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新潮ことばの扉 教科書で出会った名作小説一〇〇

石原千秋/編著

649円(税込)

発売日:2023/03/29

  • 文庫

こころ、走れメロス、山月記、ごんぎつね。永遠の名作を読み直そう。全作「読みのポイント」つき!

「私(わたくし)はその人を常に先生と呼んでいた。」「メロスは激怒した。」「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」国語の教科書で出会った名作は、心の奥深くに息づいています。書き出しを読めばそのリズムが蘇り、教室で感じた驚きや感動をふたたび味わうことができるでしょう。100作すべてに「読みのポイント」を添え、文学を深く、豊かに楽しめるガイドブックに。朝の読書や読書感想文の本選びにも最適です。

目次
[教科書採録度]★★★★★
山月記 中島 敦
羅生門 芥川龍之介
こころ 夏目漱石
舞姫 森 鴎外
走れメロス 太宰 治
故郷 魯迅 藤井省三 訳
ごんぎつね 新美南吉
たけくらべ 樋口一葉
山椒大夫 森 鴎外
富嶽百景 太宰 治
トロッコ 芥川龍之介
あいびき ツルゲーネフ 二葉亭四迷 訳
三四郎 夏目漱石
屋根の上のサワン 井伏鱒二
武蔵野 国木田独歩
大造じいさんとガン 椋 鳩十
最後の授業 ドーデ 南本 史 訳
[教科書採録度]★★★★
おおきなかぶ A・トルストイ 再話 内田莉莎子 訳
檸檬 梶井基次郎
吾輩は猫である 夏目漱石
坊っちゃん 夏目漱石
山椒魚 井伏鱒二
伊豆の踊子 川端康成
鼻 芥川龍之介
生れ出づる悩み 有島武郎
一つの花 今西祐行
高瀬舟 森 鴎外
黒い雨 井伏鱒二
少年の日の思い出 ヘルマン・ヘッセ 高橋健二 訳
赤い繭 安部公房
寒山拾得 森 鴎外
俘虜記 大岡昇平
夜明け前 島崎藤村
セメント樽の中の手紙 葉山嘉樹
蠅 横光利一
信号 ガルシン 神西 清 訳
[教科書採録度]★★★
それから 夏目漱石
レ・ミゼラブル ユゴー 佐藤 朔 訳
杜子春 芥川龍之介
川とノリオ いぬいとみこ
春の日のかげり 島尾敏雄
花いっぱいになぁれ 松谷みよ子
野火 大岡昇平
津軽 太宰 治
注文の多い料理店 宮沢賢治
夏の花 原 民喜
浄瑠璃寺の春 堀 辰雄
オツベルと象 宮沢賢治
はだかの王さま アンデルセン 矢崎源九郎 訳
五重塔 幸田露伴
ナイン 井上ひさし
沈黙 遠藤周作
なめとこ山の熊 宮沢賢治
浦島太郎 作者不詳
最後のひと葉 O・ヘンリー 小川高義 訳
つり橋わたれ 長崎源之助
バッタと鈴虫 川端康成
モチモチの木 斎藤隆介
浮雲 二葉亭四迷
ジュール伯父さん モーパッサン 高山鉄男 訳
一房の葡萄 有島武郎
旅愁 横光利一
[教科書採録度]★★
兄弟 山本有三
帰郷 大佛次郎
闇の絵巻 梶井基次郎
忘れえぬ人々 国木田独歩
くるみ割り 永井龍男
赤いろうそく 新美南吉
最後の一句 森 鴎外
鞄 安部公房
金色夜叉 尾崎紅葉
城のある町にて 梶井基次郎
ひばりの子 庄野潤三
くじらぐも 中川李枝子
辛夷の花 堀 辰雄
投網 井上 靖
田舎教師 田山花袋
前身 石川 淳
スーホの白い馬 大塚勇三 再話
恩讐の彼方に 菊池 寛
とんかつ 三浦哲郎
アルプスの少女ハイジ ヨハンナ・シュピリ 遠山明子 訳
自転車 阿部 昭
ヒロシマの歌 今西祐行
[教科書採録度]★
石段 三浦哲郎
高野聖 泉 鏡花
岳物語 椎名 誠
パニック 開高 健
雨傘 川端康成
神馬 竹西寛子
火垂るの墓 野坂昭如
洟をたらした神 吉野せい
みどりのゆび 吉本ばなな
岩尾根にて 北 杜夫
少年 北 杜夫
キャラメル工場から 佐多稲子
戦争と平和 トルストイ 工藤精一郎 訳
花の精 上林 暁
プラネタリウム 干刈あがた
星の王子さま サン=テグジュペリ 河野万里子 訳
編著者の言葉 石原千秋

書誌情報

読み仮名 シンチョウコトバノトビラキョウカショデデアッタメイサクショウセツヒャク
シリーズ名 新潮文庫
装幀 平野甲賀/カバー装幀
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-127454-6
C-CODE 0192
整理番号 し-24-4
ジャンル 評論・文学研究
定価 649円

書評

開かれるのを待つ100の扉

岡崎武志

 およそ五十年も前の話、高校へ入学して、新しい教室で新しい「現代国語」の教科書を開いた時の喜びは今でも覚えている。まずはインクの匂い。そして選ばれた文学作品の佳什たち。最初に登場するのは堀田善衞「インドで考えたこと」であった。アクロバティックな言語表現の多彩さに魅せられた。「国語」の教科書はそうして、詩、小説、随筆、評論など、若き日に触れるべきアンソロジーであり、その後、多読の季節への水先案内人ともなった。私は「国語」の教科書が大好きだった。
 2018年の新学習指導要領の告示は話題となり、私も大いに驚いた。「現代文」を含む従来の「国語総合」が実用的文章を扱う「現代の国語」と近代以降の文学と古典を扱う「言語文化」に再編成された。社会に役立つ国語力を養うため、というが企画書や契約書の書き方を教える「現代の国語」など、私には冗談のように思えたのである。文科省の言い分から透けて見えるのは文学の軽視にほかならない。国語教師として七年、教壇に立った私の実感で言えば、高校時代に文学に触れなければ、その後ほとんど彼、彼女たちは小説や詩を読まずに一生を終えてしまう。「走れメロス」が友情を扱い、「永訣の朝」が妹の死に慟哭し、「こころ」が異様に暗い話だと知っているのは、教科書で多少なりとも一度は触れて、何かを感じたからだろう。
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名作小説一〇〇』は、文学軽視の風潮におくと、花畑のように見える。顔を近づけると、いい匂いさえしそうだ。「1950年代から2010年代までの、小学校、中学校、高等学校の国語教科書に収録された小説の中から一〇〇作品」を選び、教科書採択度を★五段階で分類し順に掲載している。たとえば五つ星を飾るのは中島敦山月記」、芥川龍之介羅生門」、夏目漱石「こころ」、森鴎外舞姫」、太宰治「走れメロス」等々。たしかにこれらと接しないまま小・中・高を潜り抜けた人はいないはず。国語教師側から言えば、これら定番の名作は幾度となく教えることから教材研究の手間が省ける。しかも授業内容の密度は増し、進化していくのだ。梶井基次郎は星四つから二つまでに「檸檬」を始め、「闇の絵巻」「城のある町にて」と三作を採録。私も教科書の「檸檬」が入口で、全集を買うまでになった。上林暁「花の精」は星一つだが、近年のセンター入試で試験問題となったからあなどれない。目移りするラインナップである。
 また、全作の抜粋について、石原千秋が「読みのポイント」を付す。これが読解を手助けするとともに、現代に生きる作品として読み直しを図っている点が素晴らしい。自尊心のやり場を失い孤独の末に虎となった李徴のことが「自分には大きすぎる自尊心をもてあました生徒たち」には「『わかる』のだろう」とコメントする。この若さのカタルシスを、文学以外の文章表現(企画書や契約書)で伝えようとしたら大変なことになる。「走れメロス」を教訓に回収せず、「この小説を文学として楽しむなら、メロスを深く疑うことが求められる。だから、結末が美しい」という「読み」も深い所まで錘が降りている。
 現行の教育制度ではありえないだろうが、私が国語教師時代、教科書に載っていようがいまいが、必ず柳田國男の「清光館哀史」を教材に取り上げる同僚の先輩がいた。朗読しながら「どうや、美しいやろ」と言って涙ぐむのであった。素晴らしい授業であるし、教わった生徒たちは訳がわからぬままに心に残っただろうと思う。なお、筑摩書房の「現代文」には「清光館哀史」が採択されていた。
 くり返し、教材とする定番もあれば、★五つの定番でありながら、「1986年を境に国語教科書から一斉に姿を消した曰く付きの教材」があるという。ちょっとミステリめいているが、「読みのポイント」を読んで納得。そういう事情が隠されているとは気づきもしなかった。「そういう」の中身は読んでのお楽しみとしたい。
 個人的には、短篇の名手だった三浦哲郎の「とんかつ」が★二つながら名を連ねているのがうれしい。北陸の城下町の宿に、和装の中年女性と少年が予約なしで二夜の宿泊を依頼してくる。近くに自殺の名所があるので、宿の人は気を揉むが……という話。読者も心配するなか、物語は一挙に微笑ましい母子の愛情へと清らかな水が流れるように動いていく。「読みのポイント」では「適度な省略の美学があってこその短篇なのである」と要所をきっちりと攻める。私に言わせれば、これは読後、どうしても「とんかつ」が食べたくなる作品だ、ということ。言葉の力は人の心や舌までを動かす。引用されるのはわずか一ページ分ながら、どの「ことばの扉」も読者が開けてその先へ進むのを待っている。

(おかざき・たけし 書評家)
波 2023年4月号より

著者プロフィール

石原千秋

イシハラ・チアキ

1955(昭和30)年生れ。成城大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程中退。早稲田大学教育学部教授。日本近代文学専攻。現代思想を武器に文学テキストを分析、時代状況ともリンクさせた“読み”を提出し注目される。著書に『学生と読む「三四郎」』『秘伝 大学受験の国語力』『名作の書き出し』『読者はどこにいるのか』『漱石と日本の近代』など。

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