ホーム > 書籍詳細:ブルー ハワイ

ブルー ハワイ

燃え殻/著

781円(税込)

発売日:2026/03/30

  • 文庫
  • 電子書籍あり

特別ではないささやかな記憶に救われて、僕らは今日を生きている。共感度抜群のエッセイ集。

哀しみの中にいる人を支えるのは、特別でもなんでもない、ささやかな記憶の断片なのかもしれない。「とにかく体には気をつけなさい」と言い続けた母。反抗期の頃に通った駄菓子屋のじいさん。五反田のラブホ街で泣いている僕にセブンスターを差し出した入れ墨の男。情けなくも愛おしい日々のきらめきを掬いあげたエッセイ集。大橋裕之氏のマンガとBE:FIRST・LEO氏が著者に宛てたエッセイも収録。

目次

花火って途中で飽きるよね
愛には人の数だけ種類がある
はい、百九十万円
将来は南米に行くと思う
『ヌードの夜』、竹中直人さんに会った
五反田セブンスター
大橋裕之 マンガ「イラスト制作裏話」
僕はそのときずっと天井を見ていた
知らない町の知らない店のスタンプカード
首筋に芋虫
強みは誰にでもある、お金に繋がるかは別として
まあるくなって眠る、真っ白い猫
ドライブ・マイ・カー事件
仕事はできないが、嫌いになりきれない後輩
人間関係の果ての果ての姿
五万の傘が五分で壊れた
毎回同じで飽きませんか?
二十人以上のアイドルのサインを書けた先輩
座席すこし倒してもいいですか?
ちょっとスペース・マウンテン三回乗ってくる
その後のイノセントワールド先輩
「私、おばあちゃんになれたよ」と彼女は笑った
ドン! ドン! ドン!
そのとき、世界の広さを思い知った
査定、査定の日々である
知り合いの誰もいない土地で
太字のゴシック体で「人間不信」
人が「先生」と呼ぶとき、そこには必ず思惑がある
愛しのカレースタンド
運転手さん! それ僕です
日本もおしまいだな
喫茶室、東京
「串カツ田中」が恋しい夜
失敗や失態を「運命」にすり替える人
押し切られるな、噛みちぎれ
BE:FIRSTのLEOくんとサシ飲みをした
「来年になったら忘れそうな日しかないよね」と彼女は言った
とにかく体には気をつけなさい
大橋裕之 マンガ「母」
おいおいと泣くことでしか越えられない夜
世の中の死角のような場所で
ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ!
いま振り返っても、あの二年間は無駄だった
桃鉄でもやらない?
いつものですね
すべては思い出に変わっていく
ドライブでもしようぜ
僕たちには僕たちのルールがあった
あなたは勝ち組で、わたしは負け組です
鍵をかけ忘れた日記
汚れたビーチサンダルとジョン
ブルーハワイ

文庫あとがき
何があってもまた呑もうよ LEO
解説──読み続けたい 俵万智

書誌情報

読み仮名 ブルーハワイ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 朝野ペコ/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-100356-6
C-CODE 0195
整理番号 も-45-6
ジャンル 文学・評論
定価 781円
電子書籍 価格 781円
電子書籍 配信開始日 2026/03/30

書評

何があってもまた呑もうよ

LEO

 世界が窮屈に感じて何度目かのイヤイヤ期に突入しかけた去年の終わり頃、僕はいつものBARで残り少なくなったハイボールと一緒に燃え殻さんを待っていた。
 燃え殻さんは僕が一番最初に好きになった作家さんで、本を読む楽しさや言葉の面白さを教えてくれた人だ。燃え殻さんの新刊『ブルー ハワイ』は僕のすべての感情に触れて、この感動を言葉でどう伝えようかすごく悩んだくらいだ。そんな燃え殻さんに、何度かご飯やら呑みにやら連れて行ってもらい、このBARは僕らの秘密基地の一つになった。
 燃え殻さんは本の中だけでなく、会うたびに色んな感情や言葉に出逢わせてくれ、どこか僕の心の支えのようになっている。その夜も、どこかにある正解や何かを求めて僕から連絡していた。
「お待たせしました」と言いながら燃え殻さんはBARのドアを開け、入り口から一番近い席にいた僕に気づく。その流れでマスターに「すみません、ハイボール」と伝えた。
「調子はどうですか」と僕の隣りに座り、毎週火曜の深夜、J-WAVEで聴いている、あの声で聞いてくる。「まぁいい感じです」と僕は強がって答えた。短い言葉のラリーの後、ハイボールが到着して「お疲れ様でした」と乾杯した。数えきれないほど繰り返してきたこのやり取りを、二人の合言葉のように僕は感じ始めている。
 近況報告をしあって、いい感じに酔いが回ってきた頃、僕はイヤイヤ期に突入しかけたことを報告した。誰かのやさしさを受け取れなくて孤独なこと、そのせいか世界を窮屈に感じて息がしづらいこと。その他にも自分の中にあるネガティブというネガティブな感情のすべてを燃え殻さんに吐き出していた。
 そんな僕の話を「うん、うん」と静かに聞いて、心の膿みたいなものを燃え殻さんは一つずつ丁寧に取り除いていく。そして心の傷口に絆創膏を貼るように「何があってもまた呑もうよ。俺が無職になっても、いつでも奢るから」と呟いて、ハイボールを呑み干した。
 僕は本当にうれしかった。きっとこの先、この人はどんなことがあっても僕に寄り添ってくれると思え、ただただ本当にうれしかった。そんなうれしさとやさしさに包まれながら、僕はある人を思い出していた。
 八年前の十六歳の時、僕はプロ野球選手という夢を諦め、アーティストを目指し始めていた。しかし、その新しい夢は僕の生きている世界から僕を孤立させた。今思えば、あれが初めて世界を窮屈に感じた時だったかもしれない。
 どうしたら良いかわからない。そんなモヤモヤとした感情をポケットにぐちゃぐちゃに突っ込んで、夏休み、遠い親戚の爺ちゃんに会いに行った。五十歳以上離れているのに歳の差を感じさせないヤンチャぶりで、でも多くを語らない職人気質。会えば、元気をくれ、呼吸の仕方を思い出させてくれる。帰り際には「もう来んなよぉ〜」と言うのがお決まりの爺ちゃんだった。
 日々が過ぎて帰る前日の夜、横になる爺ちゃんの背中越しにテレビを見ていた。その大きい背中を見ていると、僕の夢が爺ちゃんにどう見えるのか気になって、思い切ってアーティストになりたいという夢を打ち明けてみた。
 爺ちゃんは話を聞き終えたあと、僕のほうを向いて、「そうか。頑張れよ」と一言だけ言った。直後、またテレビの方を向いてこちらに大きな背中を向けていた。
 この一言は、ポケットに突っ込んでいたぐちゃぐちゃの感情を包み込んで、僕の大事なお守りとなった。どんな時も勇気をくれ、僕はアーティストになることができたと心から思っている。爺ちゃんには何度も「ありがとう」と伝えたかったが、今では伝えることができない。
 そんなことを思い出し、カウンターで隣りにいる燃え殻さんに「ありがとうございます」と精一杯の感謝を伝えていた。
『ブルー ハワイ』を読むと、過去と現在が繫がり、ページをめくるたびに、あの日の自分が鮮やかに甦る。隣りに燃え殻さんのいるBARや爺ちゃんと過ごした夏休みの一夜のように。
 この文章を書きながら、「今夜、忙しいですか?」と僕は燃え殻さんにメッセージを送っていた。

(れお アーティスト・グループBE:FIRST)

波 2023年8月号より
単行本刊行時掲載

こういう走馬灯がいい

岡本真帆

 死に際に見る「走馬灯」のエピソードって、どうやって決まるんだろう。思い出や記憶のことを考えるとき、ぼんやりとその不思議について思いを馳せてしまう。ラッキーなことに、まだ私は死にそうになったことがなく、走馬灯のように記憶が蘇る現象はマンガや映画の中でしか見たことがない。私が人生の最後に見る走馬灯には、どんな思い出が出てくるんだろう。幼い頃から順に、特に覚えていることのハイライトが浮かび上がってくるのだろうか。心に強く刻まれている感動や後悔がよぎるのだろうか。
 燃え殻さんのエッセイ集『ブルー ハワイ』には、さまざまな思い出の話が出てくる。黙って煙草を吸わせてくれた刺青の男性。「はい百九十万円」と朗らかに笑う駄菓子屋の店主。レインコートをかみちぎる愛犬。自分宛ての手紙のように打ち上げられる小さな花火。そのほとんどが、普段は記憶の底で眠っている。それが現実のふとした瞬間に、さまざまな出来事をきっかけに記憶の表面のところまで浮かび上がってくる。実家の物置きから見つけたおもちゃのほこりを払うように、燃え殻さんはそれまで忘れかけていた懐かしい出来事について優しく語る。
「僕が憶えているのは、実際にあったことの一割以下な気がする。ほとんどのことは、思い返す間もなく忘れていっている。それは仕方がないことだし、そうしないと生きていけないが、たまにすこし淋しくなる」
 この一節に、強く共感した。
 忘れられない出会いや、心に強く残っている出来事。そういう一割の思い出にすがりたくなって、でももうそれが手の届かない過去であることに切なくなって、泣きたくなる日がある。過去にあった素晴らしい出来事は、本当にあった出来事なのか。都合良くつくった偽の記憶なんじゃないか。そんな風に疑えど、私達は、それを確かめる術を持たない。忘れたくないと強く願っても、どうしてすべて憶えたままでいられないんだろう。いつでも今しか生きられない私達は、過去や未来に心を奪われながらも、必死に目の前の日々を生きている。もらった優しさや愛情をこぼしながら。それが切なくて、抗いたくて、歌人である私は短歌を作っているところがある。
『ブルー ハワイ』を読了した瞬間、私の胸には安堵が広がった。書くことでようやく浮かび上がってくるようなたくさんの些細な出来事に支えられて、みんな生きているのだと信じられたからだ。小さな遊園地の夕方のパレードのように、次々と登場する過去の記憶、懐かしい出会い。当時はさほど大事ではないと思っていた出来事や、トラブルだって、時間が経てば愛しい思い出に変わっている。強く強く憶えている一割の記憶と、忘れてしまった九割の思い出。後者の方にこそ、過去に戻れない私を励ましてくれる何かがある。
 私の大好きな映画「千と千尋の神隠し」の中で、銭婆はこんなセリフを言う。
「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで」
 思い出せないだけで、あったことは消えない。たとえ忘れかけてしまったとしても、それは私の中で眠り続けて、また思い出してもらう時を待っている。
「もしも走馬灯を見るなら、私が見る走馬灯はこういうのがいい」と『ブルー ハワイ』を読んで思った。自分の一生を振り返るときに思い浮かぶ記憶の数々が、こんな風に優しかったら、悔いなく潔くこの世を去れそうな気がした。
 ……ちなみに。調べてみたのだが、走馬灯は死ぬ間際に必ず見られるものではないらしい。見られるのは突然死のケースに多いそうだ。死を確信した極限状態に陥ると、助かりたい一心で脳が助かる方法を検索する。それによってさまざまな記憶があふれかえるのだという。走馬灯に謎の憧れを抱いていた私はショックを受けた。思い出のベストムービーみたいな、そんな穏やかなものじゃないらしい。一番走馬灯を見る確率が高いのは溺死らしい。やだ。溺死、したくない。
 思い出のベストセレクションは自分で作るしかないみたいだ。だったら、これからも些細な幸せや忘れたくない日常について、できる限り書き残していきたいと思った。

(おかもと・まほ 歌人)

波 2023年8月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

燃え殻

モエガラ

1973(昭和48)年神奈川県横浜市生れ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、ほかにも映像化、舞台化が相次ぐ。著書に、小説『これはただの夏』『湯布院奇行』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『愛と忘却の日々』『これはいつかのあなたとわたし』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』『明けないで夜』『この味もまたいつか恋しくなる』など多数。

関連書籍

判型違い(単行本)

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

燃え殻
登録

書籍の分類