ホーム > 書籍詳細:能十番―新しい能の読み方―

能十番―新しい能の読み方―

いとうせいこう/著 、ジェイ・ルービン/著

3,685円(税込)

発売日:2024/12/16

  • 書籍
  • 電子書籍あり

文学として読む。音楽として味わう。650年の古典の神髄に触れる美装本。

能とは、こんなに面白いものだったのか! 精選十曲の詞章+現代語訳+英訳+解説で650年の古典の神髄を味わい尽す。柴田元幸氏との鼎談「謡を英語にする醍醐味」、酒井雄二氏(ゴスペラーズ)との対談「世阿弥に学び、「芸人実感」で謡を考える」も収録。光悦謡本の装画&スリーブ函入、和綴の謡本を模した全頁小口袋綴造本。

目次


「謡の読者として」 いとうせいこう
「能舞台の彼方へ」 ジェイ・ルービン

その一『高砂』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その二『忠度』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その三『経政』(経正)
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その四『井筒』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その五『羽衣』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その六『邯鄲』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その七『善知鳥』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その八『藤戸』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その九『海人』(海士)
解説
詞章と現代語訳
英語訳

その十『山姥』
解説
詞章と現代語訳
英語訳

【鼎談】謡を英語にする醍醐味 柴田元幸&ジェイ・ルービン&いとうせいこう
【対談】世阿弥に学び、「芸人実感」で謡を考える 酒井雄二(ゴスペラーズ)&いとうせいこう

書誌情報

読み仮名 ノウジュウバンアタラシイノウノヨミカタ
装幀 光悦謡本(特製本)「江口」より(法政大学鴻山文庫蔵)/装幀:函、光悦謡本(色替り本)「自然居士」(法政大学鴻山文庫蔵)/装幀:表紙、仁木順平/ブックデザイン
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 A5判
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-355911-5
C-CODE 0091
ジャンル 文学・評論
定価 3,685円
電子書籍 価格 3,685円
電子書籍 配信開始日 2024/12/16

書評

能への気取りない愛情に溢れる一冊

奥泉光

 能が古典芸能、古典文学として価値あるものだとの評判は世間に流布している。日本語で書く作家たるもの、自らうなったり舞ったりはせずとも、謡曲に親しみ能楽鑑賞の眼力を涵養していて当然の空気がある。であればこそ、多くが敬して遠ざけていたりするわけだけれど、「新しい能の読み方」と副題の付された本書は、そうした評判や空気を軽々跳ね飛ばし、とにかく能は面白いのだ! とひたすらに鼓吹し、その面白さの中身を深い熱意を以て諸人に伝えるべく編まれた一冊である。
 十篇の謡曲の、原文テクストとなる詞章、いとうせいこう氏の手になる現代語訳、それをさらにジェイ・ルービン氏が英訳したものに加えて、いとう氏、ルービン氏、柴田元幸氏による鼎談、いとう氏とゴスペラーズ酒井雄二氏の対談から構成される本書は、まずは謡曲の読んでの面白さに焦点が当てられる。何より注目されるのはいとう氏の現代語訳の独自性だ。通常ならば欄外注で処理すべき事柄をことごとく文中に織り込む方法が珍しい。謡曲は古典作品からの引用が縦横に編み込まれたテクストであるが、引用の糸はすっかり解かれて提示される。

 恥づかしや亡き跡に、姿を返す夢のうち、覚むる心はいにしへに、迷ふ雨夜の物語、申さんために魂魄に、うつりかはりて来りたり。

『忠度』の、旅僧の夢中に亡霊が現れる右の場面はこう訳される。

 恥ずかしいことだ。討ち死にした場所へ帰り、あなたの夢に姿を見せている。あの世の眠りから覚めたが、心はまだいにしえの中に迷うあまり、雨夜につらつら語る源氏物語の一場面のようにお話し申し上げようと、幽霊になりかわって現れたのだが。

 引用元までが親切に明示されるのだ。あるいは原文にはないト書もしばしば書き込まれ、たとえば『邯鄲』の「シテ」盧生登場の場面では、「と、そこに唐団扇と数珠を持った男が近づいてくる」と説明が挿入されて、舞台の構成が瞭然たらしめられる。いちばん特徴的なのは掛け言葉や縁語等のレトリックの処理で、ことごとく「解きほぐす」形にされて、「ああ、こことここが掛け言葉になっているのだな」と、古文に通暁せぬ者でも一読理解できるよう徹底されている。さらには近代演劇とは異質な「声」の構造が解析的に示されたりもする。『忠度』の後半、語りの主体が曖昧になる場面で、「その存在」と云う無粋とも思える主語を導入しさえして、かたりの仕組みを整頓するあたりの手際には度肝を抜かれる。
 こうした方針は、いとう氏も対談中で自分の訳は歌詞カードのようなものだと話しているが、謡曲の魅力を伝えることにひたすら奉仕せんとする姿勢からくるものだ。実際評者は本書の現代語訳(と英訳)を参照しつつ原文を読み、するとそれが驚くほどすんなり頭に入る――というか、身に染みつくような親しさの感覚が生じて嬉しかった。そして何より強調すべきは、右のごとく読者の便宜に配慮する方針を貫きながらも、謡曲本文の持つ音楽性を最大限に活かす現代語訳になっている点である。言葉のさりげない選択に訳者の並々ならぬセンスが光り、また考え抜かれた工夫の跡が見える。
 このことはルービン氏の英訳にもそのまま云えることで、英訳はよりいっそうの熱がこもり、訳者の能楽への愛が直截に表明されている印象があって好ましい。詞章、現代語訳、英訳の、異なる「声」が折り重なることで、能の魅力が立体的に浮かびあがる仕掛けが本書の特色であるが、装丁も出色である。全頁が和綴ふうの袋綴になっていて、最初手にしたときは、ここまでやらなくても、と思ったが、何度か頁を繰るうちどんどん手に馴染んできて、親密さが濃くなる印象に驚いた。ずっと手元に置き、折にふれ触ってみたくなる一冊、制作に係った人たちの、能への気取りない愛情に溢れる一冊である。

(おくいずみ・ひかる 作家)

波 2025年2月号より
単行本刊行時掲載

イベント/書店情報

著者プロフィール

いとうせいこう

イトウ・セイコウ

1961年東京都生まれ。作家、クリエイター。早稲田大学法学部卒業後、出版社の編集を経て、音楽や舞台、テレビなどの分野でも活躍。1988年、小説『ノーライフキング』でデビュー。1999年、『ボタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞受賞。他の著書に『ワールズ・エンド・ガーデン』『解体屋外伝』『ゴドーは待たれながら』(戯曲)、『文芸漫談』(奥泉光との共著、文庫化にあたり『小説の聖典(バイブル)』と改題)、『BACK 2 BACK』(佐々木中との共著)など。2013年3月に刊行した16年ぶりの小説『想像ラジオ』は第35回野間文芸新人賞を受賞するなど大きな反響を集めた。古典芸能に造詣が深く、『曾根崎心中』の現代語訳や文楽、狂言の創作も手掛けている。能については習って11年ほど。

1941年ワシントンD.C.生まれ。ハーバード大学名誉教授、翻訳家、作家。シカゴ大学で博士課程修了ののち、ワシントン大学教授、ハーバード大学教授を歴任。芥川龍之介、夏目漱石など日本を代表する作家の翻訳多数。特に村上春樹作品の翻訳者として世界的に知られる。著書に『風俗壊乱:明治国家と文芸の検閲』『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』『村上春樹と私』、小説作品『日々の光』、編著『芥川龍之介短篇集』がある。英訳書に、夏目漱石『三四郎』『坑夫』、村上春樹『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『神の子どもたちはみな踊る』『アフターダーク』『1Q84』など。京都留学時代に、日文研で能楽研究会を主宰し、能楽について造詣が深い。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

いとうせいこう
登録
ジェイ・ルービン
登録

書籍の分類