ホーム > 新潮新書 > 新書・今月の編集長便り

新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

空気を読む話

 国民的大ヒットとなっているアニメ、マンガについて伝えるテレビ番組などを見ていると、出て来る人のほとんどが絶賛コメントを発している気がします。
「子供につきあっているうちに夢中になった」「号泣した」等々。
 しかし身近な人に聞くと、そこまで絶賛の嵐という感じでもありません。
「子供は夢中なんだけどね」「『ゲゲゲの鬼太郎』のほうが好き」等々。
 周辺の人間が世の中とズレまくっているのかもしれません。が、一方でテレビに出ている中には、その場の空気を読んでいるだけの人もいるのではないか、という気もします。
「大ヒットという明るい話題のときに、水を差すようなことはとても言えない」
 そう考えるのが普通というものです。
「全然面白いと思えなかったっす」
 こんなことを言う人がいたら凄いと思います。でも多分、後でスタッフに「空気読んでくださいよ」と言われるのではないでしょうか。一応空気を読みながら慌てて申し上げておけば、私は大変素晴らしい作品であると思っております。

 11月新刊『空気が支配する国』(物江潤・著)は、日本人を縛る空気という名の「曖昧な掟」の正体に迫った論考です。新型コロナ禍においては、空気によって、私たちの行動は実質的に厳しく制限されました。諸外国に比べて相当ゆるい対策しか政府が取らなかったのに、国民が進んで自粛したのも、空気ゆえです。
 本書を読むと、この空気の発生過程、危険性、そしてそこから自由になる方法も見えてきます。

 他の新刊3点をご紹介します。
2020/11

パワハラの話

 20年以上前、入社して週刊誌の編集部に配属されて最初の出張先は沖縄でした。部内でも一番のベテラン記者と2人きりです。
 ある場所に行く際に、地元の方が私たちのチャーターしたタクシーに乗って、道案内をしてくださいました。その際の私の態度が悪い、と後でベテラン記者に怒られました。
「せっかく案内してくださっている人に、君は道中まったく話しかけなかった。雑談の一つもしない。なんだあれは」
 もともと私は人見知りで、初対面の人と話すのが得意ではないのですが、そんなことはその人の知ったことではありません。続けて、こう言いました。
「君はこの仕事に向いていない。辞めたほうがいい」
 冗談ではなくて真剣なトーンでした。私も週刊誌の記者に向いているとは思っていなかったので「じゃあ早く異動させてくれ」と思ったものの怖いので言えませんでした。
 新入社員に対していきなり「向いていない」「辞めろ」というのも、当時はそんなにおかしなことではなかった気がします。
 ただ、仮に言われた側が訴えたら、現代ではおそらくパワハラ認定されて「アウト」の発言とされるでしょう。
 10月新刊『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで―』(井口博・著)は、この問題について理解するのに最適な1冊です。
 著者は1000件以上のハラスメント相談を受けてきた弁護士。今年6月施行された通称「パワハラ防止法」の中味から、企業の危機管理法、管理職の心得等、パワハラに関するすべてを網羅した内容です。

 他の3点もご紹介します。
2020/10

バブルの話

 大人気の半沢直樹さんが銀行に入ったのはバブル期だとされています。このバブル期をテレビなどが扱う場合は、イメージ映像としてお札が宙に舞っていたり、扇子を持ってボディコンの女性が踊っていたり、という感じの映像が挿入されます。多分どこかでお金は舞っていて、ボディコンは浮かれていたのでしょうが、当時を知る者としては違和感もあります。少なくとも私は扇子にボディコンの人を生で見た記憶がありません。
 たしかに景気は良かったのでしょうが、そんなに誰もが浮かれていた感じもしませんでした。
 後で振り返るとどうしてもかいつまんだ話になるので、お札&ボディコンみたいなことになるのは仕方がないことです。
 お札&ボディコンは見た感じが面白いからいいのですが、要約された歴史はともすれば面白みがなくなって、無味乾燥になりがちです。『絶対に挫折しない日本史』(古市憲寿・著)で著者は、そのあたりが日本史や世界史を学ぶ際のネックになっているのでは、と指摘しています。
 何年に何が起きた、誰がどうした、という話はとても大切だけれども、もっと流れを重視したほうが歴史をつかみやすいのでは、ということです。
 実際にこの本は極端に年号や固有名詞を少なくしたうえで、新書1冊で通史をやるというかなり大胆な試みですが、日本史の流れがとてもよくわかります。歴史音痴の私だけではなく、歴史好きの人も「こんなまとめ方があるのかと感心した」と言っていました。

 他の新刊3点をご紹介します。
2020/09

「育ちがいい人」の話

 電車の中で最近よく広告を見かける書籍に『「育ちがいい人」だけが知っていること』(諏内えみ・ダイヤモンド社)があります。何となくそれを眺めているうちに、何と良いタイトルだろう、と感心する気持ちがどんどん強くなってしまいました(皮肉ではありません)。
 感心のポイントは二つ。まず「育ちがいい人」という言葉を選んだセンスです。この言葉、日常では結構見聞きするのですが、書籍などのタイトルではほとんど見たことがありません。アマゾンで調べても「感じのいい人」は出てきたものの、「育ちがいい人」は出てきませんでした。誰もが知っている言葉なのに、タイトルとして使うのは新鮮、というのは良いのです。
 もう一つが「だけが知っていること」の部分に感じられる配慮あるいは計算。「育ち」を問題にするのは、結構危ない面があります。下手をすると差別につながりかねません。仮に『「育ちがいい人」を目指そう』にすると、「育ちが悪くて悪うございましたね」と反発を招きかねません。しかし「だけが知っていること」ならばギリギリの線でオーケーではないでしょうか。それでも嫌だという方はいるでしょうが、そのくらいの毒、刺激はあったほうが良いように思います。
 こんなわけで最近もっとも感心し、悔しく思ったタイトルでした。

 8月の新刊4点のタイトルと中身をご紹介します。
2020/08