新潮新書
自らを知るということ

人生のピークは何歳か、個人差もあれば様々な要因のめぐり合わせもありますが、わが身を振り返るなら40歳過ぎぐらい?、というのがざっくりした印象です。勤め人なら社会に出て約20年で定年までほぼ同じぐらい、気力・体力的にも無理が効く、いわばマラソンの「折り返し」にあたります。そういえば以前、著名な生物学者から、40歳過ぎぐらいがヒトという生物本来の寿命で、その先は恵まれた生存環境や医療技術の進歩のおかげだと聞いたことがありました。
2025/11
変わるものと変わらないもの

40年近く前、高田馬場駅から大学までのびる早稲田通りの両側には、たくさんの古本屋が軒を連ねていました。ある日、店前のワゴンに積まれた古いベストセラーの中から五木寛之さんの大河シリーズ『青春の門』の文庫本を数十円で購入。以来、次々続編を探しては読んだものです。その古本屋街も今は多くがラーメン屋などに姿を変えましたが、戦前、戦中、戦後80年を生き抜いてきた五木さんは、数多のベストセラーを生み出しながら、93歳の今なお日刊紙や週刊誌で連載を続けています。10月新刊『昭和の夢は夜ひらく』は、そんな五木さんならではのエッセイ集。時とともにきれいに整理され、歴史からは消えてゆく昭和という時代の空気、人々の息づかいが感じられる36話です。
2025/10
謎を読み解く

車を運転中よくラジオを聴いていますが、最近は映画「国宝」がしばしば話題にあがります。興行収入が早々に100億円を超えたことでも人気と評価の高さがわかりますが、大半のコメントは「すっごく、よかった」に終始して、映画を観ていないリスナーには、何がどうよかったのか、ほとんど魅力が伝わりません。雑談でも話題のエンタメはよく話題になるものですが、これと同じように「読んだ(見た)?」「よかった!」の応酬では話は広がらないもの。他人に面白く伝えるのが上手な人は、いったい何が違うのでしょう。
2025/09
「身につまされる」ということ

世の中、その立場や環境に身を置いてみないとわからないことは多々あるものです。まだまだ先だと思っていた親の介護がにわかに身に迫ってくるのは、40代後半ぐらい、得てして働き盛りの時分が多いようです。『介護未満の父に起きたこと』(ジェーン・スー・著)では、ペットボトルのキャップが開けられない、など「要介護」の前触れとして着実に起こる大小様々な日常トラブルにその都度どう対処してきたか、実用的な情報を交えて細かにつづります。コロナ禍を挟んだ5年間、多忙な自身の仕事をまっとうしながらサポートし続ける80代父親の一人暮らしとは──『生きるとか死ぬとか父親とか』同様、絶妙の距離感で描く、「老人以上、介護未満」の渦中にある父娘の異色ドキュメントです。
2025/08
































