第8回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第8回の今年度は全国から18,757通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、下記の通り、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品の受賞が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

選考委員

角田光代

角田光代カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『愛がなんだ』『さがしもの』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』など多数。

選考委員

角田光代カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『愛がなんだ』『さがしもの』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』など多数。

角田光代

選評 角田光代

小説に、一行に、今、できること

 高校生のころ、私はどうして「あの人」じゃないんだろうと幾度も思った。まさに『青の数学』を読んだ豊田花奈さんが書くとおり、「自分には何も得意なことがないという焦りと不安」からくる気持ちだ。じつは大人になっても、そんな思いを私は幾度も味わっている。自分が自分でしかなく、すぐれた他者にはなれないということが、絶望となるか、他者に憧れる「やさしい想い」となるか、豊田さんは冷静に観察している。ご本人が書くとおり、きっとこの言葉は、大人になったあとも豊田さんを支えるはずだ。

新編 銀河鉄道の夜』の、茅ノ間莉羽さんが選んだジョバンニの台詞には、多くの人が死の気配を感じかなしみを連想するが、茅ノ間さんは正反対の、躍動している今現在を感じ取り、言葉にした。それが新鮮で、印象深かった。「今」切り取られた景色が、私にも見えるようだった。

不思議の国のアリス』はだれもが知る奇妙な物語だけれど、鈴木瑠依さんの選んだ一行で、これはひとりの少女が、さまざまな理解不能なものに出会いつつ、「あたし」を獲得する物語だと読めるのではないかと思った。私も十五歳の自分を思い出すと、私ではないみたいな高校生が思い浮かぶけれど、同時に、どうしようもなく自分だとも想う。豊田さんの文章と併せて、自分とはだれであるのか、他者とはだれであるのかと、読書を通じて考えるのは重要な体験だとあらためて想った。

風が強く吹いている』の一行を引いた嶋田匠海さんの文章に、私も深く同意した。走ることと同様に、私の場合は書くことも、だれかとの勝ち負けではなくて、自分との戦いだとずいぶん大人になってから気づいた。おもしろく思ったのは、ライバルが自分よりいいタイムを出したとき、戦うべき自分もずっと遠くにいってしまう、という感覚だ。ライバルを追いかけるのではなく、ライバルとともに遠くにいってしまった「自分」を追いかけるというところが、すがすがしくてかっこいいと思った。

さよならの言い方なんて知らない。』の一行を選んだ古賀千遥さんは、朝の通勤ラッシュで、ショッキングな一場面に出合う。だれだかわからないけれど、電話の向こうにいる人に向けて、記憶のなかの一行を念じるように思い浮かべる。二〇二〇年は、どの年代のだれにとっても、先の見えない不安な一年で、自殺者の数も多かった。それだけに、私も古賀さんがたまたま出合った瞬間に衝撃を受け、古賀さんが挙げた一行に思いを馳せずにはいられなかった。古賀さんの文章は、この時期をなんとか乗り越えようと、みんなに向けたメッセージに思えた。

 二〇二一年以降、世界がどうなっていくのか、以前のようにかんたんに思い描くことができなくなってしまった。書物にできることは少ないけれど、書物にしかできないことがある。本のなかの一行にしかできない寄り添いかたが、きっとある。みなさんの一行と、それに寄せる思いを読んでいて、祈るようにそう思った。

大賞 受賞作品

豊田花奈(女子学院高等学校)
王城夕紀 『青の数学』

選んだ一行

「その人になれないから、憧れなんだよ」

 なんと潔い言葉だろう。なれないと断言しなくてもいいのに、と反発したくなる。しかし、そう思った私にあるのは憧れではなく嫉妬なのだと思う。自分には何も得意なことがないという焦りと不安。人はそれぞれ違うというけれど、それは何か特技があってこそなのだ、と邪推して劣等感を感じてしまうのだ。
 憧れと嫉妬は、両方、理想をみているが、違いは、その人とは違う自分を受け入れられるか、ということだ。その人になれないというのは、諦めるのとは違う。そこに哀しい色は全くなく、むしろ輝いている。
 憧れとは、薄く透明なベールに自分の全てを包みこむような、やさしい想いなのだ。そう考えたら、この一行は、私をどこまでも受け入れてくれる存在だった。自分で自分を完全に受け入れるのは簡単ではないかもしれないけれど、この一行はこれからも私を支えてくれるのだろう。

優秀賞 受賞作品

芽ノ間莉羽(長崎県立口加高等学校)
宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』

選んだ一行

どこまでもどこまでも一緒に行こう。

 私は、バスに乗って家に帰っている時間が好きだ。高校生になり、バスに乗って通学するのも、もう一年が過ぎた。学校が終わり、いつものようにバスに乗って帰る。やがて数人しかいなくなった静かなバスのなか、私は窓から景色をぼんやり眺めた。その時間だけは、学校や将来に対する不安など、現実を忘れさせてくれる。早く都会で暮らしたいとよく口にしているけど、結局私はこの町が、この景色が一番好きだ。これからもずっと変わらないでほしい。
 今とは全く違う新しい環境のなかでも、私は大丈夫だろうか。いっそ、どこまでもこの時間が続けばいいのにな。そう思いながら、私はいつものバス停で降りた。
 この一行には、“今”の私の本音が表れていると思った。

優秀賞 受賞作品

鈴木瑠依(千葉県立松戸国際高等学校)
ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』

選んだ一行

だれだい、その、あたしってのは

 誰かにイヤミを言われた時。昨日の自分と考えが違った時。全て友達の意見に合わせてしまった時。人によってはちっぽけなことかもしれないが、私は自問する。あたしは誰なのだ、自分はなんなんだろう、と。ふと考えてしまう時があるのだ。あたしが人間であることはわかっているのに。人間の細胞は三年で全て入れ替わるという。では、三年前の自分は今のあたしではないのか。中学一年のあたしの生活は今とは違うし、身長も違っているがあたしと言えるだろう。そう思っているのに、なぜか断言することができない。
 この一行は、私の普段の思いを表してくれた。自分のことなど、鏡などのものを通してではないと見ることはできないし、心なんか見えるものじゃない。
 多分この先ずっと、大人になっても、あたしは繰り返す。何かある度に思ってしまう自分へのこの問いかけを。

佳作 受賞作品

嶋田匠海(東海大学付属大阪仰星高等学校)
三浦しをん『風が強く吹いている』

選んだ一行

俺たちはいったい、どこまで行けばいいんだろうな。到達できたと思っても、まだ先がある。まだ遠い。

「長距離走は自分との戦いである」
 ランナーなら必ず一度は聞いたことがある言葉だろう。この言葉について僕はずっと考えてきた。その中で僕が思ったのは、「どうすれば『自分』との戦いは終わるんだろう」ということだ。
 ある日のレースで、僕は満足のいく走りができた。戦うべき『自分』にも勝つことができたと思う。しかし、その後行われたレースで他校のライバルが僕を超える記録を出したことで、勝ったはずの『自分』がまた僕を追い越し、引き離し、遥か前方へと行ってしまった。『自分』というものは他人の影響を受けやすいらしい。前へ行ってしまったのならば、追いかけなければならない。なぜなら長距離走は『自分』との戦いなのだから。
 僕達は走り続ける限り、『自分』とのデッドヒートを繰り広げなければならない。本当にどこまで行けばいいんだろう。

佳作 受賞作品

古賀千遥(横浜共立学園高等学校)
河野裕『さよならの言い方なんて知らない。』

選んだ一行

この世界に、どの世界でも、死んでいい理由なんかひとつもない。

「死んじゃだめだよ。それはだめ。とりあえず座って水飲んで落ち着いて。」
 足音しか聞こえない朝の通勤ラッシュ。驚いて顔をあげると、近くの同い年くらいの女子高校生が電話で話している。細部までは聞き取れず、すぐにラッシュにもまれてしまい、その後のことはわからない。しかし、おそらく電話越しの相手はその子の友達で、自殺しようとしていたようだ。
「この世界に、どの世界でも、死んでいい理由なんかひとつもない。」
 この一行が、深く、重く、静かに、胸に突き刺さり、染み込んでいく。
 どうかあの子が水を一口飲んで、友達の言葉を聞いて、生きていこうと思えるようになっていることを願う。どうかこの一行が読んだ人の水となって心に染み込んでいってほしい。そう強く願う。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
古賀千遥 横浜共立学園高等学校 河野裕『さよならの言い方なんて知らない。』
鶴田華菜 尚絅高等学校 湊かなえ『母性』
川嶋こころ 尚絅高等学校 伊坂幸太郎『ホワイトラビット』
豊田花奈 女子学院高等学校 王城夕紀『青の数学』
森くるみ 和歌山県立田辺高等学校 三浦しをん『君はポラリス』
吉田綾香 江東区立東陽中学校 太宰治『走れメロス』
嶋田匠海 東海大学付属大阪仰星高等学校 三浦しをん『風が強く吹いている』
平澤朋佳 北杜市立甲陵中学校 小川洋子『博士の愛した数式』
土谷遥香 星美学園中学校 角田光代『さがしもの』
関本綾音 茨木県立取手第二高等学校 ハリエット・アン・ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』
谷口芽衣 京都府立京都すばる高等学校 原田マハ『楽園のカンヴァス』
前田智成 武蔵高等学校 恩田陸『夜のピクニック』
上田れい 京都聖母学院中学校 重松清『きよしこ』
松田実佑 星美学園中学校 柚木麻子『本屋さんのダイアナ』
岸紀花 福岡県立筑前高等学校 辻村深月『ツナグ』
寺本梨花 世田谷区立梅丘中学校 梨木香歩『西の魔女が死んだ』
芽ノ間莉羽 長崎県立口加高等学校 宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』
鈴木瑠依 千葉県立松戸国際高等学校 ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』
加藤もも 豊橋市立本郷中学校 太宰治『走れメロス』
楠目智香 浦和明の星女子中学・高等学校 瀬尾まいこ『卵の緒』

敬称略、順不同

第8回 ワタシの一行大賞 募集要項

概要 対象図書の中から、あなたの心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400文字で書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
(団体応募の場合は、生徒一人一人の住所・電話番号は不要です。学校の連絡先のみ明記してください)
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2020年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」選定作品、「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、2020年7月1日に「新潮文庫の100冊」サイトにて発表します。
締切 2020年9月30日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」1月号(2020年12月28日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きます。ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作

新潮文庫の100冊 2020
ワタシの一行教育プロジェクト
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