「ギリシア人の物語」シリーズ(単行本では全3巻)の文庫化が始まります。単行本の第3巻『新しき力』を二分冊し、全4巻で文庫化します。
古代ギリシア人は哲学や科学、文学や演劇、そして現代文明の基礎といってもいい民主政など、さまざまな分野でイノヴェーションを起こした民族です。彼らなくして、塩野七生さんが「ローマ人の物語」(文庫で全43巻)で描いた古代ローマ文明もなかったといっても過言ではありません。
本作品の文庫版には文庫としては異例の美しさといっていい口絵が収録されます。第1巻の口絵では、古代ギリシア人の生活を垣間見ることのできるさまざまな陶器が一望のもとになっています。美しい絵で彩られた陶器は、古代ギリシア人にとっては重要な輸出品であり、「戦略物資」といってもいいものでした。
塩野さんはご自身で本シリーズを「最後の作品」と語っています。名著「ローマ人の物語」シリーズ以前の世界を描いた本作にぜひご注目ください。
吉田修一さんが週刊新潮に連載した小説『湖の女たち』が文庫化されました。本作品は琵琶湖畔の静かな介護施設で暮らす100歳の男性が、何者かによって人工呼吸器が外されて死亡し、滋賀県警の刑事が捜査するという、一見ミステリータッチの小説です。しかし、死亡した男性が若き日に731部隊に属していたことや、その後に薬害事件に関与していたことが徐々に明らかになり、現代的なテーマを孕むスケールの大きな作品になっています。介護施設で勤務する女性と刑事が陥るインモラルな関係やその激しい描写も大きな話題になりました。
本作は福士蒼汰さん、松本まりかさん主演で映画化されることが決まっており、来年初夏公開の予定です。メガホンをとったのは大森立嗣監督。吉田さんと大森監督、二人のコンビはモスクワ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した『さよなら渓谷』の映画化以来二度目。映画特設サイトでは衝撃的な特報動画が公開されていますので、ぜひご覧ください。
昭和50年、ベトナム戦争が終結し沖縄国際海洋博覧会が開かれたこの年に、小学6年生だった少年が「将来のゆめ」という作文を書きました。「教師」か「作家」を目ざしてがんばりたいと書いていた少年の名前は、重松清。
そして16年後の平成3年、重松さんは「作家」としてデビューします。直木賞など数々の賞を受賞した重松さんは、30年以上もベストセラー作家として執筆を続ける一方で、7年前からは早稲田大学で教鞭を執っています。かつての少年は、二つの夢をともに叶えたのです。
このたび出版された文庫新刊『おくることば』には、そんな「作家」であり「教師」である重松さんが書いた6つの作品が収められています。作家として本書のために書き下ろした小説「反抗期」は、2023年3月に小学校を卒業した少年・ユウの物語。コロナ禍での学校生活で、ユウは思いがけない出来事に巻き込まれていきます。そして、卒業式でユウを待ち受けていたのは――。新型コロナ感染者がふたたび増え始め、感染状況は「第九波」に入ったのではともいわれていますが、そんな今だからこそ読みたい1編です。
教師としての側面が強いのが「夜明けまえに目がさめて」。これは、早稲田大学の「重松ゼミ」での日々や、学生たちへの思いやメッセージをまとめたものです。ネットなどで膨大な、そして不確かな情報が飛び交う現代。平和が「当たり前」でなくなってしまった現代。そんな"今"を生きていくための「考えるきっかけ」に満ちており、大学生はもちろん、子どもからおとなまで、令和を生きるすべての人に読んでほしい作品です。また、重松さんが語りかけるかたちで書かれているのでたいへん読みやすく、夏休みの読書感想文に困っている......というお子さんにもおすすめです!
本屋大賞を受賞し、ベストセラーとなった『52ヘルツのクジラたち』(中公文庫刊)で話題の町田そのこさんの文庫最新刊『ぎょらん』が新潮文庫の100冊の1冊として登場しています。
デビュー作『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』に次ぐ2作目の本作。
2018年に刊行された単行本から、文庫化にあたり書き下ろしの新作「赤はこれからも」が追加されています。
死んでしまった人が遺すと言われているイクラのような赤い珠「ぎょらん」。それを噛みつぶせば、死者の最期の願いを知ることができる――。
そんな都市伝説めいた珠の真相を調べ続ける元・引きこもりの青年・朱鷺を主人公とするこの7つの連作集は、乗り越えることのできない死別を抱えた人たちのまさに魂の再生が丁寧な筆致で描かれています。
「涙なしには読めない」「絶対に泣いてしまう」などと手垢の付いた言葉で表現するのがもうしわけないほどに、後悔を抱えた人たちの未来に向かう一歩に寄り添う物語運びが優しく、どんな人にも是非読んでほしい傑作に仕上がっています。
書き下ろしの「赤はこれからも」はコロナ禍での死別を描いた物語で、今だからこそ読まれるにふさわしい傑作となっています。
この秋、稲垣吾郎、新垣結衣に加え、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香といった実力派揃いの俳優たちが出演することが決定し、話題沸騰の映画「正欲」。
朝井リョウの原作小説がこのたび文庫化され、こちらも発売して2週間足らずで2度の大規模重版が掛かっている。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づく女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。
だがその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、ひどく不都合なものだった。
「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――」
作中のこの言葉にぎくりとさせられた読者は、孤独なひとりひとりがどうやって生きていくのかという根幹問題へと深掘りされていく。
まさに「読む前の自分には戻れない」一冊。
間違いなく朝井リョウの最高傑作である。
映画公開を前に是非手に取ってほしい。