
細雪〔中〕
693円(税込)
発売日:1955/11/01
読み仮名 | ササメユキ2 |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
ISBN | 978-4-10-100513-3 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | た-1-10 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 693円 |
電子書籍 価格 | 693円 |
電子書籍 配信開始日 | 2013/02/01 |
時の流れの中であでやかに変転する四つの人生。
コラム 映画になった新潮文庫
今回は映画になった文庫本、『細雪』全三巻をところどころ拾い読みしているだけで全部は読めていません。すみません! 本当の意味でのテキストは春日太一さんの新潮新書『市川崑と「犬神家の一族」』で、この本をゲームの攻略本のように脇へ置いて、市川崑監督の『細雪』(83年)をうっとり観ました。
拾い読みしただけの私でも分ることがあって、映画版はあの長篇小説を上手く改変しています。何年も続く物語を昭和十三年一年間の設定にして、大阪船場の名家蒔岡家の三女・雪子が見合いして、断って、また見合いして断って(四回お見合いします)、合間に四季折々の風景が写り、最後に雪子の結婚が決まって、長女・鶴子が東京へ引っ越し、次女・幸子の旦那さんが独り酒を呑みながら涙を浮かべる――百四十分の映画なのに、ただそれだけの話です。有名な神戸の洪水も、美味しそうな鯛の刺身も出てきません。でも、すごく面白い!
四姉妹は上から岸惠子さん、佐久間良子さん、吉永小百合さん、古手川祐子さん。岸さんの旦那さんが伊丹十三さん、佐久間さんのご主人が石坂浩二さん、二人とも婿養子で、誇り高い女たちの旧家を守ってやろうと頑張っています。岸さん伊丹さん夫婦は船場に住んでいて、佐久間さん石坂さん夫婦と吉永さん古手川さんは四人一緒に芦屋の家で暮している。
吉永さんは電話も取れないような箱入りで世間知らずのお嬢さまで(一方古手川さんは奔放な末っ子)、何を考えているかよく分らないのですが、自分の美しさに寄ってくる男性が多いことは自覚しているようです。義兄の石坂さんも吉永さんに惹かれていて、妻の佐久間さんはそれを察してるけど、吉永さんは微笑んでいるだけです。
お見合いへ出かける阪急電車の中で、若い兵隊さんが自分を見詰めているのに気づいた吉永さんが魅力的に彼へ微笑みかけ、どぎまぎする彼にさらに美しく微笑みかけ続ける場面があります。隣の佐久間さんも石坂さんも二人の様子に気づいておらず、物語に関係のないこの数秒のカットは妙に胸へ残ります。凄い〈魔性の女〉ぶり!
春日さんの本でも吉永さんの使い方は細かく分析され、激賞されていて、「魔性が作り出されて」、「新たな魅力を引き出した」。
ついに吉永さんが結婚し、岸さんは伊丹さんの転勤で上京、古手川さんは恋人と暮し始め、戦争色も濃くなって、一家はバラバラになり時代が大きく変わっていく。そこで石坂さんは酒を呑んで泣くのです。
この場面だけは監督夫人の脚本家和田夏十さんが書いたそうです。当時和田さんは重い病気で、映画の完成前に亡くなりました。料理屋の白石加代子さんは石坂さんが女に振られて泣いていると思って、「あんたまだ若いんだから気にしなさんな」と言います。あれは死を悟った和田さんから夫へのメッセージだ、というのが春日さんの解釈。そう思うとあの涙に、秘めた恋や一つの時代への惜別というだけではない、複雑な重みが感じられます。この映画がいかに丁寧に、どんな思いと技術で作られたか、春日さんの本を覗いてみて下さい。あっ。綺麗な着物と、それを纏った女優さんたちの色気や所作の優雅さに触れる余裕がなくなりました。
(はら・みきえ 女優)
波 2016年4月号より
担当編集者のひとこと
ずっと読んだふりをしてきた『細雪』をついに読みました。ものすごく莫迦みたいなことを言いますが、これがむちゃくちゃ面白かった。花見や蛍狩りや洪水などの場面の素晴らしさ。「〜が、」で順接にも逆接にも繋げていく文章の見事さ。上巻で三女・雪子、中巻で四女・妙子を中心に描いた後、下巻で両者の線を綯い交ぜにして盛り上げていく物語作者としての勁さ。ひゃー。
谷崎は『細雪』について、阪神間に住む上流階級の人々の倫理に悖るような噂話を作品に活かしたかったのに、当局の目を懼れて、その方面に筆を及ぼせなかった、と後年告白しています。
けれど例えば、下巻で妙子が赤痢に罹ったのを見舞う次女・幸子の視点で、そのあたりを匂わせもします。「日頃の不品行な行為の結果が(中略)一種の暗い、淫猥とも云えば云える」とか「どんよりと底濁りのした、たるんだ顔の皮膚は、花柳病か何かの病毒が潜んでいるような」とか「奥畑(妙子の男友達)が慢性の淋疾に罹っていると云う話」とか、病んでいる若い女をしゃぶりつくすように言葉を費やす迫力は生々しく、病を描かせると光り輝く谷崎らしい一節。雪子の顔の染みや末尾の下痢も有名ですね。
物語は昭和十六年春に終ります。しかし谷崎が書き終わったのは戦後になってから、つまり阪神間が空襲に遭い、安定した階級も、さまざまな文化風俗も滅び去ってからです。しかし四姉妹は無事な気がする。まさかそんな筈はないのに、ここには人生のすべてがある、と口走りたくなる傑作でした。そんなこと、ご存じですよね……。(出版部・K)
2021/02/26
著者プロフィール
谷崎潤一郎
タニザキ・ジュンイチロウ
(1886-1965)東京・日本橋生れ。東大国文科中退。在学中より創作を始め、同人雑誌「新思潮」(第二次)を創刊。同誌に発表した「刺青」などの作品が高く評価され作家に。当初は西欧的なスタイルを好んだが、関東大震災を機に関西へ移り住んだこともあって、次第に純日本的なものへの指向を強め、伝統的な日本語による美しい文体を確立するに至る。1949(昭和24)年、文化勲章受章。主な作品に『痴人の愛』『春琴抄』『卍』『細雪』『陰翳礼讃』など。