鑑別所の職員に連れられてきた少年には前回の面会の終わりがけ十分間で萌芽した性のあれこれの栄養成長を感取できた。職員が去るとそれは開花し、机越しに真正面から飛散した花粉を浴びた。まざまざとそう感じた。被疑者接見とは異なってくすんだ仕切りがないから余計に。睫毛や前髪から軽く花粉を落とすイメージで視線を周囲に振り向ける。窓。汚れたガラス。ガラスの汚れ。内側も外側も。外側は不可避ですよね。だったら汚れという言い方は不適切ですかね。でも汚れ。白いカーテン。蛍光灯? 三畳とか? もっとあるか。まあそんな床。
普通の。
普通の部屋の構成要素をどれだけ挙げたところで、部屋の普通を説明することはできない。それでも一個、一個、とちまちまと挙げていくことでその成立と継続にどれほどの資源が費やされているのかということがわかりやすくなる。かわいそうになる。生殖機能の成果たる人が。生殖機能たる人が。
「体調はどう?」
「別に」
「別にとは」
「普通」
「悪くはない? 大丈夫?」
「まあ、てか、なんで来たの?」
「なんでって」
笑うと、笑われた理由がわからなかったのだろう、早島くんがきょとんとした。
「たしかに、なんでだろうね」
「はあ? 佐々木さん仕事してんの?」
「どうかな」
「なんそれ、仕事しろ」
早島くんは上から言ったことに満足げに笑った。
「早島くんが考えてることを教えて?」
「早く出たい」
「まあ、だよね」
「くそだるい、てか、くそうざい」
「うざいことがあったの?」
「俺が書いた日記、ここの奴以外誰も見ないとか言ってたくせに、昨日来たおばさんが、え、あれ誰」
「調査官かな? 安田さん?」
「たぶんそれ、そいつが何書いたかとか知ってて、は? って、噓じゃんもう全員は? ってなる何? ってなるなんも入ってこないさーって流れてく昨日のおばさんもそれ」
「昨日来た人に、何言われたか憶えてる?」
「え、やる前に、どうなるか考えたかとか」
「考えた?」
「なわけ」
「全然? ちらっとも考えなかった?」
「いや、言うけどさ、考えたところですぎん? じゃあ他に何ができたん? 他にやりようとかないんだが?」
「今もそう思う?」
「それしなかったら一生なめられて、無理じゃん、だからそれしか無理なの」
「そうだね……」
そのとおりすぎて言葉を見失い目は手を見ていた。握るか開くか。伸ばすか払うか。一択も二択も多択を装う。それしかできなくても。そうしかあれなくても。
「え、何」
「あ、ううん、うん、そのとおりだと思う、でもたとえば私が、仕事が上手くできなかったりして、できない無理できないーって泣いてたら、もっと他のやり方とか考え方とかいろいろやってみろよ、ってなることない?」
「え、泣いてんの?」
「かもね」
「だめじゃん、ちゃんとしなよ」
「ちゃんとって?」
「え、わかんないけど、できるでしょ」
「私にそんなん言うなら、早島くんだって……というか、これはもう、私の、願望としてね、早島くんへの……」
発語の速度を不規則に遅らせて瞼の襞をきゅっと折り畳み眼球で眼球を押しひしぐ意識で見つめると早島くんは戸惑ったように瞬きをしつつも目を逸らしはしなかった。少年だな。粗雑な所感が点いて消えてまたかわいそうになる。というかつらくなる。
「難しいかもしれないけど、できれば、別の、選択肢が、あったんじゃないか、あるんじゃないか、って、考えてほしいって、すごく、思うよ……私も泣かずに頑張るから」
締めて締めてから最後で緩めると早島くんの目と眉もほころんだ。
「泣くのはまじでやめた方がいい」
「うん、だから一緒に、約束、守ろ?」
小指を出すと早島くんも案外素直に小指で応え、それなりの強さで絡んできた。それを上回る力を関節に入れながらもう私でも抜いたかなと考えた。抜いたら抜いただけ排毒され更生されればいいのだが。オナニーの、コスパ。そんなフレーズがふとよぎったのはおそらく事務所を出る前の野田さんとの会話のせいだった。
「スケジュールのコスパすごいですね」
席で諸々を鞄に詰めていた私とパソコンの画面を見比べるようにして、司法修習生の野田さんは、ふーっと息を吐いた。その長さの割に軽めだった息は、私の五つ上の三十八歳には見えない野田さんのキャラクターをやや体現しているみたいでもあった。
「スケジュールのコスパ?」
「委員会がこの量で入ってて、団とか協会とか有志とかもあって、いや、弁護士の鑑ですね、このプロボノの大渋滞は」
「プロボノの大渋滞」
「お金にならないことしかしてないじゃないですか」
「地味にちょこちょこと稼いでるんで」
「たしかに佐々木先生、件数もすごいですもんね、いつも疲れてるし、ちょっと心配です、あ、余計なお世話かもですが」
「別に疲れてはいないですよ」
疲れてなんかいない。
そう思ったし今も思う。今は大きいなとも思う。職員の後をついて階段を下りながら対面するそれは、大きい。青い。鈍い。重い。少年との面会が終わると建物をぐるりと巡る形で上りとは別の階段を下り一階の受付に戻ってくる。
出発時と同じ地点に一周して到着する。
下りの踊り場では上りのそこにはない絵画に出会うことになっている。描かれているものが何なのかについて想像をすることは私の感性に余る。だからこそ何もかもで想像ができてしまう。大渋滞かも? コスパかも! 都合よく、気持ちよく、引きつけて、浸っていく、自分の悪性が試験されているようで、というこの思考こそがまさに引きつけて浸っているということに気づいてうける。
美しい。
(むごい)
美しいの信号はむごいの信号を常に自動点灯する。むごいの灯火は美しいのそれをざらに凌駕超越する。
(光らされている光たち)
(続きは本誌でお楽しみください。)






























