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新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

マウンティングの話

 流行の言葉や新しい言葉はあまり使わないほうなので、当然「マジ卍」などと口にしたことはありません。しかしながら、なるほどこれは便利だ、と思ってつい使う言葉も時々出てきます。私にとっては「マウンティング」というのがそれでした。簡単に言えば、相手より自分を高い位置に置こうとする行為、ということになるのでしょうが、日本語で一言で言うのはわりと難しい気がします。
 これが便利だなと思うのは、そういう感じの言動を見る機会が結構あるからかもしれません。出版業界などというものは、半可通や調子に乗りたい人がわりと多いところです。また、その中でも、自分の所属している小さなムラやサークルのようなところでのポジションをとても重視する人がいます。
 そういう人は、機会を見つけては「俺のほうが知っている」「僕のほうが正しい」と示そうとする。「マウンティング」をするわけです。はたから見ているといささか滑稽で、「そのムラで偉いからといっても世間とは関係ないのにね」などと思いますが、余計な波風を立てたくないのでなるべく黙っています。
 ただ、自分自身、そういう言動をとってしまう面もあるのかもしれません。お笑い好きとか洋楽好きの若い人と話している時に、つい「俺は生で見たことがあるぞ」とか言ってしまいます。気をつけたいと思っています。

 1月新刊『ちょいバカ戦略―意識低い系マーケティングのすすめ―』(小口覺・著)は、「マウンティング」と密接な関係がある「上から目線」の危険性を説いた異色のビジネス書です。実は多くのヒット商品は「意識高い系」の上から目線ではなく、もっと下からの目線、「意識低い系」の視点を取り入れたものだ、ということがx鮮やかに示されていきます。アップルも、ワークマンもみんな「ちょいバカ戦略」の賜物だ、というのはかなり新しい指摘だと思いました。

 他の新刊3点もご紹介します。
2019/01

大衆文化の話

 少し前にはポール・マッカートニーが来日し、最近はクイーンの映画が大ヒットし、と昔からのファンにとっては楽しい話題が続いています。ただ、昔を知る人間としてちょっと違和感を抱いてしまうのは、「みんなそんなに好きでしたっけ?」ということです。
 もちろんどちらもずっと人気はありました。しかしいわゆるインテリ受けは決して良くなかったのです。「ミュージックライフ」のようなタイプの音楽雑誌は両者にも優しい眼差しを送っていましたが、もう少し小難しいことが書いてある雑誌や評論家は基本的にこういう大衆受けのするロックには冷淡でした。代わりにもっと新しいもの、過激なもの、実験的なものを絶賛していたのです。70年代後半~80年代でいえば、明らかにパンク・ニューウェイブのほうが高く評価されていました。
 簡単にいえば、ポールもクイーンも賢い人にバカにされがちでした。
 一般受けするもの、わかりやすいもの、娯楽的要素が強いものを軽視する傾向はいまなお存在しています。小説などでも難解なものをやたらと誉める人がいます。
 でも実は、みんなわかりやすいもの、ポップなものが好きなのだ、ということをポールやクイーンの根強い人気は示しているのではないでしょうか。

 12月新刊『国家と教養』(藤原正彦・著)は、2005年に刊行され、270万部突破のベストセラーとなった『国家の品格』の続編的作品です。
 本書で藤原氏は、教養がなぜ必要なのかを丁寧に人類の歴史を踏まえながら説いていきます。国民に教養がないと、国家が滅びる、ということがよくわかります。読むと向学心がわいてきます。
 嬉しいのは「西洋の古典よりも日本の大衆文化を」といったメッセージも含まれている点でした。教養うんぬんというとどうしても「古典を読むべし」という話に落ちつきがちなのですが、藤原氏は「大衆文化は日本人の情緒や形を学ぶための最高の教材です」と述べ、マンガやアニメ、落語、講談、流行歌等々を侮ってはいけない、と説くのです。わかりやすいものをバカにしてはいけない、ということだと思います。

 他の新刊3点をご紹介します。
2018/12

会ってみたい人の話

 先日、仕事関連のある会合というかパーティのようなものに出席したら、テレビでよく見る若手女優さんが出席していらっしゃいました。たまたまかなり近くに立つことになって、ドキドキしたのですが、まったく声をかけることはできませんでした。何を言っていいのか、わからないからです。
「いつも見ています」などと見知らぬおじさんに言われても、相手にはストレスでしかないだろう。「おきれいですね」などと感想を言われても、気持ち悪いだけだろう。結局、横目でお顔を拝見するだけで満足して帰りました。
「そういえば会って話したい芸能人っているだろうか」
 帰路、そんなことを考え始めました。結論としては、仕事をお願いしたい人、インタビューしてみたい人は何人もいるけれども、単に会って雑談したいとか友達になりたいなどという相手は一人もいない、ということでした。そういう相手とフランクに話せる器を持っていないのです。

 11月新刊の『眠れぬ夜のために―1967-2018 五百余の言葉―』の著者、五木寛之さんは、長いキャリアの中で実に様々な大物と対談をなさっています。私が凄いな、と思ったのは、ミック・ジャガーとの対談の中味でした。
 おそらく五木さんはそんなにローリング・ストーンズの音楽は好みではないでしょう。相手もそのへんは承知しているはず。それでも見事に面白い会話が成立しているのです。ステージセットのコンセプトについて、五木さんが「こういうことでしょう」と言うと、ミックが「その通り!」と我が意を得たりとばかりに反応する、という調子。大抵の音楽雑誌のインタビューよりも、ミックが乗っているのがよく伝わってきます。器の大きい相手と話すには、やはり器が必要なのだなあと感じます。
『眠れぬ夜のために』は、その五木さん初の箴言集。50年以上のキャリアの著作はもちろん、雑誌での対談などから、胸に刺さる言葉を厳選しました。どこから読んでも刺激的で、まさに夜、床で読むのにピッタリの内容です。

 他の3点もご紹介します。
2018/11

岩波新書の話

 少し前に岩波書店の方から、PR誌「図書」の増刊のためのアンケートに答えてほしいという依頼を受けました。岩波新書創刊80年記念号で、各社の新書編集長に「編集長がすすめる『はじめての新書』5冊」ということで尋ねているとのことでした。
 もちろん喜んでお答えしました。岩波書店の刊行物に名前が載るなんてことは滅多にないことです。
 その記念号が先日送られてきました。カットされることもなく、私の回答もきちんと載っています。他の版元の編集長へのアンケート以外に、いろいろな筆者のすすめる3冊という企画も掲載されていました。
 ちょっとだけ悔しいのは、そんなにたくさん新潮新書の書名が挙げられていなかったことですが、しかし歴史の違いを考えれば当然でしょう。まだ新潮新書は創刊して14年ちょっと。岩波、中公、講談社あたりとは歴史が違います。
 先方がどう思っているのかは知りませんが、ライバル、あるいは商売敵であっても、こんな風に協力しあえるのはいいことだなあと思いました。もっとも、本音を言えば新刊が出るたびに自分のところが他社よりも売れることを切望しているのですが。

 そんなわけで10月の新刊4点をご紹介します。
2018/10