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新潮文庫メールマガジン アーカイブス

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 プロが惚れこむプロ――音楽業界には"ミュージシャンズ・ミュージシャン"という言葉がありますが、小説の世界における"ライターズ・ライター"とも言うべき作家が、このロス・トーマスです。デビュー作『冷戦交換ゲーム(The Cold War Swap)』(1966年)でいきなりMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀処女長篇賞を、『女刑事の死(Briahpatch(1984年)では同最優秀長篇賞を受賞と、二度の栄誉に輝いているトーマスは、レイモンド・チャンドラー同様に40歳を過ぎてから作家デビューを飾った遅咲きの作家。その人生経験から紡がれる予測不能の複雑な展開、傍役まで疎かにしない魅力的な人物造型は、他の追随を許しません。そんな作家が憧れる作家の魅力が詰め込まれた最高傑作が、本書『愚者の街』です。

 主人公は、生まれ落ちたときに母を亡くし、その後は父と二人で上海に渡った少年ダイ。南京路で親子は爆撃に遭い、気づくと手をつないでいた父親は、なんと腕だけになっていました。
 天涯孤独の身となってしまったところ、娼館のロシア人女性に拾われ、娼婦たちから様々な言葉や文化を学びながら生きのびて、ダイは成人します。やがて「セクション2」と呼ばれる米国秘密情報部でエージェントとしての活動に従事しますが、何者かに陥れられて投獄され、情報部からも解雇。そんなダイの出獄を待っていたのは、腐敗した南部の小さな街をさらに腐敗させ再興させるという、突拍子もない仕事の依頼でした――。
 一人の男の数奇な運命を綴った壮大なるサーガにして、壮絶なる暴力と騙し合いの狂騒曲。二度のMWA賞に輝くクライム・ノヴェルの巨匠ロス・トーマスの作品が、新潮文庫に初登場。しかも初期作品ながら最高傑作との評価も多かった著者畢生の大作を、本邦初訳でお贈りいたします。

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2023年06月15日   今月の1冊


 この秋、稲垣吾郎、新垣結衣に加え、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香といった実力派揃いの俳優たちが出演することが決定し、話題沸騰の映画「正欲」。
 朝井リョウの原作小説がこのたび文庫化され、こちらも発売して2週間足らずで2度の大規模重版が掛かっている。

 息子が不登校になった検事・啓喜。
 初めての恋に気づく女子大生・八重子。
 ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。

 ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。
 だがその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、ひどく不都合なものだった。

「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――」

 作中のこの言葉にぎくりとさせられた読者は、孤独なひとりひとりがどうやって生きていくのかという根幹問題へと深掘りされていく。
 まさに「読む前の自分には戻れない」一冊。
 間違いなく朝井リョウの最高傑作である。
 映画公開を前に是非手に取ってほしい。

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2023年06月15日   今月の1冊


「ネタバレ厳禁」

 煽り文言でよく使われる言葉ですが、本作『世界でいちばん透きとおった物語』でもオビに大きくこの文言を記載しています。それは、緻密に練られた本作最大の「仕掛け」を最大限に楽しんでいただきたいからです。

 急死したミステリ作家である実父への複雑な感情や、女性編集者に対するほのかな恋心など、主人公燈真が様々な想いを抱えながら『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルの遺稿を探す、心に染みる穏やかなミステリです。

 発売前にプルーフを読んでいただいた書店員様や、既に作品を読んでいただいた方々を中心に、早くもSNSなどで話題沸騰。小説紹介クリエイターのけんご氏からも絶賛いただいています。

「ネタバレ厳禁」の期待を裏切らない、今まで経験したことがないような読書体験になること間違いなしの本作をぜひお楽しみください。

※本作は電子での販売はなく、紙の本のみの販売となりますのでご注意ください。

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2023年05月15日   今月の1冊


 坂本龍一さんが57歳までの音楽家人生のすべてを語った『音楽は自由にする』の文庫版を刊行しました。編集がすべて終わり、印刷に着手しようかというところで、坂本さんは旅立ってしまいました。

 本書の編集担当者は文庫版の準備を始めますというご報告をする際に、はじめてお目にかかることができました。別れ際に「それじゃ、よろしくね」とかけて下さった声の響きがいつまでも耳に残っています。気のおけない仕事仲間に挨拶するようなトーンで、世界的な音楽家を目の前にした緊張がほぐれました。

 本書の装幀には楽譜と「音楽は自由にする」を意味するドイツ語がレイアウトされていますが、いずれも坂本さんの自筆によるものです。坂本さんの数多ある作品のひとつに相応しいデザインになっていると思います。

 刷り上がった文庫版を坂本さんにお届けすることは叶いませんでしたが、坂本さんの愛した「Ars longa, vita brevis」(芸術は長く、人生は短し)という言葉の通り、開けばいつでも著者の考えに触れることのできる本もまた、長く残るものです。ぜひ手にとっていただければと思います。

 57歳からご逝去の直前までが明かされた、本書の続編にあたる『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』は6月21日に刊行されます。あわせてご注目ください。

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2023年05月15日   今月の1冊


 新潮文庫では、2014年に「新潮ことばの扉」というシリーズを立ち上げ、『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』を第一作目として刊行しました。その後も、『新潮ことばの扉 教科書で出会った名句・名歌三〇〇』『新潮ことばの扉 教科書で出会った古文・漢文一〇〇』と続き、今回シリーズ最終巻となる『新潮ことばの扉 教科書で出会った名作小説一〇〇』が完成しました。

こころ」「山月記」「走れメロス」「ごんぎつね」など、1950年代から2010年代までの小学校・中学校・高校の国語教科書に収録された作品のなかから100作を選び、冒頭の400字ほどを掲載しています。書き出しを読むだけでも作品の手ざわりや教室で読んだときの気持ちが思った以上に蘇ってくるのが不思議です。学生の頃に触れた物語はそれだけ心の奥深くに根付いているのだと感じます。

 また、早稲田大学教育学部教授・近代日本文学の研究者である石原千秋氏が全作について「読みのポイント」を執筆。作品のテーマや背景、時代の移り変わりによる読まれ方の変化などについて解説していただきました。「波」4月号では元国語教師の岡崎武志氏が「これが読解を手助けするとともに、現代に生きる作品として読み直しを図っている点が素晴らしい」と絶賛なさっています。

 かつて学生だった方はもちろん、小中学生の朝の読書や、感想文の本選びにも最適な一冊。今こそ読んでおきたい教養と感動の100作にぜひ出会ってください。

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2023年04月17日   今月の1冊