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張込み 傑作短編集〔五〕

松本清張/著

880円(税込)

発売日:1965/12/17

  • 文庫
  • 電子書籍あり

推理小説の第1集。殺人犯を張込み中の刑事の眼に映った平凡な主婦の秘められた過去と、刑事の主婦に対する思いやりを描いて、著者の推理小説の出発点と目される「張込み」。判決が確定した者に対しては、後に不利な事実が出ても裁判のやり直しはしない“一事不再理”という刑法の条文にヒントを得た「一年半待て」。ほかに「声」「鬼畜」「カルネアデスの舟板」など、全8編を収録する。

  • テレビ化
    松本清張 二夜連続ドラマスペシャル 第一夜「顔」(2024年1月放映)
  • テレビ化
    ドラマスペシャル 松本清張「鬼畜」(2017年12月放映)
  • テレビ化
    松本清張二夜連続ドラマスペシャル〈第一夜〉『地方紙を買う女 ~作家・杉本隆治の推理』(2016年3月放映)
  • テレビ化
    一年半待て(2010年12月放映)
  • テレビ化
    松本清張ドラマスペシャル『顔』(2009年12月放映)
目次
張込み


地方紙を買う女
鬼畜
一年半待て
投影
カルネアデスの舟板
解説 平野謙

書誌情報

読み仮名 ハリコミケッサクタンペンシュウ05
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 464ページ
ISBN 978-4-10-110906-0
C-CODE 0193
整理番号 ま-1-6
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 880円
電子書籍 価格 880円
電子書籍 配信開始日 2008/05/01

書評

本の中で生きる武蔵野

本橋信宏

 武蔵野の存在を知ったのは、松本清張の『高校殺人事件』(カッパ・ノベルス版)だった。
 1969年春、中学1年生の私はちょっと背伸びしようと、高校生が登場する学園推理小説を手にしたのだった。
 大発見があった。
 小説の舞台は、調布・府中あたりの武蔵野台地だった。社会科の地図帳を開くと、なんと、わが所沢市も武蔵野台地の中央に位置するではないか。普段見飽きた景色がとたんに水彩画になった。
 以降、武蔵野台地の特徴である雑木林が私の心象風景となった。
 清張作品には武蔵野がよく登場する。九州・福岡から朝日新聞東京本社への転勤で上京し、専業作家になったのが46歳、遅咲きのデビューだった。九州から引っ越した先が上石神井周辺だったために、練馬・杉並の武蔵野がよく出て来る。
 雑木林と畑が平行し、狭山茶の茶垣が縁取る景色がよほど気に入ったのだろう。
 短編「地方紙を買う女」(新潮文庫『張込み 傑作短編集〔五〕』収録)も武蔵野が描かれる。

松本清張『張込み 傑作短編集〔五〕』書影

「杉本隆治は、頭を振って机を離れて、散歩に出かけた。いつも歩きなれた道で、このあたりは武蔵野の名残りがある。葉を落とした雑木林の向こうには、J池の水が冬の陽に、ちかちかと光っていた」
 杉本隆治は作家で、ある事件に巻き込まれる。清張のタイトルの付け方が本作でも光っている。こけおどしの語句を使うことなく、題名からミステリーがだだ漏れしているではないか。
 清張の武蔵野モノと共に国木田独歩「武蔵野」も読んだ。

国木田独歩『武蔵野』書影

 私が持っている改版前の文庫本では画家・難波淳郎が描く雑木林と民家の淡い水彩画が、武蔵野のイメージをうまく表現している。
「林は実に今の武蔵野の特色といってもい」(「武蔵野」より)
 春夏秋冬を通して木々が紅葉し、落葉、新緑萌え出ずる変化に、独歩は感動をおぼえる。
 その光景の妙は、他の地方では見られない武蔵野特有のものだと書いている。
 雑木林と畑、民家が織りなす平和な景色は、独歩が描いた明治三十年代から武蔵野の特長でもあった。
 大岡昇平『武蔵野夫人』は高校生のときに読んだ。

大岡昇平『武蔵野夫人』書影

 これも私が所有しているカバーが変わる前の文庫本は、不倫がテーマの大人の作品ながら、堀文子が描くススキノをイメージした水彩画である。
 私が歓喜したのは、文中に「武蔵野夫人」小説地図という一ページの絵地図が載っていることだった。
 小説の舞台になった武蔵野を紹介したもので、素朴な絵柄の丘陵が描かれ、「将軍塚」と記されている。
 新田義貞の鎌倉攻めのときに、自軍の旗を立てた地点、という歴史的遺跡を記録するために建てられた石碑である。
 地元の人間なら誰もが知る将軍塚だ。
 石碑の建つ丘陵は、その昔、八州が見渡せたことから八国山とよばれてきた。
 スタジオジブリ「となりのトトロ」(宮崎駿監督作品)に登場する七国山のモデル地といわれる。
「となりのトトロ」で七国山が出てきたときの驚きといったら。
『武蔵野夫人』は映画化(1951年・東宝)され、主演の人妻役を田中絹代が演じている。
 スクリーンには、雑木林がしばしば登場するのだが、どうも違和感が残った。
 武蔵野台地というよりも軽井沢風なのだ。
 武蔵野の魅力は、すべて自然が仕切っているのではなく、畑や防風林、茶垣といった人の手も加えられた、渾然としたところにあるのだ。
 武蔵野(台地)とよばれる舞台に私は暮らしてきた。
 中学校の校舎の窓から授業中に視線を向けたとき、丘陵が横たわる景色は八国山と久米の山だった。このまま時間よ、止まれ、と何度思ったことか。
 雑木林がそうさせるのか、武蔵野は朝靄、夕靄がよく漂う。
 中学校の通学路には雑木林が両側に存在し、湿気の多い夕方になると夕靄が発生して、幻想的な光景になった。
 いまでは大分、変わってしまった武蔵野の風景だが、文庫には雑木林が厳然として生き残っている。

(もとはし・のぶひろ 作家)

波 2026年6月号より

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著者プロフィール

松本清張

マツモト・セイチョウ

(1909-1992)福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)生れ。給仕、印刷工など種々の職を経て朝日新聞西部本社に入社。41歳で懸賞小説に応募、入選した『西郷札』が直木賞候補となり、1953(昭和28)年、『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞。1958年の『点と線』は推理小説界に“社会派”の新風を生む。生涯を通じて旺盛な創作活動を展開し、その守備範囲は古代から現代まで多岐に亘った。

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