西ローマ帝国が崩壊し、イタリア半島が蛮族の支配する地となってしまった6世紀後半。アラビア半島にはマホメッドが誕生し、7世紀初頭には布教を開始する。以後イスラム勢力の伸張は目覚しく、瞬く間にアラビア半島を制覇。さらに「イスラムの家」の拡大を使命としてアラブ人は北アフリカを制し、原住民であるベルベル人、ムーア人とともに海賊となって、地中海を跋扈した。地中海はもはや、無秩序な世界となったのである。
 そしてこの海賊を活用し、自らの覇権を広げようと画策する国が現れる。それこそがオスマン・トルコ帝国であった。スルタン・マホメッド二世率いるトルコ帝国は1453年、コンスタンティノープルを攻め落とし、弱体化著しかったビザンチン帝国を崩壊させた。その後さらに西へと勢力圏を広げるべく、地中海進出の足がかりとして、北アフリカの海賊活用へと乗り出したのである。
 イスラム世界では、イスラム教を信奉してさえいれば人種・民族の垣根を越えて活躍の場が与えられる。その結果、ギリシア、ユダヤをはじめ、イタリアや長くイスラム勢力下であったスペインからも海賊が続々と現れた。さらにトルコ帝国の後押しを受けた海賊は、新時代を迎える。ますます地中海沿岸のキリスト教世界を脅かす存在となったのである。
 その象徴的存在が「赤ひげ」と綽名された元ギリシア正教徒で、レスボス島出身のハイルディーン。「雇い主」とも言うべきトルコ帝国の意を完全に理解した有能な組織者で、ついにはトルコ海軍の総司令官にまで昇りつめる。
 対するキリスト教世界はこの時代、神聖ローマ帝国皇帝でもあるカルロスが率いるスペイン、フランソワ一世率いるフランス、さらにはローマ法王、そしてヴェネツィア共和国など、さまざまなリーダーと国家の思惑が飛び交い、並び立つ大国が拮抗するという状態だった。
 イスラムの海賊に対抗すべく、各国の目論みを調整し、神聖同盟結成を訴えるローマ法王。キリスト教世界の軍事力をまとめたジェノヴァ出身の老将アンドレア・ドーリア。トルコによって本拠地ロードス島を追われ、反トルコに燃えるマルタ騎士団(聖ヨハネ騎士団)総長ジャン・ド・ラ・ヴァレッテなど、何人もの実力者がこの難局に立ち向かう。
 そして覇権拡大を目論むスルタン・スレイマン一世率いるトルコ帝国との最終総力対決は、1565年のマルタ島での攻防で決することとなった――。地中海を巡る一千年の歴史を描く、『ローマ人の物語』の著者渾身の歴史大作完結編。

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