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白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記

小野不由美/著

737円(税込)

発売日:2019/11/09

  • 文庫

驍宗様が身罷られたなど信じない。新王が立つなら、それは麒麟の過ちか。──角なき麒麟の決断は。Episode9

李斎(りさい)は、荒民(こうみん)らが怪我人を匿った里(まち)に辿り着く。だが、髪は白く眼は紅い男の命は、既に絶えていた。驍宗(ぎょうそう)の臣であることを誇りとして、自らを支えた矜持は潰えたのか。そして、李斎の許を離れた泰麒(たいき)は、妖魔によって病んだ傀儡(くぐつ)が徘徊する王宮で、王を追い遣った真意を阿選(あせん)に迫る。もはや慈悲深き生き物とは言い難い「麒麟」の深謀遠慮とは、如何に。

  • 受賞
    第5回 吉川英治文庫賞
目次
十三章
十四章
十五章
十六章
十七章
十八章

書誌情報

読み仮名 シロガネノオカクロノツキダイサンカンジュウニコクキ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 384ページ
ISBN 978-4-10-124064-0
C-CODE 0193
整理番号 お-37-64
ジャンル 文学・評論
定価 737円

書評

私たちの読みたかった物語

北上次郎

〈前篇はこちら〉

魔性の子』を書いたとき、すでに「十二国記」の構想を持っていたというから驚きだ。たしかに「十二国記」のさまざまなディテール、設計図を用意していなかったら、『魔性の子』を書くことは出来ない。
 先に『魔性の子』を読み、あとで「十二国記」を読んだ読者は驚いたことだろう。高里の神隠し先が「十二国」だなんて、しかも高里が胎果の麒麟だなんて、『魔性の子』の段階では想像も出来なかったに違いない。私は先に「十二国記」の諸作を読んでから『魔性の子』に戻ったので、その驚きとは無縁だった。それが悔しい。多くの読者と同じように、えーっ、本当かよ、と驚きたかった。
 その『魔性の子』が、高里(つまり、戴国の麒麟、泰麒だ)の物語であったことは記憶されていい。つまり、こんなふうにまとめてしまっては乱暴ではあるけれど、この「十二国記」は、高里=泰麒の話から始まったのである。高里は幼いときに一度神隠しにあったことがあり、そのときに流された「十二国」側の話が、『風の海 迷宮の岸』であり、正使として漣にいく顛末を描いたのが『華胥の幽夢』に収録の短編「冬栄」だった(このとき同行した一人が、のちに驍宗に歯向かい偽王となる阿選であり、この旅の目的が他にあったことがのちに明らかになる)。
 さらに『魔性の子』のラストで、高里は蓬莱(日本)を去って「十二国」の世界に戻ることになるのだが、彼を戻すためのさまざまな尽力を「十二国」側から描いたのが『黄昏の岸 暁の天』であった。そして、『白銀の墟 玄の月』は、「十二国」に戻った高里=泰麒が、李斎と一緒に(というか、わかれて)驍宗を探す物語であるから、この「十二国記」シリーズは、高里=泰麒を中心とする物語だと言っても過言ではない。いや、言い過ぎか。慶国の陽子を描く『月の影 影の海』、延王と延麒の物語『東の海神 西の滄海』、そして私のいちばん好きな『図南の翼』(この舞台は恭国だ)などがあるので、高里=泰麒だけの物語ではけっしてない。
 しかし、この長大なシリーズが『魔性の子』から始まったこと、さらにその主人公が高里=泰麒であったことは事実なのである。ならば、戴国の行く末を描く今作がその高里=泰麒を主人公とするのは、ごく自然なことと思われる。
 というわけで、いよいよ『白銀の墟 玄の月』後半の刊行になるが、すごいぞ。
 細かく紹介したいところだが、読書の興を削がないために、ここはぐっと我慢する。ここに書くことが出来るのは、驍宗が倒れた戦場の様子が克明に描かれること(同じ場面が別の作品で詳しく描かれるというのは、このシリーズの特徴でもある)、第四巻で涙が何度も溢れてくること、最後の戦闘の場面が迫力満点であること、そういう幾つかのことだけだ。
 そういえば、『風の海 迷宮の岸』で、幼い泰麒が饕餮と対決したシーンを思い出す。あれは迫力満点のシーンだったが、こういうアクションを描いても小野不由美は天才的にうまい。この『白銀の墟 玄の月』の戦闘シーンも、それに負けず劣らず素晴らしい。
 膨大な登場人物を巧みに操って描きわける筆致の冴えを見られたい(特に、阿選の複雑な性格が白眉)。予想外の展開を次々に積み重ねる構成のうまさにも感服だ。
 印象深い挿話は幾つもあるが、個人的には貧しい親子が川に食べ物を流すシーンをあげておきたい。あの世にいる王様が困らないように、けっして豊かでなく、むしろ食料難に苦しむ一家であるにもかかわらず、この国をよくするためにはあの王が必要だ、とこの父と娘は食料を籠に入れて流すのである。つまり、今ではなく、未来のためだ。本書の、そしてシリーズ全体を貫く鍵を象徴するエピソードといえるだろう。そうなのである。この長大なシリーズを貫くのは、今がどんなに辛くても、いつかはきっと夜が明ける。それを信じよう――という希望なのだ。
 嫉妬があり、憎しみがあり、生があり、死がある。意地があり、誇りがあり、絶望があり、歓喜がある。そういう感情の粒子が、あちこちから立ち上がってくる。ファンタジーの衣装をつけてはいるが、すこぶる人間的なドラマといっていい。ファンタジーを苦手とする私のような読者をも引きつけるのはそのためだろう。
 私たちの読みたかった物語がここにある。見事なエンディングだ。

(きたがみ・じろう 文芸評論家)
波 2019年12月号より

すごいな小野不由美

北上次郎

 すごいな小野不由美。
 2001年4月に刊行された『黄昏の岸 暁の天』のあと、同年7月に『華胥の幽夢』、2013年7月に『丕緒の鳥』の2冊が上梓されていたものの、この2冊は短編集であった。長編はずっと出ていなかったのである。今回の『白銀の墟 玄の月』は、なんと『黄昏の岸 暁の天』以来、18年ぶりの長編だ。これまでの作品に漲っていた緊張度をはたして保てるのか、と心配するムキがあったとしても不思議ではない。なにしろ18年の空白があるのだ。
 全然大丈夫なので、安心されたい。パワーダウンどころか、むしろパワーアップしているのではないか。読み始めたらやめられず、一気読みである。すごいすごい。
 それにしても『図南の翼』が刊行されたのが1996年2月、その5年後に『黄昏の岸 暁の天』が出て、18年後に本書『白銀の墟 玄の月』が刊行、ということは、長編にかぎって言えば、『図南の翼』以降、23年間で2作ということになる。あれからたった2作なのかよ、と『図南の翼』を読んだときのことを懐かしく思い出すのである。私は、このシリーズの遅れてきた読者で、1996年に『図南の翼』が出るまで「十二国記」のことを知らなかった。あのとき知人が、それまでに出た全5部8巻(講談社X文庫ホワイトハート版)を送ってくれなければ、いまでも「十二国記」を未読のままであったかもしれない。なんと、きわどかったことか。

 どこで読んだのか忘れてしまったが、「十二国記」はあと長編1編で終幕を迎えると、以前作者が語っていたことがある。外伝の可能性までは否定しなかったので、その最終1編で完全に終わりになるわけではないようだが、とにかく長編はあと1作。というわけで読者はみな、『黄昏の岸 暁の天』以来の新作を待っていたわけだが、それが本書だ。なんとなんと全4巻2500枚で、どかーんと登場である。
 18年ぶりの新作が『黄昏の岸 暁の天』に続く物語で、舞台が戴になることは告知されていたが、まさか全4巻という大長編になるとは思ってもいなかった。読んでも読んでも終わらないのはホント、嬉しかった。
 18年前の『黄昏の岸 暁の天』は反乱の鎮圧に赴いた戴国の王、驍宗が戻らず(戦場で斃れたとの報が届く)、戴国の麒麟、泰麒も行方不明になるという長編で、つまり戴国には王も麒麟も不在になるという非常事態。その混乱を描く長編であった。戴の将軍、劉李斎が王と麒麟を探す物語で、麒麟のほうは決着がつくものの、王は依然として見つからず、というところで終わっていた。
 今回の『白銀の墟 玄の月』はその続編で、ということは戴国の王、驍宗を探す物語だということである。生きているのか驍宗。生きているならなぜ6年も現れないのか。もしかすると偽王阿選が幽閉しているのではないか。というわけで、李斎が全国を探しまわり、泰麒は戴国の偽王阿選に接近する。ついにとうとう18年ぶりに決着がつく!
 このあとが書けない。書きたいが書けない。書くことが出来るのは、この大長編が園糸という女性の哀しみから幕を開ける、ということだ。彼女は戴国の北東に位置する承州の出身で、承州北部は豪雪で名高い。その山間、懸崖にしがみついた貧しい里で生まれ、18のときに隣の同じように貧しく小さな里に嫁いできた。そこが戦乱に巻き込まれて燃え尽きたのが3年前。彼女の夫も里と一緒に燃え尽き、生まれたばかりの息子を抱き、幼い娘の手を引いて着の身着のままで逃げ出したが、里を失った母子を救ってくれる者はなく、それからはただ放浪している。その間、幼い娘は凍り付いて息を引き取り、いまは3歳になった息子と、今年の冬はどうなるだろうと空を見上げている。
『白銀の墟 玄の月』には、園糸を始めとして貧しい庶民が多く登場する。この長大なシリーズでこれほど貧困に喘ぐ庶民の姿が克明に描かれるのは初めてではなかったか。もともと戴国は北に位置する国なので、寒さが厳しい地だ。十分な衣服もなく、食べ物もなく、そういう地で生きるのは大変である。園糸はそういう庶民の象徴だ。
 国の混乱が続くことでいちばん困るのは彼らなのである。だから早く、王よ出てこい! というわけで、この『白銀の墟 玄の月』が始まっていくのである。〈後編・波 2019年12月号に続く〉

(きたがみ・じろう 文芸評論家)
波 2019年11月号より

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著者プロフィール

小野不由美

オノ・フユミ

大分県中津市生れ。大谷大学在学中に京都大学推理小説研究会に在籍。「東亰異聞」が1993(平成5)年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となり、話題を呼ぶ。2013年、『残穢』で山本周五郎賞受賞。著書に『魔性の子』『月の影 影の海』などの〈十二国記〉シリーズ、〈ゴーストハント〉シリーズ、『屍鬼』『黒祠の島』『鬼談百景』『営繕かるかや怪異譚』などがある。

小野不由美「十二国記」新潮社公式サイト (外部リンク)

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