今月の1冊
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かつて2001年の同時多発テロの直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が「この十字軍、対テロ戦争は長い時間のかかるものとなるだろう」と演説したところ、紛争が宗教的な意味を帯びてしまうと、世界中で批判が巻き起こりました。しかし、欧米の社会が中東の武装組織との紛争に、「十字軍」的なものを感じることの証左でもありました。
それから十数年後、アメリカは「イスラム国」と名乗る集団によるテロや誘拐事件に悩まされることになりました。この「イスラム国」は英語では「Islamic State」。彼らが「国=State」という言葉を使ったのは、かつてヨーロッパ各国から中東にやってきた「十字軍」が「十字軍国家=Crusade State」と自称する国を打ち建てたことをイメージしているのかもしれません。
「十字軍」というものはことほどさように、21世紀の現在まで尾を引いている、歴史上の大きな出来事なのです。
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累計840万部突破の大人気シリーズ「しゃばけ」。
今年の新刊文庫は『おおあたり』と『新・しゃばけ読本』の2冊です!
『おおあたり』はシリーズ15弾です。
栄吉の新作あられの成功に触発された若だんなが、長崎屋の跡取としてやる気を出すのですが、病弱な体がついていかず......。
謎解き鮮やか、心はほっこりの、運が開ける五作を収録しています。
そしてもう一冊は、『新・しゃばけ読本』です。
本作は2010年に刊行された『しゃばけ読本』をリニューアルした、「しゃばけシリーズ入門書」です。
本編が17作に達し、スピンオフなど関連書籍も多数刊行され、拡がりゆくシリーズの全貌をつかむための一助としていただくために、刊行いたしました。
全作品のあらすじ紹介、登場する79のキャラクター解説等々、シリーズに関するあらゆる情報を詰め込んでいます。
その他の読み物もリニューアルされています。
畠中恵さんに創作の秘密を根ほり葉ほり(!)インタビューしたり、物語を考えながら歩いているという散歩道をご紹介いただいたり、柴田ゆうさんに、イラストを描く過程や画材を公開してもらったり、としゃばけが生まれる現場も大公開しています!
そして、絵本『みぃつけた』も全編特別収録されています。
初心者もマニアの方も、しゃばけがもっと好きになる一冊になりました。
ぜひ、お手に取ってみてくださいね!
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殺人――それは平凡な日常を切り裂く鋭利な凶器。高村薫氏の長篇『冷血』は、歯科医の父母のもと、豊かな感性を育んできた高梨歩が十三歳を迎えて微笑むシーンから始まります。しかし、私たちは気づいています、彼女の生がまもなく残酷に断ち切られてしまうことを。高梨一家四人をこの世から消滅させたのは、闇の求人サイトで知り合った、井上克美と戸田吉生。彼らは大量の証拠をばらまきながら逃走したために、あっけなく逮捕されます。本作のミステリーはまさにこの地点から始まるのです。彼らの犯行を前例や社会通念という鋳型に押し込もうとする人々。その中で、事案に深く関わる刑事・合田雄一郎だけは、ふたりを理解しようと手を差し伸べます。
捜査員としては明らかに逸脱しているのですが、人間としての根源的な欲求から生じた感情なのでしょう。
『冷血』という世界で、ある時間を生きる。それは楽しみながら頁を繰るという読書経験とは異なります。しかし、続きが気になって、どうしても本を手放すことができない。そして下巻を閉じたとき、読者はきっと複雑な陰影を帯びた感情の波に襲われることでしょう。それこそが本作が傑作と称されている証だと、担当編集者である私は考えています。
合田のことをさらに知りたくなった方は、『マークスの山』『照柿』『レディ・ジョーカー』をぜひ手に取ってください。新潮文庫では合田シリーズの完全版を揃えています。優秀でありながら異端、たまらなく魅力的なひとりの刑事と、さまざまな理由から罪を犯してしまった者たちとの、壮絶で胸を穿つドラマが、あなたを待っています。
![]() 宮本輝/著 『長流の畔―流転の海 第八部―』 |
宮本輝さんが『流転の海 第一部』の執筆に取りかかったのは、1981年(昭和56年)のことでした。父の物語を3巻本の構想で書き始めたのだそうです。雑誌「海燕」での連載を終え、単行本が福武書店から刊行されたのが1984年7月。その後しばらくの中断があって、第二部『地の星』は、雑誌「新潮」連載を経て1992年11月に刊行されます。 そしてこの夏、「新潮」(2018年7月号)で、第九部『野の春』が完結しました。ちょっと並べてみます。
![]() (福武書店版1984年7月刊/ 新潮社版1992年11月刊/ 新潮文庫版1990年4月刊) |
![]() (1992年11月刊/文庫1996年 2月刊) |
![]() (1996年 9月刊/文庫1999年 10月刊) |
![]() (2002年 6月刊/文庫2005年 4月刊) |
![]() (2007年 7月刊/文庫2010年1月刊) |
![]() (2011年 8月刊/文庫2014年 3月刊) |
![]() (2014年 4月刊/文庫2016年 10月刊) |
![]() (2016年 6月刊/文庫2018年 10月刊) |
![]() (2018年 10月刊) |
実に37年です。
「流転の海」シリーズは、
すでに海外エンタメ好きの読者からは、じわじわと好評を得つつある9月新刊の『北氷洋―The North Water―』。この本の魅力を一言で説明するならば、「一冊で何冊分も楽しめる」ということ。これに尽きます。
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あらすじを簡単にご説明しますと、19世紀半ば、若き船医が乗り込んだ捕鯨船の中で殺人が起き、やがて船も遭難し......というもの。新潮文庫としては、「海洋サバイバル・サスペンス」という側面をアピールしておりますが、この要素だけでは本作の面白さを伝えきれていないのが悔しいです。
担当編集者が魅力を感じたのが、本作のサイコでノワールな要素。まず主人公のサムナー自身が、戦争のトラウマを抱えたアヘン中毒者。捕鯨船の船員たちも、猟奇殺人者に性倒錯者に詐欺師......と、まさに「登場人物全員悪人!」と言いたくなる奴らです。著者がやたらに血や膿や脂や糞尿について描写するところも、好事家にはたまらない?
一方でこの小説には、また違った読みどころもございます。
本作は、アメリカの権威ある批評家ミチコ・カクタニに絶賛され、ブッカー賞の候補にもなり、ニューヨーク・タイムズのベストフィクションのうちの1冊にも選ばれて......と、英米ではどちらかというと正統派の純文学として受け入れられました。メルヴィルの『白鯨』やコンラッドの『闇の奥』にたとえられたりもしています。
確かにこの作品、人間のむき出しの欲望を生々しく描きながらも、その格調高い文章からは古典文学の香りが漂ってきます。
それもそのはず、著者のイアン・マグワイアは、英国の名門マンチェスター大学で創作と批評を教えている先生。ホイットマンやメルヴィルの研究者でもあり、彼の想像力の源には古典文学についての深い教養があるのは間違いないでしょう。
そんな彼が、本気で読者を楽しませようと小説を書いてみた......それがこの『北氷洋―The North Water―』なのです。
「続きが早く知りたい」という娯楽的興味で物語を追っていくうちに、生と死について、人間と自然について、神の存在について、といったスケールの大きなことを考えさせられている。まるで、めちゃくちゃ面白いミステリ小説と、最高にスリリングな冒険小説と、長い間読み継がれてきた古典作品を、三冊同時に読んでいるような、ある意味お得な読書体験ができる作品です。秋の夜長にぜひどうぞ。