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第13回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」などを書いてもらう新しいかたちの読書エッセイコンクールです。
 第13回の今年度は全国から20318通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。
 選考委員会による最終選考の結果、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作3作品が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

受賞作について

一行が思い出させてくれたこと

ワタシの一行大賞選考委員会

 受験生である山永瑞葵さんは『ぼくは勉強ができない』を読んで、勉強する目的を再確認しました。長いようであっという間の受験生の夏。短く連なる山永さんの文章からは、必死さと粘り強さが伝わってきました。誰にでも、やらなければならないことに追われ、目の前のことしか見えなくなってしまう瞬間が訪れます。そんなときこそ初心を思い出す大切さを、山永さんの文章は訴えかけていました。
 二村安衣子さんが選んだのは『世界でいちばん透きとおった物語』の記憶に関する一行です。美味しいご飯に感動したこと、何かを考えさせられたこと。思い出のそばにはいつも感情がありました。怒濤の日々は、記憶の底へと沈んでしまうような、小さな出来事で溢れており、それらを丁寧に拾い上げることが、未来の自分を励ますのだと感じています。
 勝又美緒さんは『さくらえび』から富士山の8合目でも電話がつながることを知り、身の回りの電波状況をユーモラスに嘆きます。電波の良し悪しに、娯楽も連絡も左右されてしまう時代ですが、勝又さんの「叫び」は元気の出る、潑溂とした文章で綴られていました。これからは電波の悪い場所でも、勝又さんの文章のおかげで、前向きになれそうです。
 重松侑芽さんは『あと少し、もう少し』で、先生が中学生の桝井君に言った言葉を、自分に当てはめました。私たちには本を読むことで出会える友達がいます。その友達はときに私たちを励まし、ときにライバルとなって伴走してくれます。これからも、そんな大切な出会いと読書を楽しんでください。
 百歳まで生きようと考えていた田村天花さんは『成瀬は天下を取りにいく』の主人公・成瀬あかりの二百歳まで生きるという宣言から、世間の常識と自分の可能性を考えました。未来を見据えて、強くなりたいと言う田村さんの姿はとても瑞々しく、読む人に勇気を与える文章でした。
 金城翼さんは『月まで三キロ』からご先祖様との会話を思い出しました。お墓参りの時、心の中ではご先祖様の子供時代を想像してみたり、立ち上がるタイミングを見計らったりと大忙しです。何気ない出来事がユニークに、軽やかに表現されていました。
 読書とは、他人の人生を疑似体験することだと思います。私たちは自分自身として、たった一回のこの人生を生きることしかできません。しかし、本は自分ではない誰かの人生を、「自分事」として見せてくれるのです。そして、皆さんが「一行」と出会った瞬間は、本の世界と今自分が生きている世界が交差した瞬間ではないでしょうか。二〇二五年度は、二万三一八人ものご応募がありました。ありがとうございました。これからも皆さんが、沢山の一行と出会えることを祈っています。

大賞 受賞作品

山永瑞葵(東京都立西高等学校)

山田詠美『ぼくは勉強ができない』

ワタシの一行

やがて灰になるなら、重みある空気で火を燃やしたい。

 わたしは勉強ができない。塾の机で、シャーペンを握る手と数式を見つめた。天王山が閉山する。受験生の夏がもうすぐ終わる。なのにやりたかったことは全然終わっていない。数学は相も変わらず難しい。八月末の共テ模試が終わった。朝から晩まであった。真っ暗になって帰途につく。ぼーっとする頭をスニーカーで運ぶ。キャップに汗が滲む。鈴虫の声が聞こえる。去年祖父が亡くなった。なんだかいやになってしまった。そうだ、本を読もう。読んだ。勉強と題にあるから、やる気の出ることが書いてあるんだろうと思った。あんまり書いてなかった。でもなんだか気がらくになった。なんのためにわたしは勉強してるんだっけ。そうだ、ちゃんと考えることも、できる人間になりたいからだった。その「考える」土台に勉強があるんだった。人間やがて灰になる。死んだ時に燃やす空気に重みのある人間になりたいなと思った。よし、これで。わたしは勉強ができる。

優秀賞 受賞作品

二村安衣子(女子学院高等学校)

杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』

ワタシの一行

そうして螺旋の上を滑りながら
──色んなものをひとつひとつ忘れていくのだろう。

 最近、小さい頃の記憶が以前にも増してなくなってきている。忘れたくないと思っていた友達や家族との大切な思い出が、どんな物だったのか分からないのだ。“私”には今までの思い出がぎっしり詰まっているはずなのに、どんどん霧がかかって見えなくなる。そんなふうに、今の私を作った記憶が失われていくことが、なんだか悲しかった。
 だから、もう忘れないように、と日記をつけるようになった。繰り返す日々の中の、少し特別な部分を残している。遊びに行って、美味しいご飯を食べて、感動した時。何かを考えさせられた時。一時しか感じられない感情をふとした未来で思い出せるように。過去に思いを馳せられるように。
 書くことで、歩き続けなくてはいけない螺旋の後ろを少しでも見続けられたら、と思う。

優秀賞 受賞作品

勝又美緒(東洋英和女学院中学部)

さくらももこ『さくらえび』

ワタシの一行

それと同時に“…ケータイって、富士山の8合目からでもこんなによくつながるんだ!!”と文明の力に感動を覚えた。

 これは2000年のエピソード、本当に感動的だ。2025年、北千住駅の電波状況には実に不満がある。私にとって北千住は必須通過駅である。帰り道、席を確保し、気分良く動画を見ているとプツッと切れてしまった。顔を上げると北千住まであと1分の場所。私の家では帰りの電車で連絡することになっている。気を取り直して「今北千住」とLINEする。家に着くなり、母に「帰りの連絡してよ」と注意される。
「えっ、しましたけど」と思い、スマホを見るとLINEの送信すらしくじっている。恐るべし、北千住。実はこの事で怒られたのは初めてでは無い。なので手前の南千住で連絡をすべきなのだとは知ってるけどまたきっとやってしまうだろう。誰か電波何とかしてー!!

佳作 受賞作品

重松侑芽(福岡市立高取中学校)

瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』

ワタシの一行

「桝井君さ、自分の深さ三センチのところで勝負してるんだよ。だから、さわやかに見える。それだけしか開放しないで、生きていけるわけないのにね」

 一瞬、私に言われたのかと思った。
 上原先生が桝井君を鼓舞する言葉。本当の姿は見せずに、自分の浅いところだけで戦う。周りの人にはいいところだけ、完璧なところだけを見せようとする。上原先生は、そんな桝井君を見て、この言葉をかけたのではないか。この言葉を見たとき、今までたくさんの本を読んできた中で、初めてキャラクターが自分と重なった。「桝井君って私みたい。」好きな食べ物が同じとか、趣味が似てるとか、そんなことじゃなくて、中身が一緒。気持ちや思い、考え方が一緒。桝井君は、上原先生にこの言葉をかけられてどう思った? 私はみんなにどう思われてもいいから、あと少し、もう少し、自分に素直になってもいいのかもしれないって思った。もし桝井君もそう思ったら桝井君と一緒に、私も一歩踏み出してみたい。自分も桝井君も三センチ以上掘り下げたら見える、まだ知らない広い広い世界を見るために。

佳作 受賞作品

田村天花(大妻多摩中学高等学校)

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

ワタシの一行

わたしが思うに、これまで二百歳まで生きた人がいないのは、ほとんどの人が二百歳まで生きようと思っていないからだと思うんだ。

 二百歳! 青天の霹靂とはまさにこの事だと思った。
 私は小学校低学年の頃から「百歳まで生きる」を目標にしていた。自分のひ孫、玄孫に会ってみたいからだ。
 私は、曾祖父母には会った事がない。私が生まれた時すでに他界していたからだ。両親の実家に帰った時、仏間にズラリと並ぶ私のご先祖様達の写真。見る度に会ってみたかったなという思いが強くなった。先祖が無理なら子孫に会いたいと私の目標は百歳まで生きるになった。
 しかし、成瀬の言葉を聞いて、自分が世間で常識と考えられている範囲でしか物事を考えられていない事に気がついた。これは私の可能性を自らあきらめてしまっているのではないか。そして何より、百歳より二百歳まで生きられる方がずっといい。ひ孫、玄孫だけではなく、その先の子孫とも会えるのではと夢が広がる。
 成瀬のように自分の可能性を信じて頑張れる、強い私になりたい、そう気づかせてくれる言葉と出会えた。

佳作 受賞作品

金城翼(沖縄県立名護高等学校附属桜中学校)

伊与原新『月まで三キロ』

ワタシの一行

頂上を仰ぎ、富士山に訊いてみる。あなた、日本一の山だそうですけど、こんな友だち、あなたにいますか?

 お墓でご先祖様に手を合わせる。その時、私は「うぃーす。元気してるぜー。」のように脳内で語りかけている。もちろん返事があるわけではない。親戚付き合いがほぼ無い私にとって、この時間を退屈に過ごさない工夫である。
 この一行を読んだときに、私もこんな脳内実況をよくしているなと思った。主人公が良い印象を抱いていなかった富士山が愛おしく見える場面に、私も共感したのだ。怖そうなご先祖様も、昔は私と同じ中学生だったんだよなと思うのだ。
 脳内でひとり語りをしつつ、薄目で斜め前の親を見て、親が立ち上がるタイミングで私も目を開ける。その時には、もうちょっと話したかったなと思っている。そんな一連の流れがなんだか面白いなと思いながらご先祖様との距離が縮まった気がする。
 次会ったときは、恋バナでもしてみようかな。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
小暮希実 (本庄東高等学校附属中学校) 住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』
小林蒼唯 (本庄東高等学校附属中学校) 辻村深月『ツナグ』
髙橋薫実 (雲雀丘学園中学校) 住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』
金城翼 (沖縄県立名護高等学校附属桜中学校) 伊与原新『月まで三キロ』
張博雯 (大宮開成中学校) 宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』
八巻葵 (東京学芸大学附属国際中等教育学校) 夏目漱石『坊っちゃん』
萩野恵麻 (浦和明の星女子中学校) さくらももこ『さくらえび』
二村安衣子 (女子学院高等学校) 杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』
佐藤有衣 (日本女子大学附属高等学校) 國分功一郎『暇と退屈の倫理学』
重松侑芽 (福岡市立高取中学校) 瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』
神原祈音 (北鎌倉女子学園高等学校) 小川糸『あつあつを召し上がれ』
山永瑞葵 (東京都立西高等学校) 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
持田果歩 (東洋英和女学院中学部) 星新一『マイ国家』
勝又美緒 (東洋英和女学院中学部) さくらももこ『さくらえび』
高橋李徳 (常総学院高等学校) ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
藤田千星 (相模女子大学高等部) 辻村深月『ツナグ』
山﨑可南子 (松蔭大学附属松蔭高等学校) 朝井リョウ『正欲』
田村天花 (大妻多摩中学高等学校) 宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』
八巻天希 (福島県立福島西高等学校) 國分功一郎『暇と退屈の倫理学』
正木翔子 (千葉県立松戸六実高等学校) 恩田陸『夜のピクニック』

敬称略、順不同

第13回 新潮文庫ワタシの一行大賞 募集要項

概要 対象図書の中から心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを、あなたの「経験」や「気持ち」などをまじえ、100~400文字で自由に書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2025年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、「新潮文庫の100冊」ホームページにて2025年7月1日に発表します。
締切 2025年10月1日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」2026年1月号(2025年12月27日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※AIを利用して自動生成した文章での応募はできません。
※二次審査通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きます。ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作