第5回 新潮文庫ワタシの一行大賞
“新潮文庫ワタシの一行大賞”は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第5回の今年度は2017年9月末に締め切り、全国から18,948通もの応募がありました。沢山のご応募、本当にありがとうございました。社内選考スタッフの一次・二次選考を経て20作品に絞り、選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、下記のとおり、大賞一作品、優秀賞二作品、佳作二作品の受賞が決まりました。
受賞
選考委員
角田光代カクタ・ミツヨ
1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021(令和3)年『源氏物語』訳で読売文学賞を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『愛がなんだ』『さがしもの』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』『ゆうべの食卓』など多数。
選考委員
角田光代カクタ・ミツヨ
1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021(令和3)年『源氏物語』訳で読売文学賞を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『愛がなんだ』『さがしもの』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』『ゆうべの食卓』など多数。
講評 角田光代
肯定ばかりではなく
『こころ』の一行から、杉本雅哉さんはまったくあたらしい解釈を生み出した。杉本さんと同じ高校生のときにこの作品を読み、未だにそのときの衝撃を忘れられない私にとっても、じつに新鮮な解釈で、目が覚めるような思いだった。たった一行が、こんなにもすごい作品論になることがあるのだと驚いた。たしかに『こころ』は今の時代でも、今の若者たちにも、新たな血・新たな考え方を送り込んでいる、それだけの強い心臓を持った小説だと納得させられた。
平田光さんも夏目漱石作品から一行を選んでいる。『三四郎』である。短い小説のような研ぎ澄まされた文章で、今だからこそ強く感じる孤独感について、描いている。短い文章で、読み手にぱっとうつくしい光景を見せる平田さんの文章力に惹かれた。
草本快竜さんが『ボクの音楽武者修行』の一行と、自身の暮らす広島の歴史を結びつけたのは、とても自然なことなのだと思う。たしかに、音楽の美しさと戦争の悲惨さは対極にある。静かでありながら強い文章に、胸打たれた。
とてもユニークだったのが、斉藤日菜さんが『絶望名人カフカの人生論』の一行から感じたこと。カフカを大作家とは捉えずに、この本と一緒になってカフカを客観視して、笑ってしまう明るさ。そしてラストの、等身大の言葉に、かえって斉藤さんの繊細さ、感受性の強さを見た気がした。そうだ、だからこそ、カフカを見習うのだと、私もなんだか励まされた思いだ。
『星の王子さま』の一行を挙げる人は多いけれど、酒飲み男の一行を選んだ人は、安部水萌さんしか今のところ知らない。じつは私も、この酒飲み男の言葉を高校生のころからずっと覚えている。そのくらい、ある種の人々にとっては強烈な言葉なのだと思う。その強烈さから逃げずに、どちらかといえばあまり言いたくないだろう自身について書いた安部さんに敬意を表したい。生きていることは恥を重ねることだと、ほかの作家も書いているけれど、でも、酒飲み男とはほかの折り合い方を私も見つけたいと未だに思う。
本のなかから一行を選ぶことというのは、あなたや私を肯定してくれる一行を見つけることとは違う。もちろん、自分を励ましてくれる一行、感動させてくれる一行、自分とそっくりだと思える一行が見つかれば、それはとてもうれしい体験だと思う。でも、その一行はすぐに忘れてしまうと思う。だって、「今の」私やあなたを肯定している言葉は、来年、五年後、十年後、変わり続ける私たちを肯定し続けてくれるとはかぎらないから。そして「今」とは変わった私たちは、またべつの肯定や感動や励ましを求めているだろうから。それよりも、考えさせる一行、反発を感じる一行、ぞっとする一行、笑ってしまえる一行、意味のわからない一行のほうが、もっと長くあなたや私のそばに付き添っているかもしれない。
友だちもそういうものだ。いつも私のことをわかってくれ、共感し、なぐさめてくれる友だちが、永遠の友だちだとはかぎらない。自分のいる状況が変わってしまうと、そういう友だちはすぐにいなくなってしまう。一生つきあえる友だちは、では自分にとって、どんな人なのか。それを考えることと、自分だけの一行をさがすのは、ちょっと似ている。
大賞 受賞作品
杉本雅哉
『こころ』
選んだ一行
私の鼓動が停った時、あなたの胸に新らしい命が宿る事が出来るなら満足です。
私は「こころ」を読んだ。前半は青年「私」が、「先生」との交流を描いている。後半は学生時代、自分の裏切りによって友人を自殺に追い込んでしまったという独白の先生の遺書だ。その遺書の中の一文が心に残った。私は、どうして先生が「私」に遺書を送ったのか疑問に思ったが、この一文を読み納得した。先生の経験や考えを遺書という形で「私」に伝えることで、それを「私」に新しい考えに変えて欲しいのだと思う。それが、「自分の心臓を自分で破り、その血をあなたに浴びせ、あなたの胸に新たな命を宿す」という比喩的な内容に表されている所に、夏目漱石のすごさを感じた。
「先生」が語る昔の人々の考え方を血、つまり言葉という形で「私」に浴びせ、「私」が心臓、つまり語り手として、新たな考え方を新たな血として、読者の心に送り込んでいる。これが「こころ」という意味深なタイトルに繋がっていると思う。
優秀賞 受賞作品
平田光
『三四郎』
選んだ一行
自分の世界と、現実の世界は一つ平面に並んでおりながら、どこも接触していない。
私は高校から県を出た。雉の鳴き声を聞きながら自転車で通学していた私は電車での通学にひどく緊張する。皆、同じように並んで階段を下りる。そして見ず知らずの人々と歩調を合わせ、一つの集団を形づくる。こんな奇妙なことを続けて一年が経った時、私はふと思った。
「この雑踏の中、自分は独りだ。」
勿論、辺には沢山の人がいる。けれども私は丁度ガラスのケースに入ったように、彼等とは隔離されている。彼等の存在は見えるけれども、私とは断絶している。もしも私が明日いなくなったら世界は止まるだろうか。決してそんなことはないだろう。一人を欠いた集団は、またあの階段を下りて歩み始めるだろう。
私は一人で田んぼの中にたたずむよりも、人込みの中にいる方が余程孤独に感じられる。私には三四郎の気持ちがよく分かるのだ。
優秀賞 受賞作品
草本快竜
『ボクの音楽武者修行』
選んだ一行
どうして、もっとこの世には美しい音楽があり、美しい花があるということを信じないのだろうか。
私は広島県に生まれ小学校、中学校とずっと平和学習をしてきました。そこで、崩れた建物や焼けただれた木が写った光景を写真でいくつも見てきました。
この一行はそんな私が伝えたいことを代弁した一行だと感じました。今もまだどこかで戦争は続いており、私が見てきた写真と同じ光景を目の前にしている人もいるかもしれません。しかし、その人たちもまたこの世の美しい音楽や花の存在を信じていない人たちです。音楽は力です。広島は復興活動が急速に進むと同時に多くの歌が作られました。また、多くの緑がもどりました。それらは皆が音楽や花が自分たちを助けてくれると信じていたからだと思います。
これからも戦争が起こらないとはいえませんが、美しいものに目を向けると考え方がまた変わってくるでしょう。美しさは決して人を裏切りません。
佳作 受賞作品
斉藤日菜
『絶望名人カフカの人生論』
選んだ一行
ちょっとした散歩をしただけで、ほとんど三日間というもの、疲れのために何もできませんでした。
情けなさすぎるのが逆に読者を元気づけているな、と感じた。まだまだ未熟者かもしれないけれど、十六年も生きたので、それなりに思い出したくもないような黒歴史や布団の中で叫んでやりたい時もある。けれど、誰もカフカ程に落ち込むことは出来ないのではないか。こんなに落ち込むなんて、むしろ清々しい。大体散歩ですら絶望するなんて、私はまだカフカよりは大丈夫、元気だ。そう思わせてくれるおかしな力がある。本当に落ち込んでいる時、前向きな言葉はどうも偽善ぶっていてキラキラしすぎている。そんな時、カフカの遺したへなちょこな言葉は、私たちにユーモアを届けてくれる。これからは夜中に意味深なツイートをするのではなく、黙ってカフカを読んでさっさと寝ようと思った。
佳作 受賞作品
安部水萌
『星の王子さま』
選んだ一行
「恥じているのを忘れるため」男はうつむいて、打ち明けた。
星の王子さまは旅の途中、酒びたりの男に出会った。男には恥じているのを忘れるために飲んでいると王子さまに言った。王子さまは男を変な大人と思ったが、私はどうもそう思えなかった。別に身近にそういう人がいるとかではないし、私自身が酒びたりという訳でもない。だがこの一行には何か感じるものがあった。
私にも忘れてしまいたい事が沢山ある。人の名前を間違えたとか、悪い点を取ったとかの小さな恥。自分より下の人を見下したり、悪い事を認めようとしない自分の恥。思い出しては自己嫌悪し、それこそ酒の力を借りたくなるほどに日々自分を恥じている。だからこそ私はこの一行に感じたのだと思った。私は王子さまのように純粋になれない、だが男のようになることはいけない事とも知っている。大人になるという事が多少なりともひねくれる事なら、私はせめてこの恥を忘れずに前を向けるようになりたいと思った。
二次選考通過者
氏名 | 学校名 | 対象図書 |
---|---|---|
園木葵尋 | 大妻中野高等学校 | 『いなくなれ、群青』 |
杉本雅哉 | 広島県立西条農業高等学校 | 『こころ』 |
福島七海 | 桐朋女子中学校 | 『あと少し、もう少し』 |
草本快竜 | 広島工業大学高等学校 | 『ボクの音楽武者修行』 |
藤村摩耶 | 広島県立西条農業高等学校 | 『星の王子さま』 |
木下瑠華 | 私立向陽高等学校 | 『星の王子さま』 |
谷江ゆきの | 松蔭中学校 | 『ボッコちゃん』 |
斉藤日菜 | 目白研心高等学校 | 『絶望名人カフカの人生論』 |
小林蓮 | 長野清泉女学院中学校 | 『4TEEN』 |
菅田康平 | 埼玉県立春日部高等学校 | 『いなくなれ、群青』 |
平田光 | 慶應義塾志木高等学校 | 『三四郎』 |
藤田斉 | 雲雀丘学園中学校 | 『きみの友だち』 |
菅野悠奈 | 私立聖園女学院高等学校 | 『星の王子さま』 |
谷さくら | 京都府立京都すばる高等学校 | 『ぼくは勉強ができない』 |
那須楓子 | 私立明星学園中学校 | 『博士の愛した数式』 |
安部水萌 | 千葉県立浦安高等学校 | 『星の王子さま』 |
亀村広季 | 大阪府立豊島高等学校 | 『ぼくは勉強ができない』 |
大隈小夏 | 福岡常葉高等学校 | 『星の王子さま』 |
瀬利祐葉 | 東京都立国立高校 | 『さよならが知ってるたくさんのこと』 |
黒木千紘 | 川崎市立南菅中学校 | 『本屋さんのダイアナ』 |
順不同
二次選考通過者
- 氏名
-
学校名対象図書
- 園木葵尋
-
大妻中野高等学校『いなくなれ、群青』
- 杉本雅哉
-
広島県立西条農業高等学校『こころ』
- 福島七海
-
桐朋女子中学校『あと少し、もう少し』
- 草本快竜
-
広島工業大学高等学校『ボクの音楽武者修行』
- 藤村摩耶
-
広島県立西条農業高等学校『星の王子さま』
- 木下瑠華
-
私立向陽高等学校『星の王子さま』
- 谷江ゆきの
-
松蔭中学校『ボッコちゃん』
- 斉藤日菜
-
目白研心高等学校『絶望名人カフカの人生論』
- 小林蓮
-
長野清泉女学院中学校『4TEEN』
- 菅田康平
-
埼玉県立春日部高等学校『いなくなれ、群青』
- 平田光
-
慶應義塾志木高等学校『三四郎』
- 藤田斉
-
雲雀丘学園中学校『きみの友だち』
- 菅野悠奈
-
私立聖園女学院高等学校『星の王子さま』
- 谷さくら
-
京都府立京都すばる高等学校『ぼくは勉強ができない』
- 那須楓子
-
私立明星学園中学校『博士の愛した数式』
- 安部水萌
-
千葉県立浦安高等学校『星の王子さま』
- 亀村広季
-
大阪府立豊島高等学校『ぼくは勉強ができない』
- 大隈小夏
-
福岡常葉高等学校『星の王子さま』
- 瀬利祐葉
-
東京都立国立高校『さよならが知ってるたくさんのこと』
- 黒木千紘
-
川崎市立南菅中学校『本屋さんのダイアナ』
順不同
第5回 ワタシの一行大賞 応募要項
概要 | 対象図書の中から、あなたの心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400文字で書いてください。 住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。 |
---|---|
対象者 | 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。 |
対象図書 | 2017年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」選定作品、「新潮文庫の100冊」選定作品 ※「新潮文庫の100冊」選定作品は、2017年7月1日に「新潮文庫の100冊」サイトにて発表します。 |
発表 | 入賞作品は「波」1月号(2017年12月27日発売予定)と新潮社ホームページで発表。大賞・優秀賞作品は、発表時に全文を掲載します。 大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。 |
賞品 | 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。 |
宛先 | 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係 Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp |
※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きますこと、ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。