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彼らはなぜ賢帝たりえたのか――「黄金の世紀」を築いた三皇帝の統治の秘密を明かす。

  • 受賞第41回 新風賞

賢帝の世紀―ローマ人の物語IX―

塩野七生/著

3,300円(税込)

本の仕様

発売日:2000/09/28

読み仮名 ケンテイノセイキローマジンノモノガタリ09
シリーズ名 全集・著作集
全集双書名 ローマ人の物語
発行形態 書籍、電子書籍
判型 A5判変型
頁数 416ページ
ISBN 978-4-10-309618-4
C-CODE 0322
ジャンル 世界史
定価 3,300円
電子書籍 価格 1,540円
電子書籍 配信開始日 2014/11/21

紀元二世紀初頭、ダキアとメソポタミアを併合して帝国の版図を最大にした初の属州出身皇帝トライアヌス、帝国各地をくまなく視察巡行し、統治システムの再構築に励んだハドリアヌス、穏やかな人柄ながら見事に帝国を治めたアントニヌス・ピウス。世にいう五賢帝の中でも傑出した三人を浮彫りにした、極め付きの指導者論。

著者プロフィール

塩野七生 シオノ・ナナミ

1937年7月7日、東京生れ。学習院大学文学部哲学科卒業後、イタリアに遊学。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくむ(2006 年に完結)。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2007年、文化功労者に選ばれる。2008ー2009年、『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。2011年、「十字軍物語」シリーズ全4冊完結。2013年、『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(上・下)を刊行。2017年、「ギリシア人の物語」シリーズ全3巻を完結させた。

書評

波 2000年10月号より 埋められた「日本人の盲点」  塩野七生『賢帝の世紀 ローマ人の物語IX』

浅利慶太

「ローマ人の物語」は、どの巻も少なくとも三回は読んできた。
 昨年までに八巻が刊行されているから、優に二十数回、このシリーズを繙(ひもと)いてきたことになる。このほど上梓された第九巻『賢帝の世紀』にもさっそく目を通したが、これまた再読、三読することになるだろう。いつもながら期待にたがわぬ面白さだった。
 後世、「五賢帝」と称されることになる皇帝たちのうち、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウスの三帝の人物像が、見事に、かつ、極めて詳細に、描き出されている。一年間、楽しみに待っていた読者が多いだろうから、あまり詳しい内容には立ち入らないが、たとえばトライアヌスの章を読んでいると、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボなど、現代のバルカン半島で起こっているさまざまな紛争のことにも思い至り、ヨーロッパそのものが、よく理解できてくるのである。
 トライアヌスは、ダキアと呼ばれた地域を征服し、ローマの属州に組み入れるが、このダキアは、現代のルーマニアとその周辺に当たる。ダキア戦役を勝利に導き、バルカンを平定したことで、ローマ帝国の安全保障は、極めて高まった。この偉大な事業がなされていなければ、ローマの繁栄は、あれほど長く続いていなかったかもしれない。
 実にバルカンは、ローマ帝国の「わき腹」だった。この事情は、現代のイタリアにとっても変わらない。コソボ紛争を始めとする揉め事が、とても身近なところで起こっているのだ。私も、ミラノ・スカラ座で仕事をするようになって二十年近くなり、イタリアに滞在することが多いので、実感としてよくわかる。アドリア海を越えてやってくる難民の姿を見ていると、トライアヌスが平定に力を注いだ理由が、時空を超えて伝わってくる。
 塩野さんは、男を書ける作家だ。しかも、その特長は、書く対象に、燃えて恋をしながら書くことだ。第二巻の『ハンニバル戦記』を読んだときもそう思った。塩野さんはハンニバルに惚れたとしかいいようがないな、と。
 その恋がおさまってしばらくして、第四巻、五巻では、ユリウス・カエサルが恋の対象となった。読んでいるほうにもその想いが乗り移ってきて、そちらの趣味はないが、私もハンニバルやカエサルを愛してしまったほどだった。
 ちょうどそのころ、友人を交えて塩野さんとローマで食事をする機会があった。「ローマ人の物語」が年一冊刊行では待ちきれないし、私に万一のことがあればシリーズを読み終えられなくなるから、年二冊書いてもらえないかとハッパをかけた。カエサルの二巻は、塩野さんが立て続けに書いてくれたので、もしや私の要望が容れられたかと思ったのだが、さにあらず、それだけ塩野さんのカエサルに対する想いが強烈だったのだ。今回の『賢帝の世紀』でも、三人の男たちが、見事に浮き彫りになっている。属州出身のトライアヌスやハドリアヌスがローマ帝国の中枢を担っていくさまは、あらためてローマの懐の深さと、広大な領域を有するひとつの世界であったことを、私たちに再認識させる。
 こうして、われわれがよく知らない歴史の糸を塩野さんが紡いでくれるおかげで、われわれは、ヨーロッパの歴史について、初めて納得することができる。二十世紀はアングロサクソンの世紀だから、ヨーロッパの中ではロンドンが最も重い存在だという意識が、どうしても働く。その前、十七、十八世紀の中心はパリだった。日本のインテリゲンチアは、ヨーロッパといえばフランスとイギリスだと思っている。しかし、本当はアルプスの南から見ないと、ヨーロッパはわからないのである。ルネサンスを経験した、さらにはローマの千年余の深い歴史を経たイタリアを通じて見ないと、真のヨーロッパは理解できない。イタリア語ではロンドンをロンドラ、パリをパリージと呼ぶが、いかにもひなびた感じを受ける。これが本当は実態だったわけで、そのことを頭に留めておかないと、ヨーロッパを誤解する恐れがある。
 ひるがえって、日本人はギリシアは比較的よく知っている。われわれ演劇の世界でも、ギリシア演劇については、わりとよく勉強している。しかし、日本人はローマを知らない。そのため、ギリシアの終わりから中世にかけての歴史がぼうっとかすんできてしまうのだ。日本人の盲点はローマ。塩野さんは、その欠落した部分を埋め、見事に描出してくれた。しかも、政治や経済のことがよくわかっている人なので、説得力がある。彼女が韓国で最も存在感の大きい日本人作家になっていて、翻訳が大いに読まれているというのもうなずけるというもの。国家の興隆の条件を考える格好の素材がこのシリーズなのだ。
 塩野作品の魅力はまだある。通説に引きずられず、独自の解釈を打ち出してくれる点もそうだ。たとえば、第七巻では、ネロを始めとする悪名高い皇帝たちについて、必ずしもそうではない部分もあったことを、詳しく実証して見せた。『賢帝の世紀』の中でも、本当の賢帝の条件を示してくれている。これは、たぐいまれな着想力と決断力がなければできないことだ。
 塩野さんは十五年にわたって、この「ローマ人の物語」シリーズを書き続けようとしている。演劇になぞらえれば、ひとりでロングラン公演を打ち続けているのだ。まったく、どうなっているのかと思うほどのエネルギーとスケールではないか。この『賢帝の世紀』で、その六合目まで来た。かのギボンの『ローマ帝国衰亡史』は、アントニヌス・ピウス帝の治世から始まっているから、ようやく、ギボンの作品に繋がるところまで到達したことになる。しかし、私は、塩野さんの筆によるローマの滅亡を、是が非でも読みたい。彼女が、どういう「悲劇観」をもってローマの衰亡から滅亡を描いていくのか、興味が尽きないのである。ひょっとしたら、この世で書かれたものの中で、最も感動的な悲劇が描かれるのではないかと期待している。
(あさり・けいた 演出家)

目次

読者に
第一部 皇帝トライアヌス
 (在位、紀元九八年―一一七年)
皇帝への道/気概を胸に/ひとまずの帰都/古代ローマの“君主論”/空洞化対策/育英資金/ダキア問題/第一次ダキア戦役/建築家アポロドロス/「トライアヌス橋」/黒海から紅海へ/第二次ダキア戦役/凱旋/戦後処理/公共事業/属州統治/プリニウス/私人としてのトライアヌス/パルティア問題/遠征/死
第二部 皇帝ハドリアヌス
 (在位、紀元一一七年―一三八年)
少年時代/青年時代/皇帝への道/年上の女/登位時の謎/皇帝として/粛清/失地挽回の策/ハドリアヌスの「旅」/ライン河/再構築/ブリタニア/ヒスパニア/地中海/オリエント/アテネ/北アフリカ/「ローマ法大全」/ヴェヌス神殿/パンテオン/ヴィラ・アドリアーナ/再び「旅」に/ローマ軍団/エジプト/美少年/ユダヤ反乱/「ディアスポラ」/ローマ人とユダヤ人/余生/後継者問題/死
第三部 皇帝アントニヌス・ピウス
 (在位、紀元一三八年―一六一年)
幸福な時代/人格者/マルクス・アウレリウス/「国家の父(パーテル・パトリアエ)」
年表
参考文献

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