第6回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第6回の今年度は全国から23,629通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、下記の通り、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品の受賞が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

選考委員

角田光代

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

選考委員

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

角田光代

選評 角田光代

一行の多様さ、読むことの自由

 井上紗良さんは『星の王子さま』から「星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いてるからだね……」という一行を選び、自身が興味を持つ廃墟について思いをはせる。人々の暮らしや用途から不必要と見なされ、うち捨てられ、忘れられていく朽ちた建物は、一般的な意味での「うつくしさ」とは対極にあるけれど、井上さんは、その廃墟に、内に含んでいる膨大な時間や記憶、過ぎ去って、二度とは戻らない過去を見る。そのとき廃墟は、美そのものに反転する。井上さんはその瞬間をみごとにとらえた。私は井上さんの文章を読み終えたとき、無機質な廃墟に、ちいさく鮮やかな色の花が咲いているのが見えた気がした。廃墟が、しずかに息づきはじめたようにも思った。

 印象深かったのは池田まいさんの文章である。『銀河鉄道の夜』のたった一文字の空白を巡る考察。空白の一文字があることを私はあまり気にとめなかったし、もし「?」と思っても、こんなふうにミステリアスにとらえられなかっただろう。すばらしい想像力かつ創造力だと思う。池田さんがいつか池田さんだけの正解を見つけたとき、宮沢賢治のこの名作は、池田さんだけのものになる。

 鬼頭侑雅さんは、『ぼくは勉強ができない』の一行と、自身の部活の思い出を重ね合わせた、まっすぐな文章を書いた。あたたかい先生の言葉に私も感動し、そしてその言葉に思わず笑ってしまった場面が目に見えるようだった。

ツナグ』が描く、死者との窓口を、山﨑彩華さんは、日常のなかにも独自に見つけたと書く。私たちはだれしも、いつか永遠の別れというかなしみを背負わなくてはならないから、『ツナグ』のようなうつくしい小説があり、それに心をなぐさめられ、そして山﨑さんのように、現実にもあてはめてみるのだと思う。小説の持つ力を、山﨑さんの文章であらためて気づかされた気分だ。

キッチン』の一行を選んだ今井りささんは、文章からして、吉本ばななという作家のファンなのではないかと思った。好きな作家にたいする愛とリスペクトを、すなおな言葉にしている。吉本ばななの書いたものを読みながら、「言葉」ができることと、できないことについて考えている。私たちは言葉なしでは暮らしていけないから、きっとこの先も、今井さんはこの文章を原点に、言葉について思索を続けていくのだろう。

 今回みなさんの文章を読んで、小説というものの作用の多様さを、教えられた気がした。たった一行に、今の自分と重ねて納得したり、深く感情を揺さぶられたり、それまで考えなかったことを考えさせられたり、言葉にならなかったものをつかまえさせてもらえたりする。それは読み手の持っている自由そのものだ。これからも、どんどんあたらしいあなただけの一行と出合ってください。

大賞 受賞作品

井上紗良(横浜市立上白根中学校)
『星の王子さま』

選んだ一行

星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いてるからだね……

 一年の時、横浜美大の卒業制作展に行かせてもらったことがある。そのとき私はある一枚の絵と出逢った。廃墟が描かれた絵、だったと思う。名前も製作者も、ましてやその絵の詳細を記憶しているわけでもないが、あの絵を見たときの感動は今でも憶えている。
 それ以来、私は廃墟というものを好きになった。なぜ廃れた空間を見て美しいと思えるのか。そう考えていた時、この一行と出逢ったのだ。
 私は廃墟のことをその場所として死んだものだと思っている。そんなものにどうして心を惹かれるのか。それはきっと、王子さまがいうように「見えない花が一輪咲いているから」なんだろう。一歩踏み出せば抜けてしまいそうな床、落書きや汚れでおおわれた壁、蔦が絡まったり苔が生えたりしている風景を好きだと思えるのは、その廃墟での出来事や時の流れ、廃墟に残された想いなどの様々なものが私には見えないところにあるからだ。

優秀賞 受賞作品

池田まい(福山市立中央中学校)
『銀河鉄道の夜』

選んだ一行

なぜ燈台の灯を、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、

 この、〔一字分空白〕というのを見るたびわくわくした気持ちになる。
 規則以外に明かりを、どうしたのだろう。筆者は漢字が分からなくて一マスとばしたままなのだろうか。しかし、何度も読み返していると、もっと違う意味を持ったもののようにも思えてくる。
 筆者の思いにぴったり合う言葉がなかったのかもしれない。空白にその思いを込めているのかもしれない。この一マスに、すごく大切なものが隠されている気がして、もどかしくなる。
 私には本当のところは分からないから、想像する。考えさせてくれるこの一文が、私は好きだ。

優秀賞 受賞作品

鬼頭侑雅(京都府立京都すばる高等学校)
『ぼくは勉強ができない』

選んだ一行

過去は、どんな内容にせよ、笑うことが出来るものよ。

 私の中学校の部活は、とても厳しいものだった。なんせ今時少ない熱血教師で、丸一日昼食以外は水分補給だけというものだった。そのような厳しく辛い練習の成果を発揮する最後の夏期大会。しかし結果はいまひとつで、全国という夢もはかなく散った。期待に応えられなかった。怒られる。と思っていた私は覚悟を決めた。しかし、先生はけろっとしている。先生は「これまでの練習、楽しかったか」と言った。思いがけない言葉に、私は笑ってしまった。この光景を思い出すと、なぜか辛かったという思い出より、楽しく面白かったという思い出の方が強く残っている。この一行を読むたび、けろっとしていた先生の顔とその心情がよみがえり、笑ってしまう。

佳作 受賞作品

山﨑彩華(横浜共立学園中学校)
『ツナグ』

選んだ一行

死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口。

 私の祖父は、私が一歳になる前に亡くなってしまった。だから私は祖父の顔も声も覚えておらず、写真を見てやっと、「こんな人だったのか。」と思うほどだ。そしてこの『ツナグ』を読んだ時に、私も会えるのなら祖父に会ってみたいと思った。そして、今の学校のこと、将来のことなどをたくさん話して、笑ったりしたいと思った。
 しかし、現実の世界にはそんな窓口などなく、私は祖父に会うことはできない。だから会うことはできなくても、毎日を祖父が見てくれていると思うことにしている。ここ数年間、私は白や黄色の蝶をよく見る。真夏にも秋にも家の周りに毎日ではないが蝶がいる。私はこれを祖父だと思いながら見ている。たまたまそこにいた蝶かもしれないが、私は日々の中で白や黄色の蝶を見ると幸せになり、蝶が私と祖父をつないでくれている気がする。

佳作 受賞作品

今井りさ(日本女子大学附属中学校)
『キッチン』

選んだ一行

言葉はいつでもあからさますぎて、そういうかすかな光の大切さをすべて消してしまう。

 意外だった。言葉を紡ぐ仕事をされている吉本ばななさんが発したとは思えない言葉だったが、美しく繊細で、そして心に残る力強い衝撃的な文章だった。作者は言葉について日常にもそう感じているのだろう。かすかな光を守るように気をつけて言葉を選び取っているからこそ、吉本さんの物語には、素敵な捉え方や優しい表現があるのだろうと気付いた。私自身、まだまだ修行が足りず言葉を上手く使えなくて、自分の発した言葉で周囲から誤解されたり思うように相手に伝わらなかったりすることが多い。文章にするも、気持ちを書き表せなくて落ち込んで辛くなる。悔しい。悲しい。そんな私は、この文章を読んで救われたように思った。言葉は全てを表せるものじゃない。完璧を求めてはいけないのだ。それでも言葉を探して、丁寧に磨いて、紡ぎ合わせて私達は気持ちを表そうとする。
 こんなにも素敵な言葉と、それを物語に優しく織り込んで下さった吉本さんに、感謝。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
浦東夏野 栃木県立学悠館高等学校 西加奈子『白いしるし』
千隝由布子 星美学園中学校 夏目漱石『坊っちゃん』
木村智美 大妻中野高等学校 宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』
津田栞里 兵庫県立星陵高等学校 彩瀬まる『あのひとは蜘蛛を潰せない』
山﨑彩華 横浜共立学園中学校 辻村深月『ツナグ』
池田まい 福山市立中央中学校 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
今井りさ 日本女子大学附属中学校 吉本ばなな『キッチン』
堀内梨里子 愛知県立松蔭高等学校 朝井リョウ『何者』
間柴美羽 好文学園女子高等学校 綿矢りさ『ひらいて』
岩渕ひまり 公文国際学園中等部 湯本香樹実『夏の庭』
鬼頭侑雅 京都府立京都すばる高等学校 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
井上紗良 横浜市立上白根中学校 サン=テグジュペリ『星の王子さま』
及川千翔 常総学院高等学校 朝井リョウ『何者』
宮原有理紗 開智日本橋学園高等学校 吉本ばなな『キッチン』
高橋彩愛 中京大学附属中京高等学校 小川洋子『博士の愛した数式』
林香桜里 東洋女子高等学校 角田光代『さがしもの』
平松未帆 川崎市立川崎高等学校 サン=テグジュペリ『星の王子さま』
和田宙丸 成城中学校 朝井リョウ『何者』
曽谷晴 和歌山県立田辺高等学校 西加奈子『白いしるし』
阿部絢未 埼玉大学教育学部附属中学校 中島敦『李陵・山月記』

敬称略、順不同

第6回 ワタシの一行大賞 応募要項

概要 対象図書の中から、あなたの心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400文字で書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
(団体応募の場合は、生徒一人一人の住所・電話番号は不要です。学校の連絡先のみ明記してください)
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2018年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」選定作品、「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、2018年7月1日に「新潮文庫の100冊」サイトにて発表します。
締切 2018年9月30日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」1月号(2018年12月27日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きますこと、ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作