 |
定価 | 858円 |
電子書籍 価格 | 858円 |
電子書籍 配信開始日 | 2019/04/26 |
インタビュー/対談/エッセイ
総理の見栄と誠実と寂しさと
現総理大臣夫人、安倍昭恵さんのお騒がせぶりは、驚き、あきれ、怒りを通り越し、今では感心の域に達している。
基本的に昭恵さんは善意の人であり、世の中にとって、善いことをしたいと考えている。居酒屋を開くことも、大麻の栽培を手伝うことも、森友学園を助けることも、彼女にとっては等しく善意の行動なのだ。
一主婦が見当違いの善意を行ってもさほど影響はないだろうが、総理大臣夫人となると事は重大である。国会では野党が昭恵さんの行動を追及して重要法案の審議もままならぬ状態となり、安倍政権の根幹をも揺るがす事態に陥った。
しかしながら、これだけの長期政権となったのは、お騒がせな妻を忍耐し守り続けている安倍総理への国民の同情の現れなのかもしれない。
こんな書き出しをすると誤解を受けそうだが、『総理の女』は安倍昭恵さんについて書いた本ではない。
日本に内閣制度が創設されたのは、明治十八(1885)年。今から百三十四年前のことである。以来、現在にいたるまで六十二人の総理大臣が誕生している。
総理大臣には、各大臣の首班として大政の方向を指示し行政の各部を統督する、という強い権限が与えられている。総理一人の力で国を動かしているわけではないが、総理の考えと行動が国の進路を決定してきたことは確かである。
歴代総理の政治的な表向きの顔については、これまであちこちで書き、『総理の値打ち』なる本も上梓した。
しかし、彼らはどんな人間だったのだろう。
それを知る重要なファクターは女性である。
この本では、十人の日本の総理大臣を取り上げ、彼らがどのような妻を娶ってどのような夫婦生活を送り、どのような愛人たちとどのような関わりをもったかに焦点をあてた。
結果、意外な顔が浮かびあがってきた。
病的ともいうべき好色で掃いて捨てるほどの女と関わりながら実は天子様と同じくらい妻を尊敬していた伊藤博文、権力欲が強く嫌われ者の山縣有朋が愛人に見せた優しさと誠実、糟糠の妻を捨ててトロフィーワイフを娶った「民衆政治家」大隈重信、誰にでも愛想のいい「ニコポン」桂太郎の愛妾への冷たい仕打ち、「憲政の神様」と称えられながら猛妻に全く頭が上がらなかった犬養毅、戦争における悪の代名詞ともなった東條英機の善良な家庭人の顔……。
残念ながら安倍総理は取り上げていないが、こうしたテーマで書いてみようと思い立ったのは偏に安倍総理夫人のお蔭である。この場を借りて、御礼を申し上げたい。
(ふくだ・かずや 文芸評論家)
波 2019年5月号より
蘊蓄倉庫
「総理、なんで、そんな女を――。」
女遊びが激し過ぎて、明治天皇から注意された伊藤博文ほどではないにしても、妻妾同居も珍しくはなかった戦前のこと。総理ともなれば、どんな女性もよりどりみどり、亭主関白だったのでは? と思いきや、意外と多いのが恐妻家だ。
大隈重信は旗本の娘だった綾子夫人に頭が上がらず、早稲田大学構内に妻の銅像(!)を建てようとしたし(学生たちから反対され、総長の座をめぐる早稲田騒動に発展)、犬養毅は、押しかけてきた芸者に妻子を追い出され、後妻として居坐られても歯向かえなかった。
大和撫子は幻なのか、はたまた戦前の女性は強かったのか、今なら猛妻、悪妻と言われても仕方ないケースも多いのだが、家庭内で鍛えた忍耐力が政治力に繋がった――と考えると、やはり政治家にとっては良妻だったのかもしれない。
掲載:2019年4月25日
担当編集者のひとこと
「結婚の条件」
バブルの頃は「三高」(高学歴、高収入、高身長)と言われた女性にとっての理想の結婚相手。今では「三低」(低姿勢、低依存、低リスク)だそうで、時代と共に結婚相手に求める条件は異なります。「女三界に家なし」と言われ、選挙権もなく、女性にだけ姦通罪が適用された頃、理想の結婚相手とはどんな人だったのでしょう。
海軍士官から総理の座に登りつめた山本権兵衛は25歳の時、親に売られた17歳の遊女を救い出し、終生ただ一人の妻として愛しました。酒を飲まず、煙草も吸わず、勝負事もせず、家族と一緒に夕食をとり、蒲団の上げ下ろし、シャツの綻びや靴下の繕いも自分でやったそうです。妻は遊女だったことを恥じて、夫が出世してからも一度も参内しませんでしたが、山本は妻が海軍練習鑑の拝観に来た折、自ら案内し、ボートから桟橋に移る際には妻の履物を持って先に降り、彼女の前に揃えました。将官らの失笑を買っても平然としていたという山本権兵衛。妻の名は、とき(結婚によって登喜子と改名)。こんな夫婦がいたのかと嘆息せずにはいられません。いつの時代にも、人として立派な人はいたということでしょう。
2019/04/25
著者プロフィール
福田和也
フクダ・カズヤ
1960(昭和35)年東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。『日本の家郷』『教養としての歴史 日本の近代(上・下)』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『昭和天皇』『〈新版〉総理の値打ち』等、著書多数。