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大森署署長・竜崎伸也、今度の相手は「要人誘拐」そして「縄張り」――。

  • テレビ化隠蔽捜査(2014年1月放映)

宰領―隠蔽捜査5―

今野敏/著

1,760円(税込)

本の仕様

発売日:2013/06/28

読み仮名 サイリョウインペイソウサ05
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 335ページ
ISBN 978-4-10-300256-7
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 1,760円

大森署管内で国会議員が失踪した。やがて発見された運転手の遺体、犯人と名乗る男からの脅迫電話。舞台は横須賀へ移り、警視庁の“宿敵”神奈川県警との合同捜査を竜崎が指揮することに。県警との確執、迷走する捜査、そして家庭でも予期せぬトラブルが……全ての成否は竜崎の決断が握る! 白熱度沸点の超人気シリーズ最新長篇。

著者プロフィール

今野敏 コンノ・ビン

1955(昭和30)年北海道生れ。上智大学在学中の1978年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆に専念する。2006(平成18)年、『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞を、2008年、『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を受賞する。2017年、「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。さまざまなタイプのエンターテインメントを手がけているが、警察小説の書き手としての評価も高い。『イコン』『リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』『同期』『サーベル警視庁』『回帰 警視庁強行犯係・樋口顕』『棲月 隠蔽捜査7』『任侠浴場』『エムエス 継続捜査ゼミ2』など著書多数。

書評

《常識》と《事件》の中で

西上心太

 なんとなく取っつきにくい人だなあと思っていても、胸襟を開いてみれば少しもそんなことはなく、親しくつき合うようになったという経験は誰でもお持ちだろう。もっとも逆のことも多いけれど。
 小説のキャラクターにも同じことがいえる。今野敏『隠蔽捜査』で登場した竜崎伸也警視長もそういう人物だった。彼の場合は取っつきにくいというよりも、嫌な奴というのが第一印象だった。なにしろ筋金入りのエリート主義者で、東大以外は大学ではないというのだ。実際に息子の邦彦が有名私立大学に合格しても、浪人を勧めるくらいなのであるから。それというのも各省庁とも東大と京大以外の大学は認めていないからだという。他の大学卒では国家公務員Ⅰ種試験に合格しても、人気省庁からは相手にされず、入省したとしても官僚としての出世は頭打ちになる。それが現実である以上、東大を目指すべきだ……。それが高級官僚でもある竜崎の現状認識なのである。
 しかし竜崎にはその先がある。竜崎にとってエリートとして出世することは目的ではなく手段なのだ。国や組織をよりよくするためには、出世することで得られる権力や権利が必要であるという考えが根底にあるのだ。Noblesse Obligeという言葉がある。金持ちや身分の高い者は、そうでない人々を助けなければならないということを意味する。竜崎は身をもってこの言葉を実行しようと努めており、一命を擲っても国家の治安を守ることが自分の使命であると公言してもいるのだ。
『隠蔽捜査』で竜崎は、警察庁長官に直接仕える長官官房の総務課長という重職にあった。世間を騒がせた連続殺人事件捜査の途中に、警察に都合の悪い事実を隠蔽しようと、上層部が現場に圧力をかけた。それに対して竜崎は真っ向から反対し、上層部の思惑をひっくり返してしまう。ところが同じ時期に、息子の邦彦が法に反する行いをしていたことが判明する。竜崎はもみ消すこともできたが、息子を自首させる。こうして事件は解決し、警察組織の体面は守られたが、竜崎は上層部への反抗と息子の不祥事によって大森警察署の署長へと左遷されてしまうのだ。
 物語を読み進めた読者は、誰が相手だろうと原理原則を貫く胆力を持った人物として竜崎を認識し、すっかり彼の虜になってしまったのである。さらに警察の中の高級官僚というキャラクターを、これほど立体的かつ魅力的に描いた作家はこれまで一人としていなかった。この作品が発表されるや、大きな話題を呼んだのも当然といっていい。
 このような経緯で、ただの一署長になった竜崎が初めて現場の責任者として事件にあたるのが『果断―隠蔽捜査2―』である。管内で起きた立てこもり事件において陣頭指揮に立った竜崎は、強行突入を命じる。人質は救出されたが犯人は射殺。ところが犯人が持っていた拳銃は空だったことが分かり、マスコミや人権派のグループが騒ぎ出す。警察上層部は竜崎をスケープゴートにして事態を収拾しようとする。
 若手のキャリアならいざ知らず、ベテランの部類に入るキャリアが署長に来たのであるから、大森署の幹部たちは浮き足立つ。ところが大事件を通して、竜崎の合理性や果断な判断力を目の当たりにした彼らはすっかり認識をあらため、新署長のために一丸となって新たな事実をつかみ取るのだ。一方で竜崎も現場と交わったことや再び襲った家庭のピンチを通して、価値観の幅を広げ人間的な成長を遂げたのである。
疑心―隠蔽捜査3―』では、さらに竜崎の人間味が露わにされる。大森署に派遣された警視庁の美貌女性キャリアに異性としての魅力を感じてしまい、大いに動揺するのである。そして竜崎の幼なじみであり、良き理解者である警視庁刑事部長伊丹俊太郎の視点から描かれるスピンオフ作品集『初陣―隠蔽捜査3.5―』、外務官僚のあいつぐ変死事件でまたも警察組織が大揺れとなる『転迷―隠蔽捜査4―』を経て、待望の新作が登場した。
 元キャリア警察官だった秘書から、衆議院議員牛丸真造が国元から羽田空港に到着後、行方が分らなくなったという連絡が、伊丹の元にあった。牛丸は以前にも姿を消したことがあり、警察に依頼した後にひょっこりと姿を現わし恥をかいたことがあるという。そんな事情もあるので、伊丹は竜崎に対し形だけでも動いてくれと依頼したのだ。ところが竜崎は最悪のことを考え、マスコミの目を避けながら万全の態勢を準備する。その矢先に牛丸が乗っていた車と運転手の死体が発見された。そして警察に誘拐犯から電話がかかってきたのだ。こうして国会議員の気まぐれと思われた一件が、殺人と誘拐という大事件に変貌していく。やがて誘拐犯は神奈川県内から電話をかけていたことが判明。竜崎は横須賀署に設けられた前線本部に副本部長として詰めるよう要請される。一方、息子の邦彦は三度目の東大受験に挑んでいたが……。
 警視庁と神奈川県警が仲が悪いというのは《常識》である。その渦中に竜崎が放り込まれるのだ。功名争い、県警上層部との軋轢。効率的な捜査を阻害する要因となる、竜崎がもっとも嫌う事態が出来する。竜崎の意識が浸透した大森署を離れ、アウェーという立場で、竜崎はどのように難題をさばいていくのか。竜崎の宰領としての立場が問われる本書一番の読みどころである。竜崎が解決の矢面に立つ大事件と、彼の家庭で起きるアクシデント。公と私の二つの難題が同時進行していくのがこのシリーズの黄金パターンだ。息子の人生を決めかねない受験。そして人質の命がかかった事件。
 魅力的な主人公とまた出会えた幸せを噛みしめながら、二つの《事件》の顛末を楽しんで欲しい。

(にしがみ・しんた 書評家)
波 2013年7月号より

インタビュー/対談/エッセイ

変らぬ男

今野敏

 竜崎伸也という男は、どこで誰と何をしても、変らずに竜崎伸也である。今回、隠蔽捜査シリーズの5作目の長篇『宰領』を書き終えて、改めてそのことを僕自身が感じています。
 宰領とは、監督する、統治するといった意味の言葉です。今度の作品では企画の段階で、竜崎が署長を務める大森署から距離的に近く、警視庁にライバル意識を抱いている神奈川県警を題材にするアイデアが浮かびました。竜崎が、いわば“アウェー”の神奈川県警に乗り込んでいったらどうなるのか。そこでどこまで自分の力を発揮して、捜査を指揮することができるのか。そんな話を書いてみようと思いました。
 竜崎はすべて理詰めで動いているように見えて、実は人たらしのところもあるんです。これまでの作品の中でも、最初は反発していた人間がやがて竜崎に共感して従うようになるという展開がありましたが、神奈川県警との合同捜査の中で竜崎がどのように命令を下し、県警の捜査員たちはそれにどう対応するのか。そこが読みどころの一つになっています。
 警視庁と神奈川県警の間の確執は、オウム真理教が起こした坂本弁護士殺害事件の際などに表面化して問題になりました。ただ、現実に合同捜査を進めるとしたら、お互い反目し合うだけというのも不自然な話ですからね。両者のやり取りのさじ加減は、ギリギリの緊張関係を出せるように注意を払ったつもりです。
 もう一つ、今回の作品で題材にしたのは誘拐です。ご存じの通り、昨今は金銭目的の営利誘拐の成功率は極めて低くなっています。その理由としては、警察側がSITなどの特殊捜査班を設置するようになったことも大きいと思いますが、リスクが高い分、する方もされる方も強いストレスにさらされるのが今の誘拐です。ですから、小説で描くのも難しかったのですが、敢えてチャレンジしてみました。果たしてどんな誘拐なのか、それは読んでのお楽しみです。
 捜査を進めるにあたって、竜崎が自ら真っ先に現場に乗り込んでいくという場面も出てきます。署長室から動かないイメージの強い竜崎ですが(笑)、今回は現場で何を考えて行動するかを描いてみました。かなり推理も働かせますし、捜査員・竜崎という色合いがこれまで以上に出ていると思います。ただ、冒頭で申し上げた通り、竜崎はどこに行っても竜崎なんです(笑)。
 幼馴染で盟友ともいうべき警視庁の伊丹刑事部長は、今回も重要な役回りになります。伊丹が自ら指揮本部に乗り込んで来ますので、竜崎は捜査の指揮権は伊丹に委ねます。その中で、警察組織としてのあるべき方向性を考えて発言する伊丹と、もっと大きな観点から原理原則を貫こうとする竜崎との間で衝突が起るんです。ただ、何と言っても伊丹は部長ですからね。組織としては、部長に逆らった竜崎が悪いことになる。でも、この2人なので、もちろん処分などという話にはならず、伊丹が竜崎に謝罪を要求して終わりますが、その要求の仕方に二人の間柄がよく表われていると思います。
 竜崎の家族、特に“問題児”だった息子の邦彦の人生も、今回で一つの節目を迎えます。ただ、そうは言っても家庭には問題が付き物ですので(笑)、捜査の真っ最中に家から電話がかかってきて竜崎が混乱したりしますが、今後も何かしら起きていくでしょうね。
 竜崎の警察官としてのキャリアも、そろそろ転機を迎える時期に来ている感はあります。でも、警視総監、警視監に継ぐ警視長という高い階級なのに所轄の警察署長というのは、なかなか面白いポジションなんですよ。初めて会った人間は階級を聞くと仰天しますし、刑事部長と対等な口調で話しているのを見るとたまげるわけです。おそらく現実にはあまりいないと思いますが、この警視長で署長という立場を僕自身が気に入っていますので(笑)、もう少し竜崎には留まってもらうことになりそうです。
 今年で作家としてデビューして35年になりましたが、自分の作品では読者に必ずハッピーエンドを約束して、読んだ後で元気になってほしい。その思いだけはずっと変りません。最近は警察小説を書く機会が多いですが、警察を定点観測していると、常に新しい動きはあるんです。たとえば数日前の新聞で動物だけを扱っている部署があるという記事を読みましたが、これなどは何か書けるような気がします。組織と人間を描く上で警察組織は最も特殊で面白いですし、犯罪捜査への興味は尽きることがありません。まだ当分は警察小説を書き続けたいと思っています。

(こんの・びん 作家)
波 2013年7月号より

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