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第12回 山本周五郎賞

主催:一般財団法人 新潮文芸振興会 発表誌:「小説新潮」

 第12回 山本周五郎賞 受賞作品

エイジ

重松清

朝日新聞社

 第12回 山本周五郎賞 候補作品

 屍鬼 小野不由美 新潮社
 恋愛中毒 山本文緒 角川書店
 エイジ 重松清 朝日新聞社
 チグリスとユーフラテス 新井素子 集英社

選評

阿刀田高

阿刀田高アトウダ・タカシ

選評:阿刀田高 井上ひさし 逢坂剛 長部日出雄 山田太一

 

以下に収録するのは、平成11年5月13日午後4時から6時半までホテルオークラにおいて行われた同賞選考会での記録(小説新潮平成11年7月号に掲載)です。

(中略)

 ——続いて重松さんの「エイジ」です。

逢坂 私は、五点満点です。

 この人は今回で、三度目のノミネートですね。これまでの選考会で私は、何が面白くてこんな小説を書くのか、というようなことを言ったおぼえがあります(笑)。小説は非常に巧みなんだけれど、後味が悪いんですよね。今回も、どのへんで後味が悪くなるかと思って、ずいぶん楽しみに読んだんですけど(笑)、実にストレートで後味のよい小説でした。これだけの小説巧者が、ストレートな小説を書くと、逆に本領が発揮されないんじゃないか、という気もしてたんですが、その予想を気持ちよく裏切られて、胸にずんとくるものがありました。

 評価は満点ですから、ほとんど文句のつけようがありません。文章ももちろんうまい。ただ、中学二年生の一人称の視点で書かれていて、非常に巧みにやっているんだけれど、どうしても大人の視点が出てきてしまう。そういう欠点は——あえて欠点と言えばですが——ないでもないんですが、そんなものは読み終わってみれば、霞みたいなものです。最後のくだりでは、やっぱり泣かされました。これは、もちろん大人が読んでもいいけれど、ぜひ子供にも読ませたい作品ですね。

阿刀田 私は四・五点をつけました。

「見張り塔からずっと」から今日に至るまで、この人をウォッチタワーからずっと見続けてきて、当初から力量のある人だなと思っておりました。今回は特に、今までと比べてユーモアが躍動していました。もともと作品の中にユーモアがある人だと思っていましたが、今回は日本人が、特に若い作家がなかなかうまく描いてくれないユーモアをちゃんと作品の中に盛り込んで、一服の清涼剤——一服どころじゃないな、三服ぐらいの(笑)、清涼剤になっています。

 文章も、油断をするとこの世界はあざとくなるんだけれども、今の人でなくては書けない独特の表現力を持っている。「まだ体は夏休みモードのままだ」とか、われわれの世代では絶対使えないような言葉が出てくる。ああ、この表現は生きているな、と感じさせてくれるところがたくさんありました。「精神優良児」だとか、「シカトの創始者を尊敬する」とかいう、感心させられるような見方も随所に散っていて、一貫して面白く読める。この世代を書くということは、実は大変難しくて、大人が書くとものの見方が少しクサいものになってしまうんです。この小説も完全にそこから免れているとは思いませんが、でも、今の普通の「適度に善良で適度にワル」な中学生たちはこんなふうなんじゃないかという気がします。非常に現代性のあるよい小説だなと感じ、楽しく、嬉しく読みました。

長部 私も五点満点です。

 この作者は前回から期待していました。今回は野球に例えていうと、走者二、三塁で、左中間をスパーッと割ってくれたなという印象ですね(笑)。つまり、見事に期待に応えてくれたということです。非常に爽快な小説でした。

 まず、一番最初の学級委員の選挙。この設定が実にうまい。この選挙で、人間関係とかクラス内のポジションとかが全部分かる。「ぼく」という語り手が漫才のツッコミでちょっとワルのツカちゃんがボケ。タモツくんというバリバリの秀才がいて、相沢志穂というのがぼくの片思いの相手で……そんなことが全部いっぺんに分かっちゃう。絶妙のつかみだと思いました。

 主人公はバスケット部を休部しているということが、ストーリーを運んでいく大事な要素になっています。オスグッド・シュラッター病という、成長の過程で骨や体がアンバランスになって起きる病気らしくて、これがとても象徴的で効果的な役割を果たしていますね。

 文章と語り口は軽快で明快でテンポがよくて、しかも上滑りしない。それと今の中学生なんかが使う、「マジマジ」とか「激マジ」とか、そういう会話がとてもリアリティがある。今の中学生の心理と感受性の複雑な襞というのが感じられる。子供というのは大人よりも単純だというふうに思いがちですが、実は中学生というのは、われわれよりもはるかに複雑なわけです。そのへんの微妙な襞を、中学生の言葉を使うことによって、よく分かるように細かく解き明かしています。

 今の中学生にとって、最大の悪徳は偽善ですから、偽悪というのはカッコいいわけですね。ツカちゃんというのが実におかしくて、通り魔事件でもウケ狙いで最悪の演技をします。その評判が悪くて本人も反省し、今度は自分のお母さんが襲われた場合なんかを想像するようになる。刻々と変化していくこのツカちゃんという子が、大変魅力的に描かれています。学校に戻ってきた、通り魔事件の犯人だったタカやんに対するツカちゃんの反応も、切れ味よく鮮やかに書かれている。人物の描き分けも、その性格の隅々まで明快です。単純な性格だからでなく、とても複雑なところまでよくわかる。

 それと、決め台詞。相沢志穂が「負けてらんねーよ」といって、最高の笑顔を見せる。主人公も、負けてらんねーよと思う。実に気持ちのいい終わり方です。ただ表面的に出来事をなぞるのではなく、きちんと深く掘り下げて、しかも作者自身、自分の問題として考え抜いた上で、まことに軽妙で爽やかなエンディングになっている。最後に希望を感じさせて終わるんですが、ちっとも偽善的でも公式的でもない。私もこれは文句なしの満点です。

井上 五点です。

 重松さんは、これまでストーリーをどう語るかで苦労していて、その苦労があざとさや上滑りを生んでいた。この作品で重松さんは、ストーリーもさることながら、「ある時間」を書こうとして、それに見事に成功しています。日常的時間が、中学二年生の上をどう通り過ぎていくか。あるいは中学二年生たちが日常的時間をどう通り過ぎていくかを、目に見える形で書いている。重松さんは、今、いい意味で変貌をとげつつあります。

 また、サスペンスがありますね。「ぼく」という語り手、これがいつキレておかしくなっていくかというサスペンスで読者を持っていくわけです。塾の帰りに夜道で自転車を飛ばしているところで、「その気」というキーワードが出てきます。それを巧みに使いながら、ひょっとしたら、この「ぼく」がおばさんを襲うんじゃないかという一瞬を書いていく。このあたりのサスペンスの盛り上げは見事です。そのサスペンスを読者と作っていくあたりは、なみの手際じゃない。感心しました。

 やがて、オレはあいつらじゃないし、あいつらはオレじゃない、互いに違うんだというところから主人公の心のうちに個が誕生してくる。個が誕生して、自立へつながる。非常に図式的ですけど、それが図式と思えないぐらいうまく書いてある。子供たちの会話を巧みに使いながら、そこまで持っていく。「キレる」の定義も、頭の中で何かがキレるんじゃなくて、人のつながりがキレていくというふうに、ちゃんと新しく押さえてあります。おしまいに行くにつれて、だんだん小説の中の時間がゆっくりしてくるあたり、また、個が誕生していくあたりの時間の設計も見事だと思いました。

 それから、“今”を書いて破綻がない。一九九九年前後の東京郊外の記録としても、時間的腐食に堪えるでしょう。自然に笑ってしまうところがたくさんありますし、後味はいいですし、こういうものを小説と言うのでしょう。ということで五・○です。

 一つだけ、これは瑕瑾ですが——「ひとりごちて」という言葉がでてきますけれど、これは中学二年生は絶対使わない(笑)。しかもこれが三、四回出てくるんですが、まあこれもなかったことにして(笑)、満点にしておきましょう。

山田 私も五・○をつけました。

 重松さんのファンですので、この小説はほんとに嬉しく読みました。地球的に大変なことがいっぱい起こっている時に、「日本の、東京の桜ヶ丘ニュータウンの、ガシチュウの、二年C組の、ぼくなんて、死ぬほどちっぽけで、だけど、ちっぽけはちっぽけなりに、いろいろ大変なんだ」という世界に一生懸命身を寄せていく。ある人が、小説は真実を重んじて時に人生を否定してしまうけど、物語は最終的に人生を肯定すると言ってるのを読んだことがあります。重松さんもなんとかこの小説を人生肯定まできちんと持っていこうとしている。ニヒリズムで終わればリアリティはわりとたやすく手に入るけど、そうしないで頑張ったと思います。

 最後の、通り魔のタカやんが教室へ戻ってきた時に、写真週刊誌をまるくしてパンと叩いて「バカ野郎、わかれよ」というところ。実際にはなかなかあんなことはないでしょうけど、実にうまく重松さんはジャンプしたし、その辺りは小説の白眉でもあります。だんだん主人公のエイジに入れこんで、エイジにこの小説を読ませたら、なんて言うだろうなどと想像しました。

 ちょっと井上さんの尻馬に乗って言いますと、二百四十一ページに、「まなざしを下ろし」という言い方があるんです(笑)。これは中学生は言わないだろうなと思いましたけど、そんなことは吹っ飛んじゃうくらいの作品だと思いました。

逢坂 中学二年でこれだけ書ければ、大変な作家になりますね(笑)。

(中略)

 ——それでは各作品について、ひととおりご意見と点数をいただきましたので、この時点で目安となる点数の集計を致します。「屍鬼」十七・○。「恋愛中毒」二十一・五。「エイジ」二十四・五。「チグリスとユーフラテス」十九・五。

阿刀田 もう結論は出たみたいなもんですね。「エイジ」に二十四・五ついちゃったら、もうなにも言えないでしょう。

逢坂 ほぼ満票ですもんね。

阿刀田 私は満点をつけない主義だから四・五というふうになりましたが、過去においてもこの点数は私の場合、常に最高点でしたし、今回私はこれだなと思って出てきました。

長部 私も受賞作は「エイジ」だなと思って来ました。

井上 つまり、五選考委員が全員最高点つけてるわけです。

阿刀田 五・○つけたけど、やっぱりちょっと間違っていたようだという意見もないんですから、これはもう議論の余地がないんじゃないですか。決定でいいと思いますよ。

(一同うなずく)

 ——それでは、これ以上議論を持つまでもないとのことですので、第十二回山本周五郎賞受賞作は重松清さんの「エイジ」に決定させていただきます。

選考委員

過去の受賞作品

新潮社刊行の受賞作品

受賞発表誌