新潮社

吉本ばなな『キッチン』刊行30周年 『キッチン』と私 思い出・エピソード大募集

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う──

あなたと『キッチン』をめぐる物語をお寄せください。
吉本ばななは、皮膚やかたちではなく、
はじめから人のこころを見ているような気がする。
糸井重里
あんなに澄んだ小説は、あとにも先にも出会ったことがない。
出てくる人みんな、一生懸命生きていて、こちらまで照らされる。
綿矢りさ
ただ生きている。
それだけの事を、こんなにも褒めてくれるのは、
この物語だけだと思う。
木村文乃

高校卒業して働き始めた時に手に取りました。土日休みの9時5時終わりの正しいOLでした。今では、あり得ないぐらい時間がたっぷりあり、休みは自転車で川べりまで走り、空を見上げ、本を読んでいました。幸せな普通の日常を過ごしていたのになんだか、空っぽで切なかった。なにか、足りなかった。そんな時の「キッチン」でした。18才の頃の自由なのに不自由な未来で頭いっぱいで行動できないもどかしい私を思うと一緒に「キッチン」がぱっと現れます。
いろんなことを思ったり、考えたりできた優雅な時間があったあの頃を愛しく思います。1日でよいから戻りたいなと。いま、どうしてこんなに忙しいのかと。実は今、毎日が充実しているのかも。
ありがとう、「キッチン」

cooper

中学の私は大きな絶望から、命を断とうと思いました。
何もかも嫌で、真夜中、涙を大量に流しながら冷たい床にしゃがみ込んでいました。
そこはキッチンで、包丁を手にして、じっと最後を感じていました。
そのとき、ふと、小学生の時に何度も読んだキッチンという本、その内容が頭をめぐりました。
結局、また読みたい衝動に駆られ、顔を洗い、自室へ本を取りに戻りました。
今でも時々、あの時を思い出します。
しょうもない思春期の戯事のように感じるかもしれませんが、本当に救われたのです。ありがとうございました。

リオナ

すきなひとがいます。
彼も、キッチンがすきで、それをきっかけに私たちはよく話すようになりました。
彼にはお付き合いをしている大切な人がいて、その人が浮気をしたこともあったけど、それを許してしまえるくらい彼はその人のことがすきでしかたがなくて、わたしはその話を彼から聞くたびに、この人をすきになってよかったと思います。
でも、いつかわたしをすきになってほしい、という気持ちが今もまだすこし残っていて、そんな日にわたしに力をくれるのもキッチンです。
わたしは、キッチンのことも彼のこともすきなままで生きていくんだろうなぁと思っています。

ゆずき

キッチンを手に取った時、私は元気を無くしていた。何をする気も起きなかったのに、なぜかこの本を読んでみようと思った。予感のようなものが私を導いたのだと思う。
寂しくキッチンで眠るみかげは、すっと心の中に入ってきて、自分と重なった。雄一からここにいていいよと言われ、えり子さんのソファで眠るみかげを思ったとき、私の縮こまっていた背中にも毛布が掛けられたような気がした。カチカチになっていた心がじんわりと溶けていくようだった。悲しくて寂しくて苦しかった私に、この本が寄り添ってくれた。そんな経験は初めてだった。
その後も、苦しいことや悲しいことはたくさん起きた。だけど、キッチンを読んだ私には、田辺家のソファがある。孤独で眠れない夜には私も眠らせてもらおうと本を開く。かけがえのない物語です。ばなな先生ありがとう。

haco

30年前「キッチン」という小説の噂を聞き本屋へ走って、見つけました。その時の情景も開いたページもはっきりと覚えています。幼い頃から本の虫だった僕にとって、ばななさんは生涯誰よりも好きな作家さんで、ばななさんのご本は大切な友達だからです。父とよく行った大好きなその大きな本屋さんは、今はもうありません。父ももういません。
例えばひとり目覚めてしまった深夜に見つめてしまった、ずっと終わりが無いように思える孤独な気持ち、闇のようなものについて誰にも言えないでいたけれど、ばななさんの「キッチン」には、そういうことがちゃんと書かれていて、今でもずーっと僕を救ってくれています。本当にどうもありがとうございます。
ばななさん、30周年おめでとうございます!これからも新作をいつもいつでも楽しみにしています。

タッキー

私の家にある「キッチン」は、第20版、1995年5月発行だ。大学に入って、バイト代で買った文庫。あの頃私は、ばななさん一色だった。2時間近くの通学路、バスの中で何度も何度も読んだ。時に優しく、時にピカリと、心を誘ってくれた。
30周年、おめでとうございます。ばななさんの新作がいつでも私の生きる意味です。

ゆか

「キッチン」発売されてすぐに読んだ。言葉が心に染み入るように入ってきてやさしい光に包まれているような、小説から初めて体験する不思議な感覚だった。
普段は人に自分の好きな本を贈らないけれど、「キッチン」は海外の友人数人に英語版をプレゼントした。
引っかかる好きな言葉が多すぎるからこれからも何度も読み返すだろう。
変色し古くなったわたしの「キッチン」、かえって愛おしい。裏切らずずっと寄り添ってくれた大切な友だち。

みき

忘れもしません。
河内小阪の駅の近くにある栗林書房でキッチンが平積みになっているのが猛烈に気になって手に取ったのは私が高校3年の時でした。
友達のまりあが、うたかた/サンクチュアリを購入し、私がキッチンを買って、みるみるその世界にのめり込んでいったあの日の事は一生忘れる事が出来ません。
透明な空気感、みかげちゃんのきっぱりした意思と登場する人々のほかほかの優しさと愛が入り混じる大好きな世界がそこにありました。
灰色の世界に色が差したのを鮮明に覚えています。
カツ丼が食べたくて身悶えするのを分かりながら読んでしまう……(笑)
今住んでいるイタリアにも持って来ていますし、11歳の娘はイタリア語版を読んでいて感慨深いです……!これからもあの世界に入ることの出来る入口として大切にします。
心から感謝しています。
ピロココ

ピロココ

「キッチン」は中学生の時に初めて読みました。その頃私はギャンブル依存の母と喧嘩ばかりの毎日でした。今思えば母にうちへ帰ってきてほしいという一心だったのですが、お互いを傷つける言葉を言い合ううちに、自分が大嫌いになっていました。そのまま20歳代前半まで人に心を開けず、とても寂しい気持ちで過ごしていました。そんな日々の中で唯一心が緩んで楽に呼吸をできたのが「キッチン」を読む時でした。孤独な夜に読むと、ざわざわしていた胸がスーッとして、いつのまにか眠っていました。それから10年以上が経ち、家族以外にも居場所ができたことで今はだいぶ心が楽になりました。それでも時々ふと小さな穴に落ちたように孤独を感じるときには、ばななさんの本を開きホッとしたり笑顔になったりお腹を空かせたりしています。これから先の人生でもたくさんお世話になると思います。いつもありがとうございます。「キッチン」30周年おめでとうございます。

mana

ふと思い出し、本棚を探したら日焼けして色あせた文庫本が出てきた。二年前、私は急に「キッチン」が読みたくなった。よくわからないが、どうしても読みたくなった。たしか中学生のころ読み、二十歳ぐらいに文庫本を購入しそれ以来、ずっと本棚にあったのに、開こうとはならなかった「キッチン」。泣きながら一気読みをして、懐かしさと同時にとっても好きな小説だと改めて思った。
時々やってくる自分の中の孤独やさみしさみたいなものを、癒したかったのかもしれない。心に爽やかな風が吹いている。生きるために食べること、このシンプルなことを思い出させてくれた。そしてまた生きる力みたいなもをもらった。ありがとうございます。これからも読み返して力をもらうだろう。

chika

  • Twitter
  • facebook
  • LINE