ボクたちはみんな大人になれなかった
572円(税込)
発売日:2018/11/28
- 文庫
- 電子書籍あり
好きだった人の名前をSNSで見つけた。何もないボクを世界で唯一、認めてくれたあの人。
それは人生でたった一人、ボクが自分より好きになったひとの名前だ。気が付けば親指は友達リクエストを送信していて、90年代の渋谷でふたりぼっち、世界の終わりへのカウントダウンを聴いた日々が甦る。彼女だけがボクのことを認めてくれた。本当に大好きだった。過去と現在をSNSがつなぐ、切なさ新時代の大人泣きラブ・ストーリー。あいみょん、相澤いくえによるエッセイ&漫画を収録。
暗闇から手を伸ばせ
ビューティフル・ドリーマーは何度観ましたか?
好きな人ってなに? そう思って生きてきたの
そしてまたサヨナラのはじまり
「海行きたいね」と彼女は言った
1999年に地球は滅亡しなかった
ギリギリの国でつかまえて
東京発の銀河鉄道
雨のよく降るこの星では
東京という街に心底愛されたひと
あの子が知らない男に抱かれている90分は、永遠みたいに長かった
ワンルームのプラネタリウム
ボクたちはみんな大人になれなかった
君が旅に出るいくつかの理由
やつらの足音のバラード
永遠も半ばを過ぎて
必ず朝が夜になるように
バック・トゥ・ザ・ノーフューチャー
失ったあとも完璧な 相澤いくえ
アンサーソング あいみょん
解説 兵庫慎司
書誌情報
読み仮名 | ボクタチハミンナオトナニナレナカッタ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 秋本翼/カバー写真、熊谷菜生/カバー題字、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-100351-1 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | も-45-1 |
ジャンル | 文芸作品、文芸作品 |
定価 | 572円 |
電子書籍 価格 | 473円 |
電子書籍 配信開始日 | 2018/12/07 |
書評
存在自体が新しい書き手による、新しい私小説
知人が寄稿しているので、週150円払ってウェブメディアのケイクスの購読を始めてからしばらく経った頃、奇妙な連載が始まった。
自分の人生にもっとも大きな影響を与えたかつての恋人のことを軸に、これまでと現在の己を綴っていく、私小説の体裁をとった作品。プロフィールを見ると、書き手は作家ではなくテレビ業界の人、ただし放送作家とかディレクターならものを書くのもわかるが、そうではなくて、もっと裏方の「美術」という職業らしい。いわゆるツイッタラーというジャンルから出てきて、最初に書いた小説がこれのようだ。
どうでしょう。よくわからないでしょう、どういう存在なんだか。ただ、それ以上にわからなかったのが、そんな正体が曖昧な人の書いたものが、衝撃的におもしろく、そして新しかった、という事実だ。
音楽ライターという狭いジャンルだが、自分も一応ものを書いて食っている人間ではあるので、まず混乱した。出版業界やテレビ業界の知人数人に「あれ何者? 知ってる人?」と訊いたりもした。誰もが知らなかった。そして誰もが「あれおもしろいよねえ、いったい誰なんだろうね」と興味を示していた。いや、「誰なんだろうね」って、燃え殻なんですが。ちなみに、この燃え殻という名前は、現在は脱退してひとりで活動しているキリンジの堀込泰行が、キリンジ在籍時にソロを行う時に使っていた「馬の骨」名義で発表した最初のシングル曲からとったものである。
ということからもわかるように、僕の本職のエリアである、90年代以降の日本のロックに関する記述が、作品のそこかしこに出てくるところにも惹かれたが、それ以上にショックだったのは、彼の文体そのものだった。
私小説に限らず、音楽でも映画でも表現ならなんでもそうだが、自分自身を描いて作品を作る場合、言わば「自分に酔う」ことをある程度許して描いていく場合と、逆に自分を突き放して自虐的に描いていく場合とがある。
前者は、美しく叙情的な作品になるが、同時に、そのナルシズムにツッコミを入れたくなるような気恥ずかしさが漂うことに、多少なりともなったりする。後者にはそのような気恥ずかしさはないが、それと引き換えに美しさや叙情性を味わうことは、望めなくなる。
が、燃え殻の文章は、驚くべきことに、その両方のよいところだけでできていたのだ。つまり、自分を手ひどく突き放しながらも、同時に美しくて、そして叙情性に満ちていたのだ。
なぜ彼にだけそのようなことができるのかは、正直、よくわからない。というか、少なくとも、自分には絶対無理なのはあきらかなので、ただ悔しいと言うほかない。いや、「悔しい」とか思っている時点でずうずうしいというか、「同じ土俵に立ってるつもりか?」と、自分で自分が恥ずかしくなるが。
本作はそのケイクスの連載の書籍化だが、それにあたってかなりの加筆修正が行われている。エピソードや登場人物がまるごとカットされて、代わりに別の話が新たに加わっていたりする。相当な推敲を重ねたことが窺い知れるので、すでにケイクスで読んだ方も興味深く読めると思う。
自分のことを書いている私小説の体裁だが、すべてが実際にあったことではなく若干のフィクションを織り交ぜて物語を進めていく、という手法の作品においては、最初から文筆業の人よりも、別ジャンルで世に出て、次に文筆活動を始めた人の方が、もしかしたら優れているのかもしれない。といっても、最近読んでそう思ったのは、今のところ又吉直樹と尾崎世界観の二例だけなので、断定できるほどのサンプル数が集まっているわけではないのだが、仮にそうだとしたら、そのラインの新しい才能の登場だと思う、燃え殻は。
最初にこんな決定的なものを書いてしまって、次の一手があるのかどうかわからないが……というか、当人に次の一手を打つ気があるのかどうかすらわからないが、あればいいな、あってくれよ、と、僕は心から期待している。
(ひょうご・しんじ フリーライター)
波 2017年7月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
大人にだってフューチャーしかない
90年代に出会った強烈な彼女との恋愛を描いたデビュー作が話題の燃え殻さん。小説を書くきっかけとなったという、大槻ケンヂさんと初対面! いまだ鮮やかで痛々しい沼のような「あの頃」と、そこから這い上がって生きていく「これから」のことを語りました。
「アイタタタ」な恋愛を超えて
燃え殻 最初からお恥ずかしい話なんですが、僕、本って家に10冊くらいしかないんです。そんな自分が小説書いたなんて、大槻さんの影響でしかなくて。
大槻 そうなの? 何しちゃったんだろ。最初に謝ります、ごめんなさい(笑)。
燃え殻 いやいや、20代で初めて大好きになった女の子が大槻さんの信奉者で、デートは「青山墓地に文豪のお墓参りに行こう」とかいう子だったんですよ。
大槻 わっ、それ僕エッセイに書いた。寺山修司の墓参りみたいな? もう本当にごめんなさい。
燃え殻 謝らないでください(笑)。その子の影響で大槻さんの本を読むようになって、その中に中島らもさんの本も出てきたんですよね。
大槻 『ボクたちはみんな大人になれなかった』の中にも、らもさんの『永遠も半ばを過ぎて』が出てくるね。
燃え殻 今でも僕は大槻さんの本と、らもさんの本を繰り返し読む人間なんです。
大槻 燃え殻さんの小説、生きづらい若い人たちが抱えている、共通の寂しさとか執着とかが書いてあるなあって。僕は世代が上だけど、読んでてちゃんと「アイタタタ」ってなったよ。基本的にサブカル恋愛って痛いよね。
燃え殻 僕は大槻さんの『のほほん雑記帳』を読んだ時にそう思いました。主人公2人が別れるシーンあるじゃないですか。一緒にベンチに座っていて、彼女が「今週の『サザエさん』みた?」って唐突に言うんですよね。その週は波平とフネが「お父さんお母さん、たまには梅でも見にいきなよ」ってカツオに言われて、水戸に梅を見に行く回なんです。
大槻 男女が付き合う上で生じるウェットな部分を早く超えて、そういう枯れた関係になってしまえば、私たちも別れたりなんかしなくてよかったのにねって彼女が言う、みたいなシーンですね。
燃え殻 僕その時はまだ童貞で、誰の手も握ったことなかったのに、「わかる!」って思いましたもん。
大槻 それ、わかってないよ!(笑)
燃え殻 そう、わかってなかった。
大槻 まあ僕の本の話はいいんですよ。でもそう言えばこの間、新聞のラテ欄で「サザエさん」見たらね、えーと、誰だっけ? カツオ……ワカメじゃない……。
燃え殻 大槻さん、タラちゃんがどうかしたんですか?(笑)
大槻 あ、タラちゃん! あのね、ラテ欄に「タラちゃん空気を読む」って書いてあったの。あれ、どういうこと?!
燃え殻 知りませんよ!(笑)
大槻 サザエさんでさえこうなんだから、時代って変わるんだね。よく聞かれると思うんですけど、この小説はどのくらい本当のことを書いたんですか?
燃え殻 ブスな彼女に文通で出会ったのも、いきなりフラれたのも、最後のセリフが「今度、CD持ってくるね」だったのも、エピソードは全部本当です。本にする時、セリフや構成はもっと普遍性のあるものに変えたつもりなんですけど。
大槻 普遍的な青春小説でもあるけど、サブカルヤング恋愛あるあるみたいなとこあるよね。まず女の子が「仲屋むげん堂」でバイトしてるとこから、もう! みたいな(笑)。彼女と行ったむげん堂のカレー屋って、南口の坂下ったとこ?
燃え殻 あの螺旋階段があるお店です。
大槻 俺もあそこ何度行ったか分からない。高円寺で一番おしゃれな店だった。ていうか、あれが高円寺の限界だった。
燃え殻 あれ一番おしゃれだったんですか(笑)。僕は『リンダリンダラバーソール』も大好きなんですけど、ヒロインのコマコはモデルっているんですか?
大槻 「リンラバ」のコマコね。あれは特定の誰っていうより、あの頃いたサブカル好きな女の子たちの象徴なんだよね。
燃え殻 僕の小説も彼女のモデルはいるんですけど、その細部は僕が“まだ何者でもなかった時に出会った女の子たち”の集合体なんですよね。
大槻 だからみんなガーンッてくるんじゃないかしら。個人的な記憶を呼び覚ましてしまう装置みたいな本だよね。
燃え殻 大槻さんやらもさんの小説で、狂乱な人生にふとロマンチックが差し込まれるあの感じ、どこまで本当か分からないプロレスみたいな感じがすごく好きで。自分が書くんだったらそういうものを書きたいなとは考えていました。そういえば彼女とも、小田原の駐車場にW★INGの松永対レザーフェイスの釘板デスマッチ一緒に観に行ったりしたなあ。
大槻 またもやアイタタタ!(笑)
燃え殻 大槻さんが出たプロレス大会も観に行きましたよ(笑)。川崎球場でしたっけ、ブルーハーツも出てたんですが。
大槻 え、それ佐賀の鳥栖じゃない?! パンディータ対バルタン星人とか気の狂ったマッチメイクだった気がする。
大人になってよかったんだ?
燃え殻 彼女は大槻さんのそういうエッジーな成分を丸ごと摂取してたから、寺山修司も映画もプロレスも大好きだったんです。でもその尖ってお洒落なことに命かけてたような女の子が、20年後にフェイスブックでたまたま見かけたら、アイコンが死ぬほどダサかったんですよ!
大槻 それ小説にも書いてたけど、どんな写真だったの?
燃え殻 なんか東京マラソンに出場するために旦那とお揃いのジャージ着て、ストレッチしてるアイコンなんですよ!
大槻 いや、いーじゃない別に(笑)。
燃え殻 でも2人で両手繋いで引っ張りあって、脇腹伸ばしてるんですよ?!
大槻 だから、いーじゃない!(笑) 人間には歴史があるの。今、彼女はストレッチ期なの。
燃え殻 そんな時期、あるんすか。
大槻 あるの。わかるよ、そういうの。
燃え殻 だって単館映画のチラシ集めてコラージュしてた子ですよ。それが夫婦色違いのジャージ着てストレッチしてる。
大槻 だったら旦那と民族衣装着て無農薬野菜作ってるとか、難解なイラン映画を観に行ってたら、納得するの?
燃え殻 そうか……。
大槻 サブカル沼から更生したと考えれば、いいんじゃないかしら。俺の周りとか、サブカル沼という底が丸見えの底なし沼に沈んだきりの人がたくさんいるもの。そうなるともう上がれないよ。
燃え殻 説得力しかないです(笑)。大槻さんは昔付き合ってた女の子が、沼から上がっていた方が嬉しいですか?
大槻 僕は良かったなと思う。「ラ・ラ・ランド」的な心境よね。観てないけど。
燃え殻 「大人になれなかった」って言いながらも、彼女と付き合ってた当時、僕の仕事はどんどん大人的になっていくんですよね。訳のわからない会社だったのに、事業がどんどん大きくなって、いつの間にか自分に「チーフ」とか肩書きがついてるんですよ。一方彼女は、大槻さんの『オーケンののほほんと熱い国へ行く』とか読んで、「私インド行きたいんだよね」っていう話をしてる。
大槻 全然話が噛み合ってない。
燃え殻 でも僕も昇進は嬉しかったから「チーフになったよ」って一応報告したんです。そしたら彼女がそれをスルーして、サイババの話したんですよ。
大槻 出世トークをサイババで殺す女!
燃え殻 彼女には、社会に回収されていく僕の話なんて全然響かないんですよ。「メメント・モリって分かる?」みたいな話の中でチーフになったお祝いなんて起こらないんです。僕その時「こいつ、つまんねえ大人になってくなあ」って思われている気がしたんですよね。
大槻 でも彼女にしてみれば、社会にちゃんと適応していく彼氏に置いていかれている切なさ、寂しさ、自分の不甲斐なさがあったんじゃないですか。
燃え殻 そうかなあ。僕はもともと鍵っ子で毎日マ・マーとかの缶詰でスパゲティを自分と妹の分作って、一緒に「あぶない刑事」の再放送を観るような子どもだったんです。サブカル要素なんてゼロなんですよ。サブカルエリートの彼女に憧れる一方で、自由な彼女が緩やかに離れていく感じが怖くて怖くて。だからフェイスブックで見た彼女が、僕なんかより全然“大人”になっちゃってる気がしてショックだったのかもしれないです。それで良かったんだ、と思って。
大槻 なるほどね。
燃え殻 僕もやめておけばいいのに、フェイスブックをスクロールして読んじゃったんですよ。そうしたら子どもを抱っこしてる写真に「六本木ヒルズでなんかバンドが演奏してる」って書いてあって、見たらEGO-WRAPPIN’のライブだったんです。昔だったら絶対「EGO-WRAPPIN’が演奏してる」って書く彼女だったのに……。
大槻 だから、いーじゃないの!(笑) これ飲み屋で、もうわかったからやめとけって言われるやつよ。朝4時の庄やで。
燃え殻 言えてる。
大槻 そういうのを普通、人は小説に書かない訳ですよ。でもそれをあえて書いたっていうのが、コロンブスの卵だったんです、この小説は。だってみんなあるもん、そういう過去。もしかしたら昔の文学では、書いている人がいたと思うんです。田山花袋の『蒲団』とかさ。
燃え殻 読んでない。
大槻 あのね、別れたオンナの蒲団の匂いを嗅ぐの。
燃え殻 それで一冊?! 深すぎる。
大槻 でもこの小説の中にも、彼女の服の匂いを嗅ぐシーンあったよね。これは現代の『蒲団』なんだよ。燃え殻さんは21世紀の自然主義なんじゃないだろうか。
燃え殻 女々しいとか今日もツイッターでディスられてましたけど(笑)、過去と現代が入り混じってる方が、僕には真実で。リアルなことを全部書けばいいってもんじゃないけど、記憶ってちゃんと順番通りに出てこないじゃないですか。
大槻 そうね、夢と一緒だから。整合性はないかもしれないけど、混沌とした中で最終的に迫るものがある。男の未練がましさがヌーヴェルヴァーグみたく描かれていて、僕は素敵だな、と思いましたよ。
燃え殻 やっぱり未練がましいですか。
大槻 そりゃあそうですよ。ものすごくよくわかりますよ、僕だって!
燃え殻 急に腹から声が出ましたね。
大槻 男はね、過去に別れた女性たちのことを考えてますよ!!
燃え殻 いや、もう本当に考えちゃうし、大槻さんとこうやって話してるのだって、彼女に会ったからなんですもん!
大槻 そんなキレたように言わないでくださいよ(笑)。
燃え殻 いや、キレてんですよ。いやいや、キレてないですよ。
大槻 ただ、そういう自分を狂わせるような人間に会ってしまった場合、青春の一時期を一緒に過ごしたら、別れたほうが正解な気はしますな。
燃え殻 ……あー。
大槻 以前エッセイにも書いたかもしれないんだけど、昔「FOOL’S MATE」っていう雑誌にやっぱり文通コーナーがあって、そこで坂本龍一を好きな女の子と出会った男がいて、でも結局別れることになるの。その別れるときのセリフが、「僕たちはお互いが好きなんじゃなくて、坂本龍一が好きだったんだね」。
燃え殻 アイタタタ。
大槻 結局お互いサブカルが好きだったんですよ。彼女は新生活を送る上で、もうサブカルは要らないと気づいたんです。
サブカルとは何だったのか
燃え殻 しかしこんなこと大槻さんに伺うのは大変畏れ多いんですけど、サブカルって何なんですかね。
大槻 それは、うーん……宮沢章夫さんに聞いてください(笑)。
燃え殻 サブカルって一回滅びたじゃないですか。
大槻 そんな応仁の乱みたいな言い方しないでよ、怖いよ。まあでも、学校教育から落ちこぼれた人間が、プライドを保つために自分を別のベクトルで教育するんですよね。そうしてカウンターカルチャー、サブカルチャーを修める訳です。ちっぽけなプライドじゃないですかね。
燃え殻 本当にそうですね。でも90年代って、プロレスとかサイババとかエヴァンゲリオンとか“よくわからないもの”がまだカルチャーの中心にあった時代のように感じませんか。
大槻 なんか今「部屋とYシャツと私」みたいなまとめ方をしましたけど(笑)。まあそんな感じ、しますよね。
燃え殻 この小説にも書いたんですけど、「なんだかよくわからなかったから、わからないままだから今でもボクの青春なんだ」とも思うんですよね。
大槻 わからないっていうのは今、意図的な表現の手法になっちゃいましたよね。ゴダールとかは置いておいて、「2001年宇宙の旅」でそのジャンルが偶発的に生まれて、「エヴァンゲリオン」はそれを意図的にやったと思うんですけれど。わからないから、みんながそれを議論の対象にする。
燃え殻 そういう表現方法ですよね。僕、小沢健二のファーストアルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」を最初聴いたときに、唖然とするぐらいわかんなかったんですよ。え、これ、「ROCKIN’ON JAPAN」何て言うんだろうって。
大槻 いいね、当時の世相を表す最高のフレーズだね。
燃え殻 本当にそう思ったし、プロレスを観ても、ターザン山本はこれをどう切り取るんだろうって。だからあの頃ずっと「わかりたい」って思ってた気がするんです。足がつるぐらい背伸びしながら。
大槻 押さえておかなきゃってやつね。
燃え殻 今になってわかるとかじゃなくて、あの頃背伸びしてわかりたいって思ってたこと自体を懐かしめるんですよね。最近は何でも面白いかどうか、ネットで事前に調べるらしいんです。でもあの頃はもう訳わかんないんだけど、お金ないのに買っちゃったし「面白い」って言い張るみたいな(笑)。
過去に生きるボクたちのフューチャー
大槻 この本は一言でいえば青春の回想ですけれど、やっぱり「わからなさ」を抱えたまま大人になったサブカル男子女子は、どうしても過去に生きる傾向にあるんですよね。そこらへんの痛いところを突いてるよなあ。でもこれ3年後自分で読むと恥ずかしさに「ヒィッ」てなる本だと思うよ。僕も『リンダリンダラバーソール』を文庫化するとき、なった。
燃え殻 マジですか。なにそれ怖い。
大槻 でもそれって物書き共通の恐怖だと思うのよ。夏目漱石も『こころ』を書いた3年後にね、「流石に先生もこんな長い手紙出さないだろ」って思ったはずなんだよ。そもそも『こころ』って何だよ! みたいになったと思うね。
燃え殻 ずいぶん大づかみに出ちゃったな! みたいな。言われてみれば『人間失格』も相当言い切った感あるな。
大槻 『罪と罰』なんて言うも言うてみたよなあって、そっと肩に手をおきたい。
燃え殻 大文豪にそんなこと言ったらダメですよ!(笑) でも僕、3年後46歳なんですよ。46歳で「大人になれなかった」とか言ってたら、落ち込みますよ。死んだ方がいいってなるかもしれない。
大槻 僕いま51歳だけど、そんなこと言うなら本当に死んじゃうもん、そろそろ。
燃え殻 やめてください(笑)。でも過去の整理はついてくるんですか、先輩。
大槻 自分の落としどころを見つける感じですかね。決まり文句をいろいろ考えて。「めちゃくちゃだったけど、フランス映画みたいでお洒落だな」とか。アラン・ドロンみたいな気持ちになるわけです。
燃え殻 過去を肯定しようと?
大槻 うん。それでも痛い過去にとらわれたときは、指を1本自分の前に出して、一言「フューチャー!」って叫ぶんです。
燃え殻 大槻さん、大丈夫ですか(笑)。
大槻 大丈夫です。フューチャー!
燃え殻 フューチャー……。
大槻 過去じゃないだろう。未来だろう。フューチャーって。
燃え殻 その指はポイントなんですか。
大槻 ポイントです。プロレスの木村健悟のイナズマと一緒です。
燃え殻 あの、違うと思うんですが(笑)、それはいつ使ってもいいんですか?
大槻 うん、だから誰かが過去にとらわれた話を始めたときも、使えます。俺は観てないけど、「ラ・ラ・ランド」の話になると、みんなしみじみ語りだすから、今度絶対言ってやろうと思ってんの。
燃え殻 さっきからその例えよく言いますよね、観てないのに(笑)。
大槻 あ、もうひとつあります。昔「ぎんざNOW!」っていう番組があって、せんだみつおとかの「ナーウ」っていう決め台詞があったの。飲み屋とかで誰かが、過去の回想を始めたときは「ナーウ」って言ってもいいんです。それでも止まらないときは「フューチャー!」です。過去は過ぎ去り、ないんです。
燃え殻 なるほど、いいこと聞きました。
大槻 うん。そうすれば、みんなハッとなって、「つくねください」っていう話に戻りますから。
燃え殻 そこは焼き鳥屋だった(笑)。わかりました。やってみます。
大槻 燃え殻さんも、過去のことを書いたから、今「ナウ」があるので、次は「フューチャー」を書かんとですよ。
燃え殻 フューチャー!
(もえがら 作家)
(おおつき・けんぢ ミュージシャン)
波 2017年9月号より
単行本刊行時掲載
オーディオブック 燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』試し聴き(ナレーター:草尾毅)
著者プロフィール
燃え殻
モエガラ
1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+でドラマ化、『湯布院奇行』が朗読劇化(原作)、『あなたに聴かせたい歌があるんだ』がコミック化とHuluでドラマ化された(原作と脚本)。著書に長篇小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』ほか。