
李陵・山月記
539円(税込)
発売日:1969/09/23
- 文庫
- 電子書籍あり
日本文学史上に燦然と輝く、天下の名文ここにあり。
人はいかなる時に、人を捨てて畜生に成り下がるのか。中国の古典に想を得て、人間の心の深奥を描き出した「山月記」。母国に忠誠を誓う李陵、孤独な文人・司馬遷、不屈の行動人・蘇武、三者三様の苦難と運命を描く「李陵」など、三十三歳の若さでなくなるまで、わずか二編の中編と十数編の短編しか残さなかった著者の、短かった生を凝縮させたような緊張感がみなぎる名作四編を収める。
書誌情報
| 読み仮名 | リリョウサンゲツキ |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮文庫 |
| 発行形態 | 文庫、電子書籍 |
| 判型 | 新潮文庫 |
| 頁数 | 224ページ |
| ISBN | 978-4-10-107701-7 |
| C-CODE | 0193 |
| 整理番号 | な-5-1 |
| ジャンル | 文芸作品 |
| 定価 | 539円 |
| 電子書籍 価格 | 539円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2013/06/01 |
書評
特集「新潮文庫の100冊」の50年
「新潮文庫の100冊」から選ぶ、迷いを断ち切る三冊
物を書く仕事をしている。その仕事机の横、椅子に座ったまま手が届く位置に、積み上げ式の本棚を置いている。八十冊ほど収まり、目下の原稿のための資料と、繰り返し読む「常用」本をそこに積んでいる。その常用本から、今年の「新潮文庫の100冊」に入る三冊を紹介する。

まずは、ショーペンハウアーの『幸福について―人生論―』である。二百年ほど前のドイツの哲学者が、人間が幸福に(=できるだけ苦痛少なく)生きるための、ものの考え方を示してくれる。大学に入った頃に読んで波長が合うと感じ、以来、お気に入りの音楽を聴くように、何度となく読み返している。解剖刀のように鋭く、皮肉の効いた言葉で書かれた人生論は、日々、仕事として物を書き続けるうえでも、実に助けになっている。
原稿を書いていると、「もっと名文を書いてやろう」という虚栄心がふと頭をもたげることがある。あるいは、「すでに誰かが同じことを書いているのではないか」「反論がくるのではないか」と不安にかられることがある。そうなると、途端に文章はダメになる。他者の機嫌をとるように無駄な説明が増え、ぐねぐねと婉曲的になり、気づけば自分本来の身体感覚からずっと遠いところに行ってしまう。
そんな状態に陥る前に、この一冊を開く。ショーペンハウアーは、他人の評価に振り回される人間を「他人の意見、他人の思惑の奴隷」と言う。そして、幸福に寄与する道として、他人に評価されたいという「名誉欲」は、「不断に責めさいなむこの棘」であり、それを「われわれの生身から抜き取るのがいちばんよい」と説く。この忠告は、まだ現れてもいない読者の顔色をうかがい、最初に自分の内側から出てきた文章を歪める愚かさを、バッサリと断ち切ってくれる。すると、ざわついた脳が沈静され、「今の自分に書けるものを素直に書けばよい」という場所まで戻ってこられる。

さて、他人の評価を欲深く追い求めた者の末路を描いたのが、中島敦『李陵・山月記』に収められた「山月記」である。「詩人として名を成す積りでいた」李徴は、しかし、自分には才能がないのではないかという疑念を薄々抱き、作品を世に問うことに怯え、ついには虎になってしまった。人の形を失った李徴は、なお自作の詩を友人・袁傪に託す。その詩を聞いた袁傪は、次のように感じる。「しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか」と。
この感想は、実に生々しい。地道に努力すれば、七十点くらいのものは書ける。だが、七十点のものを九十点にするには、通常、膨大な時間とエネルギーが必要で、自分の才能の限界に嫌というほど向き合いながら、それでも書き続けなくてはならない。九十点のものを九九点にするには、より抜きん出た才能を要し(おそらく李徴はその手前で虎になった)、百点、つまり後世に残るほどの第一流の作品となれば、才能に加えて偶然も必要となる。
仕事として物を書き続けるなら、自身の生来の特性に照らして、目の前の原稿を何点まで追い込むかを見極めなくてはならない。場合によっては、七十点のものをそのまま世に出す勇気が必要である。その見極めを誤ると、李徴のようにいつまでも作品を世に出せない。だからこの話は、私にとって創作者の悲劇であると同時に、実務上の戒めでもある。
それはそれとして、痛々しい自意識を抱えた李徴は愛おしい。文字どおり虎に変身したのなら、それを才能として誇り、陽気に生きてほしかったな、とも思う。

先の二冊で何かしら人生の教訓を得た気になったところで、吉村昭の『羆嵐』を開く。1915年、北海道で実際に起きた「三毛別羆事件」を題材にした小説である。一頭の巨大なヒグマが開拓村落を襲い、二日間で胎児を含めて七人の開拓民を殺害する。その大惨事が、精緻に描かれていく。淡々とした語り口によって、事件の異様さと恐ろしさが、読み手の身体にじかに届く。
野生の暴力が剝き出しのまま襲いかかってきたとき、生身の人間にはなすすべがない。説得も交渉も通じない。ヒグマの息遣いの前では、人間の知恵やら自意識やらは、たちまち取るに足らないものとなる──そんな感覚を求めて、『羆嵐』を読む。言葉でどうにかなると思い上がりやすい仕事をしているからこそ、ときどき、言葉ではどうにもならないものに触れておいたほうがよい。
本は、一冊のうちに読者の琴線に触れる一文があれば、それで十分に価値があると思っている。ならば自分の書くものもそれでよいはずだが、つい「もっと気の利いたことを書いてやろう」という欲が出て、筆先に迷いが生じる。そんなとき、これらの文庫を手に取って開き、ときには音読する。よい作品は眼や耳から摂取され、再び澄んだ気持ちで原稿に向かうための力となる。
(おおたに・ともみち サイエンスライター/編集者)
著者プロフィール
中島敦
ナカジマ・アツシ
(1909-1942)東京に生れる。東京帝国大学国文科卒。横浜高女で教壇に立つ。宿痾の喘息と闘いながら習作を重ね、1934年、「虎狩」が雑誌の新人特集号の佳作に入る。1941年、南洋庁国語教科書編集書記としてパラオに赴任中「山月記」を収めた『古譚』を刊行、次いで「光と風と夢」が芥川賞候補となった。1942年、南洋庁を辞し、創作に専念しようとしたが、急逝。「弟子」「李陵」等の代表作の多くは死後に発表され、その格調高い芸術性が遅まきながら脚光を浴びた。享年33。


































