第9回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第9回の今年度は全国から23,351通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、下記の通り、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品の受賞が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

選考委員

角田光代

角田光代カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『愛がなんだ』『さがしもの』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』など多数。

選考委員

角田光代カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『愛がなんだ』『さがしもの』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』など多数。

角田光代

選評 角田光代

世界が変わる瞬間

 二〇二〇年の春に起きたパンデミックによって、今までにないくらいたくさんの約束が、延期されたり反故にされたりしたはずだ。私自身も、会う約束をしたまま、長く会えていない人もいるし、もう会えなくなってしまった人もいる。旅行も、会食も、イベントも、多くの予定が果たされずに今日に至っている。なんてつらい、ストレスフルな日々だろうと思っていた私は、『明るい夜に出かけて』の一行を選んだ小林にこさんの文章に、深く励まされた気がした。軽い約束、先の見えない約束。それらに意味がないことなんてない、と小林さんの文章は伝えてくれる。小説の一行によって想起された、こんなにも強くやさしい言葉を私たちに掛けてくれる。そのことに感動した。小林さんに心からお礼を言いたい。

 下奥結さんが選んだ一行は、刑務所詩集『空が青いから白をえらんだのです』からの引用だ。その詩集のなかの、しずかで悲痛な叫びに下奥さんは心を掴まれる。そしてその声に寄り添うように文章を紡いでいる。読むことで、他者を想像し、会話しようとする、やさしい呼応がここにある。この詩の一行に寄り添うことによって、下奥さんの文章も切実な叫びとなっている。

号泣する準備はできていた』の一行について、「本当に悲しいのは行く場所がない人ではなく、この一行を行く場所がないと考えている人だ」という、須長美緒さんの書いた一行に、はっとした。たった一行の受け取りかたで、世界が変わる。その劇的な転換を、須長さんの文章を読むことで味わうことができた。私はこの小説を読み返すたびに、須長さんのこの言葉を思い出すだろう。

最後の秘境 東京藝大』を読んだ藤原麻央さんは、この一行に出合い、自分を自分としてあらしめていることはなんだろう、と考えている。自分が自分であるためのツール――それは人生に具体的に役立つ何かではなくて、藤原さんの書くとおり、私たちによろこびとともに苦しみも与えうる何かだ。そうしたツールは、自分を見失いそうなときに、拠って立てる文字どおりのツールになる。そうしたツールがあることの心強さを思い知らされる。

夜のピクニック』から一行を引用した磯田陽太さんの「モスキート音」のたとえのうまさにうなった。大人になることは、お小言から解放されることでもあるけれど、その解放は真の自由ではない。真の自由は、モスキート音の聞こえないなか、自分で考えて自分で決めて、その結果に自分で責任を持つことだ。そう気づくとき、自由であるからこその不安と恐怖と心細さを感じる。磯田さんの文章は、そうしたことまで考えさせてくれる。

 本のなかで印象的な一行に出合って、世界が変わる瞬間を味わうことがある。モスキート音の聞こえない年齢になった私でも、未だにそういうことがある。今回は、みなさんの文章を読んでいて、そのような体験ができるということの幸福をあらためて感じた。ありがとうございました。

大賞 受賞作品

小林にこ(秋田県立秋田高等学校)
佐藤多佳子 『明るい夜に出かけて』

選んだ一行

 アブクのような約束でも欲しい時があるのかな。

 まだスマホも持っていない幼い頃、転校してしまう友達と「きっとまた会おうね」と言った。県外へ進学する姉と「コナンの映画は毎年一緒に見ようね」と言った。全国の舞台で会えた憧れの人と「またこうして会いましょう」と言った。果たされた約束、果たされなかった約束。そして、これからどうなるのか誰にもわからない約束。先のことなんて、結局誰にもわからない。ならば、果たされない約束はすべて無意味なものなのだろうか。
 軽い気持ちでする約束は、そこに少しの本気を混ぜて口にする。そんな淡い約束でも、ふと思い出しては支えられた。強くなれた。相手にとってもそうであればいいと思った。ちょっぴり元気になれる約束があること。その約束をする相手がいること。それがどれほど有り難いことであるか。
 先のわからない約束でも、無意味なんてことはない。そう、この言葉が伝えてくれた気がした。

優秀賞 受賞作品

下奥結(日本女子大学附属高等学校)
寮美千子/編『空が青いから白をえらんだのです―奈良少年刑務所詩集―』

選んだ一行

 世界のどっかに きっとそんなママが
 余っているでしょう
 そのママを ぼくにちょうだい

 そもそも私がこの本を選んだのはこの本に惹かれたというよりも「刑務所詩集」に惹かれたからだった。詩人と呼ばれるような人が紡ぐ詩はそれは素敵だ。でも刑務所という私には非現実的で、でもこの世に確かに存在しているものに視点をもっていくのは私には出来ない。正直、この本を選んだ自分に嫌気がさす。結局私は刑務所の中にいる人に好奇の目を向けているのではないかとそう思ってしまう。でも一行読むごとにその詩に惹かれ、書いた人に会ってみたいと思ってしまうのだ。私が選んだ一文は読んだ瞬間「泣きたい」と思った。泣いてしまうのでも共感したのでもなく書いた人の心の叫びが叫びでなく文字で、それも穏やかに紡がれている。こんなに哀しく愛おしい願いを私は見たことがない。余っているママでいい。ただその「ママ」という「存在」だけを求めている。「ああ、私のくだらない欲よりもこの願いを一緒に祈りたい」。だからこの詩をえらんだのです。

優秀賞 受賞作品

須長美緒(本庄東高等学校附属中学校)
江國香織『号泣する準備はできていた』

選んだ一行

「じゃああたしは、どこでもない場所に」

 なんて、悲しい言葉だろう。皆は行く場所があるのに自分だけがない。自分は独りぼっち。
 いいや、ちがう。この一行は、行く場所がないことを言っているのではない。行く場所、行き先がないから、どこにでも行けるということを伝えたいのだ。そして、本当に悲しいのは行く場所がない人ではなく、この一行を行く場所がないと考えている人だ。
 行く場所がないなら、どこにでも行ける。海にだって山にだって、外国にだって行ける。綺麗な所も、汚い所もどこにでも行ける。だから、どんな自分にもなれる。新しい出会いがあって、人生が変わるかもしれない。
「どこでもない場所」が「どこへでも行ける」という気持ちに変わり、自分自身を変えることができる。そして、幾つもの出会いと別れ、経験が新しい物語をうむ。私は、どんな所にも行き、たくさんのことを知りたい。そういう強い人に私はなりたい。

佳作 受賞作品

藤原麻央(広島県立西条農業高等学校)
二宮敦人『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』

選んだ一行

「アートは一つのツール、なんじゃないですかね。人が人であるための」

 私はこの一文を読んで、私が私であるためのツールとは何だろうと考えた。ツールとはきっとその人自身の中で常に己を悩まし苦しませるものなのかもしれない。でもそれと同時に自らに光を与え喜びや楽しさを教えてくれる人生を彩る道しるべではないかと思った。人が人である、自分の存在意義を示すための道具。そう思えるほどに熱中でき、自分の中で大きな存在となるもの。それが一つでもあれば人はどこまでだって進め、挑戦できるんだと思った。
 私にとってそれは、バスケだと思う。長年やってきて色んな葛藤が生まれた。そして勝つことの喜びを教えてくれた。
 アートとバスケは決して同類とは言えない。しかし、人が人であるための一つのツール、という面では同じである。この一文は私が今夢中になっていることを肯定してくれ、私が私であるためになくてはならないモノだと教えてくれた気がした。

佳作 受賞作品

磯田陽太(逗子開成中学校)
恩田陸『夜のピクニック』

選んだ一行

 おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから

 この一行には、はっとさせられた。
 僕たちの日常生活には嫌な事、辛い事がたくさんある。勉強、人間関係、親や先生からのお小言……。数え上げれば切りが無い。それらはまさしく、自分の好きな事、やりたい事を邪魔するうるさいノイズにしか聞こえない。だが、一方でそれらは自分を成長させてくれるものでもあったのだ。そのノイズが聞こえるから、新しい考えに触れることができる。道を間違えずに済む。そしてノイズは成長とともに聞こえなくなり、まるでお役御免とばかりに僕たちの元を去って行く。
 そういう意味では、このノイズはモスキート音のようなものなのかもしれない。若い頃はたいして気にも留めず、むしろ鬱陶しく感じる音。けれど、大人になってからどれほど望んでも、もう二度と聞こえない音。
 そんな今しか聞こえないノイズに、しっかりと耳を傾けていこうと思う。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
下奥結 日本女子大学附属高等学校 寮美千子/編『空が青いから白をえらんだのです―奈良少年刑務所詩集―』
鎌田賢人 東京学芸大学附属国際中等教育学校 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
野田沙良 京都府立北嵯峨高等学校 サン=テグジュペリ『星の王子さま』
髙倉響 福岡常菜高等学校 サン=テグジュペリ『星の王子さま』
安原千香子 聖ドミニコ学園中学校 瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』
山下遥也 神奈川県立相模原高等学校 太宰治『人間失格』
飯田穂高 江戸川学園取手中学校 川上和人『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』
船生美帆 日本女子大学附属高等学校 谷川俊太郎『ひとり暮らし』
大橋三志郎 洛星中学校 夏目漱石『坊っちゃん』
鈴木杏 秋田県立能代松陽高等学校 角田光代『さがしもの』
谷脇悠久 玉川学園中学部 重松清『きみの友だち』
横野雅 京都府立京都すばる高等学校 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
藤原麻央 広島県立西条農業高等学校 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』
小林にこ 秋田県立秋田高等学校 佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』
磯田陽太 逗子開成中学校 恩田陸『夜のピクニック』
角永楓華 大阪府立柴島高等学校 辻村深月『ツナグ』
根山頼我 昌平中学校 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
上田華楓 岡山県立岡山芳泉高等学校 エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』
須長美緒 本庄東高等学校附属中学校 江國香織『号泣する準備はできていた』
青木優都 慶應義塾志木高等学校 志賀直哉『小僧の神様・城の崎にて』

敬称略、順不同

第9回 ワタシの一行大賞 募集要項

概要 対象図書の中から、あなたの心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400文字で書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
(団体応募の場合は、生徒一人一人の住所・電話番号は不要です。学校の連絡先のみ明記してください)
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2021年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」選定作品、「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、2021年7月1日に「新潮文庫の100冊」サイトにて発表します。
締切 2021年9月30日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」2022年1月号(2021年12月28日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きます。ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作

新潮文庫の100冊 2021
ワタシの一行教育プロジェクト
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