(文・都築響一)
新幹線が京都駅に着くと、吐き出された観光客は「京都駅」という巨大な壁をさっさとくぐり抜け、新幹線ホームの反対側=北側に広がる、だれもが知ってる京都の市街に散ってゆく。でも、京都駅の南側にはもう半分の京都が広がっている。東寺や伏見稲荷といった有名寺社をのぞけば、観光客はだれも知らない、そして(北側の)京都市民からも「駅南でしょ」と見下される、もうひとつの京都が。
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そんな「京都駅南」を縦断して走るのが近鉄京都線だ。京都駅から大和西大寺行きの電車に乗って、車窓に映る風景を眺めていると、ここがいかに「そうだ京都行こう」の京都とはちがう、もうひとつの京都であるかが実感できる。できたばかりの巨大ショッピングセンター、ワコールや京セラのオフィスビル、倉庫、国道沿いのチェーン店……。ここは「京都」というカンムリのついた、日本のどこにでもある郊外都市だ。
伏見、丹波橋、桃山御陵前といった古風な名前の駅を過ぎ、電車が宇治川を越えるころ、今度は進行方向右側に広々とした田園風景が突然、出現する。そしてその反対側には見渡すかぎりの団地群。もともと二ノ丸池と呼ばれていた場所を干拓して1970年代に造成された「向島(むかいじま)ニュータウン」だ。1999(平成11)年、小学校校庭で遊んでいた児童をナイフで刺殺した21歳の浪人生・岡村浩昌=「てるくはのる」が、警察の追っ手を逃れて団地屋上から飛び降り自殺した場所でもある。
1981(昭和56)年、大阪府枚方市に生まれたキタオカケンタは、3歳になるかならないかのころ、国道1号線で20キロ足らずしか離れていない向島ニュータウンに引っ越してきた。そしてこの場所からANARCHYというラッパーの物語が始まる。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。
1995年にラッパーとしての活動を始め、2000年にはJC、NAUGHTY、YOUNG BERY、DJ AKIOと共に「RUFF NECK」を結成し注目を集める。交流のあった名古屋アンダーグラウンドのラッパーや全国区プロデューサーへの客演をこなし、一躍大物ルーキーと呼ばれるようになる。
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2枚のシングルを経て2006年12月、1stアルバム『ROB THE WORLD』をリリース。その年を代表するラップ・アルバムとなった同作は、インディー発のファースト・アルバムとしては異例の好セールスを記録し、『ミュージック・マガジン』『Riddim』誌などで“年間ベスト・アルバム”に選出される。またANARCHY自身、カルチャー誌『Quick Japan』70号記念総力特集“ゼロ年代日本次の100人”に選出され、ヒップホップ誌 『BLAST』最終号企画“The Future 10 Of Japanese HipHop”では将来を期待できる5人に選出されたほか、カルチャー誌『High&Out』や『HARDEST MAGAZINE』などの多くの雑誌の表紙を飾った。
その後08年2月には若手ラッパーとしては異例の自伝「痛みの作文」(ポプラ社)を出版し、08年9月10日には待望の2ndアルバム『Dream and Drama』をリリース。『Custom Lowriding』『Tattoo Burst』『bounce』『Riddim』等の表紙を飾り、渋谷アップルストアでの無料ライブには過去最高の動員数を記録するなどさらなる快進撃を続けた。同作品は『ミュージック・マガジン』『Riddim』『bounce』等で2008年の“ベスト邦楽ヒップホップアルバム”に選出され、リード曲「Fate」のミュージックビデオは、スペースシャワーTV “MVA2008のベストヒップホップビデオ”を受賞。
2010年にはManhattan Recordsから発売された日本語ラップミックスCDに新曲「I Rep / Dabo, Anarchy, Kreva」を提供し、2010年“iTunesヒップホップシングルランキング”にて1位を獲得。また、R-RATED RECORDSから発売されたコンピレーションアルバム『24 HOUR KARATE SCHOOL JAPAN』収録のシングル「24 Bars To Kill / Anarchy, Rino Latina II, 漢, Maccho」は、“Amebreak AWARDS 2010” にて“BEST SONG/BEST VIDEO”3位を受賞。そして今年2011年9月、待望の3rdアルバム『Diggin’Anarchy』をリリース。