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未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために―

ドミニク・チェン/著

1,980円(税込)

本の仕様

発売日:2020/01/22

読み仮名 ミライヲツクルコトバワカリアエナサヲツナグタメニ
装幀 GRAPH=北川一成と吉本雅俊/装幀
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 206ページ
ISBN 978-4-10-353111-1
C-CODE 0095
ジャンル 人文・思想・宗教
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2020/01/24

ぬか床をロボットにしたらどうなる? 人気作家の執筆をライブで共に味わう方法は? 遺言を書くこの切なさは画面に現れるのか? 湧き上がる気持ちやほとばしる感情をデジタルで表現する達人――その思考と実践は、分断を「翻訳」してつなぎ、多様な人が共に在る場をつくっていく。ふくよかな未来への手引となる一冊。

著者プロフィール

ドミニク・チェン Chen,Dominique

1981年生まれ。博士(学際情報学)。NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)理事、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、2020年1月現在は早稲田大学文化構想学部准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。著書に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』(フィルムアート社)、『謎床』(晶文社、松岡正剛氏との共著)、監訳書に『ウェルビーイングの設計論』(ビー・エヌ・エヌ新社)など多数。

書評

風景とともにある知

伊藤亜紗

 子供が生まれたら、死ぬのが怖くなくなった。そう口にする人に何人も出会ったことがある。筆者自身もそうだ。出産の翌日に母子同室が許され、生まれたばかりの我が子を自分の体のとなりに横たえた。その瞬間、脳裏に浮かんだのは自分自身の葬式の鮮明なイメージだった。そして不思議なことに、底知れぬ安堵感に包まれたのである。
 子供の誕生によって自らの死が「予祝」される。本書の出発点にあるのは、この不思議な、そしてこの上なく甘美な感覚だ。父となったチェン氏は、娘の誕生とともに、自分の全存在が風景へと融けこむ感覚に襲われたと言う。そしてあらゆる言葉が喪われた。
 思うにこの風景への融けこみは、一種の記憶喪失体験だったのではないだろうか。子という次の世代にバトンが渡ることによって、世界は全く別様に見え、自分という存在をつくる原理が根本から組み変わってしまう。だからこそ、すっかり書き換わった景色のなかで、チェン氏は記憶をとりもどそうとするかのように、自らの過去を辿り直すのだ。
 フランス国籍のアジア人として東京で生まれ、在日フランス人の学校に通った記憶。パリで過ごした不安定な高校時代、哲学の授業で経験した、明確な論理構造をもとに議論を構築する安心感。アメリカの大学でデザインと芸術を学び、自分だけのスタイルを獲得するなかで確信した、世界を語る言語としての表現の力。
 だが本書は、複雑なハイブリディティを宿した一人の人間の半生をつづった単なる伝記ではない。善く生きる術を教えてくれるのが哲学書なら、本書はまさにその仲間だ。情報技術によって接続が加速すればするほど互いの分かり合えなさが増大していく時代のなかで、いかにその分裂を架橋していくか。本書は伝記でありながら、同時に言語をめぐる、人と人のインターフェイスをめぐる、きらめくようなヒントがたくさんつまった哲学書でもあるのだ。
 人は、飛行機や車を使ってこの世界を地理的に移動していくことができる。だが同時に、科学や政治、文学やアートなど世界を認識するさまざまな方法のあいだを移動していくこともできる。本書が面白いのは、この二種類の移動が連動していることだ。チェン氏が東京からパリへ、あるいはパリからロサンゼルスに移動する。するとそのたびに彼は、世界の新しい見方へと移動していく。当たり前のことだけど、どんな知も文脈によって持つ意味は異なる。知が抽象化されず、土地を、人を、風景を伴っている。本書で描かれる、そのことがまず感動的だ。
 特に私が好きなのは、終盤で描かれるモンゴルへの旅と「共在」をめぐるエピソードだ。チェン氏と妻は、モンゴルで結婚式を挙げようとする。おそらくは行き当たりばったりのこの提案に、現地の人たちが乗っかる。滞在先の家長が父親役を演じ、馬に乗って娘を娶る許可を取りに行くという儀式まで行った。
 帰り際、チェン氏は父役だった男性の兄から、「馬をあげよう」という申し出を受ける。戸惑っていると、「あげる」というのは「持って帰れ」という意味ではないと言う。「この馬はここにいて、自分たちが世話をする。だが、君たちがここを訪れるときにはいつでも乗っていい」。つまりその申し出は、物質的な贈与ではなく、記憶のなかでどこまでも継続する関係を贈る、そういった類の贈与だったのだ。
 チェン氏は、これを文化人類学者の木村大治のいう「共在感覚」と結びつける。木村は現コンゴの農耕民族ボンガンド族の調査を通じて、彼らが壁の向こうにいて顔が見えない人とも「一緒にいる」という感覚をもっていることを明らかにした。彼らは隣の家から聞こえてくる会話にも反応するし、常に一緒にいるのだから自宅から約一五〇メートル以内に住んでいる人とは会ってもあいさつをしない。
 モンゴルで贈られた馬は、まさにチェン氏夫妻が東京に帰ってからもなお、モンゴルの人々や動物、景色と「共に在る」ことを可能にしてくれるものだ。そして子を持つというのも、実は同じことだろう。どんなに物理的に離れていても、その距離を含みこんで、私たちは共に在る。

(いとう・あさ 美学者)
波 2020年2月号より
単行本刊行時掲載

目次

はじまりとおわりの時
第一章 混じり合う言葉
未知なる「領土」と向き合う
言葉の環世界
サピア=ウォーフ仮説
言語が身体化される時
翻訳の不可能性
漢字とアルファベットの混交
言語の意識と無意識の言語
自然言語のハイブリッド
第二章 デジタルなバグ、身体のバグ
ゲーム言語との出会い
文学としてのゲーム世界
「バグ」の幻惑
コンピュータの「デバッグ」
身体的な「バグ」との遭遇
吃音とともにつちかう思考
不可視の表現
第三章 世界を作る言語
詩の環世界
哲学「正反合せいはんごう」と身体の「しゅ破離はり
パリからの「強制送還」
プトトン先生との出会い
非言語の表現世界へ
第四章 環世界を表現する
世界を標本化する
世界を編集する
描かれた手でもうひとつの手を描く
「自分だけのパターン」があらわれる
それぞれの環世界言語をつくる
クリエイティブ・コモンズの運動
こどもの世界の学び方
第五章 場をデザインする
場をプログラミングする
見知らぬ人々がケアを交わす場
親しみを醸成し、持続させる場
「場を作る方法」を作る
デジタルな筆跡を辿る
生命の時間を刻む
関係のプロクロニズム
第六章 関係性の哲学
人類学者としてのベイトソン
ナヴェンの祝祭に見えるもの
自然の本質へ近づくこと
関係性の言語
機械の情報と生命の情報
フィードバックが循環する
言語的なサイボーグ
生命のプロセスへ
第七章 開かれた生命
「人工知能」と「知能増幅」の歴史
使用するテクノロジーで知能が左右される
「計算」から「縁起」へ
ありえたかもしれない生命
「野生」のシステム
開かれた進化
「個」から「共」への軌跡
共生の論理
微生物との共生
共のリアリティに向かう
第八章 対話・きょう・メタローグ
メタローグの誕生
相手の視線を自分の中に住まわせる
言葉の喪失と獲得
関係性のなかの能力
関係性の環世界を描く
非生物学的関係の環世界
きょうという形式
共話と対話
「私」の濃淡がゆらぐ
言葉の共有地コモンズを求めて
弔いと祝いがつながる
世界そのものとの共話
第九章 「共に在る」ために
遺言の執筆プロセスを記録する
遺言に学ぶこと
祈りを遺すということ
重なり合う「最期の言葉」
無言の声に聴き入る
「共に在る」という感覚
共在と共話
果てしない共有地コモンズ
終わらない贈り物
未来をつくる言葉
おわりとはじまりの時

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