立ち読み:新潮 2026年11月号

第58回新潮新人賞 受賞者インタビュー
「反出生主義」と向き合って/花江科斗

第58回新潮新人賞 花江科斗

──この度はおめでとうございます。受賞の知らせを受けたときはどんなお気持ちでしたか。

 届いてよかった、と、とにかくほっとしました。

──今回の受賞作「光の棄却」について、執筆のきっかけを教えてください。

 本作の中心テーマのひとつは「反出生主義」ですが、私自身、産まない方が良いのではないかという思いを以前から持っていて、それは格差と結びついている部分もありました。そのことについて小説を通して自分なりに思索したくて、本作を書こうと思いました。

──作中には丸括弧で語り手の心情を表現するような箇所が多く見られましたが、どのような狙いがありましたか。

 漫画のモノローグのようなものを小説の中で表現してみたいという狙いがありました。昔から漫画が好きなのですが、小説を書き始めてからは特に、漫画のモノローグに「悔しい」と思うことがよくありました。たった一言で、何行分、何頁分に匹敵するような強さを持つ、言葉が迫りくるような、言葉に飲みこまれるような、そういった身体感覚を小説でも表現したかったんです。

──本作の語り手は社会の不平等に問題意識を持つ一方で、突然性的なことを語り出すなど、引き裂かれているようなものを感じましたが、何か意識されたことはありますか。

 両極が矛盾を抱えながら併存する人間の有様を書きたいと思っていました。性×プロボノ(ビジネスパーソンが仕事で培った専門知識やスキルを無償で提供する社会貢献活動)というのはまさにそうですね。矛盾する両極を横断するのは、小説にしかできないことだと思っています。また、主人公の醜悪な感情に理屈抜きで引きずりこまれるものを書きたいという気持ちもありました。「正しさ」とは距離を取り、自己欺瞞や偽りを排除しようと意識して、書き進めました。

──花江さんが小説を書き始めたのはいつですか。

 幼少期から本は好きで、小学校の頃はずっとノートに物語を書いていました。そのノートが今も手元に残っているのですが、最初の作品の冒頭に「原作は8才のとき」という謎のメモが記載されているので、おそらくそれくらいの頃から書いていたのだと思います(笑)。

──その頃はどんな作品を読んでいたのでしょうか。

 当時は小学生でしたし、児童文学ばかり読んでいました。特に影響を受けたのは、荻原規子さんと岡田淳さんだと思います。荻原規子さんの『勾玉』三部作と「西の善き魔女」シリーズは、九歳か十歳の頃に初めて読んで以来、何度も読み返しました。荻原さんの作品には、価値観や人生観にも、とても大きな影響を与えられたという実感がありますし、今でも折に触れて読み返すようにしています。当時夢中になっていて今でも読むファンタジーといえば、最近、最新刊が発売された小野不由美さんの「十二国記」シリーズもそうですね。
 海外の児童文学も日本の作品以上に読んでいました。ハリー・ポッター、ダレン・シャン、ネシャン・サーガ、レイチェル、ペギー・スーなど当時話題になっていた作品ももちろん通りましたし、特に、ケルトの神話や伝説をモチーフにした『妖精王の月』から始まる一連のシリーズが好きでした。

──新人賞に応募し始めたのはいつからでしょうか。

 中学に入ってからは、現実と非現実の折り合いを上手くつけられず、何年間かは読んだり書いたりする機会が大幅に減ってしまっていましたが、数年前に、やっぱり自分で物語を作りたい、と思い、新人賞への応募を始めました。

──それ以降の読書遍歴や影響を受けている作家について教えていただけますか。

 最も影響を受けているのは川上未映子さんです。小説も詩も本当に何度も読み返しています。言葉の美しさはもちろんのこと、テーマに肉薄していく強さを心の底から尊敬しています。本作はテーマの面でも『夏物語』の影響を大きく受けています。そのほかの方ですと、松浦寿輝さんの小説と詩の流麗さ、宇佐見りんさんの心情描写の精緻さ、小山田浩子さんの解像度の高さ、遠藤周作さんの自問自答、パク・ソルメさんの接近の強度などに影響を受けているという自覚があります。特にパク・ソルメさんの、ぼんやりと揺蕩っている感じで油断していたら突然距離を詰められて喉元に刃を突きつけられるような凄烈さに心酔していて、本作の唐突な性描写などはそういった部分に影響されていると思います。

──小説以外で関心のある分野があれば教えてください。

 森岡正博さんの哲学書にも多大な影響を受けています。「反出生主義」をテーマにした『生まれてこないほうが良かったのか?』や、『宗教なき時代を生きるために』、『生命学に何ができるか』、『無痛文明論』など、どのご著作でも、哲学的な問いに向かい合う際に、自分自身を度外視しない態度を貫徹されていて、その姿勢にとても救われています。
 また、小説を書いている期間は、作品の空気感に近い音楽を、イメージを重ねながら聴くようにしています。本作だと、VaVaさんの「In My Sight」、神聖かまってちゃんの「最果てフィールド」、Dutch Montanaさんの「Rhyme&Soul」、Shing02さんの「焦燥」、Jinmenusagiさんの「Crying Emoji」、NF Zesshoさんの「Darjeeling」などを聴いていました。
 それから、あくまでも素人の趣味の範囲ですが、ダンスを日課にしています。習ったことはないのですが、ここ数年は執筆作業の気分転換も兼ねて毎日踊っています。最近よく踊っているのはTOMORROW×TOGETHERやPerfumeの曲です。いずれのグループもダンスに物語性を感じるところに惹かれています。特に、TOMORROW×TOGETHERのヨンジュンさんのダンスは、すごく感情に訴えかけてくると同時に、とてもしなやかであくまで上品さを保っていて、まさに剛柔あわせ持たれている、とつくづく感じます。それを可能にしている体幹の強さと細部への意識、というのは、小説を書くうえでも本当に重要なものだと思っています。

──先ほど漫画もお好きとおっしゃっていましたが、特にどなたの作品がお好きですか。

 特に影響を受けたであろう漫画家は、いくえみ綾さん、ジョージ朝倉さんです。感情を一つずつ丁寧に積み上げていかれるところを本当に尊敬しています。
 本作で丸括弧を用いたのは、おそらく、いくえみ綾さんの影響がいちばん大きいと思います。いくえみさんの各話や巻の終わりのモノローグは、とても強烈で繊細で、そのシーンにとらわれてそこから動けなくなるような感覚を抱くことがよくあります。
 それから、これはドキュメンタリー漫画になるのですが、宮川サトシさんの『名前のない病気』という作品は、自分自身の隠したい部分や自分と距離の近い対象を描くことの困難さを正面から題材にされていて、たくさん勇気をもらいました。
 挙げていくときりがないのですが、殺野高菜さんが原作をされている作品もとても好きです。殺野さんに固有の冷徹さや正確さにすごくあこがれます。

──本作ではお笑いの描写のリアリティも印象的でしたが、実際に養成所に通われていたこともあるんですよね。

 はい。養成所での経験は小説を書くうえで本当に大きな糧になっています。例えば、ある同期に「心臓を見せてネタをしなくていい、筋肉を見せていればいい」と言われたことはずっと心に残っています。心臓を見せることは、ともすると自慰的になってしまう面もあると思うのですが、私自身はそういった作品に激しく惹かれることがあります。良い自慰性と悪い自慰性の違いはまだ明確に言語化できていませんが、これから自分なりに見つけていきたいです。当時の同期とは今も親しくしていて、本作の漫才のネタ部分についてもアドバイスをもらいました。

──これからどのような小説を書いていきたいでしょうか。

 答えの出せない問いについて、なぜ答えが出ないのか、なぜその問いを自分が抱いてしまうのか、なども含めて、自分自身のすべてをもって、掘り下げていきたいです。

[→]第58回新潮新人賞受賞作 光の棄却/花江科斗